第94話 みんなで護衛

「ソフィアを探さないの? 貴方を自慢したいわ」

 契約したリアナという女が、私を振り返った。ソフィアというのは彼女とともに召喚術を学んだ同胞なのだが、やたらと敵視している。人間とは身近な者に敵愾てきがい心を抱き、負けまいとする。小さな争いを好むものだ。

「まずはこの世界について、知りたい」

「この世界に来たのは初めてなのね、リズ」

 適当な理由を付けて、本当の名前では呼ばないように念を押してある。

 人間ごときにいちいちこの名を呼ばれるなど、虫唾が走る。


「どのようにすべきか……考えねばな」

 ウリエルがいるな。邪魔されないよう、力を使わないようにしよう。あの頭の固い男に、私の崇高な目的が理解できる訳などない。

「とても頼もしいわ! 私の力になってもらう代わりに、天使様のお仕事を手伝う約束だものね。どんなことをするのかしら」

「……そうだな、人間達の状況を確認してからだな」

「今はこの近辺で戦争もないし、わりと平和よ。召喚術で大事になったりは、たまにしてるみたいだけど。そうだ、カヴンに加入したらもっと情報が手に入るわ」

 カヴン。召喚術師の集まりか。簡単に加入できるのか?

 契約をしているし、問題ないのだろうか。

 ……しかし、天の連中に私の居所が知られるのは、まだ早すぎる。


「私は内密のめいを帯びている。ここにいると、大々的に知らせるわけにはいかない」

「……そっかぁ。……それなら、召喚協力会なら会費を払えば、ほとんど詮索もされないみたい。伝手はないけど、召喚協力会がメインで出資しているシャレーなら、召喚協力会に登録してもらえると思うわ。うん、きっと大丈夫よ」

「便利なものだな」

 リアナは該当するシャレーがどこにあるか記憶をたどりながら、別の町へ移動を開始する。彼女自身、実家を逃げるように飛び出したのだ。目立つ行動はしないだろう。

 山の中を進んで、夜闇に紛れる魔物を倒して安全を確保。自分に都合のいい行動を取る相手を、容易く信じている。


 主よ、ご覧に入れよう。

 貴方が心を砕き我らの上に定めようとされた人間は、移ろいやすく高きものを望むことのない、貴方の愛に見合わぬものだと!



 □□□□□□□□□□□(以下、ソフィア視点)



「お前ら、何してんだ?」

「ここでは鉱山観光だ。依頼を受けつつ旅をしているだけだ」

 短くて、竹のような緑色の髪をしたシムキエルが尋ねる。私達は喫茶店を出て、ギルドへ向かっていた。今はまさに、目的のない旅になってしまった。

「ふう~ん。いい依頼があるといいね」

 モスグリーンのローブのオルランドは、店頭に並んでいる天然石を眺めながら歩いている。二人はヤバイ天使とやらを探し中。この辺りに召喚されたことだけは確からしい。『森の隠者の会』の先生達も注視している。

 ただ、権力者に知られると悪事に利用されかねないので、派手に動き回れない。ティアマト事件もあったんだし、召喚術師達も慎重に行動しているのだ。


 ギルドではやはり鉱山関係の依頼が多く、今日もちょうどいい討伐はない。

 できればAランク以上と書かれた、護衛の依頼はまだ残っている。なかなか受け手がいないのね。オルランドはBランクだから、断られるのかな。ヴィクトールだったら確実に受けられたのにな。

「町を出るような依頼がいいな。どこへ行くんでもいい」

「悪さでもしたのかよ」

 いつになく真面目に依頼を探すマルちゃんを、シムキエルが茶化している。モテたからって教えたら、怒られそう。黙っていよう。


「早く出発したいんだ……、誰かいないのか」

 採取でもいいかなと考えていたら、受付で商人らしき男性の騒ぐ声がした。護衛が見つからないのかな。今もサロンには冒険者がいる。ただし駆け出しっぽい子や、ランクの高くない冒険者だ。

 鉱山での仕事を受けるなら、高ランクである必要はないからね。場所柄、低ランク冒険者も多く仕事にありつける。

「Aランクなんて条件じゃねえ。ここに在中している人は、今は出払っているし」

 そうか、できればAランク以上とある護衛依頼! 昨日からどころか、ずっと受注がなかったの!

