第136話 カッパと交渉
「お待ちどうさま~!」
お話をしていたから、そんなに待った気がしないよ。
まずは腹ごしらえ。私はパスタ……、あれ、ひき肉がゴロゴロ入っている。
「あの、私はトマトのパスタをお願いしたんですが」
「それがねえ、トマトソースが終わってたの。お昼にたくさん注文が入ったのを忘れてたわ。ごめんね、代わりにミートソースにしたよ。代金はそのままでいいからね」
まさかの品切れ! カッパの話のせいで、伝えるタイミングがなかったのかな。
「そうなんですか……、いただきます」
マルちゃんにはシチューとパンと、ローストビーフだ。
「……それが妖精がくれた、小さい幸運じゃないか」
「ええっ、グレードアップのつもり……!?」
マルちゃんにとってはグレードアップだろう。ひき肉が入るから、値段も高いし。
でもトマトソースの気分の時は、トマトソースが食べたいのだ。ミートソースになったらランクアップじゃない、別物だよー!
嫌とは言わないけど、これが祝福なのはガッカリだった。釈然としないものの、料理は美味しい。残さずキレイに食べましたとも。
食事の後はカッパ釣り堀へ行かねば。女将さんに場所を尋ねる。
「今から行くと帰りが遅くなるわよ、明日になさい。夜の森は怖いからね」
倒せばいいわけじゃないし、話し合いがすぐに終わるとも限らない。
忠告に従い、出発は明日に延期した。この集落の宿はここだけ。女将さんが無料で泊めてくれて、お食事も世話してくれた。宿泊するお部屋は二階だよ。
お礼に夜のお店を手伝う。
夕食を食べに来るのは、近所の人が少しくらい。見慣れない私が料理を届けるので、なんだかお客さんのテンションが高くなっていた。お陰でお酒の注文が多くなったと、女将さんが喜んでくれたよ。
朝になったら、沼に向けて出発だ。
徒歩で三十分程で着くらしい。そんなに遠くないね。
小さな川に沿って、森の中を歩いた。透き通るキレイな水が静かに流れていて、魚も住んでいそうだ。この辺りで釣りをしたらダメなのかな。
川がだんだん太くなり、その先にカッパの住む沼がある。
木に囲まれた沼の色はほんのり緑色で、魚影がすうっと水面をよぎった。
「おーい、カッパ。いるか」
マルちゃんが友達のように呼び掛ける。
「いるよー」
沼の中からは、あちらも緊張感のない声色で返事があった。
緑色の体、頭の上のつるっとしたお皿、手の指の間には水かきが。まさにカッパだ、沼の中央で上半身を覗かせている。
「お前の出番だぞ」
「うんっ。ええと、ソフィアと言います。釣り堀のことでお伺いしました」
「客だ~、らっしゃーい!」
おっと、喜んじゃったよ。残念ながら違うんだな。
「そうじゃなくて、近くに住む方が急に釣り堀にされて戸惑っています。どうしてここで釣り堀を始めたんですか?」
まずは経緯を知らなければ。移転してもらえると話が早いんだけどな。カッパは水面に顔を出したままの不思議な泳ぎ方で、スイスイとこちらへやって来た。
「おうおう、聞いてくれ。俺は召喚されて来たんだ。なんかまあ、つまんなかったからそこを出てな、キュウリがたくさんある場所を見つけた。そんで食ってたんだ」
「勝手に食うな」
ツッコむマルちゃん。キュウリは野生ではないから、畑で育てていたものだね。
「人間にも怒られた。そこにキュウリがあるから食べたんだ。だって俺はカッパだぞ。まあトマトもいいし、トウモロコシもデザートにいいぜ。だが大根、ヤツはでかすぎる」
「大根を生で食べるなら、細長く切ったりスティックにするといいですよ」
どうやらカッパは全ての野菜を生で食べる性質らしい。
料理ができないのか、好きで生で食べるのかは分からない。
「それ採用。うまそう。で、野菜を食べた分、野菜の収穫や運ぶのを手伝った。キュウリをたらふく食べる為には、金が必要だった」
「そりゃそうだ」
「放浪の旅の最中、ここに良さげな沼を発見した。運命が俺に開かれた」
唐突に詩人っぽくなったな。
そのままここに棲みついたわけだ。
「で、キュウリの味が忘れられなかった俺は、金を稼がんとなあと考えた。そこで一計を案じたって寸法よ。食べものを金で取引するなら、魚も食べものだろうってな」
「お金を稼ぐ為に、釣り堀の経営を開始したんですね」
カッパなりに考えて、お仕事として始めたわけか。これは簡単にやめたりはしないよ。カッパがしみじみ頷くと、お皿から水が
「おい、乾くと干からびるぞ」
「怖い!」
「大丈夫だぜ。取り返しがつかなくなる前に濡らせば、簡単に戻るから」
おっとこの調子で話を反らされそう、雑談している場合じゃないよ。私は交渉に来たんだった!
