第107話 エリクサー
エリクサーと龍神族の鱗を交渉したいと持ちかけられたイグナシオ会長は、口をポカンと開いたままで何度か瞬きをしてから、召喚師と顔を見合わせた。
「価値としては、どうだ……?」
「……そのような鱗の値段など見当もつきません」
「今回はエリクサーも、つい熱が入って高額になってしまったしな」
普段より高い落札価格だったみたい。さすがにすぐ結論は出せない。
バイロンは彼らのやり取りを、笑顔で見守っていた。
「鱗の実物を確認してから、考えればいい」
「ありがたい、交渉はそれからさせて頂ければ……。上級ドラゴンの鱗ならば目にしたことはありますが、龍神族は種族すら初めて耳にしました。こちらも判断が難しい状況でして」
興味はあるみたい。感触は悪くない感じかな?
あまり手を付けられないフルーツの盛り合わせは、私がしっかりと頂こう。この大きなブドウは、キョホウね。瑞々しくて美味しいけど、皮を剥くから手がベタベタしそう。
皆が真剣に話をする横でいそいそと甘いフルーツに
「では町の外で、私の鱗を外してもらおう」
ん? バイロンが私を見ている。
「もしかして、私がやるの?」
「当然だろう」
「そんなに力がないよ? 龍の鱗って、剥がすの大変だよ?」
「マルショシアス君に手伝ってもらいなさい。さすがに、他人が龍体に触れるのは抵抗がある」
そういうものなのかな。目の前に用意されている濡れたお手拭きで手を拭いて、早くも外へ出る。フルーツ食べ終わらなかったよ、勿体ないなあ。
お店の周辺で待機していたイグナシオ会長の護衛を連れて、町の門を抜けた。そこでまた護衛達には待ってもらっている。会長と召喚師と、私達だけで移動した。
町の近くは馬車などの往来が多く、かといって森の中で披露するにはバイロンの体が大き過ぎる。街道から道を逸れて、人目に付かない場所を探した。
「この辺りならいいかな」
林の向こうにある岩陰で、ついにバイロンが龍の姿になった。一番興奮しているのは、召喚師だね。
「りゅ、龍神族の変身をこの目で見られるなんて……」
「画家を連れてくるべきだったなあ」
大きくて雄大な、バイロンの長い真っ白な龍の姿。
地面に伏して、鱗を採るよう私に促す。尻尾のヒレだけでも、私くらいの大きさがある。
「大きくて難しいな……」
「首の後ろ側か、体の中央付近がいいよ」
「届かないよ」
お腹は蛇腹で、鱗があるのは背。境目の鱗は小さめだし、立ってもいい鱗まで届かないよ。
バイロンが体を横に傾けてくれる。マルちゃんにも手伝ってもらって、鱗を引っ張った。剥がせたけど、痛くないかな。
「キングゥより厚みはないね」
「……キングゥ君の鱗に触れたことが?」
龍になったバイロンの声は、上から覆い被さるような独特の響きがある。
「うん。困っている人がいた時に、一枚分けてもらったんだ」
「……私の鱗は、二枚採っていいからね」
相変わらず、バイロンってば何を競っているんだろう。まあ二枚くれるっていうなら、もらっちゃお。
「えいっと!」
「…………」
ちょっとチクッと痛いらしいよ。こちらは魔法防御に優れた、竜神族よりも軽めの鱗です。
「美しいな、白いドラゴンの鱗はそれ自体が貴重だ」
「本当ですね……、しかもこのあふれる魔力。素晴らしい……」
実物を
「ねえねえ、せっかくだから
「バカですかっっっ!!!」
髭ももらおうと思ったら、召喚師が血相を変えて止めてきた。すごい形相だ。
「ダメだったかな」
「ダメどころじゃないですよ! “竜のヒゲを撫で虎の尾を踏む”と、言うでしょう。危険なことをする例えにも使われるんですよ……!」
そんな言葉があるんだ、物知りだなあ。マルちゃんはため息をついている。
「……また伸びるから、腕より短いくらいならいいよ」
「やった、バイロン優しい!」
「ただし両方切り揃えて欲しい、不格好になってしまうからね」
気になるんだ。顏を地面に近づけたバイロンの髭を掴んで、マルちゃんに切ってもらう。
「では、切らせて頂きます……」
「宜しく」
マルちゃんは俺がやるのかと、とても嫌そうだった。硬くて弾力があるんだよね、私がキレイに切断するのは難しい。
これでアイテムを回収し終えたので、バイロンが人に似た姿に戻った。
「ありがとう、バイロン」
「本当にありがとうございます。エリクサーは護衛に預けてあります、是非とも交換しましょう!」
町の入り口付近で待っている護衛達と合流すると、イグナシオ会長が抱える大きな二枚の鱗に、皆が驚いていた。
「エリクサーと交換することにした。彼女に渡してくれ」
「あ、はい。これです」
護衛は突然の展開に驚きつつも、私にエリクサーが入った桐の箱を差し出す。箱を受け取り、念の為に中身を確認した。
確かにオークションで落札された、赤色の液体が入った瓶だ。
うわあ、なんか緊張するなあ……!
