第162話 塾に帰ります

 町に入り込んだミュルミドーンも全て倒し終えた。

 街中や町の周囲を、応援の部隊が念入りに確認している。

 冒険者達は解散で、後始末は兵達が請け負った。回復ができる人は残っていたりするけど、私もエルマもこれで終わりになった。大人しく付き従うゴーレムは、評価が良くなったはずだよね。マルちゃん、バイロン、そしてエルマと、バイロンをこわごわと眺める狐。皆でエルマの家に帰るよ。


 エステファニア先生は軍人と話し合いをしている。町外れにあるラビのエルマの家に泊まりますと告げたら、周囲の人が「ああ暴走ゴーレムのトコね」と、すぐに理解してくれた。

 ミュルミドーンの侵攻はどんどん活発になってきていて、他国では集落に攻めるべきだとの議論もしていたらしい。今回の夜襲を他国にしらせて、対応の足並みを揃えるのだ。


「ミュルミドーンの戦闘員をかなり減らしたから、しばらくは平気なのかな」

「むしろ攻めるなら今だろう」

「そうなの?」

 家に着いた安どからぼそりと呟いた言葉に、マルちゃんが答える。

「私達が考えても仕方ないよ。それより狐ちゃん、一緒にゴーレムの研究しない?」

「しないー」

 エルマが狐にフラれちゃった!

 てっきり狐もゴーレムが気に入ったと思ったんだけどな。

「なんで!?」

「私は職人になる~。レース編みの練習をするのだ~」

 ディーサがレース編みの募集があるって教えてくれたのを、覚えていたんだ。花輪職人からの転職だね。手作業が好きなんだな。


「ええ……、ならレース編みの空き時間で、ゴーレムの研究しよう! 衣食住を保証するよ」

 食い下がるエルマ。このままだと暴走ゴーレムの汚名がすすげない。

「じゃあやる。ごはんヨロヨロ~」

 狐の前足と、かがんだエルマの手でハイタッチ。交渉は簡単に決着した。すっかり人間の食べものの味を覚えちゃった狐は、山で暮らすのは辛いかも。

「ゴーレムか、この世界でも作られているんだね」

 バイロンがゴーレムについて何か喋ろうとしたので、人差し指を口の前に立てて話さないよう合図した。エルマに興味を持たれちゃうよ。

 バイロンは残して行かれないんだから、知識があるなら知られないようにしないと……!


「白い人! ゴーレムに興味が? いやむしろ、他の世界のゴーレムを見たの? 聞きたい聞きたい!」

「聞きたい~、夜は長いよ~」

 興奮するエルマに便乗する狐。長くないよ、もう明け方だよ。

「他の世界でゴーレムが稼働しているのを見ていてね。これは四角くて頑丈そうだが、それはもっと人型に近いものだった」

「人型に近い……、憧れるぅ」

「形成する職人、魔力を混める魔導師、魔力回路の調整人と役割分担をしていたよ」

「!!! そっか、やっぱり仲間が必要だよね」


 会話しながら、エルマが飲みものとクッキーを用意してくれた。疲れたし喉も乾いていたから、ありがたくもらうよ。ちょっと休憩してから寝る。

 もちろん、人数分のベッドなんてない。バイロンも含めて、床に毛布でゴロ寝。

「こういうのも楽しいね」

「ソフィアと一緒なら、ニヴルヘイムの氷の大地の上でも、業火に巻かれても心地いいだろうな」

「私が死ぬよ」

 大丈夫か、バイロン。いや手遅れだな。


 次の日、朝食を屋台で買った。

 マルちゃんは無言で、削ぎ切りお肉がたくさん挟まれた、生地の薄いパンを選んでいた。バイロンはフルーツと飲みものだけ。あんまり必要ないみたい。

 家で食べてしばらくお喋りしていたら、エステファニア先生と、先生が契約している女性天使が訪ねてきた。

「ソフィア、塾に帰りましょう」

「は……」

「エステファニア様が私の家にー! 感激、素敵だなあ」

 私の返事を遮り、大興奮で今にも暴れそうなエルマ。胸の前で指を組んで、頬を紅潮させている。


「ソフィアがお世話になったわ」

 先生は慣れているのか、表情を変えずに対応している。

「いえもう、いつまででも泊まってください! エステファニア様もお気軽にどうぞ」

わたしと泊まろう」

 狐はすっかりエルマと意気投合して、十年来の親友みたい。先生は部屋や、工房がある方へ視線をさまよわせた。

「……魔法の作業をするなら、整理整頓しないといけないわね。薬を作るほどではなくとも、清潔と浄化にも気を使って」

「はい……、気を付けます」

 注意されちゃった。先生はキレイ好きなんだよ。遠回しにこんな部屋には泊まれないと、お断りされた。


 玄関脇の棚には靴が詰め込まれていて、廊下の先に見える開けっ放しの部屋には、脱ぎ散らかした服。先生からは見えないけど、食器は相変わらず洗い場にたまっている。メモ書きが散らかってたり、工具が転がってたり。よく怪我せずに作業できるなあ。

