第61話 形見の行方

「マルショシアスさん!?」

 形見を渡せというマルちゃんの発言に、叔父さんが目を丸くした。

「……くく、ははは! さすが悪魔。話が解るじゃないか!」

 執事は一瞬息を飲んだけど、フッと笑って安堵の表情を浮かべる。

 マルちゃんはお構いなしに話し合いを始めた。

「ソフィアは別に、当主になりたい訳ではないだろう。この宝石にそんな意味まであるなら、渡してしまった方が後腐れがない」

「そりゃ私は、貴族になりたいとは思わないけどさ……」

 納得できないけど、マルちゃんから見てもこうするしかないのかな。


「ふう……、これで安心だ。まずはその宝石を確認させてくれ、確かな物だったら相応の礼はする。約束しよう!」

「おいソフィア。ふてくされていないで、例のロケットを出せ」

 私は仕方なく服の下にしまってあった、ペンダントを取り出した。トップになっている形見のロケットに、彼らが欲しがる宝石が付いている。

 受け取った執事が手の平に乗せて披露すると、魔導師は食い入るようにジッと眺めた。ごくりと唾を飲みこむ。

「これが……、龍の魔力。強い魔力を感じます、確実にこれでしょう!」

 魔導師が高らかに宣言すると、彼らは口々に感嘆の声を漏らした。

「ついに、ついに手に入れたぞ! これでもう叱責されない」

「目的を果たせましたね」

 護衛の人達も喜んでいる。命令で仕方なく来ていたのかあ。


「間違いないようだな。では交渉に入ろう。そうだな、それの代わりになる宝石でも頂こうか。あとは、ソフィアの母親が使っていたものなんかも、あるといいな」

「解った、もっと大きな宝石のついた装飾品を用意しよう。あとは……、実はほとんど処分されてしまったんだ。使っていたもの……、魔導書はどうだ? 確か何冊か残っていたはず」

「いいだろう。ソフィアは魔法も使う、魔導書なら貰って損はない」

 マルちゃんは魔法の名前を聞いて、私が知らない魔法を持ってくるようにと伝えてくれた。これで交渉は終わり、後日改めて訪ねるという。私の形見のロケットはいったん返されて、品物を持ってきた時に改めて交換することになった。


「いいんですか、マルショシアスさん……」

 あんまり簡単に話が決まって、困惑する叔父さん。

「気にするな。これでお互い、いい結果になる」

「そうだけどぉ~……」

 勝手に話を進めちゃうんだから。釈然としないなあ。

「バイロン様を呼んでおけ」

「……お別れでも済ますの?」

 マルちゃんはこっそり耳打ちしてきて、私の問いには答えてくれなかった。もうこの宝石で呼ぶことはできなくなる。最後になるなら、会っておきたい。


 三人で部屋に戻り、ハラハラしながら待っていたお婆さんと奥さんに、経緯を説明した。謝ってくれる皆に、大丈夫だとマルちゃんが笑う。奥さんはせめて快適に過ごせるように腕を振るうからと、ご飯を作りに台所へ。

 部屋の空気は微妙。楽しめる話題で気を取り直してもらわなきゃ。必要以上に明るい声で、話し掛けてみたりする。


「……外へ出るぞ」

 しばらくして、マルちゃんが私の肩に手を置いた。私とマルちゃんは二人で相談があるからと告げて、家を出た。夕暮れ時で、オレンジの空が地平線の近くで紺色に染まる。人通りの少ない道を、二つの影が村外れへと向かった。

 どこからかはたを織る音が小さく聞こえてくる。下り坂の手前で、袖が広くて裾の長いコートを着たバイロンが、川の向こうから飛んで来るのが見えた。手を振ると、目の前にフワッと降り立つ。真っ白い長い髪が、風に靡いている。

 わりと近くにいたのかな、前回呼んだ時よりもよほど早い到着だよ。

「ソフィア、マルショシアス君。何かあったのかな?」

「あの、家族が見つかったんですけど……」

 この先はマルちゃんが説明してくれた。そして、宝石の話をしている。


「そうか……、私はソフィアに持っていて欲しい。ソフィア、あのロケットを出しなさい」

「はい」

 チェーンを引っ張って、ロケットを取り出す。私が両手で包み込むように持ったそれのすぐ上で、バイロンは何かすくうような仕草をした。別に受け取るわけでもなく、それだけだ。

「これでいいだろう。残しておいた魔力も、時とともに薄まる」

「ありがとうございます。すぐに魔力が消えるのでなければ、人間どもには解らないでしょう」

 バイロンとマルちゃんが頷き合っているんだけど。なに?

