第138話 『もふもふ推進会』です

 廊下がなにやら賑やかだ。私は朝ごはんもまだなのに、もう出掛けるのかな。冒険者パーティーが依頼を受けて出発するみたい。

「お前はのん気にしていていいのか」

 狼姿で丸くなっているマルちゃんが耳をピクピクッとさせている。

「……とりあえずご飯を食べようか」

 フロントに食事を受け取りに行く。食堂はないけど、頼んでおけば朝食プレートを用意してくれるのだ。パンとスープに、サラダとカットしたサツマイモを煮たもの。スクランブルエッグにはウィンナーを二本添えて。

 マルちゃんの分も部屋に運び、美味しく頂いた。


「さてと、狼退治のお金がもらえるんだよね。ギルドに行こう」

 昨日も足を運んだので、場所は覚えている。朝から飲食店も開いていて、冒険者や町の人が食事をしていた。

 ギルドでは早くも依頼札が少ししかなくなっていた。朝一は争奪戦だね。

「あ、来た」

 昨日の冒険者の一人、剣士の女性がサロンスペースの椅子に座っている。

「わざわざ待っててくれたんですか?」

「うん、これお肉。ソフィアちゃんの分だよ」

「いいの? ありがとう!」

 渡されたのは革袋に入れた狼のお肉。今日のお昼に、マルちゃんに焼いてあげよう。律儀な人だな。

「報酬はこれで三匹分。ライ麦狼だから、大した金額じゃないよ」


 一匹分で私と狼姿のマルちゃんが、一泊して食事も二食は食べられる金額だ。依頼として受けると移動して探さなければならない分、もう少し貰えたりする。あとは素材をどうするかで変わるね。

「ついでに収入って、得した気分」

「わっかる~」

「だからと言って無駄遣いするなよ」

 マルちゃんが嬉しい気持ちに水を差す。

「しっかりしてるね、マルちゃんが保護者みたい」

「口うるさいよね。お目付け役かなあ……」

「お前がいつまでたっても半人前だからだ!!!」

 これ以上お喋りしていたら、怒られそう。依頼でも探してさっさと退散した方がいいね。何気なく壁に視線を移した。カッパの絵が描かれている。


「あれ、カッパ……?」

「なんか召喚した人のところから、逃げ出したらしいよ。それで探してるんだって、しばらく前から張り紙があるの」

 カッパには心当たりがある。でも今の生活に水を差して、無理やり連れ戻すことになったら可哀想だな。

「……悪さでもしたの?」

 私の問いに、女性は笑いながら首を横に振った。

「違うよ、召喚した人の契約の不備で逃げられたのよ。何かあってからじゃ困るから、目撃情報を探してるの。人に悪戯したり、水に引きずり込むようなカッパもいるらしいからね」

「そっか、会ったよカッパ。別に悪いカッパじゃなかったし、普通に楽しく暮らしてるよ。受付に教えてくる」

「冒険者の出番はなさそうだね。私ももう行くわ、じゃあね」

「ありがとー!」


 女性と別れて、受付に並ぶ。

 カッパは釣り堀の経営を始めて、魔物退治をしたりして近くの住人にも受け入れられていると伝えた。

 受付の人の話だと、召喚した人の知識が浅くてちゃんと契約できておらず、カッパが姿を消したので探していたそうだ。召喚した人は厳重注意され、当面の間の召喚禁止処分を受けている。今はシャレーで召喚術講習を受けているとのこと。

 カッパはこの世界が気に入って悪さをしないなら、このままでいいということになった。送還はいつでもしてくれるそうな。

 外に魔物が増えたのも、召喚して野放しにされたり、逃げ出した生き物なんかが繁殖したのが原因なのだ。管理はしっかりしないとね。


「もふもふもふもふ」

 謎の呪文が聞こえるよ。男性がマルちゃんを凝視して、触りたそうにしている。

「あのー、どうかしました?」

「失礼、立派な狼ですね。正気を失いかけました。私は『もふもふ推進会』というカヴンの代表です。立派なもふもふ具合、貴女が契約者ですよね。もふもふ推進会に入会いたしませんか?」

 も……もふもふ? 知らないカヴンだ。新しいカヴンかな?

 四十歳くらいの立派な男性なのに、言動がちょっとおかしい。

「すみません、『若き探求者の会』に所属していますんで」

「残念です……、カヴンの掛け持ちはマナー違反ですからね。しかし聞いたことのない会ですね、移籍は大歓迎ですよ。猫派と犬派が覇権争いをしていますが、新勢力も歓迎です」

 それはお互い様だと思う。新勢力とはなんぞや、そんなに会員がいるのかな。

 男性はマルちゃんを撫でたそうにしていた。とはいえ狼ではなく悪魔なのだ、撫でるのはダメじゃないかなあ。マルちゃんなら知らない振りをして、黙って撫でさせてくれそうだけど。


「ええと、『森の隠者の会』の生徒のカヴンです」

「……浅学で失礼しました、立派なカヴンに所属されていますね」

 さすがに隠者の会は知名度が高いから、移籍は言われなくなるね。

 そのうち私達の会も知れ渡らないかな、誰かが大活躍したりして。

「いえいえー、お互い頑張りましょう」

「ところで、この国にケットシーの王国があると噂を耳にしまして。ご存知ありませんか? そんな国があったら、国民になって暮らしたいですねえ」

「ケットシーの王国ですか? 猫の」

「知らん知らん、勝手に探せ」

 猫の王国だから人が住める大きさの建物はないよ、と言おうとしたらマルちゃんに遮られた。


「喋った……、翼があって喋るもふもふ……最高か」

 男性は感動して天を拝んでいる。マルちゃんは地獄から来たんだし、拝むならせめて地面では。まだ話し掛けているけど、マルちゃんは適当に返事をして出て行ってしまった。男性は手を合わせてマルちゃんを見送っていた。

