第19話 逆鱗は触れやすい所にあります
キングゥも一緒に、まずは近くの町を目指すことにした。依頼が出てるかは知らないけど大きな飛龍だったし、討伐した事を伝えないと。
マルちゃんも騎士姿で一緒にいる。どうやら彼と居る時は、狼にはならないみたい。そういうのも礼儀なのかな。
「そういえば、あの戦闘の前の呪文みたいなのは何ですか? すごく魔力が溢れた感じがしました」
私は秘密なら答えなくても構いませんと断りを入れて、疑問を投げかけてみた。キングゥはわりと気さくに答えてくれる。
「アレか。アレは“宣言”という。地獄の王なんかもする、この世界で本来の力を出す為のモノだ。なかなか手ごわい飛龍だったからな、念のためだ。もし呪法を使うとしても、宣言をしてからでないと、この世界では使えん」
「呪法?」
「まあ、必殺技みたいなもんだな」
王なんかがするって事は、“宣言”をしたら、ものすごい高位のひとって事?
「マルちゃんはそういうの、全然しないよね」
「……あのな、ソフィア。地獄では基本的に王と大公しかしないぞ」
つまり、それだけレアなのね。
しばらく歩いた所で町を見つけたので、まずはそこのギルドに行く。
「こんにちは。あの、飛龍に襲われたんで彼らが討伐したんですけど、依頼とか出てるヤツですか?」
受け付けの人はマルちゃんとキングゥの姿を見て、ちょっとお待ちくださいと誰かを呼びに行った。Dランクのランク章を付けた私が言っても説得力がないけど、この二人がいるから流石に疑われないね。
すぐに年配の女性がやって来た。
「お待たせしました。飛龍ですが、この町では依頼が出てませんね。容姿や大きさなどを教えてもらえませんか? 飛龍は特に移動距離が長いドラゴンです、依頼が出ると定期通信で通達されますから。今日くるはずです」
なるほど、危険な魔物なんかの情報はこうやって共有されるのね。確かにずっと同じ所に留まらないのもいるからね。マルちゃんが前に出て、説明を始めてくれた。
「飛龍の中でも大きな方の個体、濃く暗い緑の皮膚で、頭が七つある事が大きな特徴だ。名はエレンスゲ。尾は細く鋭く、飛びながら速度を上げ、飛行する物体に対し流星のように燃えながら突進してくる」
「エレンスゲ……、聞いたことはありませんが、飛龍で頭が七つあるとなれば特定しやすいでしょう。今日はこの町でお泊まりになりますか? 明日になれば、いくら報酬が出るかなどの結果が解ります」
女性は持っていた資料をパラパラとめくったけど、やっぱり載っていないようでパタンと閉じた。
「報酬がもらえるんですか?」
「例え依頼がなくても、危険な飛龍を討伐したということならば、国からの報奨がもらえますよ。その地点を教えて下さい、念のために確認に行きます。討ちもらしがあると人間に恨みを抱きますから」
「……俺が止めを刺し損ねたと?」
「気を害したのでしたら申し訳ありませんが、規定ですので。ペガサスと契約している冒険者をここの専属で雇っていますので、今すぐ確認に行って頂きます。余計にお待たせするような事にはなりませんよ」
キングゥが凄んだので一瞬女性はビクッとしたけど、冷静な答えを返してくれた。キングゥってプライドが高そうね。
「ならば仕方あるまい」
納得してくれたみたい。今日は宿を探して、明日またここに来ることになった。いくらもらえるのか楽しみ!
キングゥは自分で宿代を払った。やっぱり私とマルちゃんが一緒。マルちゃんは宿では狼の姿なので、同じ部屋にした。さすがに騎士姿で同室はちょっとねえ。
部屋に荷物を置いて、酒場でご飯を食べることにした。二人とも飲むつもりみたい。マルちゃんは彼の前では酔えないと、少し緊張気味。
近くの酒場に入って、ビールとワイン、私のオレンジジュースで乾杯!
私も全然飲めないわけじゃないんだけどね。
「お待たせしました~!」
焼いたお肉、厚切りローストビーフ、サラダ、バスケットに入った何種類かのパン。豪快で美味しい料理が並べられる。お店は賑わっていて、店員さんも元気がいい。野菜の酢のものも、サッパリしていいな。
二人ともご機嫌でほとんど一気に飲み干した。置かれたボトルをすかさず傾けて、マルちゃんがキングゥのグラスを赤いワインで満たす。あ、これ私がした方が良かったのかな? 次はキングゥに私が注ごうと思っていると、厳つい冒険者がキングゥの後ろを通った。
ガツンとキングゥに当たってしまい、ちょうどなみなみと注がれた彼のグラスからワインが零れてテーブルを濡らした。
「……おい。貴様、謝罪をせんか」
キングゥが唸るような低い声で、そのまま帰ろうとする相手を睨んだ。
「はあ? うるせえな坊ちゃん、怪我したくなかったら大人しくしてな」
相手は冒険者なのね。冒険者同士のケンカって、怪我をさせても事件にはならないんだよね。きっと私達を冒険者グループだと思ってるんだ。
「……怪我? 貴様らが、この俺に傷の一つでつけられると思うのか?」
「見ねえ顔だし知らねえかも知れないがな、俺達はBランクのグループなんだよ。解ったらイチイチ突っかかるんじゃねえ」
「黙れ下郎!!」
キングゥが勢いよく立ち上がる。これはヤバイ!
