第129話 マルちゃん、お着替え

 先生達と別れ、狼マルちゃんに乗って山を下りた。この先は歩いて、今日のうちに国境を目指す。国境の先にまた山があり、越えなければならない。

「マルちゃんに乗ればひとっ飛びだね」

「もう何の問題もないんだ、少しは歩け」

 楽をするのは却下されてしまった。ケチだなあ。

 マルちゃんは、まだボロボロの鎧のまま。こんなに壊れて、直せるのかな。

「鎧、どうするの? 地獄で直すの、それともこっちで買い替える?」

「買い替えるかな……、特別なものじゃない」

 こだわりそうにないと思ってたけど、本当に思い入れがないみたい。


「次の町で、防具のお店に行こう。全身鎧って売ってるのかな」

「さすがにそのまま使えるほどサイズが合うのは、難しいだろうな。オーダーメイドか、調整してもらうかだな。すぐには出来上がらない」

 うーん、塾に帰ってから考えた方がいいかな。あんまりのんびりしても、先生が心配しちゃうだろうし。

「ま、なんにせよ店を見てから考えればいい」

 悩んでいると、マルちゃんがポンと背中を叩いた。気にするなってことだろう。

 ……隣をボロボロの鎧で歩いていて、気にならないわけがない。

 街道を反対側から歩いてくる人達が、マルちゃんを振り向いてまで見ている。その上この先にある森の破壊の痕跡を目にしたら、色々と想像されて怖そう。


 小さな町を素通りして、ずっと歩いた。

 お昼を過ぎてから、高い建物がある比較的発展した町に着いた。高い塀に囲まれていて、国境に近いらか検問は厳しそうだ。

 休むには早いけど、ここなら色々なお店がありそうなので寄ることにした。

「……次、この町に来た目的は?」

 私達の番だ。冒険者証とカヴンの会員証を、すぐに出せるよう用意しておく。

「旅の途中でして、一晩泊まります。隣国へ行きますんで、明日は早く出発します」

「そうか、そ……」

 マルちゃんに視線が固定されているよ。やっぱり不審だったかな。

「……ずいぶんな戦闘があったんだな。敵は倒したのか?」

「この国の兵に連行された。ここにいい職人はいるか?」

「少ないな。待たされるだろうから、急ぐなら別の町で買うほうがいい。その鎧じゃ心もとないだろ」


 衝撃を加えられたら砕けそう。ただ、通常なら地獄の侯爵に攻撃を与えられる人はそうそういない。すごい人達に会っちゃうから霞んで見えるけど、マルちゃんは本当はすごいのだ。

 口うるさいだけじゃないんだよ。

「……行くぞ」

 マルちゃんが同情されたからか、大した質問もされずにすんなりと通してもらえた。この状態じゃ、体も傷だらけと心配されたのかも。鎧の損傷の割に、怪我は少ないんだよね。

「まずは宿を探して、それから装備を整えよう」


 巻き込んだ私がほぼ無傷なのが、さすがに申し訳ないな。転んだ擦り傷くらいしかないよ。せめて今回はいい宿にしよう、立派な建物が並ぶ通りを歩いた。広い道は馬車が余裕ですれ違いができる。

 一つ一つのお店が大きく、店内では貴族らしき人がお供を連れて買い物している。座っている貴族に店員がわざわざ商品を運んできて、説明しているのだ。自分で見て回ったほうが早いのに。

 武器・防具と看板を掲げた店も芸術品のように武具を飾っていて、サロンのみたいな雰囲気だ。

「いつもの雑多な雰囲気の方が気が楽だな」

「マルちゃん貴族だから、こういうのに慣れてるんじゃないの? いい宿でねぎらおうと思ったけど、違う方がいい?」


「どっちでもいい、肉が食えれば」

 やっぱりお肉だ。考えてみればマルちゃんは、狼姿でどこにでも横になるんだった。宿がどうとか、意識していないかも。

「じゃあ夕食はステーキにしよう」

「大賛成だ! 分厚いのがいいな」

 食いつきがいいな。妙にご機嫌になっているよ、単純だね。

 近くにあった宿の部屋を二部屋確保して、マルちゃんには鎧を脱いでもらった。ボロボロの鎧では、レストランに入れない。この宿は契約していても獣は禁止だったので、マルちゃんが狼でウロウロもできないよ。


