第144話 ヘニーの契約者

 黒猫ケットシーのアークが捕まえてきたネズミが、小悪魔だったとは。

 小悪魔は男の子の姿で、角はないけど耳は大分長い。細い目でマルちゃんの様子を窺っている。

「……ええと、ごめんね。お仕事に戻って」

「今はストライキ中でさあ」

「じゃあストライキに戻っていいよ」

 とにかくお引き取り頂こう。ネズミじゃなくて良かった。

 

「仕事をサボれというヤツがあるか。契約者はどうした」

 マルちゃんが尋ねる。他の人がサボっていようがいいじゃない、真面目だなあ。

「この町に住んでやす。オイラも仕事をするのはいいんですよ、契約した仕事なら。ただ、あのうわばみの酒の不始末の尻拭いはもうご免なんで、ちょっと隠れておりまして。明日の飲み会が終わるまで隠れていようって寸法で」

 なるほど~、飲み会で介抱したくないから逃げてたんだ。参加しても先に帰ればいいのに、放っておけないのかな。

「介抱なんてしなければいいだろ」

「……さすがお貴族様、なんとも悪魔だ……」

「いやいや、そういうマルちゃんも文句を言いつつ面倒を見ちゃうタイプだよ」

 マルちゃんこそお人好しなのに、何言ってんの。マルちゃんはちょっと嫌そうな表情をして、話を逸らした。


「で、なんでこの宿にいたんだ?」

「へへへ、特にここに決めていたわけじゃないんで。食べものを探してウロウロしとりました。ネズミの姿なら狭い場所も入り込めるし、見つかりにくいし。ちょちょっと拝借しましてね。今は満腹で寝ていたら、この様ですよ……」

 そのままアークに狩られちゃったわけだ。小悪魔が視線を送ると、アークは得意気に髭を撫でた。

「悪魔を狩ったのは初めてだよ」

 妙な自信を付けちゃうよ。そりゃ小悪魔でも簡単に狩れないよね、普通は。童話にありそうな展開だった。悪魔が小さいものに変身して、猫に食べられちゃうお話があったね。

「これからどうするつもり? 契約者さんと話し合いをした方がいいよ。ちゃんと伝えないと、どうして出て行ったか相手には分からないかもよ」

「うーん、そうかなー……」

 考え込む小悪魔。明日の飲み会が終わったらいったん帰るつもりだと言うけど、その前に話し合いをするのも悪くないと思う。


「明日、私達とシャレーに行ってみる?」

「いやいや、オイラは隠れるぞ。もしオイラを探してたら、深酒をやめるまで帰らないって伝えておくれ」

「もし会ったらね」

「オイラはヘニーだよ。窓から放り出してくれ」

 小悪魔は名前を告げて、再びネズミの姿になった。

 マルちゃんは床で寝ているだけ。これは私がやるしかないのか……。私は頼まれた通りに窓を開けて、恐る恐るヘニーを外へ落とした。ネズミに触ったよ、苦手なのに。

 ヘニーは地面に転がると、そのままスタタと走って消えた。


 次の日、シャレーを覗いてみると。

 交流版に『小悪魔ヘニーを探しています、ネズミに変身します』と大きく書いて貼られていた。すごく真面目に探しているよ!

「わああぁん、ヘニーの情報ないの? あれから来ない??」

「アンタ、昨日閉める間際に来たじゃない。あの後くるわけないでしょ。今日だって開けたばかりだよ」

 仕事が欲しい登録者が多い冒険者ギルドと違って、交流や情報交換がメインのシャレーは、あまり朝は早くないところが多い。まだ開いたばかりだった。

 カウンターの女性に泣きついている、召喚師の女性。彼女がヘニーの契約者だね。うわばみなんていうから、てっきり男性かと思ったよ。


「あの~。夕べ、ヘニーに会いましたよ。深酒をやめるまで帰らないと言ってました。でも、今日の飲み会が終わるまでストライキするとも言ってました」

 どっちが本当か分からないので、両方伝えた。

「どうしてっ!? ヘニーも飲み会が好きなのに!」

 いなくなった理由に全く気付いていなかったとは。迷惑をかけておいて、本人だけが楽しいパターンだね。

「だから迷惑かけ過ぎって忠告したよ。アンタ潰れるまで飲むじゃん」

「自然に眠くなるの」

「この前は他の客に絡んでた」

「仕方ないのよ、お酒が私を自由にするの」

 反省もなし。うーん、これはへニーに戻れとは言いにくいな。カウンターの女性もさすがに呆れて、ため息をついた。

 

