第18話 最強護衛!

 私はなるべく離れたところまで避難しようと、マルちゃんたちを気にして振り返りつつ、急いで遠ざかった。エレンスゲは七つの頭をくねらせて二人を向き、自身がめり込んで出来た穴からとぐろを巻いて体を起こしている。改めて眺めると、やっぱり大きい。


「二つの水、混ざりて血とす。俺はキングゥ、黒竜の後継たる者! 原初の荒ぶる潮よ、船を呑む狂濤きょうとうとなれっ!」


 キングゥが声を張り上げて魔法ではない言葉を叫ぶと、彼の魔力が途端に増大するのが解った。覆っていた膜を落としたような、水が容器から溢れて流れ出るような感じかな。

 腰の剣を抜いて、エレンスゲに向かう。その足の速さは誰も追い付けない程で、後から走り出したマルちゃんと距離が段々と開いちゃう。マルちゃんは剣を下に向けて走っていたんだけど、キングゥがエレンスゲに向かって跳んだところで、剣先を天に向けて構え、バシッと止まって振り下ろした。


 火が剣から飛んでいき、エレンスゲの顏の二つを直撃する。二つの頭がのけぞった所にキングゥが飛び込んできて、まずは一つめの首をあっさりと落とした。

 飛龍とはいえ固いんじゃないの!? そんな軽く切断できるもの?

 別の頭がキングゥに狙いを定めるんだけど、向かって来た脇にスルッと入り、その剣でまたもアッサリ切り落とす。今度は飛びかかったような勢いも、なかったんだけど!

 首が五つになり痛そうに暴れながら、後から走って来るマルちゃんに端っこの頭が大きな口を開けて襲い掛かる。噛みついてきたけれどひょいと飛んで躱し、首に乗っかって剣を突き立てた。そこから炎を流し込む。

「グギャアアア!」


 私は大げさに逃げたけど、どうやらブレスを吐かないドラゴンだったみたい。こんなに離れなくても平気だったな。

 飛龍の首はもうあと二本になっていて、花でも摘むように軽々とキングゥに刈り取られてしまう。マルちゃんも切断できるけど、あんなに軽やかには出来ない。やっぱりマルちゃんより強い人?

 最後の足掻きとばかりに、エレンスゲが首を大きく振りかぶって、キングゥに頭をぶつけてくる。キングゥはそれを片手で止めて、魔力を籠めて押し返した。

 エレンスゲの巨体がドオンとひっくり返る。押し返されて地面に叩きつけられた頭の代わりに、蛇みたいな固く鋭い尻尾がマルちゃんの方に振られ、反動で弧を描いて鞭のように襲いかかった。

「わ、マルちゃん!!」


 マルちゃんは低くなって避けながら剣を両手で上に掲げ、尻尾をぶった切った。切り離された尻尾の先が遠くまでとんでいく。

 尻尾の行く先を見てから視線を戻すと、キングゥが飛龍の蛇に似た体を一刀両断したところだった。もう倒しちゃった。

 私は慌てて二人の方へ駆けて向かう。

「すごい、こんな大きな飛龍を簡単に倒すなんて……! 助かりました、ありがとうございました!」

 お辞儀をするとマルちゃんも、剣を仕舞って右手を拳に軽く握り左の脇腹の前あたりにつけて、頭を下げる。


「助かりました」

「……いや。君一人でも平気だったろうが、彼女は身を守れるように見えなかったからな」

 禁令さえうまく使えれば、守れるのか知れないけど。今の私ではこんな強そうな龍相手には無理だな。ただでさえさっきの空からの落下で、手が震えて心臓バクバクだったし。魔法は心を落ち着けて呼吸を整え、集中しないと成功しないから。

「契約しているのですが、未熟者でして……。俺は地獄の侯爵、マルショシアスと申します」

「私はソフィアです」

 マルちゃんも自己紹介をしているから、知り合いって言うより一方的に知っている人なのね。彼は頷いただけ。


「俺はモルドブという村があった場所を探している。この国だと聞いたのだが」

「それでしたら、私たちが向かっているところです。南東にありますよ。国の外れの方です」

「……キングゥ様が、あの場所に?」

 マルちゃんが訝しそうに尋ねた。モルドブとはティアマト被害で壊滅して、村民がほとんど亡くなってしまった村。私の両親も死んだ場所で、今は慰霊碑しかない。

「こっちの世界に召喚された母上を探すつもりなのだが、その前に見ておこうと思ってな。かなり有名みたいだな」

「……最悪の召喚事故、という認識のようです」

「まあ母上の逆鱗に触れたんだ、仕方ないだろう。しかし関係ない者達が巻き添えになってしまった事は、やはりいたたまれぬ」

 

