第131話 マルちゃん、沈没
マルちゃんは女性を振り切る為に、空を飛んで町の外へ消えた。あとでこっそり戻って来るんだろう。
「逃げたな、マルショシアスのヤツ!」
バアルは豪快に笑っている。男性達はポカンとして、オリビアはマルちゃんの消えた空を切ない眼差しで眺めていた。
「どうしようかな、宿で待てばいいかな……」
「お開きだな。来い」
有無を言わせずバアルに連れられ、繁華街にある昼から営業してる酒場へと連れて行かれた。お酒も少しは飲めるけど、バアルは底なしって感じだからなあ……。
無理に飲ませるタイプじゃないのが救いだ。ただマルちゃんは、断われない。
「アイツもそのうち来んだろ、何でも注文しろ」
メニューを渡された。バアルは腕を組んで座っている。酒場にはグループで飲んでいる人達もいて、賑わっていた。雑多な雰囲気を楽しんでいるバアルは、王様なんだよね。銀の装飾品がオシャレで、大衆酒場では浮いた感じがする。
「ええと、夕食を食べちゃっていいですか? マルちゃんとは、夜はステーキの約束だったんですよ」
「ステーキかよ。さすがにこういう店にはねえか」
メニューを最後まで捲っても、ステーキは書いていなかった。仕方ないよね、どうせ今日はマルちゃんは宿に戻れるかすら分からない。
「ステーキは明日ですね。ええとー、おにぎりと卵焼きと、生ハムとチーズと……」
おにぎりの絵を眺めてたら、おばあさんが作ってくれたおにぎりが懐かしくなっちゃった。お魚か肉もあった方がいいかなあ。
「俺はとりあえずビール」
私は食べ物を細々と注文して、お茶をお願いした。おにぎりにはお茶がいい。
「バアル様は、イブリースの様子を聞きに来たんですか?」
「上に報告するからな。それにしてもあの避けよう。マルショシアスのヤツ、まだ天に戻る気かよ」
バアルは笑顔だし、これでマルちゃんが怒られることはないよね。
「戻りたいみたいですね」
「戻ったら肉は食えねえのになあ」
そうだ、天使はお肉を食べないんだ。お肉大好きマルちゃんのピンチじゃない!?
もしかして、食べられなくなる前にたくさん食べておこう作戦だったりするのかな。雑談をしているうちに、テーブルに食べ物が並んだ。生ハムってしょっぱいなあ。美味しく頂いていると、やっとマルちゃんの登場だ。
「お待たせ致しました」
「いい、いい。お前も注文しろ」
マルちゃんは私の隣に座る。そしてテーブルにあるたくさんのお皿に、目を配らせた。食べ終わった空のお皿もあるよ。
「……ずいぶん遠慮なく頼んでいないか」
「遠慮しなくていいって言われたよ、バアル様の奢りだって。マルちゃんも頼みなよ。私はマリネとキッシュ追加~」
「本当に好き放題するヤツがあるか」
「構わねえ、たくさん食え。その方が気持ちいいもんだ」
バアルのお墨付きをもらったので、マルちゃんと食べる唐揚げも追加した。
料理がくると、マルちゃんはイブリースと戦ったのはウリエルとバイロンで、最後まであがいて送還されたと説明した。自分が敵意の天使マステマと戦っていたのも報告する。
「四大天使と龍の共闘か。やはりアイツは手ごわいな」
「面目ございません」
「? 謝るようなことをしたか?」
してないね。バイロンにイジメられ過ぎている……!
