第60話 お父さんの実家

 ついにお父さんの故郷へ到着!

 平野にある木の柵で囲まれた村で、家がぽつりぽつりと距離を置いて建っている。

 雑貨屋さんや食べ物屋さんなどのお店があって、宿が一軒、居酒屋は数軒あった。旅の人が立ち寄るのね。村の北側は下り坂になっているから、景色が遠くまで見渡せて綺麗。川の向こう側はしばらく草原が続き、堤防の先に森や町がある。ここに住んで絵を描いている人もいるんだとか。


 建物は村だと木造りが多く、都会に出ると石造りが増える。実家は木造の平屋で、広いけれど年月を感じる建物だった。

「今帰ったよ」

「父ちゃん、大丈夫だった?」

「お父さんお帰り!」

 外で遊んでいた男の子と女の子が、荷馬車を目にするなり破顔して近寄って来た。叔父さんの子供なのね。

「お父さんの兄貴の娘で、ソフィアお姉さんだ。挨拶しなさい」

 叔父さんが私を紹介してくれると、子供達は御者台で隣に座る私へ興味津々な視線を向けてくる。二人とも叔父さんと同じこげ茶色の髪で、女の子はポニーテールにしていた。


「ボクはニコルです!」

「初めまして、ニーナです。ソフィアお姉ちゃんって呼んでいいですか?」

「もちろん! ヨロシクね」

 弟は九歳、お姉ちゃんは十一歳。そして私が十九歳!

「姉ちゃん、なんで狼に羽が生えてんの? 魔物?」

 弟のニコルは、荷馬車の脇を歩くマルちゃんが気になるみたい。男の子からしたら、カッコイイよね。

「あの子はマルちゃん。マルショシアスっていうの。私と契約しているから、危なくないよ」

「契約! マジで? 姉ちゃんスゲエ、召喚師さまなんだ。じゃあ触ってもいい?」

「いいぞ」

 マルちゃんが答えると、二人ともビクッと肩を震わせる。やっぱり急に喋ると驚くよね。マルちゃんはすぐに姉弟の人気者になって、両側から背中や羽根を撫でられていた。普段は触られると嫌そうにするのに、今回は大人しく寝ているよ。

  

「悪いね、ソフィア。マルちゃんさんも、子供達が怖がらないよう気を使ってくれて……」

 それでいつもより大人しいのか。叔父さんは謝りながらも町で卸さなかった分の残りの荷を家へ運び入れているので、私も手伝った。荷馬車は庭先の屋根の下に繋いでおくだけになるから、荷物は盗まれないよう家にいったん仕舞う。

 全部終わっても、子供達はマルちゃんで遊んでいた。女の子が背中に乗って、マルちゃんが歩いている。

「すごい、マルちゃんすごい!」

 二人とも喜んでくれて何より。


「おーい、家に入るぞ」

「「はーい!」」

「おう」

 女の子を背中に乗せたまま、マルちゃんは四本の足でトコトコと玄関へ。

 ついに敷居をまたぎます!

「……こんにちは~」

 普通の挨拶しかできませんでした。

「なあにあなた、女の子を連れて来たの?」

「お母さん! ソフィア姉ちゃんだよ」

「初めまして、ソフィアです」

 女性だ。叔父さんの奥さんだね。紹介されたので、私は頭を下げた。


「来てくれたんだよ、兄貴の娘のソフィア。とにかくお袋にも知らせないと。お話があるから、お姉ちゃんを空いている部屋に案内してやって」

「りょうかーい!」

 子供達は元気に私の手を取って、廊下を進む。奥さんはお義母さんに会わせなくていいのと聞いてくれているけど、先に説明をしてくれるんだろう。いきなり泣かれてもどうしていいか解らないから、助かった。

「ここ、叔父さん……、姉ちゃんの父ちゃんが使ってた部屋だって」

「ここに泊まればいいと思います! しばらく居てくれるんですよね?」

「ありがとう。お母さん達がいいなら、泊まらせてもらいたいな」

 お父さんの部屋! ドキドキするよ。物が少なくて、簡素な部屋だ。

 子供達は絶対いいって言うよと、楽しそう。いったん自分達の部屋へ戻った。


 私は適当に荷物を置いた。棚には本が数冊入っている。机の上は綺麗に整頓されていて、ノートが閉じたまま置かれていた。掃除してくれているようだけど、埃はさすがに払いきれないようだ。使っていない部屋だものね。

 クローゼットを開けてみると服はほとんど入っていなくて、戻らない覚悟で出て行った感じがする。ベッドも定期的にキレイにしてくれているのね。そのまま使えそうだけど、掛布団を窓の外ではたこうかな。