会長は貴重な龍神族の白い鱗を二枚と、髭を一本手に入れてご満悦だ。髭は一本ずつにしたんだ。生きている龍が髭をくれるなんて滅多にないから、自慢になると喜んでいる。
エリクサーの代わりに、これらのお披露目会をすると意気込んでいた。
「会長、ありがとうございました!」
「こちらこそ、いい取り引きをさせてもらった。確かにこれは、エリクサー以上に希少だな。それを二枚と髭まで!」
またいつでも訪ねて来てと言われて、町の中に戻ってから別れた。イグナシオ会長が相手にする客層とは違うよ、私は。
「おい、箱を預けておけ。落とすと壊れるぞ」
「そうだね、マルちゃんの方が安心だね」
エリクサーが入った箱をマルちゃんに渡して、宿へ急ぐ。あんな高価なものを持って歩きたくなかったから、良かったよ。長い距離じゃないとはいえ、責任重大すぎる。
宿ではシムキエルもオルランドも、部屋で大人しくしていた。シムキエルが大人しいと、おかしな感じだなあ。
「ただいま! 手に入れられたよ、エリクサー!」
「え、もう手に入ったの!? エリクサーだよ? 詐欺に遭ってない~?」
「ホントだよ、バイロンが鱗と交換してくれたの」
どうも信じられていない。まあ仕方ないか、オークションの様子を見てから、入手方法を考えようとしていたんだもんね。本当にバイロンが交渉をしてくれるなんて。
「ありがとうございます、バイロン様」
シムキエルが頭を下げている。
「いや、可愛い可愛いソフィアを守ってくれたんだからね。当然だよ」
「早速、飲んでみて」
バイロンって、頼りになるけどなんか変。私は構わず、エリクサーのフタを開けて渡した。要らなくなった桐の箱をポイッと投げると、マルちゃんが無言で拾っている。
オルランドはじっと眺めてから、一気に飲み干した。
一呼吸置いて体が光り始める。苦しいみたいで、息づかいが荒くなった。腕を失くした方の、肩の辺りを押さえて
「うわ、ぐ、ぐぐぐ……っ」
「ねえ、大丈夫? 苦しそうだよ!??」
「多少の痛みや苦しみは仕方がない、見守っておけ。もう変化が起きている」
マルちゃん達は当然の反応だとばかりに、冷静だ。
光が腕の形になり、強く輝いている。
苦しんだのは一分にも満たない時間だったけど、ずいぶん長く感じたよ。光が収まるとともに、オルランドの腕が復活していた!
シムキエルが、復元した腕を端から端までしっかりと注視している。
「おい、指まで動くか?」
「ん~、まだちょっと動かしづらいなあ……」
「少し慣らす時間が必要そうだね」
「ありがとうございました、バイロン様~! このお礼は、必ず!」
オルランドのエメラルドグリーンの瞳が、感動のあまり潤んでいる。
「気にすることはないよ。君はマルショシアス君と違って、しっかりソフィアを守ってくれたからね。契約者でもないのに」
「……大変失礼致しました……」
またバイロンのマルちゃんいじめが! マルちゃんは謝るしかないんだから、意地悪しないでよ。
「バイロン、せっかく優しいと思ってたのに、心が狭いよ」
「いや、私はソフィアの為を考えてね……」
「ソフィア達はこれからどうするの~? 僕らはまだ少し、ここで休むよ」
「うーん。ここに来た商人さんは、帰りは同じ方向に帰る人達と一緒だから、私達は必要ないんだって。それでも雇ってもいいって言ってくれてるけど、せっかくだし、また違うところに行きたいかなあ」
まだ帰れないんだよね。何も連絡がないし。
次の目的を決めよう、明日になったらギルドへ行こうっと。
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