第17話 空には空の危険がある!?
ウルリクムミの討伐して町に戻ったら、もう日が暮れるような時間だった。
今日はここにもう一泊。ヴァンダとゾラも同じ部屋で泊まることにしたから、少し安く済むよ。
「それじゃあ今朝お願いした、魔法の交換をしよう」
そういえば朝、ヴァンダがそんな提案をしてくれたんだっけ。
「うん、しよう! 攻撃魔法の属性を増やしたかったから、討伐で使ってたアイスランサーを教えてほしい。私は何を教えればいい?」
「そうだねえ。ストームカッターだとそっちが強くて、ちょっと釣り合いが取れないし、攻撃より魔法を防御する魔法が欲しいんだよね。プロテクションは知ってるけど、魔法防御専門のヤツ」
護衛の依頼の時に使った魔法があるわ。効果もバッチリだった!
「それならヴォン・ドゥブー・シャルムね」
「知ってるの!? やった、それ教えて!」
魔法交換は、お互いに知ってる魔法の詠唱を教え合う。なるべく同じくらいの価値の魔法で。だから強い魔法を知らないと自分も教えてもらえないし、属性や効果がお互い望むものじゃないとだダメだし、その辺の需要がなかなか合わない。今回は運が良かったな。
あとは効果や効果範囲、魔導書に書いてあった注意なんかもちゃんと説明しておかないと、トラブルのもとになる。魔法の欠点とか、長所とか。特に欠点はちゃんと伝えないと、防御魔法の場合は知らなければ命取りになっちゃう。
この魔法だと炎属性に弱いから、競り負けたら炎に包まれる事にもなりかねない。危険だと思ったら上手く拡散させて解除しないといけない、という事を正しく伝えるわけ。
「は~、なるほどありがとう。ソフィア、説明うまいね」
「ヴァンダもこういう事があるって教えてくれてありがとう! 欲しい魔法を全部買うんじゃ、大変だなって思ってたの」
「まあ誰とでも出来る事じゃないからさ。なんだかんだで、皆あまりやらないんだ。何かあって揉めたくないからね。師匠につくか、軍やなんかの機関に所属するかが、魔法を一番安く学べるね」
「バカだね、軍に入っても魔法関係に配属されるとは限らないよ」
ゾラに注意されている。ケットシーは平和を愛する穏やかな種族だから、軍とかは嫌なんだろうね。
ヴァンダはこのあと、家に帰る。私とは反対方向なのでここでお別れ。
この宿は素泊まりだけだから、朝はゆっくりして、少し遅めにカフェで朝食を一緒に食べることにした。昨日と同じカフェで注文していると、ヘルカとドワーフのイーロもお店に入って来る。
「おはようございます、マルショシアス様! 今朝も素敵な毛並みですのね」
「おはよーさん……。夕べは嬢ちゃんがマルショシアス様ばかり言ってて、寝つけんかったよ……」
イーロにとんだ被害が及んでいた!
二人はやっぱり私達の隣のテーブルを陣取って、ヘルカは無視されてもマルちゃんに話しかけ続けている。心が強いわ。
食事が終わったらギルドに寄ろうと思ってたんだけど、マルちゃんはヘルカが付いて来そうだからさっさと出て行くぞと言ってる。仕方ないから促されるまま、町を後にすることにした。
「じゃあみんな、バイバイ」
「またね、ソフィア。こっちに来たらウチに寄ってね」
「マルショシアス様、またぜひお会い致しましょう!!」
マルちゃんに跨って手を振ると、グリフォンに似た翼がばさりと風を起こし、二、三歩駆けて空へと飛び出す。家々がすぐに小さくなっていった。
「気を付けるんだよ、ソフィア。生水なんか飲んじゃダメだからね」
「達者でな、嬢ちゃん」
ゾラは近所のおばさんみたい。イーロはみんな嬢ちゃんなのかな。
「私もマルショシアス様に乗って、空のデートをしたいですわ~!!!」
ヘルカがすごく羨ましそうにしてる。デートじゃないよ!
空は快晴、マルちゃんはいつもより上空を飛んでいる。
「参った参った、あんなに人間の女に気に入られるとは……」
「狼の姿も好きなんだもんね、熱烈だったね」
「勘弁してくれよ……」
天に戻るとかそういう事を差し引いて考えても、どうも恋愛関係の話は苦手みたい。逃げるように速く飛んでいたけど、町が見えなくなってから高度も速度も、いつも通りに戻った。マルちゃんの弱点発見かな?
「で、次はどこへ行く。特に依頼も受けてないからな、目的地までひとっとびでもいいが」
そんなに急がなくても、もう追い付けないと思うんだけどな。
「ん~、どこかあんまり大きくない町で依頼を受けたいかな」
「……りょうか……、ちょっと待て、アレは!」
「え、なに?」
その辺に町でもないかなと思って地上を見下ろしていたんだけど、マルちゃんの言葉で顔を上げた。稀にペガサスとかワイバーンを見掛けるけど、今まで何か言った事なんてなかったのに。
遠くの空に何か、緑色のモノがある。茶色に近いような深い緑の大きな体で、こちらに向かって飛んでいる。マルちゃんが避けようと横にずれたら相手も合わせてきて、私達を標的にしたみたい。
七つの頭と蛇に似た体にコウモリみたいな羽根を生やした、細長くて鋭い尻尾を持つ生き物。飛龍だ!
