第157話 迷子と狐

 黒い狼姿のマルちゃんを見失わないよう、木の間を小走りで移動する。林道から一歩逸れると、草が繁って歩きにくい。

 少し先に紺色の短い髪が見えた。

 ディーサだ。軽装で剣を腰にいている。

「リネーア、聞こえたら返事しなー!」

「おーいディーサ、こんにちはー!!!」

「あれ? あ、あの魔物……マルちゃん? それとソフィア!」

 良かった、覚えていてくれた。ディーサは私達の姿を確認すると、こちらに手を振った。お互い歩いて、中間地点で合流する。


「どうしたの、リネーアとはぐれたの?」

「そうなんだよ~、薬草取りの依頼で夢中になって探しているうちにね。あたいもそれなりに採れたし、どのくらいになったか確認しようとしたら、いなかったのさ」

「どれどれ」

 私はディーサが持つカゴを見せて貰おうと、まずは林道に戻った。

 土の道に薬草を広げて、一つ一つ確認する。

 半分くらい、違う薬草だった。間抜けな竜人族兄弟を思い出しちゃったよ。こんな感じだったなぁ。


「こんなに違ったかい!? コレもコレも……???」

「それは根っこも使うヤツだから、根っこがないと多分ダメだと思うよ」

「うぎゃあ! 勘違いしてた……」

 ガッカリしているよ。せっかく見つけたのに必要な部分を採り損なったんだし、仕方ないか。

 また足りない分を採取しないとね。リネーアの成果が気になるところ。

「リネーアを探した方がいいよね? ここって、魔物が出たりする?」

「討伐依頼も出ないし、道に近いトコまでなら職人が自分で採取に来るくらいだから、遭遇率は低いんじゃないかな。まあ、ゼロってこたーないね」

 リネーアはメインの武器が弓だから、魔物に接近されたらかなり危ない。魔物じゃなくても、普通に獣がいるかも。

 いったん採取はやめて、一緒にリネーアを探すことにした。


「リネーア、どこだーい!」

「ディーサが探してるよ。あまり奥に行くと危ないよ」

 私達は周囲を見回しながら、林道を歩いた。まずは最初にいないと気付いた地点へ戻る。

「迷子がソフィアじゃないのが不思議だなあ」

「私がはぐれても、マルちゃんには居場所が分かるじゃない」

「ソレが理解できていれば上々だ」

 マルちゃんは捜さないどころか、私をバカにしながら付いてくる! 放っておいて、私は真面目にリネーアの捜索に協力しよう。


 森には私達の声が木霊する。

 途中で冒険者に会ったので、一人で採取している女性を見なかったか尋ねたけれど、成果はなし。もっと奥へ進んでみることにした。

「やっと見つけたよ、ディーサ!」

 注意深く見回していると、呼び掛けてくる声がする。

「リネーア! こっちのセリフだよ!!!」

 水色の髪を揺らし、リネーアが道なき道を走ってくる。草がすごいのに、早いなあ。でも手に弓を持っていなかった。

「弓はどうしたの? 何かあったの?」

「あー、うん。ちょっとあってね」

 私が尋ねると、曖昧な表情をする。魔物に追われでもしたのかな。


「弓を使う狐はあまりいないからなあ。……さっさと正体を現せ」

「「え???」」

 私とディーサの声がかぶった。相棒のディーサも完全にリネーアだと信じたし、姿は全くリネーアと一緒。

 これ、狐が化けているの?

 不意に私のリュックの中が光る。護符が反応しているよ!

「ひゃあ、悪魔と狐の護符持ち! 騙せないわ~」

 白い煙が出て、リネーアだった人の姿が変わる。一回り小さくなってツンとした耳が生え、尻尾が伸びる。狐になったのだ。尻尾は三本あった。


「狐が化けてたのかい!?」

「たはは、こんにちは~」

 狐は悪びれもせず、ちょっとだけ恥ずかしそうに前足で顔を掻いた。

「本物のリネーアはどうしたの?」

「この子は森で薬草を探してた~。あっちの奥だよ。面白そうだから、化けてみた!」


 リネーアに危害を加えたわけではなさそう。狐の遊びかあ、びっくりしたよ。胸を撫で下ろしていると、マルちゃんがため息をついた。

「狐が知り合いに化けて現れたんだ、警戒しろ。こいつらの遊びは、人間を山で迷わせて困らせたり、おかしなものを食わせたりと迷惑なものだぞ」

「山で迷わせる!?」

 遭難したら命の危険もあるよ! 遊びの度が過ぎてる! 私達が注目すると、狐は前足を顔の前に出して横に振った。

「違う違う、私はそんなことしないよ。討伐されちゃう。ちょっと食べものを分けてもらおうかな、と思っただけ」


「食べものが欲しいのかい? リネーアの場所も教えてもらったしね、お礼に少し分けるよ」

「そうだね、私もあげる」

 ディーサと私が荷物を開くと、狐はまだ食べものを見る前なのに、嬉しそうに小さく跳ねた。

「だから、どうしてそう楽観的なんだ。ちゃんと証言通りにリネーアと再会してからにしろ」

 マルちゃんは狐を疑ってるのかな?

