第104話 捜索の依頼
宿の部屋は狭いながらも、清潔で快適だ。
朝食も用意してくれるので、全員分を頼んでおいた。オルランドは片腕がないので、パンを千切れない。私が代わりにやろうとしたら、気付いた宿の人が食べやすいように切ってくれた。
オルランド達には宿で休んでもらって、私が用事を済ませる。バイロンとマルちゃんも一緒だ。
まずは冒険者ギルドで依頼の終了処理。オルランドのギルド証なども借りておいて、怪我で来られないことを伝えると、つつがなく受け付けてもらえた。
次に商人のところ。
宿の場所と払った金額を報告したら、その場で払ってもらえた。気前がいいな。
商人はこれからオークション主催者への挨拶と、出品する品を納めに行く。ついでに私達が見学することも、頼んでおいてくれる。出品者はオークションに参加できないので、今回エリクサーは買えない。
もし参加できても、手が届く金額ではないだろう。
「オークションについては宿に知らせるから、当日までは自由にしていて。オルランドさんの痛み止めとかは足りているかい? そのくらいの薬なら、私が用立てるよ」
「ありがとうございます、とりあえず大丈夫みたいです。何かあったら相談させてもらいますね」
「もちろん。君達のお陰で、道中はずいぶん安全だった。感謝しているんだからね、頼ってくれよ」
力強く胸に拳を当てる。困ったら遠慮なくここに来よう。いや、最初にバイロンに相談した方が良さそうだ。なんか最近、変な対抗意識を燃やすんだもん。
オークションまで暇になったよ。そうだ、シャレーに寄ろう。
この町は『ヘルメス振興会』のお膝元だけあって、大きくて立派なシャレーがある。オシャレな白い壁で周囲には花……ではなく、薬草が植えられていた。
「こんにちはー」
「こんにちは、旅の人?」
シャレーでは数人が談笑していた。壁にはポーション類の作製依頼の札が並んでいる。私は作れないからなあ。
「……は? 待って待って! え、なに!? どういう人?」
奥の席に座っていた男性が立ち上がって、こちらをまじまじと見ている。視線の先にはバイロンが。
「そっか、貴族悪魔だ」
「それどころじゃないのがいる!!!」
バイロンはにっこり微笑んで、それだけだった。他の人もこれ以上の追及はせず、男性は斜めになった椅子を直している。足元に寝そべる強そうな獣が、怯えて小さくなっていた。
「実はエリクサーが必要で。オークションに出品されるんですよね? 普段は買えないんですか?」
率直に尋ねると、皆が苦笑いをしている。
「買うのは難しいんじゃないか。成功率が低いし、貴族や豪商から売って欲しいと、予約が入っているから。オークションでは目玉商品として、優先的に出品しているんだよ」
エリクサーは『ヘルメス振興会』で管理していて、受付の窓口にもなっている。まずは振興会に欲しいと打診しておくと、出来上がったら順番に売ってもらえるそうな。もちろん、成功率が低く素材の入手もままならないので、かなり順番待ちの人がいる。
オークションで買うのが、順番待ちをしないで済む方法。ただしこちらの方が、高い金額を払うことになる。
エリクサーに関してのみ、個々でのやり取りは会の規則で禁止されているとか。
「そうなんですね~……。じゃあ買うのは、かなり難しいんですね……」
「オークションは半年に一度。個々のやり取りが禁止されている理由の一つは、誰が作っているかを秘密にするためだよ。昔、エリクサーを作れる職人を貴族が監禁して作らせようとしたって事件があってね」
なるほど。安全面を考えても、知られない方がいいわけね。間違っても作れるぜとか、自慢したらいけないのね。
振興会に購入の申し込みをしても、下手をすると年単位で待つことになりそうだ。
まずはオークションで様子を見て、半年後にかけるか……。
「どの会に所属してる?」
悩む私に、男性が尋ねてきた。
「若き探求者の会です」
「え、すごいじゃん。どうしてもエリクサーが欲しいんだよね? 森の隠者の会の先生から打診があれば、優先的に考えてもらえるはずだよ。先生方は本当に危険な時に、国を越えてまで駆け付けてくれるからね。ただ、お金は必要だ」
「ありがとうございます! まずはお金を稼ぎますね」
「頑張れ!」
なんか応援された。頑張ろう。
先生たちの会って、どこへ行っても有名だね。お金を貯めてからオルランドの先生に相談するのも、アリかも!