 ……少し待ってみたけど、気になる。足音を立てないよう慎重に、大人が集まってる部屋の扉の前まで行き、聞き耳を立てた。女性がすすり泣く声がする。

「そうなの……。二人とも、事故で……」

「ソフィアも巻き込まれたそうだ。元気にしているけど、それ以前の記憶がないと言っている。二人の話は聞かないようにしよう」


 なんだか居た堪れなくて、部屋へ戻った。お婆さんにしてみれば、ずっと連絡を待ってたんだもんね。マルちゃんは丸くなって尻尾をパタパタさせている。

 しばらく椅子に座ってボーッとしてたら、叔父さんが扉をノックした。

「ソフィア、お待たせ。話は済んだから、お袋に会ってくれるか?」

「はい。すぐ行きます」

 マルちゃんも狼姿のままで、のそっと付いてくる。部屋に入ると、お婆さんと奥さんの目が私に向けられた。

「貴女がソフィアなのね……」

 お婆さんは涙を拭ってあったのに、また目がウルウルとしている。白髪が多くて、体格も細い。心配を掛けたせいなのかな。

「初めまして、お婆さん。ソフィアです」

 お婆さんの皺が多い手の、指先が震えている。

「会いたかった……、もう会えないのかと諦めていたのよ……」

 ギュッと抱きしめられた。こういう時はどうしたらいいんだろう、何て声を掛けたら正解なの。解らないけど、つられて私まで涙が出てきちゃうよ。お婆さんの背中に手を添えて、痛くないように柔らかく抱きしめ返した。


「そう、召喚術の先生に」

「すごくいい人なんです。生徒も女の子だけで、交代で家事をしながら楽しく過ごしていました」

 皆は私が今までどうやって暮らしていたのかを、知りたがった。山奥での生活だったし面白い話もできないんだけど、頷きながら聞いてくれている。

 でもマルちゃんとの旅はすごい種族に会ったりしたし、どこまで話していいのかが難しいな。竜神族のキングゥと、地獄の王バアルの話はダメだよね。破壊の天使シムキエルも、刺激が強すぎるし。


 私が話題を選びながら語っていると、突然玄関をドンドンと叩く音が。男性が声を荒げる。

「いるんだろう! いい加減お嬢様の行方を教えろ!」

「……ソフィア、顔を見せるなよ。お袋達も出なくていい」

 叔父さんがゆっくりと立ち、険しい表情で玄関へ向かった。どうしよう。私も行った方がいいかな。考えていたら、お婆さんが腕を引っ張った。

「大丈夫、ちょっと騒いだら帰るから」

 お婆さんは不安そうにしながら、首を横に振る。とりあえず、まずは相手の出方を窺おう。


「何度来ても同じだ。こっちももう、便りもこなくなった」

「最後に頼りがあった場所でいいから、教えろと言ってるだろう!」

 叔父さんに怒鳴りつける男性。高圧的で嫌な感じ。

「今更……、何年前の話だと思ってるんだ。追い出すような真似をして、図々しいにも程がある!」

「そんなことを言って、お前達が匿っているんじゃないのか? 投獄して白状させることもできるんだぞ」

「貴様らに教えられる事なんて、一つもない!!」

 領主なんだから、その気になれば本当に派兵して捕らえに来るかも知れない。今までは去ってくれていたみたいだけど、これ以上放置するのは危険なんじゃ。


「マルちゃん、やっぱり私が話をした方がいいかも」

「そうだな。そろそろ本当に兵を連れて来るつもりだろう」

「ソフィア……」

 お婆さんと叔父さんの奥さんが、相手の強気な様子に怯えている。

「大丈夫です。解決して、もう来ないようにさせましょう!」

 こんないい人達を牢屋に入れさせたり、しないんだから!

 扉を開いて言い争っている玄関まで、ドシドシと歩く。


 大きく息を吸って。

「両親は亡くなりました! 私は娘のソフィアです。ここに来ても、無駄です!」

 精一杯の虚勢を張る。

「ソフィア、来るなと言ったのに……」

「娘……? 確かにその金茶の髪、緑色の瞳。同じだな」

 荒々しい発言をしていたのは、この執事の男性なのね。穏やかな人柄ではないらしい。後ろに護衛が数人と、魔導師らしきローブの人物も控えている。

「この家に迷惑を掛けるのは、やめて下さい!」

「……お前がアレを持っているのか? 龍の魔力が籠められた宝石を。アレは家を継ぐ女性が、代々受け継ぐものだと言うじゃないか。返さないか!」

 女性が家を継ぐの? そうか、女性がこの宝石を受け継ぐんだもんね。お嫁に行っちゃったら、どんどん違う家に流れてしまう。だから余計執拗に、手に入れようとしていたの!


 執事は私に手を伸ばしてきた。反射的に下がると、マルちゃんが騎士姿で前に歩み出る。

「この娘は俺の契約者だ。狼藉は許さん」

「何を……っ」

 いきり立つ執事の男性を、魔導師が青い顔をして肩を掴み、必死に止める。

「待つんだ、この方は爵位のある悪魔だ。戦える相手じゃない」

「……爵位のある悪魔!?」

 皆がマルちゃんを凝視している。マルちゃんはニヤッと笑うだけ。

「話し合いで済まそう。俺も面倒なのは嫌いだ。ソフィア、その宝石が欲しいというなら、くれてやれ。代わりの物を要求すればいい」


 ……あれ? マルちゃんってばせっかく優位になったと思ったのに、何を言い出すの!? 代わりって、バイロンとの繋がりのある宝石の、代わりなんてないのに!

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