「……まあ今回の飲み会は、ほどほどにするのね」

「私が酔い潰れたら、誰が私を家まで送ってくれるの!?」

「自分しかいないでしょ」

 当たり前の話をしているね。聞いていても仕方ないし、他の人と話してみよう。シャレーには他に二人いて、テーブルに向かい合って座っている。

「おはようございます、何してるんですか?」

 テーブルの中央に、何枚も紙が置かれている。細かく文字の書かれていたり、植物の絵と説明があったり。

「おはようございます。近々『神秘なる魔女の会』の入会試験があるんです、ここで一緒に勉強してます」

「入会試験。難しそうですね」

「受かれば正式会員になれますが、落ちてもこれが縁で誰かの弟子になれたりするんですよ。だから、熱意を見せないとっ!」


 神秘なる魔女の会は魔法薬作りがメインの会で、このカヴンに加入しているというだけで薬の信頼度が上がる。なので、正式な会員になる為にはある程度の腕や知識が必要なんだろう。

 落ちても弟子になって勉強を続けられるなら、正式会員になれる日が近い感じがする。弟子になるにしても、先生と会える機会がなかったら難しいもんね。

「じゃあ、今日の飲み会っていうのには参加しないんですか?」

「しないしない、『サバトの主催者会』の連中がメインになって、どんちゃん騒ぎするだけです。無駄無駄」

 ちなみにこの二つのカヴンは仲が悪いという噂なの。本当みたいだね。勉強しているんだし、これ以上は邪魔しない方がいいか。


 ギルドで仕事探しをしよう。扉へ向かう私に、先程までヘニーの契約者の相手をしていた女性が軽く手を振る。

「ウチのシャレーは、『神秘なる魔女の会』から支援金を多く貰ってるのよ。勉強会もあるし試験情報とか確実に入るから、興味があったらよろしくね~」

 目の前にはさっきの女性が悲しそうに突っ伏している。シラフの酔っ払いみたいな人の相手に疲れたのかも。

 私はカヴンに所属しているから、残念ながら関係ないよ。

「……レディ、ボクも人間の飲み会に興味があるんだ。仲間への土産話にもなるし、参加できないかな」

「アークも? いいんじゃないかな、聞いてみるね。すみません、その飲み会って参加しても大丈夫ですか?」


 私が声を掛けると、いじけて机に頬を付けていたヘニーの契約者が、笑顔で勢いよく起き上がった。

「参加するの!? 歓迎歓迎、大歓迎! 場所はこの先の居酒屋を貸し切り! 居酒屋の店主も『サバトの主催者会』の会員でね、悪魔無料になってるよー」

「ありがとうございます、ぜひ行きます!」

 マルちゃん無料だ。飲み会の情報も仕入れたし、さてギルドに行くか。

「元気じゃん、邪魔だからあっち行って」

「意地悪~! ヘニー、カムバーーーック!!!」

 結局あの受付の人とヘニーの契約者は、仲がいいのかな。


 ここのギルドは小悪魔が多い。角が生えたのや翼がある子、爪がやたら長い子。数人の小悪魔がいた。きっと飲み会に参加するので集まっているんだろう。

「…………ど、どうぞ」

 依頼が貼られた掲示板に行こうとしたら、譲られた。様子に気付いた他の小悪魔も身構えている。

 あ、マルちゃんがいるから!

 小悪魔達はマルちゃんに遠慮しているんだ。マルちゃんは当たり前のように気にした様子もなく、目的の場所へ進む。さすが貴族だ。ちなみに狼姿だよ。

「受けられるいい依頼がないな」

「本当だねえ。護衛は方向もちょうどいいけど、Bランクからだし」

 きっと高価なものを運ぶんだろうな。出発も明日で、ぴったりなのに。

 ざわざわ。

 なんか周囲がざわざわしている。私は気にしないようにして、依頼の掲示板に集中した。

 

「討伐はCランクからか」

「そもそも見つけられたなかったら、飲み会に間に合わないしね」

 ざわざわざわ。

 やっぱりどうも噂されている。掲示板から視線を動かさないようにして、耳を傾けてみた。

「あの契約者ランク、Dだぞ」

「相手は貴族悪魔じゃなね? それにしては低すぎんなあ」

「あれだなー、金を積んだとか」

「いやいや、大金で動くのは下位貴族までよ」

 あー! マルちゃんが偉い貴族なのに、私の冒険者ランクが低いから変に思われている……!

 

 Cランクになってからまだ一年経ってないから、どんなに頑張っても上がらないんだよ……。

 出遅れたから残っている依頼も少ないし、今日は町を散策するだけにした。アークもいるし、無理に依頼を受けることないか。

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