第141話 チャゴのお仕事
豚の就職活動のお時間です! さあ、欲しくなるようなプレゼンをしないと。
「この魔物はチャゴと言います。あまり強くない雷を放ちます」
……他にないね。黄色と茶色の縞模様のチャゴは、それだけしかないのかと不満げに短い前足を上下に振っている。
「うん、貰い手が見つかりそうだね。話し合いはサロンで頼むよ」
「あ、すみません」
まだ後ろに並んでいる人がいた。私は抱えていたチャゴを床に下ろし、皆で男性が最初にいたサロンのテーブルへ向かった。
「突然すまないね。雷を発生させる魔物と聞いて、興味があった」
「戦えるほど強くないんですが、チャゴにできることがありそうですか?」
「ブキュブキュ」
「ただいまお仕事募集中、だそうだよ。気合が入っているね」
ケットシーのアークが通訳をしてくれている。マルちゃんに食べられるかの瀬戸際なので、チャゴは必死だ。
「……通訳便利だなあ。実は、俺の実家で仕事をして欲しいんだ」
「家業は何をされているんですか?」
「シイタケ栽培」
……シイタケ栽培で雷? どういうことだろう。
「ピキュ! ブヒブブ」
「キノコは好物です、と喜んでいるよ」
「栽培だってば、食べるなよ」
嬉しそうなチャゴに、男性は苦笑いしている。
うーん、チャゴが商品を食べない保証がないな。食い荒らしちゃうかも、責任が持てない。
「ブブ……」
「キノコ食べたい、とぼやいているよ」
「じゃあたくさん採れたら、食べさせてあげるよ。実は雷が落ちるとシイタケがたくさん生える、と言われているんだ。弱い雷ならちょうどいいから、豊作になるよう原木に雷を当てる仕事をして欲しい」
「雷でシイタケが!?」
まさかそんな効果があるなんて! 本当だったら、安全だしいいお仕事だ。
「プキュー! ブブブ、ブッキュー!」
「やりたい、そのお仕事やります! だって。豚君は乗り気だね」
これは通訳してもらうまでもなく、私にも分かったよ。
猫を介して豚と会話する私達に、周囲は奇異の視線を向けている。気にしたら負けだ。
「条件を決めておけ、また悪さしないように」
足元で丸くなってるマルちゃんが、僅かに顔を持ち上げた。
「そうだね、通訳がいるうちに話し合わないと」
「ピキュピキプ」
「寝床と食事の用意が欲しい、と訴えているね」
「了解了解! もちろんだよ。ケットシーなら誰でも通訳できるか? 村にケットシーと暮らしてる、冒険者上がりのじいさんがいるんだ」
「どうだろう。ボクのような知識人じゃなくとも、それなりに魔力があるなら可能だと感じるね」
ケットシーなら誰でもできるかは微妙みたい。知識人猫か……。
「会ってみないと分からないか。じゃあここでしっかり話を詰めておこう。じいさんの猫が仕事をできたら、じいさんも楽になっていいんだがなぁ」
冒険者を辞めたら収入が途絶えるわけだから、貯蓄か新たな仕事がないと生活が厳しいらしいんだよね。口ぶりからして、そのおじいさんも暮らしが大変そうだな。ケットシーが通訳できたらいいな。
「ブッキュブッキ」
「バッタやカエルは自分で取るから、果実やナッツが欲しい。ドングリが落ちてるおすすめポイントも教えて欲しい、と要求しているよ」
「分かった、ドングリなら森にたくさんあるぜ!」
食費は安く済みそう。
他にも雷の効果が高かったら、ボーナスが出る。そして勝手にキノコを食べたり、人を驚かせたりして迷惑を掛けたら、三回目には丸焼きにすると脅されていた。
ちなみに魔物は異世界から来ているから、お肉は基本的に美味しくないよ。この世界の人間の口には合わないのが多いみたい。マルちゃんとか別の世界から来たなら美味しく感じるのかも知れない。
召喚した相手はこの世界のものを美味しく感じるのに、逆だとダメなんて不思議だな。
そして契約も試してみることになった。
ちゃんと条件を決めて契約しておけば、安心だよね。冒険者の男性は召喚術も基礎くらいは知識があって、契約するのは問題なかった。単純に身を守る魔法円までは書けないから、使っていないだけ。
もう夜になるから話し合いだけで別れて、契約して連れ帰るのは明日。今日はまだ私が預かっている。
ギルドの隣に建てられたシャレーに行き、獣も大丈夫な宿を聞く。繁華街から外れたところに厩舎まで備えた宿があると教えてもらえたので、そこに泊まることにした。
