第156話 モーザ・ドゥーグ退治
まずは柵の手前で魔法を唱える。終わったら急いで下がり、代わりにマルちゃんが飛び出す作戦だ。
「ストームカッター!」
「火よ膨れ上がれ、丸く丸く、日輪の如く! 球体となりて跳ねて進め! ファイアーボール!!!」
私と召喚師が魔法を唱える。
私のストームカッターは、しっかりと敵に当たって黒いモーザ・ドゥーグが一匹消えた。実体がないから、倒したらすうっと消えちゃうんだね。代わりに地面に石のようなものがコロンと落ちる。
召喚師が唱えたファイアーボールも当たって、あちらも倒せたよ。
モーザ・ドゥーグ達は一斉に振り向き、ギャオオオと吠えた。私達は急いで後ろに下がり、入れ替わりにマルちゃんがタタンと軽快に走る。
槍の冒険者がいるところまで下がると、小悪魔が前に立って棒を構えた。小悪魔が頼もしいよ。
柵を跳び越えたマルちゃんはモーザ・ドゥーグを踏みつけて着地し、首を噛んで一匹退治。火を噴いて続く二匹目を倒した。黒い犬達は、煙のように消えて後に小さな石を残している。
もしかして、石じゃなくて魔核? 強くないのに、核があるの? 大きさはともかく、嬉しいね。確実に全部倒さないと!
マルちゃんが一人で善戦する中、ついにモーザ・ドゥーグの一匹が柵をすり抜けて、こちらに向かってきた。
「任せろ、引き付けてから石を投げる」
敵が接近するのを待ち、冒険者が用意したクズ魔石を続け様に投げた。モーザ・ドゥーグに命中し、足を止めて体を縮める。
「キャウン!」
「
小悪魔が棒を振り上げ、モーザ・ドーグの背中を打った。
モーザ・ドゥーグは背を大きく反って消え、棒が地面にガチンとぶつかった。
次に柵を越えたのは私の魔法で、そしてもう一匹は民家へ向かって走ってしまった。壁もすり抜けられるんだよね……!
「追うぞ、逃がしたら大変なことになる!!!」
冒険者が魔石をどんどん投げる。いくつか当たって、モーザ・ドゥーグが痛そうに足をぴょこぴょこさせた。
「よおおっし、大気の息吹よ、我が指先に宿れ! 弾丸となりて敵を撃て! エアリエル・ショット!」
右手の人差し指と中指を揃えて、照準を合わせる。しっかりと対象の横腹に命中し、よろけた隙に小悪魔が駆けつけて棒で頭を叩いた。
無事に倒したよ!
「わああ!」
逃げた個体に気を取られている間に、召喚師にモーザ・ドゥーグが迫っている。
「おい、あの距離じゃ魔法も間に合わないぞ!」
「大丈夫です、禁令がありますから」
同じ『若き探求者の会』の人なら、禁令を教わっている。この秘伝が、入会資格といってもいいかも。
モーザ・ドゥーグはバウンと黒い煙を吐き、逃げていた召喚師に当たって転んだ。だから何で防御しないの??
「うほ~、契約者ピンチピンチ!」
小悪魔と冒険者が走っている。私の方が近いし、何とかしないと。でも召喚師とモーザ・ドゥーグの距離が近すぎて、攻撃魔法がもし逸れたら味方に当たっちゃうよ。
「ひいいぃ、助けて~!」
情けない声で助けを求める召喚師。
冒険者が石を投げてモーザ・ドゥーグの気を引いている間に、詠唱をする。これは形見で貰ったお母さんの魔導書にあった魔法。練習しておいたのだ!
