最終話 新たなる日々へ

 先生の塾には、今はリアナしかいない。他の子はいったん家へ帰っている。全部終わったし、また塾に集まって勉強を続けるよ。

 普段なら先生が帰れば生徒はお迎えに出てくるのに、リアナは姿を見せなかった。自室に籠もっているのかな。

「ただいまー」

 言いながら玄関を通った。子供の頃からここに住んでいるから、我が家に帰った気分だよ。私の部屋は、まだそのままになっている。元々帰る家がなかったから、荷物を送る場所もないんだよね。もう卒業だし、部屋を空けないといけない。

 でも両親の実家は遠く、あちらにも生活があるから家を買わないといけない。もしくは大きい町にある、物置を貸してくれるお店に預けるかだなあ。


「お帰り、みんな!」

 ケットシーのチュチョが出迎えてくれた。

「チュチョ、変わりはない?」

「エステファニア。リアナはずっと部屋で、他に来客もないよ」

「お留守番ご苦労様。夕飯にササミ肉を付けるわね」

「そうこなくっちゃ!」

 嬉しそうに先生の後ろを歩くチュチョ。以前は四本足で歩いてたけど、ケットシーとバレたから、二本足で尻尾が引きずらないように歩いている。


 荷物を部屋に置いて、皆が集まる居間へ移動した。

 椅子はなく、敷かれている厚手の絨毯に直接座る。クッションを使う人は自分で用意するんだよ。

 バイロンが隣に座り、マルちゃんは後ろにいる。

 少ししてから、先生がリアナを連れて姿を現した。リアナは少しやつれたような。

「……分かってるわよね、リアナ」

「……すみませんでした」

 やっぱり、ふて腐れて顔をそむけている。素直に私に謝れるわけないよね。

「君は何故、ソフィアを目の敵にしていたんだい?」

 質問したのはバイロンだ。簡単に事情を説明しているよ。それでも納得できなかったみたい。それもそうかも、結果が大きすぎたし。


「目の敵、だなんてつもりはありません。ただ、負けるのが悔しかっただけで……。ところで先生、こちらはどなた達ですか?」

 バイロンは初めて会うし、マルちゃんは狼姿でしか知らないんだっけ。騎士姿のマルちゃんと結びつかないのも仕方ないね。

「後ろがソフィアが契約している地獄の方で、隣にいらっしゃるのはソフィアの親族よ。ソフィアは記憶を頼りに、ご両親の実家を探したの」

「こんな立派な方が……!? ソフィアのご両親って、どういう方なんですか!??」

 バイロンは親族として紹介してもらった。先祖だから間違いでもない。

「お母様が貴族だったそうよ。自分が知っている情報だけで他人を見下すなんて、とてもバカバカしいことでしょう? 貴女もおかしな意地を張るのはやめなさい」

 戸惑うリアナを、ピシッとたしなめるエステファニア先生。さすがのリアナも、言い返しはしなかった。


「孤児だから、お金がないから。そんな理由だったね? どの人間も親なくしては存在しないし、金銭など人間の社会でしか価値を発揮しないものだ。そんな不確かなものでソフィアの価値が計られるなら、私が君のご両親が支払った何倍でも提供するよ」

「…………っ」

 リアナは弾かれるようにバイロンを見上げ、でも何も口にできずにいた。

 バイロンの笑顔は、今日はちょっと目が冷たい。

 バイロンはそんなにお金を持っていない。でも住んでいる世界には御殿があって宝石をたくさん持っている。

 この世界なら鱗を売れば、いくらでも儲かるんじゃないかな。白い龍の鱗なんて貴重だもん。しかも魔力に溢れているから、職人や鍛冶師が欲しがるだろう。


 リアナの私への優越感は、かなり砕かれてしまったのでは。

「……どうして自分があんな危険なものを召喚してしまったか、理解していないんじゃないか」

 今度はマルちゃんだ。リアナは手をグーにして、強く握っていた。

「“反逆の天使”は、確かに天に籍がある。それは神に願い出た猶予でしかないが……。人間が神の愛にかなわぬものだと証明する為に、天に所属しているんだ」

 そうそう、マルちゃんも元天使なのだ。忘れそう。

 マルちゃんの説明は続く。


「人間の言うことも聞くように、との命令が発端ほったんで、離反している。神は確かに、我らを創られた時には“自らの命令のみに従うように”とおっしゃっていた。ある意味では神に一途な忠臣だな。だから、お前みたいな“神の愛に値しない人間”を選んで召喚に応じる」