看板にも『獣と泊まれる広いお部屋』と書かれていて、一階は全室テラス付きだ。お値段はちょっとお高いけど、一人と三匹だから仕方ない。お部屋は広くて、柵で囲った獣スペースもある。
「ブヒブヒブッヒッヒ」
「楽しそうだね、チャゴ」
「丸焼きは避けられたし、条件のいい仕事にありつけたからね。豚のしっぽはくるんくるん、犬のしっぽはハッハッハって歌っているよ」
「豚が歌うの?」
ハッハッハって何。豚の歌は不思議だ。
「人は歌うしボクらケットシーも歌うし、豚が歌っても不思議なんてないよ」
うーん、言われればそんな気もしてきた。
「ブーブー……プキュウ」
「ただ、残りの二匹も同じ仕事ができたらいいのになあ、って言ってるよ。もちろん、自分の命が最優先だそうだ」
「明日、相談してみよう。もう夕方だったし、チャゴ討伐の人達もすぐには出掛けていないはずだよ。間に合うかは解らないけど」
もともとはこっちの都合で召喚したチャゴだもんね。助けられたらいいな。
チャゴはテラスで寝ると、窓に鼻を押し付けた。私はベッド、マルちゃんとアークはクッションで寝る。アークが寝るのはカゴに入ったクッションで、隠れ家みたい。
テラスには外で寝る獣用の寝床も用意されていた。
次の日になって、待ち合せていたギルドの前で冒険者と合流した。残りの二匹についても相談すると、シイタケ農家仲間もチャゴを欲しがるだろうから、もっとチャゴがいるなら連れて行きたいととても乗り気だ。
ギルドで料金を払って、討伐依頼が出ていた町に急ぎの通信を頼む。チャゴの捕獲をしてもらい、彼が引き取りに行くのだ。討伐に出る前だったらいいな。
このチャゴは連れて行ってもらえるので、ここでお別れ。ちなみに契約は成功していたよ。
「ブウブイ、ピッキッ、プ!」
「さようならお元気で、狼さんは二度と来ないでください、と別れを惜しんでいるね」
惜しんでいるのかな。マルちゃんとは早く離れたかっただろう。
「言うことを聞いて、ちゃんと仕事をしなね」
「いいブタを紹介してくれてサンキューな!」
冒険者さんが喜んでくれている。良かった良かった。
町を出る時は検問もないので、すぐに門を抜けられる。
「なんだかんだで、賑やかだったチャゴがいなくなると寂しいね」
「悪戯好きなだけで、気のいいブタ君だった」
「そうだな……俺の丸焼き」
夕べは約束通り豚肉を食べたのに、まだマルちゃんは丸焼きを諦めていなかったの? 意外と食いしん坊キャラなのかな。
「このまま西に行って、ケットシーの国はもう少し北かな」
「ありがとう、楽しみだよ。それにしてもちょうどいい川がないね」
「魚はなくてもいいよ……」
アークは魚を取る機会を探していたんだ。この道沿いには川はなかった。
小さな町を幾つか通り過ぎて進み、大分時間も経った。次に町を見掛けたら、そこで宿を探そう。そんな相談をしながら歩き続ける。
北側には林が広がっていて、日が傾いて影が長く伸びていた。
「……あれ、木に傷がついてる」
木の幹や太い枝が赤茶色に変色したり、亀裂が入ったりしていて、枯れ始めている木まである。数も多いし、自然になったにしてはおかしい。
「どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえないかい……?」
ケットシーのアークが林の奥に視線を向ける。近くに家はないし、冒険者でも赤ん坊を連れて林には入らないだろう。
「怖い、やめてよアーク」
「赤ん坊の声だけじゃない、奥で戦っているかも知れんな」
狼姿のマルちゃんが耳をピクピクさせている。じゃあこれ、魔物の仕業とかかな?
「そっちだ!」
「意外と数が多い、気を抜くなよ」
耳を澄ましてみれば、バタバタと動き回っている音もするし、集団で討伐してるんだね。林の奥では少し影が動いている。ただ、何が
「どうする、マルちゃん」
「手伝うか? ……しかしなあ」
依頼のお手伝いをしても、善行にはならなそうだなあ。ケットシーのアークも連れているし、戦いに首を突っ込むのは良くないね。
「じゃあこのまま町を探しに……」
素通りしようとしたら、木々の間を縫って何かが飛んでくる!!!
ずいぶん小さいけど魔物かな、巻き込まれた!??
マルちゃんが駆け出し、私はアークを庇って前に立った。依頼猫に怪我はさせられないからね、しっかり守らなきゃ!
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