第93話 シムキー再び!

 どんどん土や岩が降り、マルちゃんの姿が埋もれる。

 ユーニスは地面に膝をつき、顔色が真っ白だ。

「マルちゃん、マルちゃん! 大丈夫!?」

 埃は低いところに漂って視界は戻ってきたけど、マルちゃんの姿は見えない。

「旦那、返事してください! 今、助けます!」

 岩の落下が落ち着いたのを見計らって、ドワーフと男性達が慎重に救助に向かう。


「あの野郎……」

 マルちゃんの声だ!

 手で積み重なった岩を壁に吹き飛ばして、行く手を塞ぐ土を蹴りながら悪態をついている。

「地獄に帰ったら、ただじゃ済まさん!」

「マルショシアス様! よくぞご無事で……」

「この程度ならどうってことはない。だが、悪ふざけにもほどがある。フォルネウス……覚えていろ……」

 さすがにご立腹だ。黒い鎧も髪も、かなり土で汚れてしまった。フォルネウスはもう、どこかへ消えている。本当にとんでもない悪魔だった。

「僭越ながら……ご友人は選ばれた方が良いですわ、マルショシアス様」

 涙目で控えめに訴えるユーニス。私もそう思う。

「あんなヤツ、友でもなんでもない! ああやって人をおとしいれるのが趣味な、最悪の野郎だ!!」

 ゲームや勝負は付き合うのが面倒でも、まだマシな方の趣味だったね……。

 とにかく塞いでいた大岩は、もう壊せる。大岩の上面はこちらが低く、斜めになっているところに乗っていた石や砂が、振動で崩れただけだった。


 この石や土の山を退かせば、作業を再開できるね。こういう余分な土なんかを、トロッコで外まで運ぶわけだ。

 ドワーフが周囲の状況を確かめて、もう崩れないだろうと判断した。崩落事故にまで至らなくて、本当に良かった。

「風呂に入りたい」

「戻ってすぐに用意させますわ」

 さすがにこのままだと可哀想だもんね。鉱山の観光は中断して、ユーニスと坑道の外で待っている護衛と一緒に、代官さんの屋敷に戻る。馬車はすぐ近くまで迎えに来てくれていた。

「あの、お連れ様が先に飛んで去ってしまわれましたが」

 事情を知らない護衛が、どうしましょうかと尋ねてくる。

「……放っておけ。もう戻らんだろう」

「屋敷で説明いたしますわ……」

 マルちゃんの前では話しにくいね。また怒っちゃう。


 帰りの馬車は会話する雰囲気じゃなくて、ずっとしいんとしていた。

 空気が重い……。

「そ、そうだ。お肉パーティーとかどうですか? マルちゃん、お肉が大好きなんです」

「いいですわね! 料理人に肉料理を追加するよう、申し付けましょう」

 ユーニスも乗ってくれた。チラリと横目でマルちゃんを盗み見る。

 やっぱりムスッとしているよ……。お肉で機嫌が直るといいな。

 

 屋敷に着いたら、早速お風呂の準備をしてもらう。

 私はお腹が空いたので、ご飯をご馳走になった。午後からどうしようかな。鉱山観光が終わったらどこかでお食事して、町を散策する予定だった。

 一人で町に行くか。マルちゃんは部屋でゆっくりさせてもらったらいいよね、のんびりするのが好きだし。

 それにしても、このハンバーガー美味しいなあ。ソースがいいね、ソース。そしてハンバーガーにもポテトだよね。最高。

 マルちゃんもお風呂を借りてから食べたみたい。隣のマルちゃんの部屋をそっと覗いたら、ハンバーガーをお代わりしていた。

 代官さんの屋敷で用意してくれた、ラフな服装になっている。服や鎧は洗ってもらえるんだろう。屋敷に逗留中で良かった、全部お任せできちゃう。

 

 ちょっとお昼寝してから町へ行くよ。

 人間に混じってドワーフや妖精が歩いていて、力の強い虎人族なんかも見掛けた。

 まずは……ギルドかな。シャレーは鉱山関係ばかりだし。

 ギルドは木の建物で、冒険者のパーティーが意気揚々と出て行った。中は広くてカウンターが二つ、その奥に買い取り窓口、サロン。サロンではパーティーメンバーの募集をかけて待っている人がいる。

