第130話 マルちゃん、決闘する
「知らん」
マルちゃんは軽く振り返っただけで、串焼きの屋台の列に並ぼうとした。ちょうど受け取っている人がいて、他にもう一人待っている。
「怖気づいたか? 今日の為に僕は一週間の特訓をして来たぞ!」
一週間だけって短いよね。元々剣術や武術を学んでいて、特に一週間は頑張ったってことかな?
「そうかそうか、それは楽しかったろうな。俺はお前の婚約者とやらとは、無関係だ。決闘の相手は勝手に探せ」
「負けを認めるのか? 彼女から手を引くと約束しろ!」
「約束も何も、その女を知らん」
マルちゃんは呆れているようだ。決闘とか面倒だと考えているんだろう。
「若、人違いでは?」
「決闘の時間に、こんなロングコートを着て? おい、申し込みをした奴は誰だ? 顔を覚えているだろ、確認しろ」
「あちらの使用人を通して、許諾して頂きました」
顔も見ていない。うーん面白いな。護衛と使用人がまごまごしているよ。
「決闘って、手袋を投げたりするんじゃないんですか?」
「当人同士ならね。使用人を介してだと、文章に
近くにいる使用人の一人に尋ねたら、普通に教えてくれたよ。貴族の若様以外は冷静で会話ができそうだ、誤解を解かないと。
「決闘なら互いに宣誓をして場所を決め、審判や見届け人を頼み、負けた方の絞首台も設置するものだろう。何も用意されていない」
マルちゃんの考えている決闘が怖い! 屋台の人達まで驚いてこっちを見た。
「昔の決闘裁判は、今はやらないぞ!」
「そんなもんか。そもそも、俺は武器すら持ってない」
今日のマルちゃんは丸腰なのだ。地獄の侯爵だから、人間相手なら武器なんてなくても負けないんだよね。
「そう思って用意した」
相手は使用人に木剣を持たせていた。余計な準備をするんだから。
マルちゃんは木剣を受け取って、眺めている。細工をしていないか、確認しているのかな。
「うーん……、面倒臭い」
あ、単に面倒なだけだ。マステマと戦った後だし、バイロンが帰って緊張しなくてもいい。のんびりしたいんだろう。
使用人達はよせばいいのに決闘の為に場所を空けさせて、人が近寄らないようにしている。むしろ気になって集まって来ちゃうよ。
相手はやる気十分。決闘になっちゃうのかな。
ズドン!
勢いよく空から公園に何かが落ちてきた。土煙を巻き起こして現れたそれは、人の姿をしていた。緑色の服で、同じ色をした髪が揺れる。
バアルだ。こんなタイミングで、またやって来るなんて!
静観しろと言っていただけあって、戦闘には関わらないようにしていたのかな。
公園にいる人達がざわざわしている。襲撃かと心配しているのだ。
「よお、マルショシアス。アレの気配が消えた、解決したようだな。話を聞きに来てやったぜ」
周囲の反応もお構いなく、片手を軽く上げるバアル。
マルちゃんは経過を地獄に報告しないといけないんだ。それだけイブリースの注目度が高かったんだね。
「バアル閣下、ご足労頂きまして……」
「あー、面倒なのはいい。で、お前なんで木剣なんて持ってんだ?」
「実は……」
マルちゃんは人違いで決闘を申し込まれたと説明した。
決闘を申し込んだ方の貴族の男性は、突然空から登場したバアルに困惑して、二人の会話を呆然と見守ってた。
「はっはっは、決闘かよ面白え! やれやれ、俺が審判をしてやる!」
絶対に好きそうだと思った! こうなったらマルちゃんはもう断れないよ。本当の相手もまだ来ていないんだし、受けるしかないね。悪いけどちょっとワクワクするなあ。絶対に勝てる試合だもん。
「閣下は直接の配下には、確か決闘を禁じられておりましたが……」
「決闘なんてしてみろ、アナトが興奮する。俺としては戦ってケリを付けるのが分かりやすくていいが、下手すりゃ周囲にいる全員が死ぬ」
妻であるアナトの話になると、途端に声を潜める。本当に恐妻家だね。
戦いの女神だった彼女は、興奮すると虐殺するという、バアルも恐れる悪癖があるそうだ。
「若、早く人違いを認めた方が」
「おっし、やるぞ!! 来い!」
使用人の忠告も虚しく、急にバアルが仕切り始めた。これはもう止められないね!