「いえ……」
「てかお前、モテるな。いっそあの女と結婚しちまえよ」
「それは流石に……!」
バアルにからかわれて、一層肩身が狭い感じになるマルちゃん。
「地獄に住む決意が固まるぞ。おいビール追加!」
横を店員が通ったので、さらりと追加注文を伝えた。結婚やお付き合いの話になると、マルちゃんが困っちゃうね。助け舟を出さないと。
「マルちゃんは他の女性にも求婚されているんで、簡単には選べないんですよ」
「そんなにかよ、堅く見えてやるじゃねえか。他の候補はどうだ」
余計な発言だったみたい、マルちゃんの一方的に寄せられる恋の話になってしまった。私の助け舟は、あえなく沈没。
次に頼む飲みもので決めよう。決めたらサラリとマルちゃんにメニューを渡し、注文を選ぶからと話題を断ち切るのだ。今度は上手くいき、バアルも酒のつまみを選び始めてくれた。
お腹いっぱい食べたら、私は先に席を立つ。二人でしたい話もあるんだろう。明日、マルちゃんが潰れていませんように。外が真っ暗になっても、街には活気があふれていた。
今回の宿は、マルちゃんと別々に部屋を取ってある。何時に帰ってきたのかさっぱり分からない。多分明け方とか、お店が全部閉まってからだろうな。
ようやく休めているのかも知れないけど、朝食に声を掛けないと悪いよね。控えめにノックをする。
「マルちゃん、起きてる? 朝ごはんはどうする?」
「……いらん。お前の食べっぷりがいいと、バアル閣下がお褒めになられていたぞ……」
一日二日は寝なくても平気なマルちゃんも、緊張する宴会の後は辛そう。酔いが回るのが早くなるのかな。以前も悪酔いしてたよね。
「じゃあ行ってくるね。出発は明日にしようか?」
「今日でいい、チェックアウト時間まで休ませてくれ」
「オッケー、私は依頼を探してくる」
朝食を食べに、宿の食堂へ向かった。席は半分以上空いている。
トーストとスープ、サラダとゆで卵とヨーグルト。他にもおかずが数種類ある。茹でた鶏肉に玉ねぎソースを掛けたのが美味しかった。
食べたらギルドで仕事をもらう、と。賑わっていて、依頼札がどんどん外されていった。いい依頼の争奪戦だね。ええとDランクで受けられる仕事。
「おい、Dランクなのに一人か?」
「宿に相棒がいますよ」
年上の男性だ、鎧を身に着けた戦士系の人。同じような装備の三人組だ。
「俺達は討伐を受けるんだ。回復魔法が使えるなら、今回だけ入れてやってもいいぜ」
「相棒も女だよな?」
彼らのランク章はC。私が自分達より下のランクで女性だから、高圧的な態度なのかな。仲間を探しているなんて、一言も言っていないよ。
「お断りします、別に討伐がしたいわけじゃありませんから」
「討伐がランクアップには一番の近道だぜ」
彼らの手には、討伐依頼の札が三つあった。近い場所の討伐を一手に引き受けちゃって、数をこなすんだ。回復魔法の使い手も確かに必要になりそうだね。
「ランクアップは急ぎませんので」
「おいおい、Dランクのままじゃ生活も厳しいだろ?」
「心配無用です」
それが全然、厳しくないんだよね。マルちゃんのお陰でむしろ余裕。
周囲にいる人達が眉をひそめているので、きっとこういう迷惑な勧誘で嫌がられているんだろう。気の弱い人だと断れないのかも。私はコワイ悪魔や天使、それに過保護な龍と会ってるからね。ハッキリお断りするよ。
放っといて依頼の掲示板に意識を集中した。
マルちゃんは辛そうだし、近くで採取でもしてようっと。移動する依頼だと無理してでも出発するだろうから、一人で近辺で済ませられるヤツ。
選んだ札を取ろうとしたら、面倒な男達が先に奪う。
「場所が近いから、これもやろう」
チラッとこちらに視線が注がれた。セコイ嫌がらせするんだから、ずっるい!!! 絶対協力なんてしないからね。
私は安い採取依頼で済ませることにした。適当な依頼を受けて出掛け、他にも知ってる薬草を探して、売るなり乾燥させるなりすればいいや。簡単な薬は作れるから、多少の知識はあるよ。
アイツらがのそのそしているうちに一つだけ依頼札を取って、さっさと受注した。選んだのは、水辺に生えてる朝露草。これの採取は本当なら、朝がいいんだよね。
初心者が受けるような依頼一つを選んだので、受付の女性に気の毒そうな表情をされてしまった。
「北の低い土地に泉がありまして、その近くで採取できますよ。わりとすぐですし、昼間はほとんど魔物も出ません。あの人達は苦情や相談が寄せられていますので、ギルドから注意しますね」
どの程度の迷惑なのか、冒険者以外にも絡むのか観察されている、とこっそり教えてくれた。そうだよね、雰囲気が悪かったりしたら一般の人が依頼に訪れにくいもの。
私はいったん宿に帰って荷物を取り、一人で出掛けることにした。
「マルちゃーん、近くでの依頼を受けたから行ってくる。宿ももう一泊追加しておいたし、寝てていいからね」
「……後から行く」
「いいよ、なんかすごく辛そうだよ……」
「お前に何かあったら、俺の命が危ない」
結局迷惑を掛けちゃうな。早く行って早く帰って来よう、マルちゃんの負担にならないように。
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