第143話 アーク、狩りをする
町までは、もう大分近付いていた。ちょっと歩いたら到着したよ。
冒険者は全部で十人以上、町の兵も混ざっていた。
門はすぐに通してもらえたし、通りを歩くと妖精討伐を知っていた人が、首尾はどうだったと声を掛けている。
妖精が迷惑だったのかな、ギルドへ行くまでに数人に
ギルドへ着いて扉を開けると、椅子に座っていた男女が弾かれるようにこちらを見て、すぐに立ち上がった。
「ああ、私の赤ちゃん……!」
「ありがとうございます、ありがとうございます……! 何とお礼を言ったらいいか」
赤ん坊のご両親だったんだ。涙を流しながら、赤ん坊を抱いた天使の前に駆け寄る。両親がいると分かったのかな、赤ん坊は小さな手を伸ばした。
「怪我もなく無事ですよ」
覗き込んで元気な姿を確認すると、笑顔で赤ん坊を抱き上げた。感動の再会だね!
「そんな話は聞いたことがない。何かの間違いだろ」
こちらがいい感じに盛り上がっているのに、受付からは言い争う声が聞こえる。職員と向かい合って、今回の討伐を終えた冒険者が数人、立っている。
「本当に遺体も残らず消えたんだ。全部じゃないから、残ったのはホラ……」
妖精の羽根なんかを取り出す冒険者。でも倒したのに対して、数は全然足りない。
「これだけ?」
だからないんだってば。
冒険者が必死に訴えるけど、受付の職員は懐疑的な目を向けるだけ。
「普通の妖精じゃない、トゥアハ・デ・ダナーンの直系だった。ただでさえ妖精は、元々人より神族に近いものだからな。血が濃ければ、この世界では遺体は残らない。大体の神族は、住んでいる世界以外で死ねば基本的に遺体が残らないのは知っているだろう?」
マルちゃんが騎士姿になって説明する。狼姿よりも説得力があるね。黒騎士マルちゃんの言葉を受けて、受付の職員は戸惑いつつも残った羽根を眺めた。
「神族……、聞きなじみがりませんが。遺体が残らない種族があるんですか?」
あんまり一般的な知識ではないみたい。
召喚術を塾で習った私も知らなかったし、神族クラスを召喚できるような偉い召喚術師くらいしか学ばないんでは。普通に生きていたら、必要ない知識だよね。
簡単には召喚できないし、そんな種族が死ぬ場面に立ち会うのも珍しい。
「詳しくは上の者にでも問い合わせろ。国の上位の人間なら、誰か知っているだろう。妖精はかなりたくさんいた。群れる奴らだからな、林の中で踊っているのを目にした者もいるんじゃないか。そういうのから情報を集めて、総合的に判断するといい」
「……そうですね、とりあえず成功報酬を支払って、討伐分が多そうなら後ほど精査して追加報酬を支払うことにしよう。どうかな」
「やった、それで頼みます!」
マルちゃんの解説に職員も納得したようだ。冒険者が喜んで報酬を受け取る。
想定していたよりも危険な妖精だったろうし、討伐数が多かったら、それなりに追加で支払ってくれるんじゃないかな。
「それにしても、なんで赤ん坊を攫ったのかしら。特に何もされていなくて良かったわ」
皆が喜んではしゃいでいる中で、冒険者の女性がポソリと呟いて首を
「チェンジリングじゃなかったのか」
「違うのよ」
チェンジリングとは、妖精の赤ん坊と人間の赤ん坊を交換する悪戯だ。
妖精の赤ん坊は、しわしわで醜くて人間の赤ん坊より小さい。しかも人の行動が気になるようで、わざとおかしな行動を取れば、話し掛けてきたりもする。なので、すぐに見当がつくという。
その場合は交換すればいいのかな?
ちなみに妖精の本当の親が「その子はうちの子だ、仲間が盗んだ」と、人間の子供を返すから交換するよう頼みに来ることもあるという。仲間にも迷惑をかける妖精がいるんだね。
「ねえマルちゃん、チェンジリングだったらどう対処するの?」
「確か……、赤ん坊の喉に真っ赤に熱した火かき棒を突き刺すと、妖精の子供が消えて本当の子供が戻るという方法がある」
「間違いだったら死んじゃうよ! 怖くてできない!!」
本当の自分の子供じゃないとしても、そんなことできる親の方が少ないよ!
「妖精が赤ん坊を攫うなんて、どうするつもりだったんでしょうねえ」
ギルドの職員はため息をつきながら依頼終了の処理をしている。受けた冒険者の人数が多いから大変だ。
「単なる悪戯や気まぐれだろ。どちらにしても妖精が人間に対して悪意を持ったら、討伐するしかない」
「ところでこちらの方も冒険者なんですよね。討伐を手伝ってくださったんで、一緒に受け付けしましょう」
冒険者の一人が、私にギルド証を出すようにと
「では遠慮なく!」
報酬ももらえた。やったね!
討伐をしているし、依頼に失敗や期限切れはないし、私のギルドの評価はかなりいい方なのでは!?