「そんな……っ」

 泣きそうな表情で、マルちゃんに視線を向けるリアナ。身を乗り出しそうになったので、先生が肩を掴んだ。

「その先生に、この世界に人間が創造された理由も教わってるだろう。それを考えれば、おのずと答えが出る」


 多分、魂を磨く為の世界だから、ねたんだり足を引っ張ったりせずに、自分自身を向上させる努力をしろって意味だと思う。

 そしてこういう説教は、人間を導く天使の役目。むしろシムキエルとかが、するものじゃないかな。単なるヒャッハーじゃないはず!

「……マルショシアス君は天使のような説教をするね」

 バイロンに思わず頷いた。

 マルちゃんって黒騎士姿が似合う割に、発言とかが悪魔っぽくないんだよね。ちなみに今は白いコートのままだよ。着慣れたら鎧より楽だと、とても当たり前の感想を言っていた。


 まだ納得がいっていないような渋い表情をしつつも、リアナも少しはこたえたみたい。反省するしかないのだ。

 召喚術がメインの塾で召喚術を学んだのに、これから一生使えないんだもんね。親と離れて暮らした数年間が無駄になっちゃう。家事や魔法とかも習ったから、こちらは役に立てられるかな。

 召喚倫理に厳しいエステファニア先生だっただけに、今回の事件は先生にも辛いものだったろうな。リアナには先生の気持ちを、しっかりんでもらわなきゃ。


 リアナはその日の昼食にも夕食にも、姿を現さなかった。

 食べものを差し入れようとトレイに載せて扉の前で聞き耳を立てたら、部屋を引き払う準備をしながら静かに泣いていた。

 声を掛けにくい。私はノックだけして、扉の脇にトレイを置いて部屋に戻った。

 やっぱり後味が悪いなあ。


 次の日、ご両親は荷物を引き取る荷馬車を引き連れて、昼前に到着した。

 何度も先生に頭を下げ、お断りする先生にお詫びの品を強引に渡して、落ち込むリアナの背中を撫ぜていた。

 ご両親と一緒に来た使用人とともに、私達も荷物の積み込みを手伝う。リアナの荷物って結構多いんだよね。マルちゃんは重いものを軽々と持ち、バイロンは眺めているだけ。

 本の一部は塾に寄贈される。他の荷物と間違えないように、皆が集まる居間に先に運んでおいた。


 馬車に乗り込む前に、リアナが半分だけ顔をこちらへ向けた。

「…………迷惑掛けて、ごめん」

 小さな声で、ボソリと呟く。

「ご両親を大切にね」

「……うん」

 頷いて馬車に乗り込み、扉が閉じられる。もう振り返りはしなかった。

 リアナの家の場所を私は知らないし、コレで本当にさよならなんだな。

 薄いわだちの跡をなぞるように、馬車が進む。


「……で、お前はこれからどうするんだ」

 馬車が見えなくなってから、マルちゃんが尋ねる。

 最初に旅の間の護衛をお願いしたんだよね。とりあえず契約の話をしようとして、ハッとした。バイロンがいる前で契約の確認はできないよ。マルちゃんに理不尽な要求をされそう。

「うーん、また旅に出るかな。でも私の荷物を移す場所も考えないとね。今度の目的は、お金を稼いで家を買うことだよ!」

「置き場所に困ったら、私に相談しなさい。四海龍王の宮なら広いから、いくらでも置かせてもらえるよ」

「迷惑とか以前に、必要になっても取りに行かれないよね!」

 バイロンが相変わらず! 四海龍王って、深い海底に住んでるって言ってたのに!