 とはいえ、確かにまずはリネーアと合流した方がいいから、食料は後にさせてもらった。狐も一緒に、森の中へ入っていく。


「こっち、こっち」

 二本足で歩く狐。進む先は木が多くなって薄暗い。

「人に化けられるんだ、仕事をしたらどうだい? あたい達が協力するよ」

「仕事ならしてるの、花輪職人。上手に作れるのに、あんまり売れない」

 聞いたことがない職業だ。花輪を作る専門の職人?

 せっかく頑張ってるのに、と狐は口を尖らせた。いや、狐の口は元から突き出ているんだけど。

「花輪かぁ。この国では結婚式や祝いに花輪をかぶる習慣はないからね」

「ええ〜、前にいた場所ではご飯に困らないくらい売れて、私のは丈夫でセンスがいいって、すっごく褒められたのになあ」

 狐の耳が垂れ下がる。需要のない供給をしてしまっていたのね。

 働く気があるのだから、生活できる職さえあればいいのか。


「薬を作るのは? 狐って、そういうのも得意なんでしょ?」

 私が尋ねると、狐は呆れたような目を向けてきた。

「薬を作れる人間がいたら、全員が作れるの?」

「……違うね」

「狐だって色々いるのよ」

 確かにそうだ。どうやら薬には興味もないようだ。森で生活しているんだよね、他にやれそうなことは。

 私が考えていると、先にディーサが口を開いた。


「薬が作れなくても、あたい達みたいに薬草を採取したり、食用キノコや山菜を売ったりしてもいいんじゃない? あと手先が器用なんだろうし、最近だとレース編みの募集があったね」

「はー、なるほど。お仕事ありそう! 人里でバレて退治されないようにしなきゃ」

「最初から狐ってギルドとかに知らせた方が、きっと信用されるよ」

 ディーサが狐の職業斡旋をしている。

 異種族との交渉は、どちらかといえば召喚師である私の仕事だ。でもこの狐に合うどんな仕事があるのか、分からないよ。

「お前もなかなか一人前になれないな」

 マルちゃんの視線が冷たい! 聞いてる場合じゃないよ、提案をしないと。


「……ええと、狐さん。召喚されたの? 契約はしてないの?」

「私はこの世界で生まれて育ったのよ。最初は普通の狐だったんだけど、長生きするうちに化けたり喋ったりできるようになったの~。元いた場所では狐ってバレて、追い出されちゃった」

 ネコマタみたいなものかな。つまり契約はできない。契約ができれば、人に害をなさない証拠になるが、他の方法を考えないと。

「バレて追い出されたの? 花輪職人だったのに? 大変だねえ」

「そうなのー、たまにしか人を騙していないのにね~」

「たまにでも良くなかったね……」


 狐だから人を騙しても、罪悪感が一切ないのかも。そして国を越えて、今はこの森で暮らしているそうだ。

「ホントはまた街で暮らしたいけど、追い出されても怖いから……、いたよ!」

「誰もいないよう……。ディーサ、どこ行っちゃったんだろ……うう……」

 狐が前足で示す先には、しゃがみ込むリネーアの姿があった。

 良かった、無事だよ。

 ……と、思ったのも束の間。


「リネーア、何してんだ! 逃げて!!!」

「え、ディーサ? どうしたの?」

 血相を変えて叫ぶディーサに、きょとんとするリネーア。背後には茶色くて四角い、魔物とも違うような物体が。歩いているよ、アレは何なの?

 でもどこかで見たような……?

「ゴーレムだ! 離れろ」

 マルちゃんが颯爽と駆けた。

 そうだ、ゴーレム!

 リネーアが振り向くと、人の倍近い背がある土の四角い人形が、ずんずんと彼女に迫っていた。


「ぎゃー! 何の魔物!??」

 驚いたリネーアは、逃げようとして尻餅をついてしまった。余計にゴーレムが大きく映り、顔を青くしている。

 そんなゴーレムとリネーアの間にマルちゃんが割り込み、騎士姿になってリネーアを背に立った。白いコートの裾が、ひらりと揺れる。

「マルちゃんが人になった?」

 そうだ、ディーサとリネーアは狼姿しか知らないんだっけ。

 余計に混乱させちゃったような……!

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