第135話 小さな集落での依頼

 お部屋にはタンスやテーブル、荷物置きもある。

 ベッドは木の枠にヒモが細かく交差して編み込まれていて、ワラを敷き詰めたもの。ワラに大きな布が二枚被せてある。布の上には不思議な模様のクッションと、毛布も数枚用意されていた。

 ワラのベッドは初めて。ふわふわで暖かくて、寝心地がいい。

 ぐっすり眠れて、朝食のができたと呼び掛ける声で目が覚めた。

 米を煮たお粥に、野菜の煮物、木の実やどんぐり、それから蜂蜜。この木の実は……、皮をむいて食べるのね。生どんぐりはさすがに人間用ではないよ。蜂蜜はパンやヨーグルトにかけるのか。


「今日も頑張っていこー」

「出発するか」

 お金は払ってあるので、部屋の鍵を渡せばそれで終わり。忘れ物がないか最後に部屋を確認する。

「お世話になりました」

「またよろしくね~」

 受付の人はにこにこしているけど、店長キツネが真顔で硬直している。

「……どうかしました?」

「ワ、ワレはヤバいものを見た……、龍だ……白い龍の気配がする」

「バイロン?」

 どうして急に、ここにはいないバイロンを恐れているんだろう? 不思議に思っていると、マルちゃんがテテテッと四本足で軽快に進んだ。


「幻覚催眠を試みて、お前が持つ宝石のバイロン様の魔力からイメージが逆流したんだろう。さすがキツネ、本物だな」

 つまりキツネの魔力が強くて察知する能力が高かったので、バイロンの魔力と存在に気付いて、怖くなっちゃったのね。龍神族だもんなあ。

「大丈夫ですよ、今は一緒じゃないですし」

「このくらいでは向こうは感じていないだろう」

「あー、気付いたら文字通り飛んできそう……」

「ヒィッ!」

 店長キツネは驚いてしっぽがボワボワになった。余計な発言をしてしまった。


「きゃはは、店長、真っ青!」

 受付の子はむしろ喜んでいるよ。震える店長を慰めもしない。

「またおいでね」

 ネコマタは挨拶してから、私達が使った部屋へ向かった。そしてすぐに毛布などを抱えて出てくる。洗濯係なのね。ブラウニーは気が向いた時間に掃除をするんだって。それでいいのか。

 キツネの宿は存外に居心地が良かった。十分休めたし、続きを歩くよ。

 他に歩いている人の姿がない。ギルドで護衛を探していた女性は、無事に見つけられたのかな。


「年間パスポートとやらは買わなかったんだな」

「またここを通るわけでもないし、いらないよ」

 意外だな、無駄遣いには厳しいマルちゃんが、買えば良かったみたいに言うなんて。

「役に立ちそうなのにな」

「そうなの?」

「要するに幻覚や催眠を防いで、宿へ導くんだろう。宿へ行かされるのはともかく、精神感応を防ぐ護符なんて珍しいじゃないか。しかもそれが得意なキツネのものだ、効果は折り紙付きだ」

「あ〜!!! 確かに……、先に教えてよマルちゃん!」

 人にあげても喜んでもらえるヤツだ! 欲しい!

 私は来た道を引き返して、年間パスポートをいくつか買った。塾の皆にあげてもいいな。

 

「あ、泊まってた人族」

 道へ出たら、ちょうど同じ宿に泊まっていた妖精が、同じくお客だった馬の上に座っている。馬と妖精の、珍しい組み合わせだ。妖精は蝶のようなはねを、ゆっくりパタパタと動かす。