「そうね、新しい子の申し込みもたくさん来ていて、これから面接するのよ。ソフィアもそろそろ部屋を空けてね」

 先生が笑っている。ベナド・ハシェは口元を引きつらせていた。

「近いうちに何とかします~」

 のんびりしていられないね。まあ、マルちゃんがいれば余裕でしょ!

「卒業したら、一ヶ月以内に全部の荷物を片付けるのがルールだよ」 

「早い!」

 いつの間にかすぐ近くにいたケットシーのチュチョが、ヒゲをピンとさせながら教えてあげるとばかりに口を出す。


「家がある子達だったもの。ソフィアは探し当てた実家も他国だったでしょう、もう少し待ってあげるから」

 先生のもう少しって、本当に少しっぽい。急がないと捨てられそう。

「ふはぁ〜い……、早めに探します」

「だらしない返事だなあ」

「あ、チュチョ。お姉さんのチョチョちゃんから、王国に遊びに来なさいって伝言を預かったよ。伝えたからね」

「姉上が!? ええ、姉上の王国……」

 チュチョはお姉さんが苦手みたいで、会いたがらないんだよね。

「まあ、チュチョのお姉さんがいる、ケットシーの王国。それはご挨拶に行かないとね。ね、チュチョ?」

 エステファニア先生の追撃だ! チュチョは尻尾をシュンとさせた。

「ふにゃ〜い……」

「くふ、チュチョもだらしない返事だね!」

 言い返たよ! チュチョはちょっとふて腐れていた。


「じゃあね、ソフィア。私はもう行くから」

「バイロンもまた出掛けるの?」

「ああ、ここを離れるよ。でもまた何かあったらすぐに呼んでくれていいからね。明日でもいいからね。そういえば人間の女性は虫が苦手だとか。虫を倒して欲しい時でも、呼んでくれていいからね」

「そんなにワガママじゃないよ!」

 虫が嫌だから龍を呼ぶって、どういう人間なの。しかも他の国とかにいるだろう相手を。

「ではソフィアが長らくお世話になりました。これにて失礼する」

 先生に挨拶する姿は、立派な保護者みたいなんだけどなあ。


「お達者でお過ごしください」

「またソフィアの話を聞かせてもらいたいな」

「……ええ、いつでもいらしてくださいね」

 バイロンの清々しい笑顔に反して、先生の疲れた表情。

 バイロン、もしかして昨夜ずっと、先生から私の話を聞いていたんじゃ……! うっかりしていたよ、見張っていれば良かった。最後にとんでもない迷惑を掛けてた!

 前言撤回、やっぱり迷惑な過保護者だよ!!!

 真っ白な龍の姿になったバイロンは、塾の上で旋回して北西へと飛んだ。

 快晴の空に太陽が取り残されている。


「それじゃ先生、荷物の置き場所が決まったらまた来ます!」

「ええ、待っているわね」

「二ヶ月で決まらなかったら、相談に戻っておいでよ」

「ありがとう、チュチョ。そうする!」

「おいソフィア、荷物を持て。行くぞ」

 マルちゃんはまた狼姿になっていた。また二人旅だ。

「ちょっと待ってて、すぐ来るから!」

 私は慌てて荷物を取りに部屋に帰った。


「マルショシアス様、ソフィアをお願いします」

「任せろ。というかバイロン様から任されているから、どうしようもない……」

 後ろでは先生とマルちゃんが会話している。

 どうやらマルちゃんはバイロンを気にして、自分から契約の終了を言えなくなったみたい。最初の条件は旅の護衛だったし、一年ごとの更新の約束だったから、切らる場合もあったんだよね。マルちゃんがどう思ってるかはともかく、これは得したね。


 マルちゃんに乗って旅に出る。

 今度はどこに行こうかな、お金を稼げそうなところ。

 早く冒険者ランクをアップさせたいなあ。



★★★★★★★★★★★★★★★★★



これにて終了です!

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。約58万文字。短いようで、なかなか長かったですね。

狐とか狸とかケットシーとかカッパとか、他に魔物も色々と出せて楽しかったです。最初からそういう、ちょっと童話チックなほのぼの路線でいった方が良かったのかも知れない。


ちなみに次回は番外編です。よろしくー!

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