「今って、何かしたの?」

「……お前は解れよ」

 マルちゃんにまた呆れられた。だって、何もしてないよ!?


「つまりだね、ソフィア。この宝石に定着させた私の魔力を、剥がしたんだ。これにはもう私を呼び出す力はないし、残しておいた魔力も、数年も経てば完全に消えるだろう。すぐに消えると怪しまれるからね」

「そんなことも出来るんですか!?」

「そうだよ。君が代わりの宝石を受け取ったら、魔力を籠め直そう。またいつでも、私を呼べるからね。私の魔力を受けられる宝石なら、何でもいいんだよ」

 そうなの? こんな簡単なことだったの!?

 もう、最初から教えてくれれば良かったのに。マルちゃんの意地悪。

「お前もいっぱしの召喚術師なら、自分で気付け」

「解らないよ、こんなパターン初めてだもん!」

「ならば覚えたね」

 バイロンにまで笑われた。見通しのいい丘の上だから、遠くまで声が届きちゃいそうで恥ずかしいな。空では星が瞬き始める。


「これを渡すと約束したが、龍の魔力については言及されていない」

 堂々と言い放つマルちゃん。言い訳っぽいけど、確かにそうだもんね。これでいいのか。だからロケットとバイロンとの繋がり、どちらが大事か尋ねたのね。

「向こうには立派そうな魔導師がいたよ? 本当に気付かれないかな」

「魔力を籠めた者でなければ、他に移すなど簡単にはできない。よほど猜疑心が強いわけでもなければ、疑いもしないだろう」

 私の心配に、穏やかに答えてくれるバイロン。今まで一度も姿を現さなかったバイロンを、私が呼び出していたとは考えないか。バレちゃったら余計に問題になっちゃうから、口を滑らせないよう気を付けないと。


 マルちゃんが代わりになるアクセサリーを買うように勧めていたのは、この為だったんだ。買ってないから、またバイロンに来てもらって籠め直しを頼まなきゃいけないのね。二度手間だよ。素直に何か探しておけば良かったな。でも龍の魔力を受ける宝石……高そう。

 バイロンはまた後でと言い残し、去って行った。特に仕事や行く当てがあるわけじゃなくて、一緒にいる姿を誰かに目撃されたら良くないと思っているみたい。普通の人には簡単に龍神族だなんて見抜けないんだから、気にしなくていいのに。


 家に戻った私は、ここでまた母方の実家の人達の来訪を待たせてもらうことにした。早くても二、三日はかかりそうだ。その間、どうしようかな。

「この村に、ギルドかシャーレはありますか?」

 仕入れた品を確認しながら仕舞い直している、叔父さんに尋ねてみた。

「どっちもないんだ。依頼は村長が集めて、昨日泊まった宿がある町へ出しに行ってる。シャーレってのは、そこでも見掛けてないな」

 これじゃあ仕事を探せないね。子供と遊ぶだけじゃ申し訳ないし、被服関係のお仕事なんて、私には荷物持ちくらいしか手伝えないし。

「たしか村長さん、討伐の依頼を出しに行くって言ってたよ。ソフィアが危険な目に遭うのは嫌だけど、冒険者ならお仕事したいわねえ」

 お婆さんが躊躇いがちに教えてくれた。討伐なの、それならできるかも!


「ありがとうございます。まだ出しに行ってなかったら、受けられそうか話を聞いてみますね。無理はしないんで、安心してください」

「依頼は緊急でもない限り、町に用事のある奴がついでに持って行ってるんだ。多分まだ出してないだろうから、夜が明けたら聞きに行くよ」

 仕事は欲しいけど、いきなり村長さんのお宅訪問もし辛いよね。叔父さんが申し出てくれた。ありがたいので、お願いしておく。


 ご飯がまだなら、シャワーでも借りられないかな。言いだそうと思ったら、ニコルとニーナがバタバタとやって来た。

「ソフィア姉ちゃん、大人の話は終わったろ! ボクらと遊ぶ番だぞ」

「せっかくだし、三人で一緒に寝ましょう~」

 二人は私の手を取って、子供部屋へと連れていく。ありゃ、どっちの部屋かで言い争いを始めちゃった。マルちゃんはいつの間にやら狼姿で、後ろにいる。

「アンタ達、ソフィアちゃん困ってるでしょ。それよりご飯だから」

「はあい!」


 やったあ、食事の時間だ。焼いた川魚や、すごく小さなカニを殻ごと揚げたもの、具だくさんのパスタなんかがある。子供達は自分のジュースを注いで、私には奥さんが紅茶を淹れてくれた。

 なんか嬉しいな、家族でご飯だよ。頂きます!

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