第62話 蛇退治!

 結局お父さんが使っていた部屋に、ニーナとニコルが布団を持ち込んで、三人で並んで寝た。私はベッドを借りちゃった。マルちゃんはクッションに丸くなってるけど、ちょっと小さくて窮屈そう。

「ソフィアお姉ちゃん、他の国から来たんでしょ? どんな国?」

 姉で十一歳のニーナが尋ねる。

「森が多い国で、薬を作る人もたくさんいたよ。でもずっと召喚術の先生の庵がある、山の中で生活してた」

「冒険者なんだろ。姉ちゃんも討伐とかしたの!?」

 弟で九歳のニコルは興味津々に聞いてくる。討伐かあ。

「マルちゃんと、討伐の依頼を受けたよ! そういえば、猫の王国があったんだ。ケットシーっていう種族なんだけど、普通の猫と見分けが付かないの。立ったり喋ったりする猫なんだよ」

「猫の王国! 行ってみたいなあ。猫の王様もいるのかな」

 ニーナが興味を持って、猫の王国のことを知りたがった。私が行った王国は、残念だけど王様はいなかったよ。


 冒険者と一緒に戦った話や、シャーレやギルドでのこと。そんな話を、目を輝かせて聞いてくれている。食人種カンニバルとか、残酷な妖精レッドキャップとか、あんまり怖い話はしないようにして。ウルリクムミの討伐競争をした話は、面白いかな。

 静かになったと思ったら二人の寝息が聞こえてきたので、私も眠ることにした。

「失敗した話を、随分うまく避けるな」

「マルちゃんは聞いてなくていいよ」

 わざわざ恥をかくことはないじゃない。もう寝よっと。


 朝になると、二人は元気に挨拶してくれる。またまたおいしいご飯をご馳走になった。次は料理のお手伝いをすべきかも。ウッカリ寝過ごしちゃったなあ。

 叔父さんが村長さんのお宅へ依頼の話を聞きに行ってくれている間に、洗濯物を干す手伝いをした。先生のところは早い子だと十歳から住み込みの弟子になるから、子供の洗濯物を干すのは懐かしい気持ちになる。

 村に文字や計算を教えてくれる塾があって、子供達は午前中だけそこへ教わりに行っていた。


 お婆さんと奥さんと一緒に掃除をしていると、叔父さんが帰って来た。

「まだ依頼を出す前だったよ。西側の森で大蛇の目撃があってな、森で寝るとその大蛇に血を吸われるらしいんだ。村までは出て来ないし、殺されるって程でもない。俺達でも対処できそうだと思ったが、その蛇には翼があるんだと」

 翼のある蛇。龍ではないのね。飛べるからみんな警戒してるんだね。

「じゃあ、調査に行って来ます! 倒せなくても、マルちゃんならどんな蛇かとか、危険性とかを知ってると思います」

「頼んだよ。ただ、出るのは夜が多い。暗くなって森に入るのは怖くないか?」

 叔父さんが心配してくれる。夜の森は一際暗くて慣れていない人は移動も危険だし、動物の鳴き声や移動する音だけでも不安が増すから。


「暮らしていたのが山の中ですし、大丈夫だと思います! そんなにうっそうとした感じの森じゃないですよね」

 このウルガスラルグは、私が住んでいた国より木や森が少ないんだよね。今まで通ったところでも深い森なんてなかったし、怖くないよ。

「無理なら、逃げていいから。村長にも冒険者をしている姪っ子が帰っていて、調査してくれると言うし、数日待って欲しいと伝えた」

 倒せると思われてないね! まあいいか、とりあえず夕方になったら森へ向かおう。まだお昼前だし、何かしようっと。


 台所でちょうどお昼ご飯の支度を始めていたから、手伝った。野菜を切っただけなんだけど、お母さんと一緒に料理するのって、こんな感じかな。いつもより楽しい気がするね。

 午後になったらニーナとニコルも連れて、マルちゃんと川へ魚を獲りに。マルちゃんはバンバンと道具も使わずに手で魚を獲れる。バケツいっぱいの収獲で、喜ばれたよ。川辺の草地でサワガニを探していた子供達も、途中からマルちゃんの豪快な魚獲りに見入っていた。

 