「でも、釣りの金額が高いのでは。安くなりませんか」
「釣りしないんだろ? なんで値切るの?」
逆に質問されてしまったよ。値切りになるのかな?
「集落の人から、魚を自由に取れなくて困っていると相談されたんです。安くするか、移転してもらえたら」
「俺だって商売だからなあ、譲れねえんだよ。キュウリパラダイスの為にも。それとも何かい、沼に住んでるんだから藻でも食ってろっていうのかい」
カッパがすごんでくるー!
釣り堀にかける情熱は本物だ。食事かあ、周囲の森に草や木は生えているものの、カッパが食べるかは定かではない。
「客入りはどうだ」
私に任せておけないと判断したのかな、マルちゃんが質問する。
「全然だな~。俺がカッパだから、怖いのかも知んね。ここいらの魔物を倒して、安全にだって気を配ってるんだぜ。無害でクールなカッパだって分かってくれたら、お客もわんさかくる」
「どうやって周知するんだ」
カッパはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、
「聞いてくれ、俺の完璧な計画を。この近辺を成人前の髪が豊富な可愛い女の子が通って、魔物に襲われたりするだろ。それを俺が
「今、魔物を倒して安全にしてるって言わなかった!?」
思わずツッコんでしまったよ。
カッパの妄想話だ。髪が豊富もカッパにとっての可愛い基準になるんだろうか。
「……ガッデム」
膝から崩れ落ちるカッパ。背負った甲羅が重そうだ。カッパの野望は
「堅実に客を増やす方法を考えよう。まず料金が高い。近辺の者は裕福じゃない、この値段だとあまり来ないだろう」
「うう……キュウリ……、キュウリパラダイスが……」
「一回いくら、という値段設定しかないのが良くない。一日の場合と半日の場合で値段を分けたらどうだ」
「ふむふむ……」
真剣な表情で頷いているカッパ。値下げに前向きになってくれたようだ。狼姿のマルちゃんとカッパが向かい合って、真面目な相談をしている。
ちょっと笑える。
「お前はキュウリが欲しいんだろう? 人間にも同じように釣りが目的ではなく、魚が欲しいだけの者がいる。魚とキュウリや野菜を交換したらどうだろう」
「名案じゃないか……、天才だな。いちいちお金にしなくても、欲しい食べものが手に入れば十分だ」
そうか。魚が欲しいだけの人にとっては、野菜と交換できたら話が早い。
「ただし野菜は旬があるからな。手に入らない時期があるし、値段も変動する」
「それに対応しなければ、時代の波に乗り遅れるということか……」
「相場はある程度決めておかなければならんが、顧客のニーズに合わせて柔軟な対応をした方がいい」
「魚も種類があるからなあ……、皆が欲しがる人気の魚をリサーチすべき」
カッパ釣り堀の話だよね?
小難しく話していて、私は会話に入れないよ~! カッパは私より頭が良さそう。
「もっと釣りやすいように整備も必要だ」
「この辺に桟橋を作ろうかなあ」
話は沼や川の環境整備にまで及んでいる。
お昼はカッパが捕まえてくれた魚を焼き、試食と称して頂いた。美味しいなあ、うんうん。フナや口の長いサヨリ、ウナギもいるよ。
テナガエビもいたので、もらった。あとで宿で料理してもらって、皆で食べようっと。釣り堀の宣伝もしないとね。
「ところでさっき、ダイナミック泳法と言っていたが」
魚を食べているマルちゃんが、カッパに顔を向ける。
「俺の泳ぎは大したもんだろ?」
「なんで古式泳法なんだよ」
「カッコイイ」
カッコイイつもりだったの? ちょっと変な泳ぎ方だと思ったよ。自慢げにふふんと笑うカッパ。
「ダイナミックとは違うな」
「うん、違うね。ダイナミックって、もっと水をバシャーって掻き分けて、
「迷惑な泳ぎ方だな。音を立てるなんて魚は逃げるし、カッパとしては二流以下よ」
「カッパと人間の、感性の違いだな」
「……ガッデム! 俺の泳ぎが人間には通用しないのか……!!!」
本日二度目、カッパの本気の落胆。
落ち込み方が芝居じみてて、楽しいなあ。
「うひい、水、水が流れ過ぎた!」
「はいはい沼から汲むよ~」
ガックリ頭を下げたので、お皿のお水は地面が吸ってしまった。
頭を上げてもらい、両手ですくったお水をお皿にかける。すぐに元気になって、再び胡坐をかいて座った。
「釣り堀に女の子を呼ぶ為にも、モテを研究しないとな……」
どこにこだわっているんだろ、変なカッパだなぁ。
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