第137話 マルちゃんと狼

 カッパとの交渉が終わり、集落へ戻った。

 夕日は山際に差し掛かり、すっかり薄暗くなってきている。村では男性達が数人、外に集まていた。魔物でも出たのかな。

「どうしたんですか?」

「無事だったか! アンタらが沼から帰らないって言うんで、探しに行くところだったよ」

 私達の為に集まってくれてたの! きっと女将さんが心配してくれたんだ。

「面倒を掛けたな。カッパとの交渉は無事終わった、成果を伝えよう」

「ありがたい! みんな聞いたか、このまま集まろう」


 さっきまで緊張した男性達が、明るい表情になる。一人が村長を呼びに小走りで抜け出した。私達は泊まらせてもらった宿の食堂に集まり、村長の到着を待って説明することになった。


 まずは新料金や、魚と野菜の交換に応じると伝える。カッパが魔物を退治していて、桟橋を作ったり沼底のごみを浚ったり、環境の整備にも力を入れる予定だとも教えた。

「それなら料金を払うのも当然だな」

「桟橋に使う木は、奥の集落から都合してもらおう。アイツらも沼の魚を食べてるんだ。急な雨に備えて、屋根も欲しいなあ」

「安全な釣り堀として宣伝するよ」

 皆が好意的で助かったよ。これからはカッパ釣り堀にお客が増えて、整備にも尽力してもらえそうだ。


「さあさ皆、温かいお茶でも飲んで。お酒はお金をもらうからね」

「ビールくれよ、ビール」

 女将さんがお茶を運んでくれた。早速ビールの注文も入る。

 カッパ釣り堀の料金はまだちょっと高い。整備や運営に協力したら減らしてもらうなどの交渉を、これから自分達でしようと相談していた。

 私達と話ができたので、怖いカッパじゃないと理解してくれたみたい。

 カッパ釣り堀の未来は明るいね!

 もらったテナガエビを使い、女将さんが作ってくれたパスタも美味しい。


 また無料で泊めてもらって、次の朝に出発。

 交渉をまとめられたから、謝礼金ももらえたよ。例によって、まとめたのはマルちゃんなんですが。交渉って難しいね。


 村の門に向かって歩いていると、畑仕事に行く人達とすれ違った。

「ありがとうな~」

 お礼を言われたよ。カッパも普通に受け入れるし、陽気な集落だったな。

 細い道をしばらく進んだら、ようやく馬車が通るような広い道へと出た。この辺りは平地で、先が見渡せる。


 すぐに村があり、そこで休憩。ああ、乗合い馬車でもないかなあ。

 この村にはギルドがあって、今来た集落の人達がギルドに用事がある時は、ここで依頼をするんだよ。

「一応ギルドを見てみよっか」

「そうだな」

 マルちゃんは集落を出てから、また狼姿になっている。


 小さなギルドの掲示板には依頼札が掛けてあり、若い男性が仕事を探していた。

「あ、狼。黒くて翼がある、カッコイイ!」

 掲示板の前に立っていた男性は、マルちゃんの前にしゃがみ込んだ。

「マルちゃんっていうんだよ」

「マルちゃん! ソーセージとか食べるかな、エサをあげていい?」


「ええと……マルちゃんはお肉が好きなんだ。それと、実は悪魔だからエサって言い方はちょっと」

 動物だと思うと、エサってなるか。でも悪魔だからなあ。

「変身できる悪魔だ、すげえ。俺も召喚術を学べば良かったな、狼を相棒にできるんだ~」

 羨ましがられると鼻高々だね。マルちゃんは悪魔で侯爵だからね! 簡単には召喚できないけど、頑張ってみてもいいと思うよ。


 男性はマルちゃんにお手をさせようとしている。けど、マルちゃんはまるっきり無視。だから悪魔だってば。私はその横で依頼を探した。

「あ、これにしよ」

 北の町へ書類の配達の依頼がある。期限は一週間でランク制限なし。

 受け付けを済ませて、男性と遊んでいるマルちゃんを呼んだ。

「……あんな男を押し付けるな」

「あはは、マルちゃんは男女ともに人気!」

「うるさい」

 睨まれてしまった。


 町の外では採取をしている人がいた。しっかり武装したグループは、きっと討伐依頼だろう。

 東側に越えて来た山を眺めながら、私達は北への道を進む。こちらは人が少なくて、半日歩いて護衛を二人連れた行商の馬車とすれ違っただけだ。

「そろそろ着くかなあ」

「夕方にはと言われたんだ、近いだろうな」

 狼姿で横をトコトコと歩くマルちゃんと話しながら歩いていると、前から黒い何かがこちらに迫っていた。


「逃げたぞ、追え!」

「聞いてたより多いじゃないかっ」

 叫ぶ人の声。これはもしや、討伐中かな。打ち漏らしがこっちに来てる?

