第16話 岩の巨人の討伐競争・後編

 まずはヴァンダのクロスボウで牽制する。その間に私は魔法を唱えなきゃ。

 ウルリクムミは煩わしそうに手で矢を払い、進む速度が鈍った。もちろん、たとえ矢が当たっても大したダメージはない。やっぱり岩だからね。


「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ! ストームカッター!」


 大気の丸い刃を飛ばして、巨人の足を狙う。上手く片足に当たって切れて、バランスを崩したウルリクムミはその場に膝をついた。足を狙えって言うマルちゃんのアドバイス通りに出来た!

 そこでヴァンダがクロスボウに爆発物を仕込んで、放つ。巨人に当たってバンと炸裂し、ボロボロと巨人を作る岩の肌が崩れた。その間に私はもう一度ストームカッターを唱え、今度は体を狙う。

 バッチリ当たって、ウルリクムミはグアアと叫びのような落盤のような、乾いた悲鳴をあげてた。しっかりダメージを与えてるね。

「イケる、上手くいってるよ!」

「ヴァンダ、喜んでないで魔法を唱えな!」

 ゾラに注意されちゃってる。契約した相手に怒られるのは、私だけじゃないね!


「水よ我が手にて固まれ。氷の槍となりて、我が武器となれ。一路に向かいて標的を貫け! アイスランサー!」


 氷の槍がウルリクムミに刺さって、足が完全に土に還った。体からも岩や土がどんどんと零れていく。マルちゃんが走って頭から突っ込みそのまま突き抜けると、剥がれていく岩を手で押さえていた巨人は、完全に体を保つ事が出来なくなってしまった。ついに頭から崩壊し、あとには不自然な小さな岩が集まる山が残った。

 さて、ヘルカとイーロの方は。

 魔法で多少削ったみたいだけど、まだ結構大きい。攻撃しようとするウルリクムミの手を、イーロが大槌でドカンと打った。手からはサラサラ、砂がこぼれる。


黄塵万丈こうじんばんじょうの風、石巌せきがんを砕き我が敵へと吹け! 岩よ砂よ、絶え間なき嵐となって、縦横無尽に打ちつけよ! タンペット・ド・ロッシュ!」


「あー、やっちまった」

 マルちゃんが人間の姿になった。狼姿は火を吐くのがメインの攻撃みたいだしね、土には効果が薄いから。土属性の巨人だからこの魔法はダメージがあまりないだろうけど、わざわざ姿を変えるっていうのは何かあるのかな。

 ウルリクムミの周囲では黄色い砂埃を乗せた風が舞い、土が固まって敵にガンガンと当たる。周囲の岩も削って巻き込むので、通常の魔法よりも効果が高そう。中級くらいの魔法かな?

 自信がありそうなだけあって、初級レベルの私とは違うのね。


「おい、相手は岩の巨人だ! こんな魔法は良くねえんじゃないか!?」

 ドワーフのイーロが弾かれて飛んで来る小石を避けながら、いったん石が来ない場所まで下がった。

「とりあえず時間は稼げましてよ、次の手を考えましょう」

 ヘルカの得意が土属性だし、二人には相性の悪い相手だったね。彼女の攻撃は土属性と、火属性の魔法だけかな。最初に唱えていたのはファイアーボールだった。少しは効果があったみたいなんだけど、それよりもレベルの高い今度の魔法は……。


「ヤバイ、巨人が岩と砂を吸収してデカくなってる! 嬢ちゃん魔法を止めろ、手に負えなくなるぞ……!」

 ダメージどころか、ウルリクムミは更に大きく太くなり、強化されてしまっている。攻撃魔法で敵が強くなるなんて、アリなの!?

「ヴァンダ、ソフィア! ボーっとしてないで、あの娘を手伝いな!!」

「「はいいっ!!」」

 ゾラに私まで怒られちゃった! 私達は声を揃えて返事をして、まだ戦っているヘルカとイーロの掩護えんごに向かった。猫に叱られる私達……。


 魔法を解いて風が収まると、砂埃もヒュルンと消えて飛んでいた岩が近くにカラカラと落ちる。大きさを増したウルリクムミは力を誇示するように両手を上げて胸を張り、大きく前に出てその手を振り下ろした。

「嬢ちゃん、しっかりしろ! アレに当たったら死んじまうぞ!」

 イーロが短い脚でトカトカとヘルカへと走るけど、ヘルカはビックリして動けないみたい。

「プロテクションじゃ間に合わないよ! 少しでも逃げて!!」

 ヴァンダが叫ぶ。


「マミト、マミト、ウツルト! 岩の巨人よ、その手を止めよ!」


 精いっぱい禁令を使うとウルリクムミの手が何かに弾かれて止まり、はずみでグラリと巨体が揺れた。これは大成功。すごい!

