第139話 ボクを王国へ連れて行って
斜面を上って村を目指す。道は土を固めただけで、あまり広くもない。木の根が出ていたり、でこぼこしている。
「こっちっすー」
分かれ道を北へ進んだ。東は坂がキツくなっているので、こっちで良かった。
しばらく進んだ先で視界が開け、ぽつぽつと家が点在する小さな村に出た。
「この村かあ。宿とかあるの?」
「ないんすね~、これが。民家に泊めてもらってます」
「親切な人がいてくれて良かったね」
山際にある、一軒の家。ここで熱を出したこの小悪魔の契約者が、部屋を借りている。小悪魔はガチャッと扉を開け、まるで我が家かのようにズカズカと室内へ入った。
「帰ったよ~。冒険者に襲われて、なーんも見つけられんかった」
「へ? 冒険者に?? って、誰?」
家の主人かな、男性がおやつを食べている最中だった。
「お邪魔します。こちらに病人がいると聞き、持っている薬を渡しに来ました」
「こりゃども。風邪みたいで、熱があって喉が痛いと言ってます。熱はまだ下がってないので、ありがたいですね」
食べていたドーナツを木のお皿に置いて、軽く会釈する男性。
「討伐する魔物と間違えられた」
「あ~、最近雷を起こすのがいるって噂だったな。驚かせて楽しんでるのか、攻撃して姿を見せないんだ」
なるほど、それで討伐依頼でも雷を使う魔物、とだけだったのね。雷でビックリさせて楽しむ豚。害は少なそうだけど、迷惑な魔物だ。
「雷の豚らしいよ」
「豚? そりゃまた珍しい……。あ、いります?」
男性は食べかけのドーナツの隣にあるもう一つを、私に勧めてきた。一人で食べるのが気まずかったのかな。
「いえ、大丈夫です」
「ほんじゃこっち」
私達は小悪魔の契約者がいる部屋へ移動する。男性は座り直して、おやつの続きを食べるようだ。
小悪魔に案内された部屋にはベッドと机、備え付けのタンスがあった。
誰かが使っていた部屋だろう、服や雑貨などの荷物が中途半端に残っている。彼らの荷物はあまり広げられておらず、鞄のまま置かれていた。
契約者の男性は、布団を被ってベッドに寝ていた。寒いのか、掛け布団の上に大きなタオルが二枚重ねられている。顔色は赤くて、熱はそれほど高くない。確かに普通に風邪っぽいな、手持ちの薬で様子を見れば良さそう。
「これが解熱薬、喉の薬は持ってないんだ。水分をこまめに取ってね。乾燥させないようにして、アメとか舐めるといいよ。下痢止めとか腹痛に効果あるのはいる?」
旅でお腹が痛いと困るからね! 他国に行くと食事が合わなかったり気候が違ってお腹を壊しやすくなったりするから、お腹の薬は旅の必需品だよ。
「下痢止めだけもらっとくかなあ、腹は気になってたみたいだ」
「うん、用意するね。二、三日しても良くならなかったら、ちゃんとお医者さんを呼んだ方がいいですよ」
「ありがとうございます、払っておいてくれ……」
契約者の男性は辛そうな息で、布団から腕を出して鞄を指さした。
小悪魔は慣れた手つきで鞄を漁り、お金を支払ってくれた。
「ありがとさん、行商人でも来ないと薬が入らないからさあ。困ってたす。安く泊めてもらう代わりに、食材とかなんとか探してたんだ。また出掛けてくる~」
しっかり請求されていたらしい。小悪魔がウロウロしていたのは、森の中で薬草や食材などを探していたわけか。再び外へと探しに出掛けた。いいものが見つかるといいね。
家主にあいさつして、私達も家を後にした。
集落の入り口付近に、小さな店がある。
お客がいなくて入りにくいと悩みつつも、せっかくだし覗いてみることにした。マルちゃんは外で丸くなっている。
「いらっしゃい。冒険者の方かな? ヒヒ……依頼もあるよ」
おばあさんが独特な笑い方で迎えてくれた。ちょっと怖い。
手作りの食べ物が幾つか並び、衣料品や日用雑貨が売られている。棚には薬が置いてあった。今は貼り薬と傷薬、それにくしゃみの薬しかない。
「薬はね、近いうちに入るよ」
「神秘なる魔女の会の方がいるんですね」
「よく解るねえ。森の奥に住んでいるよ……ヒヒ」
くしゃみの薬を作るのは、たいてい神秘なる魔女の会の会員なのだ。魔女の入門アイテムとして作らされるらしいよ。
手編みのマフラーとかも売っている。一通り眺めたけど、特に欲しい物はないな。食べ物はどうしようかな、手作りの漬物は作った人によって味が変わるよね。
悩みつつ、正面の壁に貼られた依頼を見てみた。
家の補修とか素材の納品とか、近くの村の急ぎではない依頼が幾つか貼られている。集めてからギルドに正式に依頼するんだな。