 鎧を脱いだマルちゃんと、今度は服を探しに行かなきゃ。服も切れたり汚れたり、血のシミが残っていたりする。歴戦の勇士って印象になるね。

「いらっしゃいませ」

 男性の衣服を専門的に扱うお店を見付けて、足を踏み入れた。

 店内には既製服が幾つも掛けられていて、先にいたお客が別室に案内されていた。オーダーメイドの注文みたいね。

「マルちゃんどうする、気に入ったのがあったら買っちゃう? それとも注文する?」

「待つのも採寸も面倒だ、着られれば何でもいい」

「あまりこだわりが無いのでしたら、ワンシーズン前に流行した服の袖を通していない見本がございます。冒険者の方でしたら、流行は気になさらないかと。そちらは如何でしょう?」

 明らかに戦闘してきた服の状態だから、冒険者だと判断された。きっとランクの高い人だと勘違いしてるだろうな、じゃなかったらこんな高級店だと相手にされないよね。

「それを出してもらおう、色は黒で」

「ありがとうございます、少々お待ちください」


 店員は丁寧にお辞儀をして、服を探しに奥の部屋へ入った。服がたくさん並べてあり、中央のテーブルには服と針やハサミが雑多に置かれている。

「マルちゃんは黒が好きなの?」

「選ぶのが面倒だから、黒で統一してる」

 そんな理由だったとは。てっきり好きな色か、テーマカラーかと思ったよ。

 窓際には靴や帽子、コートまでコーディネートした服が外から見えるように飾ってあった。マントのコーナーには渋い色が多く並んでいる。

「お金はあるから、好きなのを買ってね! 手袋とかコートもいいね」

「ほとんど俺が稼いでないか」

「やだなあ、二人で稼いだんだよ」

 と、言ってみても、やっぱりマルちゃんが稼いだ方がよほど多いな。普通は取り分を余分に要求するんだけど、興味がないみたい。


「お待たせしました」

 持ってきた服は、胸にライオンを彫ったシルバーの飾りボタンが六つあり、袖や脇に刺繍の施された、ショート丈で冒険者をするにしては品のいいものだった。ズボンと合わせるとカッコイイ。

「動きやすいな、いいじゃないか」

 試着したマルちゃんは、気に入ったようで腕や足を動かしてみている。

「こちらのコートを合わせるのもお勧めですよ」

 コートは白だ。薄手の生地で踵まで届くほど裾が長く、布のベルトを真ん中で留める。

「似合うよ、雰囲気が変わるね。なんかね、悪徳貴族みたい!」

「悪徳は余計だ!」

 ヒゲも生えてて悪い感じでカッコイイのに、マルちゃんには不評だ。店員さんは笑顔で色違いのコートを二着、両手に持って披露する。

「お色は青と赤がありますが」

「……これでいい。このまま着て帰る」

 多分、選んだり着替えるのが面倒なんだね。着ていた服はそのまま処分するよう告げた。

 予想より高い金額になったな。このあとは豪華なお肉だ、今日は出費の多い日。

「ありがとうございました」

 扉を開けてくれて、外までお見送りもしてくれるよ。偉い人になった気分。


 買い物はあっという間に終わってしまった。勧められた服をそのまま買っちゃうんだもんなあ、もっと選ぶのかと思ってた。

 ご飯にはまだ少し早いし、特に目的もなく繁華街を散策する。獣人も歩いているね。鞄を抱えた羊人族が、ひづめでパカパカ走っていく。きっと患者が待ってるんだな。羊人族は薬草魔術にけた医者が多いのだ。

「あ、公園」

 芝生の緑が広がり、中心に大きな木が植えられている。周りにはベンチもあり、入り口付近に屋台が立っていた。

「食事には早いな。串焼きでも食べるか」

「お肉を食べるんだね……」

 夕食はステーキなのに。

 屋台で買って公園のベンチで食べている人もいる。ゴマがたっぷりついたドーナツ、焼いたトウモロコシ、薄く伸ばした皮にひき肉を詰めて油で揚げたもの、どれも簡単に食べられる食べ物だ。お肉の串焼きの屋台の前には、数人が集まっていた。


「これでいいの?」

「おう、焼き立てだな」

 買おうかな、と並ぼうとしたところで。

「白いコート……、お前だな!」

 突然男性がマルちゃんの肩を掴んだ。

「……誰だ」

 食べるのを邪魔されたマルちゃんは、ちょっと不機嫌に振り返る。

 相手は若くてマルちゃんより背が低く、護衛が後ろに数人付いていた。貴族かな、カフスボタンも高そう。

「とぼけるな! 僕の婚約者に、白いコートの男がちょっかいを出していると報告を受けている。よく逃げずに決闘に来たな、褒めてやろう!」

「決闘!??」

 白いコートだけでマルちゃんと決闘しちゃうの!? 名前とか確認してないの、え、バカなの……!?

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