第134話 山の中のお宿

「ソフィアさん! 大丈夫だった?」

 声を掛けられた方を探すと、一緒に採取をした二人が手を振っている。女性は混み合うギルドの中から、こちらへ駆けてきた。

「大丈夫です、あの魔物は倒されたんですよ!」

「え、あんなスゴイ魔物を……!?」

「もちろん私じゃありません」

「そうだよね、ビックリしちゃった。みんなー、魔物は倒されたそうよ!」

 女性が声を張り上げると、ギルド内からはどよめきと歓声が響いた。


「ヤバい魔物だったよな、簡単に倒されるとは……」

 男性も女性の横で感心している。地獄の王からしたら、取るに足らない相手みたいだったよ……。

「……ギルドもまだ混乱してるねえ……」

「さすがにすぐには収まらないだろ。大騒ぎになっちゃったなあ」

 落ち着くのを待って採取依頼の終了処理をして、買い取りカウンターへ行った。ギルドの職員は何事もなくて良かったと、笑顔で接してくれた。

 先程ギルドの前で依頼を頼もうとしていた女性が、護衛の依頼を出している。なるべく早く、ランクはC以上。護衛は最低Cランクが、一般的な条件なんだよね。私は受けられない。

 今日は早く休んで、明日に備えよう。


「……俺のステーキを忘れるな」

「分かってるよ。本当にお肉大好きだね、マルちゃん!」

 マルちゃんはお肉に関してだけ、しつこいなあ。

 ステーキを食べられるお店を探し、しっかりと約束を果たした。脂身が少なくてサッパリした、美味しいステーキだったな。マルちゃんは一番大きいのを食べていた。

 ご飯が食べ終わる頃には騒ぎもすっかり収まって、警備の兵が頻繁に巡回をしていた。こういう時は、混乱に乗じて盗みを働く人とかがいるから。

 ヒュドラには猛毒があるので、焼き払って慎重に地面に埋めたらしい。戦った人は名乗り出るようギルドで呼び掛けをしているけど、名乗り出ることはないだろうな。


 夜が明けた。しっかり朝食を頂いて、食料も買ってから出発。

 この山を越えたら、ついに先生が待つ故国。細い山道を、前を進むパーティーから少し離れて歩いていると、彼らは山の中に分け入って姿が消えた。きっと依頼で何か探しているんだろうな。

 登り坂なので、足が疲れる。なるべく小幅で、急がないようにした。二晩は少なくとも野宿だなぁ。途中に泊まれるようなところでもあるといいな。山小屋とか。

 マルちゃんは狼の姿で軽快に先へと進んでいく。

 途中で鳥を狩って夕食の材料にし、一日目は野営だ。日が暮れる頃から魔物が出没したので、マルちゃんが見張りをしてくれた。起きたら朝食の材料にしろと、イノシシが置いてあったよ。


 次の日も山道をひたすら進む。

 頂上に着いたのは昼過ぎになってから。開けているし、ここでご飯にした。反対側から来た人達も食事をしている。

 巨大なロック鳥が飛んでいったけど、襲いかかってはこなかった。

 少し休んだら、また歩くのだ。

「全然家もないね」

 下り道になっても、行けども山。土の道が続く。

「道が狭いからな、ここに住む利点がない」

「魔物も出るしなあ。あ〜あ、泊まれる宿がないかなあ」

「あるわけないだろ」

「……あったよ」

 なんと脇にある細い獣道の先に、立派な木材を使った、こんな場所には似つかわしくない建物がある。どうやってあの木材を運んだんだろう、作業できるような広い庭もないよ。

 家の前には『みんなのお宿・どまんなかお山』という看板が立っていた。


「……どうも怪しいな」

 マルちゃんは家を厳しい眼差しで眺めている。私もジッと注視してみた。

「あ!」

「どうした⁉」

「見て、看板! 温泉があるって!!」

「お前は本当にのんきだな……」

「だって温泉だよ⁉ 大丈夫、危なそうならすぐに出よう」

 呆れるマルちゃんを尻目に、私は勇んでその扉を開いた。木の扉は簡単に動かせる。いいなあ温泉。


「らっしゃいませ〜、二名様ですね~! 種族をどうぞ」

 元気に迎えてくれるのは女の子だ。でも種族?