ここで依頼を受けた場合は、しっかり依頼書と依頼者の承認を貰い、自分でギルドへ行き受注と終了の受け付けをしないと評価にならない。その時に支払う手数料も貰い忘れると、損をしちゃうよ。
中で一つ、おかしな依頼を発見。
『ケットシーの王国へ同行 報酬は煮干し五個 魚、応相談』
「なんですか、コレ」
「ヒヒ……お目が高い。ちょうどうちで寝泊まりしてるから、本人……本猫? から聞くといいさ……。アーク、おいで」
本猫。ケットシーの依頼だな。呼ばれて出てきたのは、黒猫だった。四本足で奥から軽快に現れて、二本足になって立ち上がった。
被っている帽子のつばを、おもむろにクイッと持ち上げる。
「やあレディ、ボクはさすらいのケットシー、アーク。ただ旅に疲れ、安住の王国を求めているのさ。もし王国の場所を知っているなら、ボクを連れて行って欲しい」
「ソフィアです、初めまして……」
変な猫がやって来たよ。さすらいのケットシー? ケットシーが旅をするの? 危険そうだなあ、戦えないのに。
「フ……、レディはボクが旅をするのが不思議なんだろう? ボクにはここがある」
肉球でポンポンと頭を叩いた。髭がピンと伸びる。
「頭?」
「行商人の荷馬車にもぐり込んだり、冒険者達が歩く後ろを付いて行くのさ。ボクらのようなか弱く知能が頼りの種族は、臨機応変に事態に対応しないといけない」
勝手に荷馬車に乗って旅したのかぁ。猫一匹くらいなら、バレれても笑って済まされそうだね。
「ところで報酬の煮干しはともかく、応相談の魚って?」
「煮干しはボクが猫のフリをして愚かな人間に貢がせた、宝物だよ。魚は欲しければ途中で、レディの為に手に入れよう。魚を取るのは、ケットシー紳士のたしなみだからね」
紳士のたしなみ。魚を取るのは、猫のたしなみなの?
猫が必死に集めた煮干しを奪うのは、さすがにできないな……。
「ケットシーの王国なら行ったことがあるから、受けるよ。女伯爵のチョチョちゃんの国で、他には知らないよ」
「おお、チョチョ女史の国! 叶うならボクを、その国に
「じゃあ決まりだね……、寂しくなるねえ」
「お世話になったよ。お元気で」
おばあさんはアークの頭を帽子の上から、しわだらけの手で撫でた。変なケットシーでも、一緒に暮らすと情が移るよね。
アークが荷物を取って来る間、店内をゆっくり眺めていた。おばあさんはカウンターの奥で何か包んでいる。
せっかくだから漬物のキュウリと、先生に手編みのショールを買った。長く店内にいるので、何も買わないで出にくい感じになってしまった。
「お待たせ! 出発しよう」
たすき掛けにして、風呂敷を背負ったアークが元気に手を上げる。
「ヒヒ……これも持っておいき」
「これは……」
「……煮干しだよ」
小さな白い紙で、丁寧に包んだ煮干し。アークの風呂敷にそっと入れてあげた。
「ありがとう! 貴女の生涯に幸多からんことを!」
「アークのお陰で、楽しかったよ」
握手を交わし、別れを惜しむ一人と一匹。これは私も責任重大だね。きちんとケットシーの王国へ、送り届けないと。
「私が責任を持って連れて行きますんで!」
「頼んだからね」
さあ出発。店の出入口では、マルちゃんが丸くなって待っていた。
「ずいぶん時間が掛かったな。……なんだその猫は」
「お待たせ、マルちゃん! ケットシーのアークだよ。王国へ同行する依頼を受けたんだ」
「アークです。宜しく頼むよ、犬君」
「俺の体は狼だ!!!」
お決まりのボケになってきたね。マルちゃんのツッコミも慣れたものだ。
このままだといけないから、ちゃんと紹介しないと。
「マルちゃんは私が契約している悪魔で、とても強いんだよ。魔物が出たら、隠れていてね」
「ありがとうレディ、りっぱな召喚師なんだね」
猫に褒められた。ちょっと嬉しい。
ケットシーの王国に行きたくないマルちゃんは、少しご機嫌斜めだ。勝手に決めずに、呼んで相談した方が良かったかな。でもきっと、善行になるよ!
「狼君は機嫌が悪いね。報酬が欲しいのかな? ボクが君の分も魚を取ると約束するよ」
「いらん」
「遠慮しなくていいのさ、ケットシー紳士のたしなみだから」
出た、謎のたしなみ。
でも魚を取るにしても、この辺に川なんてないんじゃないかな。ケットシーの王国の近くとかにあるかな?
マルちゃんは魚よりお肉派だから、もらっても喜ばないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます