第142話 女神の眷族!?

 飛んでくる人の形をしたものは、子犬くらいの大きさで翼がある。

 妖精かな、こっちに気付いて驚いた表情をした。

「うわあ、挟み撃ちかよ!?」

 慌てて空中で停止する。やっぱり討伐がおこなわれているんだ。これは悪い妖精なのかな?

「逃がさん」

 別の方向に逃げようとする妖精を、マルちゃんが素早く駆けて口にくわえる。

「ひぎゃああ!」

 甲高い悲鳴が響き、妖精は煙のように消えてしまった。妖精って死体が残らないんだったっけ?


「……神族につらなる妖精か。テゥアハ・デ・ダナーン……、ダーナ神族の直系子孫だろう。神族の血を濃く引いているから、遺体が残らなかったんだ。木を枯らしたのもこいつらだな。群れる妖精で、通常は踊ったり宴会をしたりと陽気な連中だが、時に乱暴になり悪質な悪戯をする」

「もしかして、すごく強かったりする?」

「普通の妖精よりは強い」

 普通の妖精はそんなに強くない。小さいから見つけにくいとか、魔力があるとか、厄介ではある感じ。どのくらいの強さなのかハッキリしないなあ。

「ダーナ神族っていうのは?」

「妖精の親玉だとでも思っておけ。今は神族としての力が残っていない種族だ」


 なるほど。相変わらずマルちゃんは物知りだ。

 冒険者達は林の中を移動しながら戦闘を続けていて、掛け声をかけ合いながら、だんだんとこちらに近付いてきている。

「怪我したヤツは下がって回復を!」

「逃がすな、赤ん坊を保護したらお前達はすぐに離脱しろ」

 どうやら二手に別れるらしい。赤ん坊の泣き声がしたのは、実際にいたんだね。ホラーじゃなかった。赤ん坊をさらう妖精もいるのは、聞いたことがある。悪質な妖精達なんだな。

 林では砂嵐が巻き起こっている。木々に砂粒がバチバチとぶつかり、葉が勢いよく舞い踊る。妖精の攻撃だ。


「目が開けられない、いてて!」

「プロテクションを唱えろ!」

 混乱しちゃっているよ、対策してないのかな。

「あはははは、アハハハハ! ボクらの仲間を消して帰れると思うなヨ!」

 耳にまとわりつくような、妖精の笑い声。本当に性質が悪そう。

「マルちゃん、苦戦しているね」

「妖精だからと油断してやがったんだろうな。お前の同類か……。手伝うか」

「同類? なんで私と同類なの?」

 まだほとんど姿が見えていない冒険者と私が同類とは、どういうことなのか。マルちゃんに駆け寄って尋ねると、すり抜けるようにマルちゃんは先へ進んだ。


「考えなしの楽天家」

「考えてるからね、私だって!!!」

「なら俺に付いて来ようとするな、アークに付いていろ」

 後ろを振り返ると、黒猫ケットシーのアークが帽子のつばを軽く持ち上げた。

「心配いらない、僕は隠れているよレディ」

 マルちゃんと戦闘に加わろうとしちゃったよ。私は後方支援だから、近くまでは行かないとはいえ。ここはマルちゃんに任せて、大人しくアークと林の入り口で待つのが正解だね。

 剣を振る男性の姿が見える。普通の剣と、短い剣の二本を持っていた。木が多い場所だと、長い武器はぶつかってしまうから不利になるよ。

 木の間を軽やかに進むマルちゃんを、冒険者が振り返った。

「新手だ、妖精犬か!?」

 またもや敵の仲間と勘違いされるマルちゃん。


「違う違う、悪魔だ。こちらに一匹やって来た、俺にとってもこの妖精は敵だ」

「悪魔! ボクらの邪魔をするノカ!!」

「赤ん坊をさらう、悪辣あくらつなディーナ・シーどもめ!」

 鋭い爪で襲い掛かる妖精の攻撃を避けて、マルちゃんが口から火を噴く。たまらず逃げたところを、近くにいた冒険者が剣で斬った。

 飛んでいる妖精、飛べなくて草の間を走る妖精。

 素早い妖精達に苦戦する冒険者達に対して、確実に攻撃を与えて仕留めていくマルちゃん。さすが地獄の侯爵。

 赤ん坊を抱いた天使と、天使を守る二人の冒険者が、林の出口を求めてこちらへ駆けてくる。天使は少女だし下級の天使かな、あまり戦えそうには見えないよ。


「早く早く、赤ちゃんに怪我をさせられたら大変!」

「こんなに飛べる奴らがいたなんて、飛んで逃げればいいと軽く考えすぎてたわ……!」

 なるほど、飛べば逃げ切れると踏んで天使が赤ん坊を奪還したんだ。でも飛べる妖精が思いの他多くて、しかも素早いものだから困っていたんだね。

「アーク、私の肩に乗ってて!」

「了解だよレディ、君も怪我をしないように」

 アークがヒラリと私の肩に乗る。帽子が当たるし、背中に風呂敷を背負っているせいか猫のわりに重いな。何が入っているんだろう、猫の旅の荷物って。

 とにかくこれなら離れないから、何かあったら天使達の近くに行ってプロテクションを唱えちゃおう。妖精がどこから現れるか分からない。慎重に周囲を確認しながら、木の間を少しずつ進んだ。

 妖精に狙われている、赤ん坊を抱いた天使達と合流しなきゃ。


 後ろから天使を襲う妖精を冒険者がメイスで追い払い、上から飛んでくるのは私がエアリエルショットで撃ち落とした。ストームカッターの方が威力が高いけど、命中率はこちらの方が上だから。

 直撃して地面に倒れた妖精に、冒険者がとどめを刺す。やはり何も残さず消えてしまった。

「赤ん坊を助ける依頼は達成できるが、これじゃ討伐の証明はできないな……」

 こういう時ってどういう扱いになるんだろう。どのくらい倒したとか説明するにも、証拠が残らないんだもんね。

 いやいやそんな心配をしている段階じゃないや、妖精は木や草にまだ隠れているよ。草を掻き分けて走り、跳びかかる妖精を男性が蹴り飛ばしている。ただ、その時に爪で怪我をしたみたい。ズボンのふくらはぎ部分が破れ、血がにじんでいた。


「じゃあプロテクションを……」

 距離も近付いたし、今から唱えればちょうどいい。私は詠唱を開始した。

 こちらを振り向いたマルちゃんが、すごい勢いで走って来る。

 追い掛けてきた妖精は倒しているし、後は防御でいいんでは。

「ちゃああぁ!」

 突然、天使の後ろに黒い髪の妖精が現れた。

「きゃああ!??」

 狼の姿で跳んだマルちゃんは騎士姿に戻って剣を振り上げ、着地と同時に妖精を真っ二つに切り裂く。妖精はそのままサラサラと粉になって消えた。

「わ、わわわ……」


 突然の出来事に、天使の足が止まる。冒険者が周囲を警戒しながら、進むように促した。

「早く駆け抜けて、道まで出れば守りやすくなる」

「う、うん」

 林の中だと死角から襲われるから、避難も容易じゃないね。

 まあここまで来てくれれば、もう大丈夫だよ!


「荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ。研ぎ澄まされた三日月の矛を持ち、我を脅かす悪意より、災いより、我を守り給え。プロテクション!」


 私は駆け寄って、プロテクションを唱えた。

 マルちゃんは範囲の外。また狼の姿になって奥に進んで、討伐のお手伝いをする。木を避けたりしながら戦うから、狼の方が戦いやすそう。

「防御魔法だ、ありがとう」

「どういたしまして。もう安全だよ、赤ちゃんの救出だったの?」

 天使の腕の中で、赤ん坊が眠そうにしている。よく泣かないなあ。

「そうなの。ここに妖精が棲みついていたのは解ってたんだけど、最近特に酷い悪戯をしたり、凶暴さが増してきていて。ついに赤ちゃんを攫ったから、救出と討伐を行うことになったんだ。町からの依頼だよ」

 一緒にいる冒険者が説明してくれる。彼女が天使の契約者かな?

 マルちゃんが攻撃に加わったので、妖精はどんどん討たれていった。冒険者も士気が上がり、怪我を負いながらも確実に妖精を倒していく。


「ぎやあぁあ、みんなガ!!!」

 ほとんど倒し終わったのかな。だいぶ静かになった。まだ残った妖精がいないか、冒険者達は見上げた葉の間ややぶの陰、地面から盛り上がった根っこの裏側も丁寧に調べている。恨みを持って逃げられたら大変だ。

「もういないようだな」

「ありがとう、狼君」

 討伐完了だと判断して、皆がこちらにやって来る。

 結局ほとんど後には何も残らない。焚き火の跡や踏まれて平らになった草が、ここに棲んでいたものがあったと言葉なく語っていた。


「さ、先程はありがとうございました。助かりました」

 天使が狼姿のマルちゃんにお礼を告げ、頭を下げる。心なしか頬が赤いような。

「構わん」

「うう……っ悪魔と解っていてもカッコイイ……」

 わあ。マルちゃん、ついに天使にまでモテるの図。さっきの騎士姿じゃなくて、狼なのにいいみたい。

「狼君はさすがに悪魔だね、天使を誘惑して堕天させるのかい」

 アークが感心している。そっか、堕天させるんだ!

「マルちゃん悪魔っぽい!」

「誘惑していない! 俺はそういう趣味はない!!!」

 悪魔なんだから、趣味とかじゃなくて仕事なのでは。


「誘惑されていません、私は天使です!」

「な〜に、そういう感じ~?」

 契約者までからかい始めたよ!

「違うから! 私は真面目な天使よ、ほら赤ちゃんが起きちゃうから静かに!」

「ふえ~……」

 本当にぐずり始めちゃった。どうやら天使の力で大人しくしているようなので、天使を混乱させてはいけないみたい。

 とにかく依頼を終了させて、赤ん坊を家族に会わせてあげないとね。心配しているよ。

 私達も冒険者と一緒に、町へ行くことにした。討伐した証はないけどたくさん倒しましたよって、目撃した第三者として証言しないとね。

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