「出発するの? 気を付けてね」

「ヒヒヒン」

 馬が返事をしたので、妖精の声は掻き消された。

「もうっ、すぐ会話に加わろうとするんだから。お喋りな馬なのよ」

「仲良いんだね」

「そっちもね」

「仲良くない、お目付け役だ」

 マルちゃんが冷たく答える。否定しなくてもいいのに。

「ヒーッヒン」


「ねえ、ケットシーは王国を作ってみんなで住んでたりするんでしょ。妖精もそういところないかな、知らない?」

「……妖精も同じように、異界に自分達の住む場所を作ったりするんだっけ。私は聞いたことないな、人間には分からないのかも」

 確か荒れ野とかの岩場から、妖精の国への道があったりするらしい。

 ただ、どこにあるかは知らないし、この世界に作られているかも定かではない。

「そうよね~、はあ。同胞に会いたいなあ。でも悪い人族がいたら怖いし……」

「ヒンヒンヒーン」

 ため息をつく妖精。

 人を警戒しながら、妖精の仲間を探してるのね。

「それなら、シャレーっていう召喚術師の組合の建物で、“小さき光の会”っていうカヴンを探すといいよ。妖精を好きで、保護したり助ける活動をしているんだって」

「ありがとうっ! 探してみるね。お礼に、私の祝福をかけてあげる。ちょっぴりいいことがあるよ!」


 妖精は喜んで私の頭の上をクルクルと飛び回った。キラキラ光る鱗粉が舞う。これがこの子の祝福なのかな。

「ありがとう、どんなことが起こるか楽しみ!」

「ヒンヒヒン!」

「じゃあな、行くぞソフィア」

 マルちゃんはもう待ちきれないようで、タタッと先に歩き始めた。

「気を付けてねー、悪い人に捕まらないように」

 手を振って背中を向ける。

 それにしても本当にお喋りな馬だったなあ。発言の内容は全然分からないけど、妖精には理解できていたのかな。

  

「山を下ったら、まっすぐ塾へ帰るのか」

「途中でヴァンダがいる町とか、ケットシーの王国とか寄りたいよね」

「ケットシーは放っておけ」

 犬の英雄マルちゃんがまた見たいのに、断られた。マルちゃんは嫌そうだ。観光地みたいで面白いのにな。

 最初は会話をたまにしていたけど、だんだん疲れて無口になる。途中でまた夜を明かし、ついに小さな集落がある場所まで辿り着いた。

「やった、ついに山を越えたよ……!」

「あとは塾への道以外は平地だな」

 そうだった、最後にまた山が待ち構えているんだった……。

 

 とにかくこの集落で美味しいものを食べて、精を付けるのだ。

 と、意気込んだものの、宿を兼ねた小さな大衆食堂が一つあるだけ。それもそうか、あまり人が来ないんだろうなあ。

「こんにちは~」

 店内に入ってみても、昼も過ぎて中途半端な時間なのでお客はいなかった。

 お客どころか誰もいない。

 静まり返った店内を見回していると、話し声が耳に届く。奥からだ、誰かいることは確実だ。

「こんにちはー! お食事できますか~?」

「はーい、ちょっとお待ちよ」

 聞こえるように、声を張り上げた。女性が返事をして、誰かと二、三の言葉を交わして、姿を現した。


「ごめんねえ。いつもこんな時間に来る人がいないから、お喋りしてたのよ」

「いえ、お食事させてもらっていいですか?」

「もちろんよ。すぐに火を起こすからね」

 年配の女将さんが準備をしている間に、私達はメニューを眺めた。メニューの種類は多くなくて、デザートはゼリーかフルーツだけ。そして絵だけで文字がない。文字の書けない人なのかも。

「何か肉はあるか」

「お肉ねえ、シチューとローストビーフがあるわ。人気だからたまに作るのよ」

 ピンポイントでローストビーフときた。もちろんマルちゃんはその二つを注文する。ちなみに驚かせないように人型になっている。


「私はパスタで」

「トマトソースとミートソースと、青じそがあるよ」

「トマトソースがいいです」

「はいはい、じゃあ待っててね」

 お湯を沸かしてからだし、ちょっと時間が掛かるかな。ソースはもう作られているので、温めるだけ。

「で、さっきはどんな相談をしていたんだ? 金を出し合うことになる、と聞こえたが」

 マルちゃんは話の内容まで聞こえてたんだ。私には会話までは聞き取れなかった。女将さんは小さく笑った。


「……おやおや冒険者さんなのね。聞いてもらえるかしら。奥の沼にカッパが棲みついたのよ。それで今までみたいに、魚が取れなくなってしまってねえ」

「それは困りますね」

「本当だったら川魚が名物でね。でもカッパが釣り堀を始めて、川でも自由に釣れないのよ。裕福な村じゃないし、そんなに払えないから……」

 あれ、予想していた話の流れと違った。カッパの釣り堀?

 人を沼に引き入れて溺れさせるから近付けないとか、そういう話ではない?

「つまり退治か」

 マルちゃんが腕を組んで尋ねる。水中や空を飛ぶ敵は危険なのだ。マルちゃんなら溺れないだろうけど、水中戦は得意なのかな。

「まさか、そんな可哀想な。料金を安くするとか、よそに移ってもらうとか、どうにかできないかしらねえ」


 討伐依頼ではなかった。集落の人々は平和的解決を望んでいた。

「……じゃあ、話し合いをしてみますね」

「助かるよ。手間賃を少しは出せるの。あとは成功報酬でもいい……?」

「構わん、手間賃は食事で十分だ」

 マルちゃんもやる気だ、これは善行になるに違いない。

 食事をしたら、カッパと交渉だね。気合を入れるぞー!



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藁のベッドは、ネパールのカティヤという家具を参考にしました。

本当にあるのかな、どう作るのかなーと思って検索した(笑)

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