相手は酔っぱらった冒険者四人で、全員男性。一人細くてあとマッチョ。細い人は魔法使いかな。怒りを帯びてきたキングゥに、顔色を青くしている。魔力で何か解ったみたい。
「おい、謝って帰ろう。こっちが悪いだろ」
魔法使いらしい人はいきり立つ三人を宥めようとするけど、むしろヒートアップしていく。
「下郎なんて言われて黙ってられるか!」
「はっはは。こんな優男、一捻りだ。勝負にもならん」
「言わせておけば……!」
ぶつかってきた相手と睨み合う、キングゥの腕が伸ばされる。ついに乱闘になるかと、周りの人達も心配そうにこちらを見て、店員さんがなんとかケンカを回避しようとしてるのが解った。近くの席の人は、そっと少し離れる。
「お客様、落ち着いて下さい」
「キングゥ様、酔っ払いの
言いながらマルちゃんが、止めようとキングゥの腕に手を触れた。
次の瞬間、キングゥの金の瞳が射貫く様にマルちゃんに向けられ、腕がお腹をバンと打った。マルちゃんは一瞬で飛ばされ、空いていた席を大きく跳ね飛ばしてテーブルを横に倒し、背中から壁に激突する。
マルちゃんが、すっ飛んじゃった!!!
「たかが侯爵の分際で、軽々しくこの俺に触れるなど無礼であろう!!!」
マルちゃんは慌てて数歩前に出て、片膝をついて深く頭を下げる。
「非礼をお許し下さい。しかしこの場では多大な被害が出ます、どうかご一考ください……!」
周りは水を打ったように、しいんと静まり返った。人が壁まで簡単に飛ばされたとか、しかも侯爵とか、だったらあちらはどこのどういった方なのかとか、色々あるだろうけど誰もすぐには口を開かない。
絡んできた男達も顔色を白くして、膝が震えている。酔いなんてすっかり醒めたろう。剣呑なキングゥの瞳が向けられると、もう蛇に睨まれた蛙のようだ。なんせ危険な魔力がだだ漏れだから、これなら魔法使いじゃなくても彼がスゴイ人だという事は解るはず。四人は両膝を地面について、土下座をした。すっかり震えている。
「も、申し訳ありませんでした……!」
「その、酔っていて、失礼いたしました!」
見下ろすキングゥは眉をしかめたけど、ドカッと椅子に腰かけた。
「……
一言だけ告げて、ワインを口に含む。
店員さんが男性達に立ってもらって、お店から出るよう促す。マルちゃんも戻って来て、とんだ巻き添えで被害を受けただけなのに、申し訳なさそうに席に着いた。
私は……、ええと、こういう時ってどうしたらいいんだろう。キングゥはギスギスした雰囲気だ。
「お客様、大変お騒がせいたしました」
キングゥに謝罪したのは、男性の店員。
「……必要ない。店側に問題があったわけではない」
当たり散らすタイプじゃなかったみたいで、ちょっとは安心した。店員はボトルとグラスを出して、お酒を注いでくれている。
「頼んでいないが?」
訝し気なキングゥに、笑顔を見せた。
「どうぞ、こちら当店おすすめの地酒です」
「ほう、頂こう」
ごくん、と飲む。
「……これはうまい! もっと持って来い、ガンガン飲むぞ!」
「ではご相伴に預からせて頂きます」
マルちゃんもグラスを受け取った。私の分のグラスも来たし、少なめにしてもらってちょっと味見しよう。
「お酒ってあんまり得意じゃないけど、あっさりして飲みやすい」
「飲み過ぎないよう注意してくださいね。これは苦手な人でも飲めてしまうんで」
そっか、調子に乗ると飲み過ぎちゃうから、むしろ気を付けないといけないのね。この一杯だけにしておこう。
キングゥは何杯も飲んで、機嫌が直ってきた。さすが店員さん、こういう相手は慣れてるのね。単純で良かった。
私達は食事を再開して、お店の雰囲気も少しずつ元の明るい感じになってる。
キングゥは最強護衛だけど、早く目的地まで行ってサヨナラした方が良さそうだ。何かあったらマルちゃんが危ない。普段はグデンとして適当に見えるけど、こういう時に仲裁してくれて、とばっちりを受けちゃうタイプなのね。
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