第14話 護衛のお仕事・後編

 テントに朝日が差し込んでくる。マルちゃんが一晩中見張りをしてくれたおかげで、私達女性は免除になったの。さすがに一人だけには任せられないから、男性は交代で起きたんだけど。

 お湯を沸かして紅茶を飲み、朝食を食べたら東に向かって出発。

 予定では今日の夕方までには、目的の町に着く筈なの。午前中は特に何もなく進むことが出来て、途中で休憩もあったとはいえ、さすがに歩き疲れた。昼はまた途中にある小さな村に寄り、いったん解散。一時間後に同じ場所に集合だよ。

「やっぱり肉だよな。疲れたら肉、これが一番の疲労回復だな」

「マルちゃん、本当にお肉が好きだよねえ……」

 何が食べたいって聞いたら、ビールか肉しか答えが来ないよ。


 二人で飲食店に入ってご飯を食べ、芝生で少しゴロゴロして時間まで休憩。ヴィクトルさんは護衛も兼ねて、依頼主の商人と一緒に食べるんだって。

 集合場所である村の入り口に向かい、皆が揃った事を確認してから出発する。予定ではあと三時間足らず。よし、もうひと踏ん張りだ。気合を入れなおして、しっかりと歩かなきゃ。

 冒険者や荷馬車がたまに反対側からやって来る。しばらく歩くと左側に沼があって、道を挟んだ向かい側が少し小高くなっている場所に差し掛かった。


「伏せろっ!」

 突然大きな声がして、何かが丘の方から飛んでくる。

 矢だ。木の間に、人が数人見えた。隊列まではあまり届かなかったけど、怪我をした人も出たみたい。続いて何か魔法を唱えている声が聞こえて、赤く火が集まっていく。攻撃が来るわ、魔法を防ぐ防御魔法をしなきゃ!


「逆巻く仇の風、ここより出でて我に向かう一切を遠ざけよ。恐れとおののきを取り払え、騒乱を巻いて去れ。気流よ、脅威の衣を脱ぎ捨てよ! ヴォン・ドゥブー・シャルム」


 風が敵側に向けて吹き、真ん中でぶつかって炎の魔法と相殺されて消える。上手く防御できたみたい。勢いの良かった赤が黄色くなってしぼみ、細い煙だけを残して何もなくなった。

 これを合図に、盗賊たちが姿を現して武器を手にこちらに向かって来る。十人や二十人じゃない、たくさんいるよ! 戦闘員以外の人数を足してみても、こちらの方が数が少ないほど。

「うわああ、盗賊団だ……!」

 近くにいた使用人の男性が、顔を青くして膝を震わせる。

「隠れてろ」

 マルちゃんはそう言って剣を抜いた。

 氷の魔法が先に走って行く。ヴィクトルはもう戦闘開始したみたい。


「雲が降りるが如く、囁きが流れに乗るが如く、しじまに呑まれよ。小さき水の粒よ、煙霧となりて視界を白く染めよ。ラルジュ・ブルイヤール」


 弓を持った人たちの周りに霧が出て、視界を妨げている。これは夕べ同じテントだった魔法使いの子の呪文ね、水属性が得意って言っていたし。便利な魔法だね。弓が防げたら、結構プラスだよね!

 飛び出して行ったマルちゃんとヴィクトルは、人数の差なんて感じさせないような戦いぶりで、どんどん敵を倒していく。マルちゃんは敵の層が重なる奥まで一気に駆け抜けつつ斬って行き、通った後は何人もが倒れていた。

 ヴィクトルは馬車を守るように立ち、バラバラにやって来る敵に合わせて前後左右に移動しつつ、うまく敵の攻撃を外しながらやっつけていく。彼と剣を合わせた敵は、武器が凍ってすぐには戦えないようになる。魔法を付与してある剣なんだ、さすがAランク。


「ストームカッター!」

 私も魔法を唱えて応戦。馬車の付近から動かないようにして、こっちまで攻められたら防御魔法を使い、馬車の後ろに隠れた使用人たちや積み荷を守らなきゃ。

「おい、相手は大した人数じゃねえ。剣士なんぞ囲んでやっつけろ!!」

 盗賊の頭目だろうか。戦ってる人達に発破をかけている。及び腰だった人も、しっかり武器を持ちなおして攻撃に転じてきた。

 森の中からもまだ出てきて、異様な雰囲気に馬が興奮して嘶くのを、御者が必死に制している。


「火よ膨れ上がれ、丸く丸く、日輪の如く! 球体となりて跳ねて進め! ファイアーボール!」

 火の玉をぶつける初級の攻撃魔法を、敵の魔法使いが使って来た。消費魔力が少ないわりに攻撃力が高く、扱いやすい魔法だ。そして詠唱が短いので、魔法では防ぎ辛い。今から普通の防御魔法を唱えていたら、間に合わない。