希望が湧いてきたよ。
少しでもお金を稼ごうと、ギルドへ向かった。
ギルドはたくさんの冒険者で賑わっている。依頼を受けるのではなく、雑談や情報収集の場と化しているよ。商人やオークションの参加者の護衛で訪れている人が多いみたい。
交代で見張りや警備をして、あと余った時間はヒマなんだろう。とはいえ、依頼を受けられる程の余裕はないよね。
「お願いします、確認だけでもいいんです。とにかく迅速に……」
和やかな空気を破り、受付で焦燥に駆られながら依頼を出している人物が。
三十歳近い男性だ。ちょっと聞き耳を立ててみる。
「すぐに依頼札を作ります。昨日到着予定の、オークションに参加する貴方の主人が到着されないのですね」
「はい。兵に頼んだんですが、盗賊の襲撃騒ぎがあったばかりで警戒中ということもあり、すぐには出せないと言われてしまって……」
周りの人達も、会話をそれとなく聞いていた。急ぎの依頼なら、その分報酬が高くなることが多い。
しかし移動中だけの警備依頼ならともかく、往復や期間を決めて受けている場合、依頼主の許可なく簡単に町の外へは出られない。
私はとりあえず行きだけの契約だから、平気だよ。隊商には専属護衛もいるし。
「では依頼内容は、主人の安否の確認と、状態を知らせること」
「こちらからは全く状況が解らず……。ルートは決まっているので、前の町まで行っても行き合わない場合は、捜索隊を組んでもらいたく……」
なるほど、通る道が解っているなら、とりあえず往復して来ればいいわけだ。
「あの~、それなら私が受けてもいいですか?」
後ろから声を掛けたら、依頼主の男性はバッと勢いよく振り返った。
「受けてくれるのか? 私の馬を貸すし、足りない分はお金を出して……」
「いえ、召喚師なんで。契約してるマルちゃんに乗れば、飛んで行かれます。今日中に結果を伝えられますよ」
「それは助かる……! とにかく無事かどうかと、どの辺りにいるか。もし会えなければ、前の町を通ったかを確かめてくれ」
前の町での宿を教えてもらう。そこまで会わなかったら、実際に泊まったかを確認することにした。
「了解しました。回復魔法が使えるので、軽い怪我なら対応できます」
「頼もしいな! 治療や戦闘が発生したら、その分の代金は主人が必ず払ってくれる。ケチな人じゃないから安心して」
オークションに参加するだけあって、かなり裕福なんだろう。これは報酬も期待できる。無事でいてくれますように。
「では、受注で! 発見できない場合の報酬の減額などは、どうしますか?」
ペンを片手に、ギルドの職員が明るい声で尋ねる。
「ナシで。今日中に往復できるようだし、代わりに期限を日付が変わるまでにさせてもらう。深夜になってもいいから、必ず私の宿に連絡して欲しい」
「了解しました。すぐに出立します!」
条件が決まったので、即刻受注の処理をしてもらう。
地図を広げて詳しい行程を教えてもらってから、ギルドを後にした。大きな門をくぐり、町の外で狼姿に変身したマルちゃんに乗る。バイロンも付いて来たよ。
探すのは、イグナシオ商社の会長さん。立派な馬車で、しっかりと高ランク冒険者の護衛を引き連れ、北側の山の間を抜けてくる。隣国でもこのオークションは知られていて、参加することがステータスでもあるんだとか。
お金をたくさん持っていそうだし、襲われないかとか心配だよね。
北の空は薄墨色の雲が広がり、雨になりそうだ。早く見つけないと。
広がる森に入っていく冒険者はいるけど、山に差し掛かるまでに馬車の姿はない。北から来るのは、道を急いで南下する二人組がいたくらいだ。
「……上空からだと見逃すかも知れんな。高度を下げるぞ」
この先は木の多い道だ。マルちゃんが地上付近へと翼をはためかせた。地面に刻まれた
隣国に入る前に、聞いた通りのチョコレート色の馬車を発見! 馬車に傷があるから、襲撃があって遅れているのかも。周りには人もたくさんいるし、とりあえずは無事みたいね。
……あれ? なんで馬車を馬や獣じゃなく、人が頑張って曳いたり押したりしているの……???
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます