第140話 豚と猫と狼と

 村を後にした私とマルちゃんとケットシーのアークは、来た道を戻って山を下りた。違う道を進んだら、迷っちゃいそう。

 さっきの小悪魔が木の実と鳥を抱えて歩いているのが、やぶの向こうに見える。狩りまでしたようだ。飛べないのによく鳥が獲れたなあ。途中で村の住民らしき人と、早足ですれ違った。

 護衛を雇えない人は、こうやって昼の間に魔物と遭わないようにササッと出掛けるのだ。武器を持って数人で移動したりもするよ。

 

「……何かいるな」

 マルちゃんが森に鋭い視線を向けている。 

 確かにガサガサと、小さな音がしていた。

「獣かな……」

「止まれ!」

 次の瞬間、バチンと小さな雷が落ちる。マルちゃんが止めてくれたおかげで、当たらなくて済んだ。

「ビ、ビックリした……! 狼君は割れたグラスのように鋭いね……!」

「こっちか!!!」」

 後ろで毛がボーボーになってるアークを置いて、マルちゃんが藪に飛び込んだ。私はアークを守るように、前に立ってプロテクションを唱えておく。また雷が来るかも知れない。


「ピギ、プギギー!」

 甲高い叫びが響き、丸っこい何かが道に飛び出した。豚だ、豚がマルちゃんから逃げている。

 こんなに早く反撃されると予想していなくて、驚いたみたい。冒険者が説明していた通りの、黄色と茶色の縞模様をしている。

 これが雷を起こす豚、チャゴ!

 雷を起こす以外は戦えないのかな、あっけなくマルちゃんにくわえられて連行された。豚の魔物、チャゴは大人しくしている。

「今晩は豚肉だ」

「プギーーー!???」

 悲痛な悲鳴を上げて、切ない瞳で私を見詰める豚。

 どうしたらいいんだろう、これは。

「歩け歩け」


 死地まで歩かされる豚……。マルちゃん、運ぶのが面倒だったから生かしておいたんだ。食べる為に連れて行くくらいなら、とどめを刺してよ~!

「……ねえマルちゃん。私達は討伐依頼を受けたわけじゃないし、倒さなくていいんじゃないの?」

「プギプゴ。ピキュブキキ」

「彼ももう悪さはしない、と訴えて命乞いしているよ。寛大な心で許してあげよう、狼君」

「プギ~」

 豚語を翻訳しているのかな、アークは。私には単に豚がブキブキ鳴いているようにしか聞こえない。

「アークって豚の言葉が解るの?」

「普通の豚は解らない。ただこの豚君は魔力があり、知能が発達しているようだ。何となく理解できるよ」


 なるほど。ケットシーの能力なのかな。

 意志が通じるとなると、余計殺しにくいよ。

「残念ながら、俺はもう豚肉気分だ」

「ピギ~~~」

 豚のチャゴが泣いてるよ!!! やっぱりマルちゃんは悪魔だった……!

「豚肉ならちゃんと食べさせるから、この子は諦めてよマルちゃん。それにこの色、美味しそうじゃないよ」

「ピッギュブブ~」

「私は美味しくありません、お腹を壊しますよ、と言ってるよ」

 食べられたくないから、豚も必死だ。とにかくここで逃がしても討伐されるだけだし、ギルドに裁定をゆだねよう。私には決断を下す勇気はないよ。

 