「巻き上がれ大気よ、烈風となりて我が敵を蹴散らせ! 汝の前に立ちはだかるものはなし! 一切を巻き込みし風の渦よ、連なりて戦場を駆けよ! クードゥ・ヴァン!!!」
石を投げる冒険者に狙いを変えたモーザ・ドゥーグに、渦巻く風の
「キャウン!」
モーザ・ドゥーグにあたり、黒い体が空中でクルンと回転しながら飛ばされていった。地面に叩き付けられ、よろよろと起き上がる。
再びこちらへ来るが、小悪魔が間に合ってモーザ・ドゥーグと向かい合った。
「うお~りゃああ!」
振りかぶった棒を思い切り振り下ろす。まだ足下が
「キャイン!!!」
モーザ・ドゥーグは消え、後には小さな魔核が転がっていた。
「助かった……」
「皆のおかげで、時間が稼げたろ。魔法唱えろよ~、根性なしだなぁ」
犬が迫って怖いとはいえ、手も足も出ないとは。小悪魔に反論できないね。
マルちゃんは倒し終わり、柵の外にはもういなくなっていた。
「まずは魔核を拾うとして……、後で話を聞かせて貰いますよ」
冒険者が青筋を立てて、座り込む召喚師の前で言い放った。おかしいと感じたのは、やっぱり私だけではないようだ。
魔核を集め終わって、反省会だよ。召喚師は地面に正座してボソボソと言い訳を始めた。
「……実は、『若き探求者の会』に所属しているというのは、嘘なんです……。以前そう名乗って持てはやされている人を見て、自分もすごいと言われたくて、つい……」
「そういうのは自分も仲間も危険だから、絶対についちゃいけない嘘だ」
「すみません……」
小さい声で謝罪の言葉を述べる。小悪魔は呆れ顔で横に立っていた。
「だから禁令を使わなかったんですね……。知ってたら、私が使いましたよ」
変な見栄を張らなければ良かったのに。
「禁令って?」
「会の秘伝の防御魔法です。短い言葉で強い威力があるんで、とても重宝しています。一日に何度も使えるものではないんですが」
「そんなのがあるんだ……」
会や先生によって独自の技術を持っていたりするけど、これは会員以外は存在も知らなかったりする。冒険者もなるほど頷いていた。
マルちゃんは念の為に、村の周囲を一回りして確認している。
「そうですよ、だから
私達の会も、隠者の会の弟子全員が所属できるわけではないみたいだし。しっかりした会には、ちゃんとした基準があるんだね。
「う……、もうしません……」
「それからこの会はまだ知名度が低いんで、そんなにチヤホヤされないです。むしろ初めて聞くって言われることの方が多いです」
先生達の会とは違うからね。でもさすがに『森の隠者の会』とまでは、嘘をつけなかったんだな。有名だし求められるレベルが違いすぎる。
微妙な気持ちを残したけど、依頼は終了。
予定外の魔核の収穫があったし、気を取り直そう。迷惑を掛けたお詫びにと、召喚師は魔核を辞退したよ。
小さいし値段は安そう。それでも予定外の収入は嬉しい。
二人で分けると、奇数だったので一個余った。
「じゃあこれは、小悪魔君にあげていい? 頑張ってくれたし」
「賛成です!」
冒険者が握った手を差し出すと、小悪魔はその下に手のひらを広げた。冒険者の手が開き、コロンと魔核が転がる。小悪魔は嬉しそうに握りしめて、手を突き上げた。
「僕の? やったー、ありがーと!」
「すみません、ありがとうございます」
召喚師もペコペコと何度も頭を下げていた。
無事退治できたと魔物の正体を含めて報告をしたら、増額しないで済んでギルドの人も喜んでいたよ。ここは出張所ではなく正式なギルドだったので、ここで終了の手続きをして報酬も受け取れた。
そしてギルド兼居酒屋の二階は従業員の部屋と倉庫になっていて、使ってない部分に飲みすぎた人が泊まれるようになっている。今日はそこに泊まらせてもらえる。また無料だよ。
ただし一つの部屋に雑魚寝だ。ベッドもない。さすがに仕切りで区切ってくれた。
「………」
小悪魔が何か言いたそうにマルちゃんを眺めている。貴族をこんなところに泊めるのかと、私が責められているのでは。
「旅をすれば、色々あるな。野営になったり雑魚寝だったり」
マルちゃんがクッションに丸まって、気にしていないとばかりに独り言をこぼした。わりとこだわりがないんだよね。貴族だって忘れちゃうくらい。
次の日は軽い朝食を用意してもらって、出発。私達はこのまま先生の塾を目指すから、ここでお別れだ。
冒険者達は、この村に採取や屋根の雨漏りの修理などの仕事があったので、引き受けるんだって。召喚師は日曜大工が得意らしい。適性を間違えているんじゃないかな。
林道を歩いていると、女性の声が響いていた。木がたくさんあるからか、どこからなのかよく判らない。
「人を探しているみたいね」
「……聞き覚えのある声だ」
マルちゃんの知り合い? でも確かに、私もなんだか初めてな気がしない。
「おーい、リネーア。どこだいー?」
あ、そうだ。先生の塾から独り立ちして、初めて組んで一緒に仕事をした女性二人組の冒険者だ! 相棒とはぐれたのかな。一緒に探してあげたい。
「ディーサって剣士だよ、とりあえず合流しよう」
「おう」
マルちゃんはタタタッと軽快に進む。声が反響しているのに、迷いがない。すごいなあ、私も遅れないように付いていった。
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