 ちなみにカヴンは、シャレーで登録すれば新しく作れるよ。


 外に出ると、マルちゃんがボソッと呟く。

「相変わらず迂闊なヤツだな。猫の王国の話なんてしたら、案内しろと付いて来られるぞ」

「だからマルちゃん、私に喋らせなかったんだ」

「当たり前だ、行かないからな」

 それでさっさと退出したのか。お陰で依頼を探すのを忘れちゃったよ。

 とりあえず出発しよう。他の冒険者は森や別の町へ、依頼を受けて出掛けて行く。

 私達は先生の塾がある、北西を目指した。


 バチバチン。

「きゃああ!」

「大丈夫か、下がってろ!」

 雷のような音と、悲鳴が響いた。

 戦っているのかな、雷を使う魔物なんてほとんどいないのでは。見上げた空は晴れていて、上から落ちてくるタイプの雷ではない。

「あっちで光った」

 マルちゃんが四本足で軽やかに走る。森の方だ、木々の間から強い光がもれた。私も追い掛ける。


「プロテクション!」

 防御魔法を使っている。魔法を使える人がいるんだね。バンとぶつかり、パリンと割れる音。一度で壊れちゃった。

 森の手前で、四人の冒険者と小悪魔が戦っていた。

 背が低くて体が大きく、ずんぐりとしている小悪魔。動きは遅そう。

 雷が途切れた隙に、槍を持った女性が小悪魔に走った。女性が繰り出す突きを躱して、槍の柄の部分を握り相手ごと投げ捨てる。力持ちの小悪魔だ。

「とりゃああ!」

 続いて男性がこん棒を振りかぶり、それを片手を盾にして防いだ。

「いてて、おいしょっとぉ!」

 小悪魔がそのまま体当たりして、男性が後ろにスッ飛んだ。

 

「勝負ありだろ、ここで終わらせないか」

「チッす。示談金でいくらでも相談に乗るっすよ」

「示談金!??」

 冒険者達が驚いている。あまりランクが高くなさそう、そんなにお金もないだろうなあ。どうして戦っていたんだろう。

「そうだろ、いきなり襲ってきたじゃないか」

「お前が旅人を雷で攻撃したからだろ!」

「してないよ、そんな面倒なこと」

 冒険者達は、この付近を通りかかった旅人や村人が雷で攻撃されたという、討伐依頼を受けたと説明する。この小悪魔が雷の攻撃を使うので、彼だと判断したのね。

 小悪魔は犯人は自分ではない、と訴える。


「雷の魔物か……、あまりいないからなあ」

 物知りマルちゃんなら心当たりがあるかな。

 小悪魔はヒマそうに、手に小さな雷を発生させてパチパチと火花のように散らしていた。

「だから雷を使っているのを見て、コイツだと思ったんだろ」

「短絡的な思考」

 一言でズバッと切り捨てる小悪魔。

「他に付近に雷を使うものがいないか、探してみろよ」

「それらしいのは見掛けてないわ。変わった魔物だと、せいぜい豚しか」

「豚? さすがにそれは……」

「豚の特徴は」

 私が違うだろうと言い掛けたら、マルちゃんがさらに詳しく尋ねた。

 魔法使いの女性があごに手を当てて、思い出すように視線を上へ反らした。


「変な豚よ。黄色と茶色の縞模様をした」

「それだソレ、精霊アニトの一種の豚だ。雷を起こすチャゴだな」

 雷で攻撃する豚。そんなのがいるの?

「あの豚が、チャゴっていう……雷の魔物? でも私達は攻撃されなかったよ」

「人数だ。確実に勝てそうな、一人二人の時にしか襲ってないんだろう」

「そうかも……」

 豚の仕業と分かり、冒険者達がすぐに豚の目撃地点へ移動しようとする。逃げらたら大変だ。


「待て待て、無関係な俺を襲った慰謝料よこせ」

 小悪魔は近くにいた男性の服を引っ張って引き止めた。

「悪かったよ、そんなに持ち合わせがないよ」

「分かってるよ、弱っちいもんなあ。飯代くらいで我慢すらあ」

「助かる。じゃあこれ、本当にごめんな」

「おお!」

 ご機嫌で銀貨をポシェットに仕舞う小悪魔。指も太い。

 冒険者は急いで去っていった。

「で、お前はどうしたんだ?」

「その先の村に、契約者が滞在中で。冒険者なんす。旅の途中ですが、熱で中断してるんす。医者もいないとこだしなあ」

「私の常備薬をあげようか?」

「助かる~。お金はアイツが払うと思う、来てくれるかな」

「いいともー!」


 小悪魔の契約者がいる村へ、寄り道することになった。

 これは善行だね。マルちゃんも文句を言わないよ。森に入った少し先にあると教える小悪魔に付いて、村を目指す。

 近くみたいだから、そんなに遠回りでもないよね。




★★★★★★★★★★★★


アニトはフィリピンの精霊的な、なんたら。

善も悪も含んだ、超自然的な存在を指します。

雷を豚に例えるのは珍しいですね。使わせてもらいました。

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