第106話 バイロン、交渉する

 このお店の料理、美味しい。肉料理が特にたくさんあるので、マルちゃんが喜んで食べている。バイロンは飲み物と、サラダなど野菜が中心。お肉はあまり食べないようだ。

 飲んで食べて、すっかりご馳走になった。しかも気に入ったようだからと、ローストビーフとミニトマトを包んでもらえた。親切な人だ。

「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです!」

「どういたしまして。満足してもらえたようだね」 

 イグナシオ会長と別れて、宿へ急ぐ。

 ローストビーフをオルランドにお土産だと渡すと、喜んで食べていた。お肉は元気の源だよね。


 それからは特に受ける依頼もなく、オークション当日を迎えた。

 ソワソワする。会場近くで商人と合流し、一緒に関係者用の出入り口を通った。人数制限があるから、マルちゃんとバイロンまでは入れない。出品者は参加者と別の場所で、オークションを見る。

 参加者は裕福そうな商人や貴族が多く、みんな従者を連れている。付き添いは三人まで、残りは控室や外で待機。白い布の掛けられた小さな丸いテーブルが幾つも置いてあり、席はもうほとんど埋まっていた。

 イグナシオ会長と、彼と仲の悪い男性は前の方を陣取っている。それぞれに会話をしているから、ガヤガヤと騒がしい。半年に一度だもんね、楽しみにしているんだろうな。


 正面の高くなった段にはテーブルが二つ置かれている。司会が立つのと、隣にある低めの長いテーブルで、オークションにかける品を披露するのだ。

 向かい合う段と参加者の脇で、出品者が見守る。手すりで隔たれていて、この前に身を出してはいけない。

 参加者の方は一つ一つのスペースに余裕があるし、テーブルに飲み物が用意されている。さすがに優雅だな。


「そろそろ始まるよ」

 商人も興奮している。彼が出品したのは、ドヴェルグ族が細工した装飾品。人間よりも細工が上手な種族なので、高い金額がつくと期待している。

 段の上に紳士が現れて、開始のあいさつをした。盛大な拍手が鳴り響き、ついに最初の商品が台車に載せられて運ばれてくる。

 赤い布を外してあらわになったのは、りっぱな額に収められた絵画。

 司会の紳士が作者や絵についての説明をする。有名な人が描いた幻想的な風景画は、絵の中の朝露の雫に触れたら濡れそうなくらい、精巧に描かれている。


 発句ほっく人が最初に提示した値段から、どんどんとつり上がった。絵が一枚なのに、家よりも高いような値段になる。これがオークション……!!

 ほどなく声が止まり、最初の品が無事に落札された。


 大きな宝石や芸術品のような武器、勲章みたいなのまで出品されている。これは売っていいヤツだろうか。

 次々に落札され、また別の品が顔を出す。

 まず最初のイグナシオ会長のお目当て、ドヴェルグ族が細工をした宝飾品が登場した。細かく丁寧な細工で、人魚が宝石を抱えている。人魚の髪や鱗も丁寧に彫られていて、会場中の人が感嘆するくらい、キレイだった。

 これもかなりの高額で落札され、私を連れて来てくれた出品した商人が、ヨシとこぶしを握って喜んでいる。ただ、落札したのはイグナシオ会長と仲の悪い人だった。

 二人で競って高くしていた感じもあるな。


 今度は、高度な魔法付与がされた宝石。それから人気の吟遊詩人が歌った直筆の詩、サイン入り。最も硬い鉱石、オリハルコンもオークションにかけられた。

 高揚感に包まれている会場。

 そして熱気が高まる中、ついに最後の品が運ばれてきた。

 瓶に入った赤い液体、エリクサーだ。

 みんなの目は釘付けで、司会の言葉も待たずに入札が始まる。


 って、最初から家でも建てるような金額なんだけど……! まだ上がるよ、豪邸を建てられるレベルだ。最終的にイグナシオ会長と仲の悪いライバルが競っている。ムキになっていないかな。

 片方が言葉に詰まらせたのを見計らって、カンカンと木槌の音が響いた。

「これ以上の金額が出ないようなので、落札と致します」

 買ったのは、イグナシオ会長だ!

