第15話 岩の巨人の討伐競争・前編

 大きな町なので、またもやギルドは大混雑。まだこれに挑戦できる勇気がない……。まずは様子を見に来ただけだから、どこかのカフェで朝食でも食べよう。

「……どうも思い切りが悪いな、お前は」

 マルちゃんだってあの混雑に狼の姿じゃ、踏まれちゃうからね。


 カフェで外の席がある時は、マルちゃんが狼姿でも大丈夫。店内に入れてくれるお店もあるんだけど、外の方が気兼ねがなくていい。このお店は白いペンキが塗られたオシャレなウッドデッキがあって、そこにいくつか席が用意されていた。

 メニューに獣用のお肉があり、マルちゃんは喜んで食べている。

「……あれ、マルショシアスって悪魔じゃないかい」

「あ、ホントだ。ソフィア、やっほー!」

 木の柵の向こうから手を振っているのは、少し前に一緒に薬草探しをした『神秘なる魔女の会』というカヴンに所属しているヴァンダと、契約している茶色い毛のケットシーの女性、ゾラ。見た目は普通の猫。

 二人はシーブ・イッサヒル・アメルという薬草を、先生に届けに行っていたの。


「先生の庵、この近くなのよ。朝ご飯、一緒していい?」

「うん、おいでよ」

 まずは店内に入って注文してから、トレイにサンドウィッチと飲み物を乗せてやって来た。ゾラにも鶏肉を挟んだパンとミルクがある。

「おかげで先生に褒められたんだよ! ありがとう、何かお礼が出来たらいいんだけど」 

「いいよ、私もいい値段で売れて助かったし」

「患者は女の子で、顏に大きな傷が残る所だった。すっかり消えて、泣いて喜んでいたよ。そういう時は、あの薬草を配合するのが一番いいらしいね」

 テーブルの下でミルクを舐めながら、ゾラが教えてくれる。

 そんなに効果がある薬草なのね。だから高いんだ。強い回復魔法なら一発で綺麗に治るだろうけど、なかなかそんな使い手も見つからないし、傷跡として残ってしまったら魔法ではどうしようもないんだよね。


「それにしても都会のギルドは混むね。ずっと山中にいたから、人が多いのってまだ苦手で」

「私もいつになっても慣れないんだよ。それでいい仕事がなくなるかも知れないけど、先に食事しちゃおうって」

「私と一緒だ!」

 ヴァンダもなんだ。そうだよね、すごい勢いだから尻込みしちゃうよね。

「お前ら、もっと仕事に意欲を見せろよ」

 そう言うマルちゃんはグデッと眠そうに伏している。


「まあねえ、でも私の場合は薬が売れるから」

「そうだった、特技があると余裕ができるね。すごいなあ、ヴァンダ」

「あのねえ、お前が契約してる悪魔の方がスゴイじゃないかい」

 ゾラがマルちゃんを指す。マルちゃんは立派なんだけど、私がね……。

「でも冒険者としても、まだまだ半人前過ぎちゃって」

「召喚メインの人って、契約して使役して、自分の手柄ですって感じのイメージだったけどなあ」

「え~、それはちょっと空しいなあ……」

 やっぱり頼りっぱなしは良くないと思うんだよね。でも確かに、召喚して契約するのが召喚師の仕事だし、それはそれで考えとしてはアリなのか。


「だからこそ、いい悪魔と契約できるんだよ。使ってやろうなんて気じゃトラブルの元だし、大したモノはそうそう喚べないもんさ」

「そうだねえ、それで召喚できちゃうと大変なことになるもんね」

 ゾラの意見に、ヴァンダが頷く。高位の存在を召喚できて交渉に失敗したら、大変な被害を生んだりするからね。ティアマト事件みたいにね……。

「もっと魔法も覚えたいけど、魔導書って高いよねえ」

「……ソフィアって、どんな魔法を知ってる?」

「風属性の防御と回復と、攻撃だけど。全部初級レベルだよ」

 私が教えると、ヴァンダが嬉しそうに目を輝かせた。


「それだよ、魔法交換しない? お互いに知りたい魔法を、一つずつ教えるの。信用できる魔法使い同士で、情報交換ってあるんだよ。したことない?」

「そっか、それなら買わなくても増やせるのね。ないよ、そんな友達いないし」

「こういういのはさ、うまく発動できないとかどっちが得とかってなると、揉めることになるから。お互いに相手を見て選ばないとダメなの」

 サンドウィッチを齧って、オレンジジュースで流し込むヴァンダ。そんなに急いで話さなくてもいいのに。


「あらヴァンダ、相変わらずケットシーを連れて。そんなだから私どもの会が、猫と戯れているように見られてしまいますのよ。連れの方は冒険者かしら? 強そうな魔物を従えてますのね。召喚術師としては、このくらいの契約を得ませんとなりませんわ。ねえ?」