 もう一人の魔法使いの子も解ってるらしく、大きな声で避けるように指示する。

 目標はマルちゃん。この魔法は真っ直ぐ飛ばすだけなので、実は避けやすい。まずはメインで戦っている二人をどうにかしようとしてるのね。


「俺に炎を選ぶとは、バカなもんだな」

 マルちゃんは火属性の悪魔。向かってくる火の玉をよけようともせずに、剣を横に向けて正面から浴びた。

 ブワッと真っ赤な火に包まれる。通常よりも威力があるから、けっこうな魔法使いなんじゃないかな。相手は上手くいったと思って、喜んでいる。


 炎が不意に吸い込まれるようにヒュウっと剣に集まり、マルちゃんの剣が赤に包まれた。

「さて、粗雑な魔法を返そうか!」

 横に振りぬくと剣全体から火が溢れて、横一線に扇のように燃え、近くにいた盗賊たちは避けようもなく赤に呑まれた。

「うわあああ!!」

「熱い、熱い……、助けてくれ!」

 みんなの目が集まって、戦いの喧騒が止まる。


「皆、今こそ好機だ!!」

 ヴィクトルが飛行魔法を使って味方も盗賊達も飛び越えて、頭目の男へと距離を詰めた。マルちゃんに気を取られていた敵方は全く対応できない。着地しつつ振り下ろされる剣を、頭目は防御しようと慌てて持っている大剣を握り直して構えるけど、不十分な体勢で防ぎきれるわけもなかった。

「お、お頭……!」

 ヴィクトルが着地すると同時に、血を流して倒れる頭目。胸には真っ直ぐに深い切り傷ができていた。

 近くにいた人が狼狽えるけど、何もできずにいる。

「お前たちの頭目は討ち取った! 武器を捨てて投降するんだ、そうすれば命はまではとらない!!」

 堂々とヴィクトルが告げると一様に顔を見合わせて、次々と力なく持っている武器を投げ捨てた。トップが倒されてまで戦おうって人は、いないみたい。しかもヴィクトルはAランク冒険者だし、マルちゃんは地獄の貴族だし。戦うには分が悪すぎる相手だと思う。


 燃えちゃってる人の火を消して、すべて終了。

「お二方とも、とてもお強い……!」

 馬車から恐る恐る戦闘を覗いていた依頼主の商人が、マルちゃんとヴィクトルの戦いぶりに興奮した様子で姿を現した。

「この程度の人間を制圧したところで、自慢にもならん」

 マルちゃんが剣を鞘に収めてこちらに来る。

「さすが強いね、マルちゃん!」

「お前も今回、少しは頑張ったようだな」

 やったあ! ついにマルちゃんに褒められた!!

 ヴィクトルは剣を抜いたまま、頭目の近くに居た人達をこっちに連れて戻って来た。もう抵抗する気力もないみたいで、大人しく歩いてくる。

 こちらは怪我人は少し出たものの、被害が少なく済んだ。荷も無事だったしね。傷薬を使って治療するように、商人が使用人に向けて指示をしている。


 盗賊たちは縛って縄で繋ぎ、近くの町まで連行。そんなに遠くない場所に、大きい町がある。一番後ろにマルちゃんがついて監視しているから、悪さしたり暴れたりは出来ないだろう。

 予定より遅くなっちゃったから、この町で一泊して目的地を目指す。あと二時間もかからないような場所なんだけど、夜になっちゃうと危険だから。やっぱり魔物は夜の方が活発なんだよね。


 町では機嫌を良くした依頼主の商人が、居酒屋さんでご飯を奢ってくれた。マルちゃんが沢山ビールを飲むのを、いい飲みっぷりだって喜んでくれている。

「いやあマルショシアス殿、冒険者じゃないとは勿体ない! 登録してくださいよ、指名依頼を出したい!」

「俺はこいつのお守りが仕事でな」

「ソフィアさんか、こちらに依頼を出せば良いのですな」

 指名依頼なんて、有名人みたい。ヴィクトルは指名で、なんと次の依頼も決まっている。このくらいの人気な人になると、受ける冒険者の方が指名料や条件を指定したりするよ。護衛依頼が押すことはザラにあるから、余裕をもって次の仕事を受けてあるんだって。さすがに慣れてるね。


「私は南東に向かってる旅の途中なんです。すみませんが目的が済まない限りは、指名は受けられないですね」

「そうでしたか、機会がありましたら是非!」

 こうやって交友関係を増やしていくのね。一緒に依頼を受けた三人とも、また会えるといいな。


 今晩は宿代も出してもらえて、とても助かる! 旅の間の食事は依頼主もちだったし、護衛依頼を受けられると旅での出費が減るね。

 マルちゃんが気に入られたから、私もマルちゃんのついでにちょっといいお部屋を取ってもらえた。なかなか羽振りのいい商人さんだわ。

 明日の朝はゆっくり出発。目的地の町はここよりも、もっと大きいんだって。緊張するなあ……。

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