「あれ、アンタ達どうしたの?」

「あ、冒険者さん」

 間違えて小悪魔を襲った冒険者だ。あちらもチャゴを持っていた。前後の足を縛って棒に吊るし、二人で担いでいる。

「そっちにもチャゴ? 生け捕りにしたんですか?」

「運ぶのが面倒だった」

「……もしかして、この魔物って一匹じゃない……?」

 冒険者の女性が、小さく呟いた。二匹いるってことは、まだ他にもいるのかも? 集団になられたら怖いよね。

「プッギュピッギュ、ブキュ」

「ふむ……もう二匹の仲間が逃げているそうだよ。昔召喚されて逃げたチャゴが増えて、ケンカ別れしてこちらに移住したところ、と言ってる」


「猫がいた!? 喋って、しかも豚語が解るの? すっげえ!」

 もうどこに驚いていいのやらだね。冒険者達はすぐにギルドへ行ってこの話を伝え、求められれば残りの二匹も探すそうだ。

「このチャゴも預かりましょうか?」

 ついでだからと、申し出てくれた。任せられたら楽なんだけどな。

「うーん……マルちゃんが怖いから大人しくしてるけど、また逃げても大変だし。私がギルドに連れて行くよ」

「おいソフィア、違う町へ行くぞ。もふもふ言うヤツがいないところだ」

「あ~、あの人達なら狼さんに喜びそう!」

「確かにっ!」

 有名なおかしい人なのか……。この感じだと、あの人だけじゃなく他にも会員がいそう。マルちゃんもアークも人気になっちゃうよ。


「それなら西へ行くといいよ。定期馬車が走る広い道に出るし、大きな町があるよ」

 冒険者が笑いながら教えてくれた。ちょうどいいや、ケットシーの王国があるから、西に行きたかったんだよね。

 山を下りたところで冒険者達と別れて、西へ向かった。

 途中で豚の足が遅くなる。

「ピギュ~……」

「豚君が疲れた、と嘆いているよ。少し速いようだ」

「あ、ごめんごめん。マルちゃん、もう少しゆっくりしよう。けっこうな距離を歩いているけど、まだ歩ける?」

 こっそり逃げるとか考えないで、必死で付いて来てくれたんだね。マルちゃんに食べられないか不安だよね、豚も。


「ブキブッキュ、プギギン」

「私達は食べものを求めて一日の大半を歩いているので、けっこうな距離を移動するんです、だそうだよ」

 豚ってあんまり動かないイメージだったけど、たくさん歩くんだなあ。確かに野生だと、食べもの探しが大変だよね。

「お、広い道だ。町も近そうだな」

 先頭を歩くマルちゃんが、広い道に一番乗り。

 馬車のわだちの跡がたくさんついていた。ずっと先を歩く人影があり、道のない草原から冒険者が姿を現す。町を目指す人が多いね。


 平地だから、町が見えてから実際に到着するまではけっこう長く感じた。

 検問の列に並んで冒険者のギルドカードと、カヴンの証明書を準備する。軽く確認するだけみたいで、順番はすぐに回ってきた。

「ソフィアといいます。先生の塾に帰る途中です」

「召喚師でしょ、すぐ解ったわ。狼と豚と猫、たくさん契約しているのね」

「いえ、契約したのは狼のマルちゃんだけです」

 アークとチャゴも契約していると勘違いされたよ。否定すると、女性の兵が二匹を改めてしっかり眺めた。

「……後の二匹は?」

「この黒猫はケットシーのアークで、彼の依頼を受けました。豚はチャゴという魔物で、悪さをして退治依頼が出てたんです。倒すのが可哀想になったので、ギルドに相談しようと思いまして」


「猫の依頼……?」

 不思議そうに、風呂敷を背負ったアークを覗き込む女性。アークはサッと二本足で立ち上がり、片手を胸に当てて軽くお辞儀をする。

「初めまして、勇ましいレディ。僕はアーク、さすらいのケットシーさ。新たな王国を目指して旅をしているんだ」

「……っは。これはどうも、お疲れ様です。えーと、ではゴホン、魔物が暴れないように気を付けて」

 一瞬ポカンとしてしまった女性は、気を取り直すように咳払いをした。

「ブイブキ」

「暴れる気力もありません、と言っているよ」

「……召喚師ってすごいのね」

 通訳したのはアークなのに、私がすごいと感心された。何のことやら。

 順番待ちをしている人が、変な顔で見てる。他の兵も物珍しそうに、流ちょうに喋るケットシーのアークを眺めていた。

「通って良し!」

「ありがとうございます」

 通行の許可が出たので、堂々と門を潜った。


 大きな町だと、大抵中心部にギルドやシャレーがある。まずチャゴをギルドに連れて行き、相談してから宿を探す。大きな建物だから、すぐに分かったよ。

 ギルドは依頼を終えた冒険者で賑わっていた。

 討伐を済ませた人がカウンターで誇らしげに角やしっぽを提出している。受付カウンターに並んでいる人数は少ないわりに、報酬を渡したり確認作業があるので、待ち時間は長かった。やっと前の人が終わったよ。

 チャゴが見えるように、私は豚を抱えてカウンターで相談をした。

「あのー、このチャゴっていう魔物、実は他の町で討伐依頼が出ていたんです。でも酷い怪我をさせたりしたわけじゃないみたいだし、大人しくしてるし、可哀想で。どうにかできないでしょうか」

「珍しい魔物だね。討伐依頼があった町なら、依頼者と相談できるんだけどな……」

 職員が持っていたペンを額に当てる。

 確かにそうだ。マルちゃんが嫌がるから、移動してしまった。


「一体は退治された。複数との指定はない」

「なるほど、それなら依頼はいったん終了したことになりますね。……え、誰が喋ったの?」

 私の足元にいる狼マルちゃんの姿が目に入らなかった職員は、辺りを見回した。

「下です、私が契約している悪魔です」

「なんだそっか。で、討伐しないで済むかって相談でいいのかな?」

「はい。また悪戯するかも知れないんで野に放つわけにもいかないですし、誰かが飼ってくれれば一番いいんですよね」

 まだ移動するし、さすがに連れて行くのは厳しそう。そもそもマルちゃんが丸焼きにする前に、ここで飼い主を探したい!

「戦えて契約できるなら、冒険者が欲しがるよ。特技はある?」


「強くないけど、雷を出します。召喚されて逃げて繁殖したらしいんで、契約もできると思います」

 契約は外の世界から来た存在ならできるのだ。こっちの世界で繁殖したのに適用されるかは、微妙なところ。一代くらいなら平気だと思う。

 うん、イケる! やればできる!

「雷か、豚で雷なんて珍しい!」

「プギュピギュ」

「一日にたくさんはできない、と言ってるよ」

「今度は何!?」

「ケットシーによる豚語の通訳です」

 豚の言葉が通訳されると、人は驚く。本日の教訓。色々な魔物を見慣れているだろうギルドの人からしても、さすがに珍しいんだね。


「……雷!? 弱い雷だって? 話を聞かせてくれないか?」

 サロンで休んでいた冒険者の男性が、チャゴに興味を持って大股でこちらに近付く。ランクはCだ、それなりの冒険者って感じだな。

 これはチャゴを押し付けるチャンス!? 上手くアピールしなきゃ!

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