「ちょうどいいじゃねえか、移動がてら受けちまえよ」

 シムキエルがオルランドの肩を叩いた。

「お~。ソフィアとマルちゃんも一緒だよね?」

「できれば、お願いします!」

 依頼主がいるんだし、交渉するチャンスだもんね! ただ、オルランドってとぼけた話し方をするから、強そうに思えない……。こういう時くらい、シャキッと喋ってほしい。


「前回、盗賊に襲われてヤバかった。通りすがりの方に助けられなければ、皆殺しにされたかも知れん……。今回は前回よりも積み荷が多い、万全を期さねば」

「な~るほど。なら僕らとか、どうですか~。召喚師だからお得だよ」

 召喚師だからお得というのは、召喚師が契約している存在には賃金が発生しない場合もあるので、人間二人を雇うよりはお得ということだ。もちろんマルちゃんやシムキエルのランクになったら、それなりに支払いを請求できる。

「Bランク……契約しているのは?」

「僕は戦うのが得意な天使で、ソフィアはDランクだけど地獄の貴族と契約してる。Aランクで探すより、この二人が揃っていると頼りになるよ~」

 受付カウンターの前にいる商人が、シムキエルを頭からつま先まで眺め、マルちゃんに視線を巡らせた。どっちも強そう。

「それは願ってもない! で、お二人の所属するカヴンは?」

「僕らは二人とも、『若き探求者の会』に所属しているねえ」

「こりゃあ本物だ! 是非とも護衛を頼みたい。契約してる二人の分も、通常の賃金を払うよ!!」


 カヴンを耳にして、商人はパアッと明るい表情になった。知名度が低いわりに、信用が高いね。私が依頼札を持って行き、そのまま受注する。

「なるべく早く、出発したい。商売で東に行くんだ」

「オッケーオッケー。今日は宿を取ってあるし、明日の早朝、出よっか。どのくらいかかりそう?」

「国外に出るから、移動に五日かかると思う。明日出発すれれば、期日まで余裕が一日ある計算だ」

「準備しておくね~」

 仕事は決まったし、Aランク以上を希望していただけあって、Dランクの私がもらうには多すぎる金額が提示されていた。その上マルちゃんの分ももらえるなんて。気合が入るね!

 移動中の食費や、宿泊した場合の費用は依頼主が出してくれる。

 とはいえ、自分でも水や食料を持っておかないと。話からして危険がありそうだし、ポーションも買っておいた。あとは腹痛の薬とか。お腹を壊すと大変。


 東かあ、何があるかな。キングゥ達が行った方だけど、もっと遠い国みたいだった。会わないかな。

 出掛ける準備をしたら、早めに休んで明日からの仕事に備える。

 そうだ、観光鉱山で私が集めた水晶のチップに護符を置いて、月光に晒そう。これで浄化され、魔力も回復するよ。魔力の増強と制御をする付与をした、スモーキークウォーツの指輪を置いた。

 もっと可愛い石の指輪がいいなあ。水色とか、黄緑とか。でも初めて自分で注文した護符で、愛着があるんだよね。今回も結局、買わなかった。



 いい天気で、旅日和!

 早めに朝食を食べてから、集合場所である町の入り口付近へ出掛ける。オルランドが時間ギリギリに走って来た。シムキエルに怒られているよ。

「では揃いましたな! よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす!」

 護衛は私達の他に、隊商と専属契約している人が三人。剣、槍、魔法使い。魔法使いは防御と攻撃で、回復はできない。弓も置いてあるので、誰か使うみたい。

 荷馬車の中で自己紹介をした。今回は危険な地域まで、護衛は荷馬車に乗って行かれるよ。商人と同じ馬車にも、魔法剣士の護衛が一人、同乗している。


 何が起こるかな、何も起こらないといいなあ。

 フォルネウスみたいにわざわざ罠にかける悪魔がいない分は、気持ちが楽だね。

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