 ヴァンダが更に続けようとした時、道を歩いていた女性が足を止めて声を掛けて来た。私どもの会という事は、ヴァンダと同じカヴンの会員かな。

「……ヘルカ。用がないならバイバイ」

 いきなり嫌みな感じの女性だなと思ったんだけど、ヴァンダの反応もすごいわ。仲が悪い人なのかな。彼女は槌を持ったドワーフと一緒。背は子供くらいで、顏はおじさんで足が短くガッチリ体型。力持ちが多い種族で、鉱山によく居る。金属加工なんかが得意。戦闘タイプと契約したのかな。


「私も食事に参りましたの。入りましょう、イーロ」

「おう。しかしシャレた店だな、肉~って感じの料理はねえかな」

 お嬢様っぽいヘルカと、ガテン系ドワーフのイーロの組み合わせ。不思議な感じ。二人は料理を持って、私達の隣のテーブルにやって来た。

「うわ……、隣とか。さっさと食べて出よう、ソフィア」

「え、うん」

 よほど苦手なのね。でも相手はヴァンダの反応にお構いなく話しかけてくる。

「ねえヴァンダ、一緒に依頼をこなしませんこと? 面白い依頼を受けましたのよ」

「私はもう家に帰るから」

「そう、これはウルリクムミとかいう岩の巨人を倒す依頼でしてね、八メートルくらいはあるそうよ」

 断られたのに、そのまま説明を続ける。心が強い。むしろマルちゃんが興味を引かれたみたいで、起き上がってヘルカに顔を向けた。


「……おい女、お前はウルリクムミを見たことがあるか?」

「……ありませんけど……、言葉を話しますの? この魔物」

「人を食うタイプじゃねえだろうな」

 ドワーフのイーロが疑いの目を向ける。人の言葉を話して安心させて、襲ってくるようなのもいるからね。

「肉は好きだが、人なんか食わん。牛とか羊とか、ウマイよな」

「解る、やっぱ肉だよな!」

 打ち解けたようだけど、肉好きの方が危ない感じがしない!?


「それでですわね、南の岩場にこの巨人が出たから、退治して欲しいそうですの。ちょうど二体いるそうよ。どちらが先に倒せるか、競争しましょう」

「競争なんてしてもなあ」

 ヴァンダが断ろうとすると、マルちゃんが遮った。

「いいな、やろう。どうせ依頼を探してただろう、ソフィア。報酬は半々か?」

「いえ、それでは面白くありませんわ。先に退治出来た方が総取りでどう?」

「そりゃいい!! 食ったらすぐに出よう、善は急げだ」

「善なの?」

 ただ普通に依頼を受けるみたいだけどな。みんなを困らせてる巨人なのかな? まあマルちゃんがやる気なのは、いい事だよね。


 お店でヘルカから依頼の詳細を聞いて、食事の後すぐに出発することになった。ここからあまり遠くない岩場で人通りは少ないけど、森より盗賊に会う危険が少ないから、商人たちが遠回りでもこっちの道を選んだりする。

 この先南東に抜けるには、森を抜ける道を通るか、この迂回ルートを使うか。あとこの迂回ルートを、巨人が出る場所のもっと先まで行けば、南側の国に続いている道もある。見通しがいい上に国境の検問には兵が常駐してるから、盗賊が少ないの。

 巨人が出るあたりは国境を守る兵の管轄外で、命令がないから倒してくれない。融通が利かないなあ。


 歩きながら、隣を翼ある狼の姿の四本足で歩くマルちゃんに話しかける。

「ねえマルちゃんは、ウルリクルミって知ってるの?」

「ウルリクムミだ。知ってるとも、アレは変わった巨人だからなあ」

 なんだか楽しそうにニヤニヤしてるんだけど、何か企んでないかな。

「あ~あ、全く。とんでもないね、巨人退治なんて。アタシは逃げるからね、戦力に考えないでおくれよ」

 ケットシーのゾラも付いて来たけど、大抵のケットシーが戦えないのは知ってるからね。ヴァンダが笑っている。今までも戦闘を一緒にこなしたことはないと思う。

 ヴァンダはクロスボウを持って居る。狩りの時とかに使ってるんだって。

「もちろんだよ。考えがあるんでしょ、マルショシアスさんが」

「あの巨人は、土属性だが水が弱点だ。風も反対属性だし、いいぞ。俺の火には強いから、お前ら頑張れよ。あとは足を狙うと動けなくなるから、やり易い」

 もしかして、私の成長プログラム的な?


「ん? ヘルカの得意って土属性の魔法のはずだけど、どうするんだろ」

「あのドワーフ頼みにするには、巨人ってのは厄介だと思うけどねえ」

 ヴァンダとゾラの心配をよそに、茶色い岩場で何かが動いた。アレがウルリクムミ!? 話に聞いていたよりも大きい!

 しかも岩と同じ色をしているから解り辛い。魔法と矢で攻撃するのに、けっこう近くまで来ちゃってた。距離を取って攻撃範囲を考えなきゃいけないのに!


「ではお先に!」

 ヘルカとイーロが走り、早速エルカが魔法の詠唱を始めている。

 もう一体も右側の岩の後ろに居るわ。やっぱり同じくらいに大きい。十メートルは越えてるかも! こちらに気付いて立ち上がり、ドシンと一歩大きく踏み出して岩を乗り越える。


 さあ私達も戦闘開始だね、行くよ!

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