 つまりキングゥって人は、先に召喚された母親を探したいのね。やぱり違う世界から来てるんだ。まずは慰霊碑を見に行く、と。

「だったら一緒に行きませんか? 私もまずは事故現場に行って、慰霊碑に手を合わせようと思っています」

「……君も? 未だに黒竜の行方を捜して契約しようと思っている、愚かな人間が居ると聞いているが……」

 疑われちゃった。あんな事故があったのに、まだそんな人がいるの? 自分なら大丈夫って思うのかな。それとも、代償になるようなすごいものを持ってるとか?


「キングゥ様、その……。この娘の両親は行商人でして、くだんの村に滞在中で巻き添えを喰らったのです。ソフィアは生き残ったものの以前の記憶を失くしてしまい、家が何処かも解らぬ始末。その村に行き、自身の痕跡を辿ろうとしているのです」

「……それは不憫なことだ。失礼した」

 マルちゃんの説明で、キングゥが謝ってくれた。マルちゃんはバツが悪そうな顔。でもちょっと疑ったくらいで、謝ることなんてないのに。

「いえその、お気になさらないで下さい」

「おいソフィア。当たり前すぎて聞いていなかったが、仇とか責任がどうこうとか、そういう事は考えていないんだよな?」

 両手を前で振って大丈夫ですと身振りで示していると、マルちゃんがこっそりと聞いて来た。そもそも何も覚えていないんだから全然考えてないけど、なんでこのタイミングで?


「考えてないよ。責任とか、なんで今聞くの?」

 私の質問に、二人は拍子抜けしたような表情をして、顔を見合わせる。

「……鈍いんですよ、こいつは……」

「大体話の流れで理解していると思ったが。一般的な人間は、こんなものなのか?」

「え? 何の話?」

 何かにガッカリされているような?


「召喚事故の話題で、キングゥ様が“母上の逆鱗に触れた”と仰ったのに気付かなかったか、お前」

「言ったような……? でも、召喚事故って黒竜ティアマトの召喚で起きたんだよ」

「……ティアマト?」

 金の瞳に睨まれた。迫力があって怖い。マルちゃんがまた、慌てて謝っている。

「だから!! この方はティアマト様のご子息で、竜神族のキングゥ様だ! このお姿は人間というより、その原型ともいえる神としてのお姿なんだよ!! 人間は神の似姿、そこは知ってるだろ? この方は黒竜の里のナンバーツーで軍の総指揮官を務められていて、ティアマト様の後継者であらせられるんだ!」

「えええ!? 黒竜!??」

 一気にまくし立てるマルちゃん。悪魔じゃないの!? 竜も種族によって、人間の姿があったりするの? じゃあ元の世界に帰っていないらしいのに、かなりの巨体と言われる黒竜ティアマトの目撃情報がないのって、人間みたいな姿をしているから気付かれていないって事!?


 私は思わずその人の姿をじっと見た。どう見ても端正な顔立ちをした人間の剣士で、鎧も身に着けていない。グレーっぽい薄水色の髪は肩より少し伸びているから、私よりも長い。マントも同じ色。これは竜だなんて気付けないよ。

「……まあいいだろう。目的地が同じなら、同行しよう。詫びも兼ねて、護衛の真似事でもしてやろう」

「ありがとうございます! ソフィア、しっかりと礼を言え。勿体ないお話だぞ!」

「うん。よろしくお願いします」

 頭を押さえて無理やり下げさせられる。お辞儀くらい出来るよ!

 いつもどっしりと構えているマルちゃんが、お付きの人か何かみたい。本当にすごい人なんだ。失礼のないように、気を付けなきゃいけない。


「よし、話はもういいだろう。出発するぞ」

 キングゥはさっさと歩きだしたんだけど。

「あの、そちらじゃないですよ。モルドブ村の跡地に向かうんですよね?」

「おっと、違ったか。案内は任せる、この辺りに土地勘はないからな」

 そういえばマルちゃんは初めての土地なのに、一度説明を聞けば全然迷わない。目指してる場所もあまり解ってないみたいだけど、この人は一人で旅して大丈夫なのかな……?

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