「この町にはどのくらいいるの? 追加があったら受け取れるわよ」
「明日には出発しますよ」
「なら、宿代を持ちます。本当に助かったよ!」
「……ふん、助かったわ。悪魔とはいえ、お礼は言わなきゃだもんね」
天使が急にツンデレになっている!
揺れる気持ちを表すとこうなるのかな。契約者の女性はニヤニヤ笑って、肘で天使を軽くつついた。
「え~、いつになく素直じゃないな~」
「いつも通りだよ、天使と悪魔は本来は敵同士だから! この世界は中立地帯だし、だからってなれ合うつもりはないもん!」
わざとらしく、プイッとマルちゃんから顔を逸らす天使ちゃん。
マルちゃんを好きになる人って押して押して追い掛けてくるタイプばかりだから、こういう反応って新鮮で楽しいなあ。
「罪作りな狼君だね」
こっちはアークがマルちゃんをからかっている。
「俺は知らん、関係ないからな!」
マルちゃんが出て行ってしまった。そっぽを向いた天使が、横目で背中を見送っている。私とアークも、マルちゃんに続いてギルドを出た。
「マルちゃん待ってよ。冒険者の人達が討伐を手伝ったお礼に、宿代を払ってくれるってよ」
「どうでもいいが、さっさと宿を決めろ」
「せっかちだなあ。安くていい宿に案内するよ」
男性が一人、私達を追い越してこっちだと前に出た。
「お願いしまーす!」
「俺達はこの町に住んでるから、安い店とかいい武具や防具を売る店とか、行きたいトコがあったら遠慮なく聞いてくれ」
任せろとばかりに、胸を叩いてみせる。頼もしいね。
道には冒険者や、契約した相手を連れた召喚師も歩いている。大人数で歩くのは隊商かな。
「この辺りは強い魔物があんまり出ないし、旅人も多いんだよ」
「賑やかでいいですねえ」
ギルドもシャレーもあるし、お店と民家がひしめき合っている。公園の近くの道沿いには、露店がずらっと並んでいた。明日になったらシャレーも寄ろうっと。
「ここだよ」
案内されたのは細い道を曲がった場所。広い道に大きな宿があるので、陰になってしまっていた。始めてこの町に来たら、絶対に気付かないような宿だね。
「マルちゃんとアークも大丈夫ですよね?」
最初に確認するの、忘れちゃったよ。マルちゃんはいつの間にか、また狼姿だ。
「もっちろん。この町でそんな理由で断られるのは、高級な宿だけだよ。おーい、客だ。人間と悪魔と喋る猫」
「おお~、いつもサンキュー!」
宿から男性が出て、ドアを押さえて招き入れてくれる。正面から見たら狭そうだったけど、長い廊下が続いているよ。奥行きがある建物だ。
「料金は俺につけておいて」
「ありがとさん! どうぞ~、一番広い部屋に案内しますよ」
「おい、だからってわざわざ高い部屋にするなよ!」
冒険者の訴えを無視して、軽く手を振って奥へ進んでしまう。
廊下の左手に扉が並び、反対側は窓で壁しか見えない。
男性に案内された一番奥の部屋はベッドが二つあり、ソファーも置かれているし、小さな宿にしては広いよ。本当に一番いい部屋かも。
朝食の用意もお願いして、ソファーに深々と座った。
「レディー、扉を閉めないでおいてもらえるかな?」
アークは何処かへ出掛けるみたい。閉めちゃったら、入れないもんね。
「いいよ。でも不用心だから、早く戻ってね」
「分かっているよ、すぐに戻るから」
アークは荷物を床に下ろし、ウィンクして廊下へ出た。猫のウィンク。
買いものでもあったのかな、夕飯を食べに行く時でいいのに。
私は水場を借りて、洗濯しよう。部屋は開けっ放しにするしかないから、マルちゃんにお留守番を頼んだ。
洗いものを部屋に干していたら、アークが戻ってきた。
「何を持っているんだ」
口にネズミを銜えている! 私の前で胸を張って、自慢げに獲物を落とす。
「レディーにプレゼントさ」
「いらないよ、ネズミなんて!!!」
むしろちょっと苦手なのにっ!
「チュ~~!!!」
しかもまだ生きてる! ネズミはマルちゃんに驚いて飛び上がり、少し離れてから突然大きくなった。
「うわうわ、なんだこの猫! 突然襲い掛かってきたと思ったら、貴族悪魔にオイラを献上しやがった!」
小悪魔だったんだ。ケットシーに捕まるなんて、鈍い小悪魔だな。
「仕事中の小悪魔を捕まえてくるな」
マルちゃんは床に寝そべったまま。
「小悪魔とは、このボクも気付かなかったよ……。ああ女神よ、ボクは自分の狩りの才能が怖い」
……どうしたらいいの、これ???
★★★★★★★★★★★
チェンジリング(妖精の替え子)の参考文献
ケルト妖精物語 W・B・イエイツ編 井上君江編訳 ちくま文庫
久々に「チェンジリング載ってたよな~」と思って、確認してみました。独特の語り口で、やっぱり楽しいです。時間があったら、また読み直したいなあ。
ちなみに火かき棒を喉にぶっ刺す直前に、人間の子供に戻っていたよ。やっぱり逃げるよね(笑)
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