第133話 バアル閣下のヒュドラ退治講座
バアルだあぁ!
雷の直撃を受けたヒュドラは、動きを止めて頭をけいれんさせた。
急降下してそれを目指すバアルの手に、光る槍が現れる。動いたと思った次の瞬間にはもうヒュドラの近くにいて、槍を振り上げた。
九つの頭が一気に切断されて、血を撒き散らしながら地面に落ちた。
槍ってこういう武器だっけ!??
ヒュドラの体が倒れる前に、バアルが下に入り込んで押し上げる。体を裂いて何かを素手で取り出したバアルは、もう倒れ込んだヒュドラの上にいた。まさに電光石火だ、何が起こったんだかさっぱり理解できない。
「ヒュドラは首を落としてもすぐ再生するが、数を落とせば再生までに時間を稼げる。断面を焼けばもっといい」
だからって、全部一気にいくかな。
「そんで動けねえうちに核を取る。この核がある間は再生する」
だからって、いきなり素手で掴めるかな。
バアルなりの倒し方をレクチャーしてくれているんだろうけど、常人には無理の一言だ。助けられた三人も呆然としている。
「じゃあな」
あ、助けてもらったお礼を言わないと!
「ありがとうございました……っ」
全然届いていないんではないだろうか。喋り終わるや否や、バアルは空を飛んで流れ星のように姿を消してしまった。
そういえば核ってことは、ドラゴンティアスじゃなくて魔核があったんだよね。
ドラゴンじゃない魔物だったんだ。
残されたのは助かって座り込んでいる三人組と、全ての頭を切断され腹を割かれたヒュドラの死体。こんなところに死体があると
三人組は顔色が悪い。よほど怖かったんだな……、いや咳もしているし、本当に具合が悪そうな?
「い、今の人は……」
「えーと。……位の高い悪魔です」
そのくらいの説明しかできない。触れたらいけないと思ったのか、それ以上の質問はされなかった。
というか通りすがりの悪魔が危険な魔物を倒していくとか、まだ信じられない感じかも。
「無事か、ソフィア」
「あ、マルちゃん!」
マルちゃんが空を飛んで駆け付けた。白いロングコートがヒラリと舞って、カッコイイ。
「バアル閣下の雷が見えたから、お前が失礼をして怒らせたのかと心配した」
「そんなことしないよ!」
どんな心配をしているんだか。マルちゃんは倒されたヒュドラの残骸に視線を向けた。あの無残な倒し方は、バアル以外いないだろう。
「ヒュドラか。アイツら、毒を浴びているんじゃないか?」
「毒があるの?」
「毒の息を吐く。棲み家も毒に侵されるから、ヒュドラの棲み家を発見したら近寄らないのが常識だろう」
じゃあ三人の顔色が悪いのは、傷や恐怖のせいだけでなく、毒を浴びたから!? 早く治療しないと。
「さっきから調子が悪くて胸が痛いのは、毒のせい……!?」
「俺は吐き気が……」
毒に心当たりがあるみたい、三人は更に顔色を青くした。
「薬と飲まないと完全には消えないと思いますが、魔法を唱えましょうか? 進行を止めたり、和らげる効果があります。もちろんお代は頂きますよ」
私が知っているのは痺れや状態異常に効果がある魔法で、毒にも効くとはいえ間つなぎくらいなんだよね。メンバーじゃないから、無料でもないよ!