「お前を乗せていたらマトモに戦えんぞ……! 高度を落として、隙を見て降ろす。さっさと逃げろよ!」
「解った、邪魔しないようにするから」
マルちゃんが降下しながら速度を上げたので、私はしっかりと胴体に掴まった。
「来るぞ……、エレンスゲだ!!」
飛龍は突然、体全体から黄色い光を放って大きな雄たけびをあげ、流星のように輝きものすごい速度で私たち目掛けて突進してきた。
「えええ、なにアレ! 飛龍じゃないの!?」
「ああやって燃えて突進してくる、厄介な奴だ。引き付けて躱す!」
それでちゃんと避けられるの!? でも早く避けすぎても、ついて来ちゃうよね。私は体をマルちゃんの背にしっかりとくっつけて、足と手でギュッとしがみ付いた。
大分低くなったけど、この高さから落ちても死んじゃう!
瞬きする間に近くまで来たエレンスゲを、間一髪でマルちゃんがキュッと回避できた。振り落とされそうだから、必死に掴んで離されないようにする。降りられるとホッとしたんだけど、通り過ぎた飛龍は大きく旋回して、またこちらに向かってくる。
着陸する余裕もないよ!
「もう一回やり過ごせば、すぐ地面だ。しっかり掴まってろよ!」
「うん!!」
頭を低くして、もう一度身構えた。速さと角度を考えれば、エレンスゲは私達を通り過ぎた後に大地に激突するだろう。
オレンジの塊のようになったエレンスゲが、再びまっすぐにこちらを目指してくる。マルちゃんは今度は火を吐きながら避けるんだけど、動きを緩めることなく突っ込んできて、同じように躱したマルちゃんにコウモリに似た大きな翼が掠った。先程よりも速かったみたい!
ブワッと熱と風が吹き込んできて煽られ、私の胸がマルちゃんの背から浮いてしまう。マルちゃんがキュッと弧を描くように動いた為、握っていた手が離れて、体が斜めに傾いた。
落ちる……!
「きゃあああ!!!」
まだ背の高い木よりも少し高い場所に居て、死ぬか大怪我をするか、そんな感じに思える。羽根が体を撫でる感覚がして、私の体は投げ出されてしまった。マルちゃんの姿が隣にある!
「ソフィア!!!」
こちらを振り返って、私の名を叫んだ。
地には整備された道が伸びていて、そこを一人歩いている影。他には誰も居ない。こちらを見上げて様子を見ているようだ。あの飛龍が二度もアタックしてるんだもんね、気付くよね。
「た、助けて……!」
私達を襲っていた飛龍がドカンと地面に激突して、砂埃をまき散らしす。
マルちゃんは私の方に向かおうとしてくれている。
でもとても間に合わないかも知れない。落ちながら胸がバクバクと、痛いくらいに鳴っている。怖さに瞳をギュッと閉じた。風が私を通り過ぎて、天が遠くなった。
ドン、となぜか随分と早く衝撃が起こる。
あれ? こんなに地面が近かった? 予想より痛みも何もないし……
「運の悪い人間だな。エレンスゲに襲われるとは」
「……え?」
恐る恐る目を開けると、目の前にあるのは男の人の顔。
横抱きに抱えられて、まだ落ちている途中だった。
「しっかり掴まっていろ、着地の衝撃はあるだろう」
「はい……!」
抱えられたまま、首元にしがみ付く。これは噂のお姫様抱っこでは!?
おっと、そんな事を考えてる場合じゃないわ。飛行魔法じゃないみたいだし、跳躍? それだけでこんなに高い所まで跳べるの?
グレーがかった暗い薄水色の髪を肩より下くらいまで伸ばした男性で、瞳は射貫くような金。何故か解らないけれど、人間という印象は受けなかった。
髪とマントが風でバサバサと煽られて空に踊り、ズンと大きな音と突き上げるような衝撃と共に、地面に着地する。彼は何事もなかったように私を立たせて、地面にめり込んでいるエレンスゲへと視線を向けた。マルちゃんも慌ててこちらに着地する。
地面に降り立ったマルちゃんは、黒い騎士の姿をしていた。
「キングゥ様とお見受けいたします。契約者を助けて頂き、有り難く存じます」
片膝をついて、本当の騎士様みたいな礼をした!
どういうこと、知ってる偉い人? マルちゃんも偉い貴族じゃないの?
「……地獄の者か。まずはエレンスゲを倒しておかねばならんだろう。アレは人や家畜を食い荒らす」
「……はっ!」
とにかく助かって良かった。まずは私は……
邪魔にならないように、逃げるんだっけ!
近くには何もなくて隠れる物陰はないから、遠ざかるしかない。木がある方まで逃げた方がいいかな。
エレンスゲの七つの頭の内の三つが動いて、敵意を滲ませた真っ赤な目を向けている。地面からボコンとまずはもう二つ、土を被った頭が出てきた。
今度は地上で戦闘になっちゃう。
「あ!! 助けて下さって、ありがとうございました」
それだけ告げてマルちゃんに言われていた通りに、走って逃げた。
「……何かタイミングがおかしいな。気の抜ける娘だ」
「失礼しました……」
助けてもらった時に動転しちゃって言えなかったから、思い出したいま言ったんだけど、どうやらそういう時ではなかったようだ。
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