 どんな依頼があるかな。

 平和な場所みたいで、討伐は少ない。運搬や護衛が多いな。やっぱり鉱山の町だね。あとは……お店のお手伝い、庭掃除。

 時間はあるんだ、やることが決まっていないのだ。

 護衛とかやりたいけど、やっぱりCランクからばかり。これなんて、できればAランク以上って書いてあるよ。どんな立派なものを届けるのかな。


 庭掃除くらいなら今からでも、今日中に終わるだろう。

 私は札を持って行き、これを受注した。場所は繁華街から少し離れたお店で、落ち葉を集めてゴミを分ければいいだけ。

 夕方までに終わり、いったんギルドへ寄りお金を受け取ってから、代官さんの屋敷へ向かう。

 夕食はお肉がたくさんで、マルちゃんがいつもよりたくさん食べていた。

 ちなみにユーニスお嬢様は、マルちゃんの上品でいて豪快な食べ方も気に入ったようだ。早くここを出るべきだよね。どんどんマルちゃんが好かれちゃう。

 広いお部屋のふかふかベッドとも、もうお別れね。


 次の日、観光鉱山で頼んでおいた石が届いたので、お屋敷を出ていくことにした。ここを受け取り場所にしてしまっていたのだ。

「ではここを発ちますので」

「まあ、こんなにすぐにですか? もっとゆっくりして行ってください」

 ユーニスはいつまででも引き止めそう。ステキなお部屋と美味しいお食事は、本当に名残惜しい。

「石を受け取りましたし。お世話になりました~!」

「……失礼する」


「マルショシアス様……」

 今生こんじょうの別れみたいな、切ない表情で見送っている。マルちゃんは振り返らずに出て行った。余計に雰囲気があるよ。

 私達は本来泊まっている宿に戻るだけなんだけどね。

 この町を出るのは依頼を受けたらだな。

「さっさと依頼を探すぞ」

 同じ町にいたら、またユーニスに会っちゃう。マルちゃんがいつになく急ぐ。私も面倒になってきたし、ギルドで依頼を探すぞー!


「マルショシアス、探したぜ」

 繁華街を歩く私達の後ろから、男性が呼び掛ける。聞き覚えのある、横暴なこの怖い声は。

「……今度はお前か」

「シムキエルさん」

 破壊の天使、シムキエル。探していたって、用があるの? また悪いことじゃないといいなあ。せっかくフォルネウスがいなくなってくれたのに。

「ここじゃ、ちょっとな。ツラかせや」

 絡まれている感じしかしないけど、そういうわけではないらしい。

「やっほーソフィア」

「オルランドさん、どうしたんですか?」

 軽く挨拶するは、シムキエルの契約者のオルランドだ。モスグリーンのローブに、水色の髪をしている、今日はちょっと跳ねてるね。寝グセ?

「なんかね~、シムキーがマルちゃんに話があるんだって」


 個室があるお店を探して、詳しく聞くことにした。

 シムキエルが道行く人に「個室ある店、知らねーか」と普通に尋ねて、教えてもらった。乱暴な言葉遣いなのに丁寧に教えてくれた見知らぬ親切な方よ、ありがとう。

 すぐ近くにあったこげ茶色の壁の喫茶店で、壁に区切られた小さな個室が並んでいる。引き戸の扉の上半分は細い木を縦に縞模様のようにはめてあり、中が覗けるようになっていた。

 ドリンクを注文して、途中で店員が来ないように届いてから本題に入る。

「……面倒な事態になってやがる」

「面倒? 珍しいな」

 声を潜めるシムキエルに、マルちゃんが不思議そうに何かあったかと問う。

「天に籍を置いたままの反逆の天使……といえば分かるだろ。ヤツを召喚したバカがいる」

「本当にバカだな。しかしわざわざ俺に忠告とは、どういう風の吹き回しだ?」


「どういうこと、マルちゃん?」

 反逆の天使。それがマルちゃんに危険なの?

「詳しくは俺の口から説明できないが……、人間を憎む天使だ」

「そーゆーこった。もし見掛けたら、俺に知らせろ。小悪魔を飛ばしてくれてもいい。ウリエル様も探してくださっているんだが、魔力を押さえてて、かいくぐられる。第一位の天使の力があるからな、下手すると取り返しのつかねえことになっちまう」

 要するに、メチャクチャ強くて人間を憎んでいる天使が召喚されているから、探したいのね。手あたり次第、助力を求めているのかな。

「なるほど。あの天使なら人間だけじゃなく、龍神族でも退かないからな。ソフィア、お前も気を付けろ」

「うん、怖い天使なわけね」


 頷く私に、シムキエルが両肘をついて、らしくもなくため息を落とす。

「そんなトコだな。……ヤツは、人間が主の御心に適うものではない、と証明したいんだよ。魂を罪に堕としてな。下手すると、人間同士の戦争を引き起こすくらい、やりかねねえ。俺の仕事が増えるから、やめろってんだよ」

 それってもう、悪魔じゃないの? フォルネウスより危険なんだけど!

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