「ええと、人と悪魔です」

「人だ。黒い狼は悪魔かあ」

「人族人族」

「悪魔も来たって?」

 奥から男性や他の女性も集まってくる。

「え、なになに?」

「人族は簡単に来られないよう、幻覚を使ってるんだよ。それなりに魔力がある人族かな。他の種族も泊まってるけど、ケンカしないでね」

 ここは人族以外がお客の宿屋なんだ。この様子なら、夜中に目が覚めたら包丁を研いでいて、私が食材になるとかないよね。


「キツネの宿か」

「左様。ワレの宿だよ」

 男性が堂々と胸を張る。姿はすっかり人と同じで、私には見分けがつかない。

「よく判るね、マルちゃん」

「このくらいならな」

 余裕なマルちゃんに、店長キツネは悔しそう。

「店長、スマイルですよ。まずは受け付けちゃいましょ。では~、お食事はどうします? お部屋は一緒にしちゃう?」

「お食事、二食付けてもらおうかな。お部屋は一つでいいです」

 お、宿っぽい。内装は質素で素朴な感じ。木の実や葉っぱが飾ってある。椅子もテーブルも全部丸太だよ。

 

「人族には快眠コースもありありだよー」

「快眠コース?」

「はいっ。店長が幻覚催眠で気持ち良い眠りにいざなうよ」

 怖いコースだった。何それ。

「いや、いりません……」

「お前には効果ないだろうな」

 そういえばバイロンの血筋のお陰で、催眠とか状態異常には耐性があるんだっけ。

「にゃっちゃら~!? ワレは五尾のキツネで、人を惑わすなんてお手のものもの、お茶の子さいさいだぞぉ!」

 憤慨する店長キツネ。キツネは確か、尻尾が多い方が強くて偉いんだっけ。

 この店長キツネは幻覚催眠が得意なのかも、それで人族を退しりぞける仕掛けをしてるのかな。


「それはそれは。で、温泉があるのか?」

「はい、一番奥にあるよ。男女で別れてるから、悪魔さんが男なら男湯にちゃんと入ってね」

「話を聞きなさーい!」

 マルちゃんは店長キツネを完全に無視で、話を進めてしまう。面倒なんだろうな。

「あとー、辿り着いた人族には年間パスポートも販売してるよ。これがあれば、迷わずこのお宿に辿り着く!」

「なるほど~。惑わせるようにしてるんじゃ、毎回来られるとも限らないですもんね」

「そうなんだ~。偶然迷い込んだり、誰かが連れてきたり、暇だからこっちから誘導したりしなきゃ、なかなか人族には見つけられないよっ!」

 普段は隠しているのに、暇だと誘導されちゃうんだ。さすがキツネ、自由だな。


「パスポートはいりません」

「残念だな、では宿代は前金ね」

 二人分の宿泊費と食事代を支払った。普通の宿とあまり変わらない値段設定だ。

 店長キツネは何故かこちらを見ていた。静かでも気持ち悪いよ。かと思ったら、奥へ向かって声を掛ける。

「おーい、お客様を案内して」

 すぐにトテトテと小さな音がして、案内係が姿を現した。

「お部屋をご案内、ご案内」

 二本足で歩く猫。ケットシーより一回り大きい。黄色い体に茶色の縞模様が入っている。


「猫だ。ケットシーじゃないよね」

「お客さん、そんな下等種族と一緒にされちゃあ困りますね。私はネコマタですよ」

 猫はクルリとまわって、後ろを見せた。尻尾が二つに分かれている。何故かお尻を振るネコマタ。尻尾が揺れて床を掃いているよ。

「魔力の強い猫が長生きして、やっとなれるのがネコマタだ」

 マルちゃんが説明してくれた。ネコマタは猫のエリートなのか。ケットシーとは別系統な気もする。対抗意識があるのかな。

「私は化ける修業中で、キツネ宿屋で働いているんです」

 なるほど、化けるのが得意なキツネの元で修業がてら働いているのね。


「掃除終了、全部終わったよ」

「パンとミルクをあげよーね」

 今度は掃除道具を持った、茶色い服で長い鼻をした妖精が歩いてくる。ブラウニーだ。姿を見せない家事妖精が普通に移動しているなんて、不思議だな。

 さすが異種族宿屋。


 お客は兎人族と、妖精と馬。馬だよ。

 食事は山菜が中心で、混ぜご飯が美味しかった。鹿肉のハンバーガーと熊肉シチューも並んでいる。こんなに食べられないよ。思いがけず肉が出て、マルちゃんが大喜びだ。

 食事の後は、お楽しみの温泉。

 簡素な壁に囲まれている露天風呂で、大きな石を並べた手作り温泉。透明なお湯に湯の花が浮いていて、匂いがすごい。


「疲れが取れる~」

「ホントだねえ」

「え、誰かいた? ……カメだ」

 温泉にカメが浮いている。他に人影はないし、喋ったのはこのカメだよね。お湯大丈夫なの!?

「熱くないですか?」

「平気よ。温泉が好きでここに住んでるの。移動するのは大変だから」

「……お客さん?」

「お金がないから違うよ、すみっこに勝手に住んでるの」

 本当に自由な宿だなあ……!

 カメは石に上って、甲羅干しを始めた。少し休んで、また入浴するらしい。


 そういえば店長キツネは、安眠の幻覚催眠をしたのかな。幻覚だから、かけられてもほとんど感覚はないんだよね。

 いい夢でも見られるのかな、ちょっと気になる。

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