「なに、今の魔法……」

 ヴァンダとヘルカの視線が私に注がれる。

「秘密の防御の呪文です。とにかく、あの巨人を何とかしないと!」

「そ、そうでしたわね。話は後よ」

 慌てて下がるヘルカ、守るように立つイーロ。ヴァンダはまたアイスランサーを唱えていて、私は一呼吸おいてストームカッターにする。


「エコ・エコ・アザラク、エコ・エコ・ザラメク。内なる風よ起これ、汝の武器を研ぎすませよ!」

 

 ヘルカが私に聞いたことのない魔法を唱えてくれた。魔力が満ちる気がする、これは魔力を増強して魔法の威力をあげるものじゃないかしら。

 せっかくの好意だし、最大限に出力を上げてストームカッターを唱えよう!

 出て来た円盤状の刃はいつもより大きくて、風が凝縮されている気がする。これを操作を誤らずに、しっかりと敵にぶつけないといけない。また外したらシャレにならないもんね。威力が強くなるほど範囲指定やコントロールが難しくなるから、気を鎮めて集中しなくちゃ。


「いっけえ、ストームカッター!」

 円盤が宙を走り、ザックリとウルリクムミを斬りつける。腰のあたりをスパッと切って、体勢を崩した巨人が傾いて地面に足をドンとついた。

 ヴァンダのアイスランサーで片腕の一部は崩れて、そこにイーロが大槌を振るって腕を完全に破壊する。ガラガラと雨のように降る、たくさんの岩の塊。


「まあ良くやったな」

 黒い騎士姿のマルちゃんが空を飛んできて、ろくに動けなくなったウルリクムミの頭に向けて剣を大きく振り被る。

「はああ!!!」

 剣が当たった場所の岩が砕け、茶色いウルリクムミの体はマルちゃんが通った分だけ岩に戻った。私達が二人で倒したものの一回りも二回りも大きな体が、一気に破壊される。

 これで討伐終了!


「このウルリクムミは、土や岩を吸収して日ごとに大きくなるんだよ。あんな魔法を唱えれば、強化するに決まってるだろ。相手を見て魔法を唱えろ」

「は、はい……。ありがとうございました、助かりましたわ。お名前をお伺いしても宜しいでしょうか……?」

 前に立つマルちゃんを見上げながら、ヘルカが尋ねる。まだ狼の姿しか知らなかったから、驚いただろうね。

「あ~、俺はマルショシアス」

 ポンッとマルちゃんが、黒い狼の姿になった。


「え、ええ~!? あの魔物ですの!?」

「はあ、化けるのかよ。こりゃ驚いた」

 二人ともビックリして、マルちゃんをまじまじと眺める。

「それにしても強いねえ。ソフィアと一緒ならマルショシアスさんが居てくれるから、怖いモノなんてないじゃないか」

 全部終わったからケットシーのゾラもこっちに来て、ピンとした細いヒゲを揺らして、うんうんと頷いている。

「マルショシアス様……素敵……」

 ……ん? ヘルカが熱い視線を向けている。


「黒い騎士でお髭が似合っていて、しかも大型犬に化けられるなんて……、犬好きの私にはたまりません。こんな方とお付き合い致したいです!」

「狼だよ、狼。なんだよ、犬好きの私にはたまらないってのは!」

「どちらでも構いませんわ! マルショシアス様、私と結婚を前提にお付き合いして下さいませ!」

 いきなり告白!? 髭も好きなの、だからドワーフ? ドワーフの男性って、大抵髭を生やしてるからなあ。イーロも立派な髭がある。

「どっちでも良くない!! 付き合わないからな、俺は人間とは付き合わん!」

「諦めませんわよ、マルショシアス様!」


 マルちゃんがモテてる。すごい。ヴァンダは苦笑いしている。

「犬好きだから、みんながケットシーと契約してるのが嫌なの? なんだかなあ」

「まあねえ、『神秘なる魔女の会』の連中は、私らケットシーと契約している比率は高い方だからね。一人黙々と山の近くの家で薬づくりをする人間なんて、寂しくて話し相手になる穏やかな種族を求めるもんだよ」

 なるほど、そう言う理由もあるんだ。確かに山奥は寂しいよね。先生も他の種族は帰してるのに、ケットシーのチュチョはずっと家にいたわ。普段は猫のフリをしていたけど、先生とは普通に会話してたんだろうな。


 帰り道もヘルカはずっと、マルちゃんに熱い視線を送っていた。でもマルちゃんは迷惑そう。

「ねえマルちゃん。ヘルカって結構美人だと思うんだけど、人間だと誰とも付き合わないの?」

「当たり前だろ、俺は天に帰る予定があるんだよ。人間と契ると、堕天して帰れなくなる。その辺の節操は持っとかなきゃならん」

 それじゃあ彼女じゃなくてもダメよね。諦めてもらうしかない。マルちゃんって、やっぱり真面目なのね。


 報酬は最初に敵を倒した方が総取りの約束をしていたので、私とヴァンダで山分け。ヘルカは待ってる間マルちゃんの背中や翼を撫でていて、全然不満はないみたい。ドワーフのイーロが、ため息をついていた。彼女たちはお金に困ってないだろうし、問題ないよね。

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