「金がかかるのか……、町まで我慢するか?」
「かなり辛ぇよ……」
三人は相談している。
二人の冒険者が町で伝えてくれたようで、四人組になった兵がこちらに向かう姿が遠く見えた。一人はローブを着ているから、魔法使いだろう。助けを待つなら、それでもいいんじゃないかな。
「ヒュドラの毒は全身に回ると助からないが」
マルちゃんがしれっと教えてくれる。どうやら我慢して後回しにしてもいいものではないらしい。
「助からない……!? 頼む、その魔法を使ってくれ!」
「まいどありー! では三人近くに集まってください、そうすれば一度で済みますんで」
三人はよろよろと集まり、大人しく座った。
「では魔法を使います」
ギルドではあんなに横暴だったのに、さすがに従順だね。私は護符の指輪に魔力を送り、しっかりと魔法を唱えた。
「曙にかかりし細き雲、苦痛を拭う綿となれ。澱みを流す
パアッと光り輝いて、三人を包む。三人組の顔色が少し良くなった。呼吸も楽になったようだ、これで少しはマシだろう。
「薬はちゃんと買って飲んでくださいね、しっかり治療しないといけませんよ」
「……わかった……」
魔法を使った代金を頂き、ちょうど到着した町の兵に彼らを託した。
兵は無残なヒュドラの遺体に驚いている。
「倒した人には報酬が出ますよ!」
こんな強い冒険者がいたのかと、兵は興奮気味だ。冒険者じゃなくて悪魔だけど、面倒になりそうだから説明しなくていいかな。こんな魔物を簡単に倒す悪魔がウロウロしているなんて分かったら、怖がられちゃう。三人組にも口止めしておこう。
「それが、もう去ってしまって」
「こんな大物を退治して、そのまま通り過ぎちゃったんですか? かっこいいなあ」
「魔核だけ取って行っちゃいました」
ここだけ言うと、さすらいの退治人みたいだな。
以前もドラゴンを狩って颯爽と消えたから、間違っていないかも。
私とマルちゃんは先に町へ戻り、三人組は兵に任せて連れて行ってもらうことにした。少しは調子が良くなったとはいえ、足元がおぼつかないのだ。途中で倒れても困るしね。あ、困らないか。
「そうそう、採取したからカゴを忘れずにっと。明日は出発だね」
「今日でもいいぞ」
「宿代、追加で払っちゃったよ。まだ明るいし、先生にお土産でも探そうかなあ」
「今度こそステーキだ」
忘れてなかったのか。歩きながらこれからの予定を相談した。
ギルドで報酬を受け取って余分な薬草を売り、町歩きをするのだ。イブリースは強制送還されたし、心配ごとがないっていいな。
町は避難誘導が始まり、騒然としていた。そうだ、まだ倒されたのを知らないんだっけ。
「早く町へ入れ!」
門の近くに集まっていた兵が、私に走れと急かす。
「魔物は通りすがりの人が倒してくれました。もう危険はありませんよ!」
「倒された? 九つの頭があるドラゴンが現れたと訴えがあったが」
とんでもない魔物だったから、すぐには信じてもらえない。
「ドラゴンではありませんでした。えええとええと、……倒し方を知っている方が対処してくださいまして」
「俺も遺体を確認した、すぐにさっきの先兵も戻るだろう」
マルちゃんの証言を聞いても、まだ半信半疑の人も多い。
「久々の活躍の機会が……」
肩を落とすのは、高ランク冒険者だ。仲間になだめられている。町が落ち着くまで、少し時間が掛かりそうだ。
商店街も浮足立っていて、お店が開店休業状態。情報を求める人でごった返していた。ギルドも混んでいる。
この状況じゃ、受け付けどころじゃないね。魔物は倒されたと説明しても、ここでもやはりすぐには信用されなかったよ。仕方ないから外に出て、通行人を眺めた。倒されたらしいと、ちょっとずつ情報が広まっている。
「いったん宿に戻って、出直そうか」
「その方が良さそうだな」
マルちゃんと諦めて戻ろうとしていると、ギルドの前で右往左往している女性が目に入った。中の様子を窺っていて、魔物の情報を求めているわけではないみたい。
「どうしましょ、山を越えるから護衛を雇いたいのに……、これじゃ入れないわ……」
山越え。もしかして同じ方向かな?
「あのー、魔物は倒されたので、すぐに落ち着きますよ。護衛をお探しなんですか?」
「あ、はい。隣国に行きたくて……」
「私も明日、隣国へ行くんです。良かったら雇いませか?」
女性は私に視線を巡らせ、考えている。
「……Dランクですよね……? 申し訳ないですけど、ちょっと不安が……」
そうだった、Dランクだと護衛の仕事は、あんまり受けられないんだった。マルちゃんがいるから戦力は十分だし、ウッカリしてた。
「あはは……、ですよね。すみません」
なんか気まず〜い!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます