第132話 楽しい採取

 町を出て、北へ向かう。街道には荷馬車が多い。

 西には山があり、うっそうとした森が広がっていた。山の向こうが、私達が来た国なのだ。明日はあの山を越えるよ。

 細い道を進んでいたら、坂道になった。低い場所に目的の泉がある。開けているから近く見えるけど、けっこう距離があるなあ。

 泉の近くには男女の二人がいて、先に採取をしているみたい。私も負けていられないよ!


「こんにちはー」

「あ、こんにちは。見ない顔だね」

「旅の途中です」

 挨拶したら、普通に返してくれた。私と同じくらいの年齢で、ランクも同じD。二人とも髪が短く、武器と革の鎧を身に着け、手袋をはめていた。一人は弓も持っていて、攻撃系の人達だ。

「君も採取? 旅の途中って、金でも尽きた?」

「あはは、隣国に帰るだけなんで、お金は足りてます。相棒が酔い潰れてて」

「あ~、この町うまい酒場が多いんだよね。仕方ない!」

 男性はやたらフランクだ。ちょっと話すには気楽でいいか。

「お二人も採取ですか?」

「そうそう。いい依頼がなくてなー。これだけじゃあ実入りが良くないよな」

「ところでね、性質の悪いCランクの三人組がいるのよ。気を付けて、討伐に勧誘されても付いて行っちゃダメよ」


 きっとギルドで会った、監視されている三人組だろう。この人達にも絡んだのかな。

「朝、会った失礼な人達だと思います。皆にああなんですか?」

「見てのとーり、頭が悪くて魔法が使えないヤツでさ。だから自分らよりランクの低い魔法使いとかを、威張って引き入れようとしやがる」

「貴女も魔法系の子でしょ、やっぱり誘われたのね。仲間の冒険者が付いて行っちゃったことがあるんだけど、怪我をしたのに置いて来られたの。私達が他の人にも声を掛けて、探しに行ったわ。怪我した足を引きずって、必死に歩いてたのよ……」

 自分達から勧誘して、放置しちゃうなんてヒドイ! 二人とも思い出して厳しい眼差しをしている。断って本当に良かった。

 私ならマルちゃんがすぐ来てくれるだろうし、呼べばバイロンも文字通り飛んでくる。でも気分悪いよね!


「ああいうのに限って、いい依頼を確保しちまうんだよ。Dでもやれる討伐、やりたかったー!!!」

「愚痴を言っても仕方ないよ、仕事しましょう!」

 両手を上げて何故か万歳をした男性に、女性がパンパンと手を叩いて仕事に戻るよううながす。私も採取しなきゃね。

「私は塾で簡単な薬を作ってたんで、薬草とかある程度は分かりますよ。たくさん採って、素材として持ち込みましょう!」

「マジ!? ありがたいんだけどっ!」

「これからの役にも立つし、絶対に覚えるわ! お礼に私達が余分に採取できた中から、そちらにいくらか渡すね」

 二人は元気になって、すぐ仕事に戻った。私も辺りを見回し、薬草を探す。ポーションの素材になりそうなものはあまり見当たらないけど、普通の薬の材料はそれなりにありそうだ。人気の差かな。


「止血には、チドメクサの葉の汁を塗り込むといいですよ。繁殖力が強くて安価ですが、採取しやすいです。泥の中のコウホネの地下茎は、解熱の薬になります」

「これね。止血なら、自分達も必要になりそうね」

「そういや薬屋のばあさんが、腹痛の薬の材料が少ないってぼやいてたぜ」

「ちょうどいいね、探そう!」

「アンタって言葉は乱暴なのに、年寄りから人気あるわねえ」

 素材は依頼で出すと、値段がどうしても高くなるからなあ。

 単調な採取作業も、会話をしながらだと楽しいね。

 お昼過ぎには目当ての素材が揃った。ご飯を食べながら、この後も続けるのか相談した。

「もうちょっとだけ探して帰ろうかな」

「じゃあ、私もそうします」

 魔法系一人でウロウロするのは不安だからね、同行させてもらおうっと。


 坂の上の道を馬車が道を進んでいく。護衛の騎兵がついていた。

 それにしても、マルちゃん来ないな。ゆっくり休んでいるならいいけど、また絡まれていたりしないかな。

「もう帰りましょ」

「おう。いやあ、採れたな」

 二人はカゴがいっぱいになり、笑顔で立ち上がった。私も十分採れたよ。マルちゃんがいなくても、一人で依頼をこなせたのが嬉しい。約束の分け前をもらって、坂を登った。

 高低差で見えていなかった平野が、徐々に視界に入る。森から町へ歩いていく人の姿があった。この山は、ここから徒歩で越えられるのかな。


「山がどうかした?」

 じっと見てたから、女性が気になったみたい。

「いえ、明日はこの山を超えて、隣国へ帰るんです。人が出てきたので、この辺りに道があるかな、と思って」

「あるけど細いし、馬車は通れないぞ」

「歩きです」

 マルちゃんで飛んじゃえばひとっ飛びなのに、歩けって言われそう。もし迷ったら飛んでくれるよね。

「迷わないようにね。おかしいと感じたらすぐに引き返すのよ、たまに遭難する人がいるから」

「はい、気をつけま……」

「うわああぁぁ!」

 

 男の野太い叫び声に返事が掻き消された。どこかで聞いた声のような。

 山から三人の男性が、後ろを振り返りつつ必死に走ってくる。あ、ギルドで声を掛けてきた、意地悪三人組だ!

「なんだ、アイツら。ヤバいもんでもあったのか?」

 男性がさげすむような眼差しを向け、彼らの後ろに目を凝らす。

 バキバキと木が折れる音がして、葉っぱが揺れた。葉っぱの間に青いものがチラチラと動いている。魔物に追い掛けられているの?

「わ、え、何アレ……!?」

 女性が指さす。

 木を倒しながら道なき道を進み、九つの頭がある魔物が姿を現した。体は足の短い犬に似ている。

「えええ!? まさかドラゴン?」

「逃げよう、ヤバいぞ!!!」

 

 三人は怪我をしていて、血を流しながら町へ向かって走っている。突然あんな魔物が現れたら、パニックになるよ。

「とにかく町に知らせに走ろう! 俺達が加わってもどうせ勝てっこないし、応援を呼ぶんだ。町の人もできるだけ避難しないと」

 マルちゃんがいればともかく、まだ来ない。来るって言ってたのにー!

 私達は町に向かって走り出した。三人組は今にも魔物に追いつかれそうだ。どうしよう、防御魔法くらいかけた方がいい!? でもこの距離じゃ届かない。

「助けてくれえええぇえ!!!」

 情けない悲鳴が届いている。自分達は勧誘した仲間すら見捨てたのに。

 うーん。でもマルちゃんと、善行を積むって契約しちゃったんだ。


「……お二人は先に行ってください、掩護してきます」

「いらなくない?」

 男性がバッサリ切り捨てる。冒険者だし危険は覚悟の上かもだけど。

「私も逃げ遅れないように、なるべく離れた場所から魔法を使います」

 途中まで二人と走って、合流地点で待つことにした。防御魔法か、攻撃魔法か。

 防御にしよう、九つの頭のどれを切っていいか分からないし。三人のうちの一人が追い付かれて、襲いかかる魔物の頭を切り落した。意外と硬くないのかな。

 助かったのも束の間、その頭は再生していく。

「ひいいぃ、また治った……!」

 魔物の体にも傷があるし、三人もそれなりに攻撃をしているようだ。それでもこの再生能力を越えられず、逃げるしかないと判断したんだな。

 再び逃げながら、何とか攻撃を躱している。

 今度は三つの頭が一気に動いている。

「もうダメだああっ!!!」


「プロテクション!」

 カキン。防御の壁で三つの頭の攻撃を防げた。

「ぼ、防御魔法?」

「早く逃げて、すぐに壊されちゃうから!!!」

 私は叫んでから、再び走り始めた。まさか首の再生までするなんて、こんなの倒せないよ。三人も必死に走り、魔物の次の攻撃でプロテクションはあえなく崩された。

「くそう、またすぐに追いつかれちまう」

「町に助けを求めに行ってます、とにかく時間を稼ぎましょう」

「すぐに部隊が編成されるわけでもねえし……、有志が来てくれっかだな」

 一人が冷静に分析している。マルちゃんなら助けを求められたら、すぐ来てくれるはず!


 魔物がまたもや三人に追いついた。

 首一本くらいならストームカッターで落とせそう、でもすぐ再生するし。禁令を使うか、それには少し距離があるかな。

「ぎゃああ!」

 考えている間に、口を開けた魔物が襲い掛かる。三人は息を切らしていて、逃げるのももう難しい。


 さようなら、貴方達の犠牲は無駄にせず、私は生きます!

 心の中で別れを告げた。

 不意に突然の轟音ともに空から光る何かが降って、魔物に当たった。

「ギュアァァア!」

 白く輝いて魔物が叫び、体が跳ねる。雷だ、雷の攻撃だ!


「ヒュドラじゃねえか。沼地に住むはずだがなあ」

 マルちゃんじゃない、危険な悪魔が登場だ~!

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