 ほとんど音も立てずに走って来るのは、六本足の狼。ライ麦畑によく現れるので、ライ麦狼と呼ばれている狼だ。この狼に噛まれると、熱中症のような症状で倒れる。

 あんまり強くない魔獣だね。


「よおおっし、倒しちゃうよ。刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ。ストームカッター!」

 魔法で丸い風の刃を飛ばして、一匹を軽く倒した。二匹目は駆けていったマルちゃんが火を吐き、噛み付いてとどめを刺す。

「やったね、マルちゃん!」

「もう一匹だな」

 二匹の後から、追い掛けるようにもう一匹が走っていた。マルちゃんが狙いを定めると、最後の一匹は怯んだのか足が止まる。

 マルちゃんに任せて、私は歩いて進む。ライ麦狼を追ってきた冒険者が数人、向かい側から姿を現した。


 ライ麦狼はマルちゃんが前足キックで倒して、地面に転がった。楽勝だね!

「逃げた三匹が倒されてる、だがこの黒い狼はヤバい魔物じゃないのか!?」

「ライ麦狼より大きいし、翼まであるわ!」

 マルちゃんを警戒している四人の冒険者。一人は弓を持っていて、引き絞ってマルちゃんを狙った。

「マルちゃんー!!!」

 矢はマルちゃんの横を通り過ぎる。当たらないと分かっていたから、避けなかったのかな。


「任せろ、ファイアーボール!!!」

 魔法で火の玉をマルちゃんに飛ばす魔法使い。

 マルちゃんは大きく口を開けて、火で相殺そうさいした。魔法に続いて攻撃しようとしていたのだろう、剣を持った女性と槍の男性が、距離を詰める途中で止まった。

「火を使った!?」

「そうです~、マルちゃんは私と契約しています!!!」

 戦いになったら大変。私は慌ててマルちゃんの前へ出る。

「え、この狼は……」

「敵じゃないです、戦う必要はありませんよ」

「良かった……、危険な魔物じゃなかった」


 見ればこのパーティーは、みんなDやEランクだ。ライ麦狼はどんなランクでも受けられる魔獣なのだ。

 まあマルちゃんは、Sランクの冒険者でも戦いたくないだろうな。

「ごめんね、敵だと勘違いした」

「かまわん、この状況じゃ仕方ないだろう」

「うわあ喋った!!!」

 普通の魔物と誤解していたので、マルちゃんが喋って冒険者達が驚いているよ。思わず一歩後ずさりした。

「喋るよ~、悪魔ですから」

「悪魔なんだ!」

 悪魔が好きなのかな、男性が目を輝かせてマルちゃんを眺めている。


「そうそう、悪魔。で、町は近いのか」

「もう少し北です。一時間も掛かりませんよ」

 マルちゃんのやる気のない問い掛けに、笑顔で答えてくれた。やった、あと少し。

「僕らはこのライ麦狼達を片付けて、討伐部位を取ってから行きます。貴女達が倒したのは三匹ですね、お名前は?」

「ソフィアです」

「ソフィアさん。ギルドで伝えておきますから、三匹分の報酬を受け取ってください。間違って攻撃したお詫びに、処理はこちらに任せてください」

 やったね、手間いらず。お金だけ受け取れるの最高です。丁寧なこの男性が、リーダーなのかな。


「ありがとう、お願いするね!」

「うん、お金がないから大したお詫びもできなくて悪いわね」

 男性が頷き、女性が剣を鞘に仕舞いながら軽くお辞儀をした。

「じゃあまた後でー!」

 分かれて再び北を目指す。

 途中で彼らの仲間のEランク冒険者が、先に倒した分の狼を慣れない手つきで解体していた。この狼は食べられるし、わりと美味しいらしい。

 それにしても、まだ十匹もいたみたい。けっこうな群れだなあ。情報より数が多くて、逃げられちゃったのかな。


 着いた町はわりと大きく、ギルドはこちらと看板があった。

 配達の仕事を終えて、宿を探す。獣も泊まれる宿が多く、小綺麗なところを選んだ。

 うーん今日も仕事をした、ゆっくり休むぞ~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る