 エルマに泊めてもらったお礼を言って、狐とも別れを告げた。マイペースで可愛い狐だったな。レース編み職人として、成功するといいね。


 ギルドで防衛を手伝った評価アップの手続きをして、町の外へ向かった。

 先生といると周囲の視線がすごいよ。先生が広域攻撃魔法を使ったのを、多くの人が目にしていたからね。

「先生、エステファニア先生! もうお帰りですか?」

 昨日援軍をひきいてきた偉い人が、走ってきた。先生は足を止めて、軽く会釈をしている。

「ええ、何かあったらいつでも連絡をくださいね」

「夜分に対応して頂き、本当にありがとうございました。お陰で最小限の被害で済みました」

「脅威は時を選ばず訪れるものです、協力するのは当然です。被害が少なかったのは町にいる方々が力を尽くしてくださったからだと、忘れてはいけませんよ」

「はい、肝に銘じておきます!」

 自分の成果を誇示しない……、さすが先生。軍の偉い人が、まるで配下みたいだね。


「……あの男は軍に所属していた時の、部下か何かか?」

 マルちゃんが尋ねると、先生が頷く。

「短い間でしたけど。今では先生と呼んで、親しんでくれています」

 本当に部下だったんだ! 軍にいた時の人が出世したんだなあ。そういえば、先生は国でも屈指の魔法使いという、普通にエリートだった。

 戦闘は終了しているものの、まだ残党やさらなる攻撃の可能性があるので、町の中は兵士が見回りし、厳戒態勢が続いている。門には一個小隊が待機しているよ。三十人くらいかな。

 私達は敬礼で送り出された。恥ずかしそうにするの、私だけだよ。


 門の外で狼になったマルちゃんに、久しぶりに乗る。先生達も飛ぶから、飛べないと置いていかれちゃうからね。

 イブリースにもがれてバイロンが治療してくれた、先生と契約している天使ベナド・ハシェの翼も問題なく動いている。緩いウェーブの茶色い髪が、翼に合わせて揺れていた。

「……私に乗ってもいいのに」

「バイロンと一緒に飛ぶ方が楽しいよ!」

 そのうち本当にくらを用意しそうバイロンなので、言葉を考えておいた。これなら喜ぶに違いない。

「そうかい、そうだね。並んで飛ぶと同じ景色が見られるね」

 嬉しそうな表情に、むしろ乾いた笑いが出てしまう。


 でも満足してくれたみたいだし、これでいいね。

「そういえば、リアナはどうなったんですか?」

「事情聴取が終わって、今は塾でご両親のお迎えを待っているの。貴女にも謝らせるからね」

「私はどうでも……。リアナは気が強いから、謝りたくないんじゃ……」

 逆にもっと恨まれそう。先生にも叱られただろうし。

「あれだけ大事になって、そんなつもりじゃなかったでは済まされないのよ。召喚術も二度と使わないと約束したし、塾も除名になったわ」

「せっかくたくさん勉強したのに、なんだかもったいないですね」

 リアナは実力はあるんだよね。

 だからこそ余計な厄介を呼び寄せてしまったワケで。


「さすが私のソフィアは優しいね。しかし人間の世界にイブリースが召喚されて問題を引き起こしたことは、天使達はもちろん他の種族にも知れ渡る。ティアマト様がこちらに召喚され、激怒された事件を多くの者が知っているように。その状態でまた召喚などをしたら、いい扱いは受けないよ」

「そうなのかあ……」

「俺達悪魔も情報を集めていたし、バイロン様や他の方を通して、ロンワン陛下に報告されているぞ」

 指名手配犯みたいになってるよ。

 召喚した術師の名前まで知られているものではないけど、もし相手が知っていたら悪い結果になるかも知れないみたいだ。


「明日にはご両親が迎えに来るから、気まずいでしょうけど我慢してね」

「は~い……」

 隣を飛行するバイロンに視線を送る。

 バイロン、余計な真似はしないでよ。

 バイロンが私に甘々でリアナを叱ったら、余計にこじれる気がする。喋らせないようにしよう。


 山の上の方に、先生の塾が木に囲まれてひっそりと佇んでいる。懐かしく感じるよ。

 後もう少しだね。

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