 結果をバイロンに伝えないと。商人はまだお付きの人と残っているけど、私はあいさつをして、先に会場を後にした。

 ちなみに出品者の希望価格より低く落札されると「てっぽう」とか「できず」と呼ばれ、出品者に戻されるそうだ。今回は一つもなかったよ。


「バイロン、マルちゃん」

 二人は会場の外で待っていてくれた。他にも中に入れない人がたくさん集まっている。護衛の一団までいるよ。偉い人が参加しているんだろう。

「どうだった、ソフィア」

「エリクサーはイグナシオ会長が落札したよ!」

「良かった、交渉の余地がありそうだね」

 バイロンが微笑む。秘策でもあるのかな。もし売ってくれると了解されても、あんな大金は持っていないよ。


 ここで会長が出てくるのを待つことにした。商品の受け取りや支払ったりがあるから、遅くなるだろう。早々に扉から出てくるのは、何も買えなかった人達かな。残念だった、と話している。

 続々と会場から人が流れてきて、外にいる護衛や従者と合流している。会長のライバルの人が、最後に競り負けたと悔しそうに出てきた。道の端に止めてある馬車に、乗り込んでいく。広い道が豪華な馬車の展覧会みたいになっている。

 周りの人がほとんどいなくなった頃、ようやく会長が姿を現した。

「おや、誰を待っているのかな? 私が最後だよ」

 私が入り口を眺めていたのに気付いて、声を掛けてくる。

「いえ、それが」

「君を待っていた。個室を用意して欲しい、誰にも話を漏らさないと約束できるかな?」

 私の言葉を遮って、バイロンが申し出る。いい商談に違いないと、イグナシオ会長は喜色満面だ。


「すぐに近くのレストランの個室を手配しろ」

「はいっ!」

 従者は返事をするよりも早く走り始めた。

「それと、魔導師か召喚術師がいれば同席させてほしい」

「はあ? では私の護衛の中でも、召喚術を熟知した者を同席させましょう」

「ありがとう」

 会長はいぶかし気な顔をしつつも、理由は尋ねなかった。バイロンが龍だと明かすのかな。龍だと交渉できるの?

 きっと何か考えがあるはずだから、任せておこう。


 空いている個室が見つかったので、歩いて移動する。会場から近い場所にあり、両開きのこげ茶色の扉を外にいる護衛が開けてくれた。お高そうなお店だ。

 床がピカピカ。私はこの服で入っていいの?

 冒険者だし、薄汚れているよ。バイロンは貴族っぽくて、マルちゃんはお付きの騎士って感じがする。私の立ち位置はなんだろう……??

 二階の奥にある個室へ案内してくれる店員。服は特に注意されずに済んだ。

 商談に使ったりする部屋で、筆記用具や紙などもあらかじめ準備されている。テーブルの上にはベルが置かれていて、用がある時はこれで店員を呼べるのだ。


 飲み物とフルーツの盛り合わせを頼み、届いてからバイロンが口火を切った。

「実はエリクサーが欲しい」

「それは、また。まだ落札したばかりで、お披露目もしていませんからなあ」

 予想以上の直球だよ。さすがのイグナシオ会長も、苦笑いをしている。

「お披露目ね」

「ええ。落札したら知り合いなどを集めて盛大なお披露目パーティーをもよおそうと、計画していましてね。これから招待状を出さねばと張り切っています。その後に、買い取りをなさりたいので?」

 ものすごく盛大なお披露目パーティーになりそう!

 主役のエリクサーがないといけないよね。どうするのかな、付いて行くのかな?

 バイロンを見上げると、フッと軽く息を吐いて笑った。


「人が作るものは、誰にでも手に入れられる。ならば人が作れないものこそ、権威を示すのにふさわしいのではないか」

「人が作れないもの……??」

 確かにエリクサーはお金があって待てば手に入るんだけど、そのお金もなかなか貯まらないよ。

 バイロンは頼んでおいた緑茶を口に含んだ。その様をじっくりと眺めて、会長は答えを待つ。


「龍神族の鱗など、どうだろう」

「龍神族……???」

 知らないらしい。繰り返しながら、護衛の召喚師を振り返った。バイロンの鱗と交換しようっていうんだ、なるほど!

「……幻の種族です。最大の召喚事故を引き起こした、ティアマトが有名ですね。もし召喚するつもりなら、お断りした方が無難です」

「ふふ。鱗を確かめてからでも遅くはない」

 バイロンからブワッと風が吹く。言い知れない怖さが沸き起こり、鳥肌が立った。召喚師は震えている。

「……こんな魔力は浴びたことがない……。ではまさか、貴方が……!?」

 

「私は龍神族のバイロン。エリクサーと私の鱗を、交換してはもらえないか?」

 優しそうな笑顔に、召喚師はむしろ怯えている。

 ともあれ、これで交換してもらえるのかな……!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る