二人は公園の広場へと移った。周囲には何が始まるんだと、観客が集まってきている。木剣を持って向かい合う二人の間に風が吹く。
「じゃあ、俺が合図をしたら始めろよ。まずは名乗れ」
「はいっ! 僕の名はブルニー・ド・グレイ! 愛する婚約者の為に、お前と戦う!」
相手は気合を入れ直して、しっかりと構えた。
「俺はマルショシアス。名誉の為に決闘を受けよう」
「では、始めっ!」
バアルが片手を上げると、バチンと小さな雷が地面を打った。
それが開始の合図だ。
ブルニーは一瞬ビクッとしたけれど、すぐにマルちゃんを睨んで木剣を振り上げた。マルちゃんはというと、果敢に打ち掛かるブルニーの木剣を最小限の動きで難なく防いでいる。
大振りで木剣を振り回しているブルニーの攻撃は、一度も当たらない。マルちゃんのコートの裾が、フワリと柔らかく揺れている。
「白いコートの人が優勢ね」
「カッコイイな~、あのコートはどこで買ったんだろう」
コートの評価が上がっているよ。周囲がマルちゃんを応援しちゃうから、ブルニーは苦い顔になる。
「マルちゃーん、がんばれー!」
私もとりあえず応援してみた。マルちゃんは黙れとばかりに、冷たい視線をこちらに寄越した。
「くっ、くそう……! 負けられないんだ……!」
必死なのは解るけど、もう肩で息をしている。マルちゃんは悪魔だし、まだまだ余裕だよ。
「実力差があり過ぎるな、つまんねえ」
審判のバアルが飽きてる……!
マルちゃんが木剣をしっかりと握り直して、勢いを失った相手に斬り掛かった。ブルニーはすぐに構え直して、木剣を受ける。一度目はしっかり防ぎ、二度目もかろうじて間に合ったが、三度目の攻撃が脇腹に決まった。
「ぐわっ!!!」
よろけて地面に膝をつく。すぐにマルちゃんが追い、木剣がしゃがんでいる相手の顔に向けられた。
「……終わりだな」
「く、まだやれる……」
「来たぞ、グレイ!」
「え、誰???」
諦めないのかと感心していたら、白いコートの男性の登場だ。
「君がこの公園で決闘をしようと言い出したんだろう! それは誰だ、助っ人か?」
本当の決闘の相手だね。ブルニー・ド・グレイはきょとんとして使用人達と顔を見合わせた。打たれ損だ。
「……貴方は誰ですか?」
「……だーかーら、最初から関係ないと言ってるだろうが!」
やっとマルちゃんの主張が聞き入れられた瞬間だ。
「お二人とも、何をなさっているんですか!!!」
今度は公園の入り口に止まった馬車から、ドレスの女性が降りてきた。
「愛しのオリビア、君の婚約者として戦っているんだ」
「オリビア様、貴女には私の方が
駆けてくるピンクブロンドの女性に、二人の貴公子がそれぞれ訴えかける。決闘より彼女に決めてもらった方が早くて安全だよね。
観客達は何が起こっているんだと、憶測を話し合っている。マルちゃんが女性に惚れて二人を殺そうとしているとか、実は彼女が女騎士で女性への挑戦権を賭けてるとか、新設定があってちょっと面白い。
「グレイ様はどうして戦っていらっしゃったの? 婚約者としてとは、どういうことでしょう?」
「それが、白いコートの男が君の周りをウロついていると報告されて、すっかり彼だと勘違いして……、その……決闘を……」
「まあ、ちゃんと確かめもしないで……」
愛しのオリビアはため息をついた。彼女はそのまま歩いて二人を通り過ぎ、マルちゃんの前に立った。そしてスカートを両手で摘まんで裾を上げ、優雅に礼をする。
「大変失礼致しました。彼は平素から思い込みが激しく、勢いで行動してしまうところがありまして」
婚約者さんはしっかり者だね……!
予想以上に丁寧な謝罪を受けて、マルちゃんの方が戸惑っっている。
「いや、構わん」
「寛大なお心に感謝致します。お名前を教えて頂けますか?」
「マルショシアス」
「マルショシアス様……! 勝利する姿をこの目に焼き付けておりましたわ……、私、強い男性が好みなんです」
あ、悪い流れ。マルちゃんの一人勝ちだ。
「オリビア?」
「オリビア様、あの……?」
「ごめんなさい二人とも! 本当の愛を見つけました!」
「俺は恋人はいらんっっ!!!」
結局マルちゃんは逃げだし、バアルが大笑いしていた。マルちゃんが飛んだら、私も追えないよ〜!
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