 家に帰ったら早めに夕飯を食べて、森へ出掛ける。

「姉ちゃん、暗くなるのに外に出んの?」

 弟のニコルが、私を引き留めた。

「お仕事なんだ。マルちゃんも一緒だから、平気だよ」

「気をつけて下さいね。森で怪我をした人もいたから」

 心配そうな視線を向ける、姉のニーナ。きっとその人が、蛇に血を吸われたのね。

「冒険者だから、危険くらい冒さなきゃ!」

「危険を冒して生き延びる奴は、慎重に綿密な下調べや準備がしてあるか、余程の強運かのどちらかだ」

 マルちゃんは、そのどっちも私にはないって言いたいのね。くうう。今回はしっかり活躍して来よう。姉弟にカッコイイ土産話ができるように。


 杖を持って、護符の指輪もして。みんなもう家の中に入る時間。こういう田舎だと、飲み屋なんかに行く以外は夜に出歩いたりはしない。

 森は村の西側にある。森の中には獣人族の集落が一つあるそうだ。採取やキノコ採りでもなければ、人間はあんまり入らない森らしい。少し遠回りになるけど、外側の道を通れば森の先にある村へ行かれる。だから大蛇も、あんまり問題になってないのよね。

 とりあえず森の中央をへ向かう道を歩いてみた。葉の間から空が覗いているような木の密度で、道の周りは整備されていて歩きやすい。小動物がガサガサ移動する音はしているけど、蛇はまだ見つからない。寝ていると血を吸いに来るらしいし、どこかで眠ったフリでもした方がいいかな。


「マルちゃん、きっと普通にしてると姿を見せないよね」

「そうだな。もう少し見通しのいい場所があれば、休憩しておびき出す方向で考えよう」

 やっぱりマルちゃんも、寝たフリで誘うつもりだろう。草や藪がすごくて、地面が見えないような場所じゃ、簡単に隠れられちゃうよね。蛇だもの。

 辺りを見回しながらさらに奥を目指していたら、女性の悲鳴が響いてきた。

 まさか、蛇に襲われてる!?

「行くぞ!」

「うん」

 デコボコして走りやすい道じゃなかったけど、全力で叫び声がした方を目指す。そんなに遠くはない筈だ。


 前を急ぐマルちゃんについて行くと、女性が泣きながら足に噛みついた蛇を追い払っていた。兎みたいな耳で、背はあまり高くない。キュロットパンツを穿いたピンクの髪の兎人族だ。獣人族の集落があるって、兎人族だったのね。あまり戦闘能力のない種族だよ。

「痛い、あっち行って、しっし!!」

 怒鳴りながら必死に、持っている布袋を足より太い大蛇にぶつけている。あんまり痛くなさそう。それでも噛んでいた歯は離れた。

 蛇は翼を背に生やしていて、口の端を血が流れている。私達に気付くと身をくねらせて反対側へ逃げだした。

 隙間を縫うように進んでから、バサバサと翼を動かして。飛ぶつもりだ!


「大丈夫? 退治するから、隠れててね」

「人族!? 危ないよ、気を付けて!」

 悪いけど依頼だし、兎人族の女性を置いて空飛ぶ大蛇を私も追わなきゃ。

 兎人族の女の子は驚きながら、通り過ぎる私達を見守った。

 人の背より高いくらいの場所を大蛇が蛇行している。マルちゃんも飛んで、後ろを追い掛けた。でも相手は大蛇とはいえ狼ほどの大きさはないから、マルちゃんが通れないような木の幹の間をするりと抜けて、器用に逃げていく。

「ピフエチェニ。翼を持ち、血を吸う蛇だ。臆病で寝ている獲物しか狙わない」

 説明しながら飛ぶマルちゃん。ここだと魔法も、木が邪魔で当てるのは難しい。森って魔法使いは戦いにくいんだよね。


 マルちゃんが火を吹いたのを蛇はゆるりと躱すけど、羽の一部に当たって高度を落とす。飛び方も遅くなったし、これなら追い付けそう!

「ソフィア、コイツをこのまま下に落とすな! それこそ藪に隠れて探せなくなるぞ」

 おおっと、弱ったからって落ちたところを倒せばいいわけじゃなかった! 魔法、魔法……! 何を唱えたらいいかな。


「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ!」


 マルちゃんが私の詠唱を聞きながら、終わる頃に合わせて速度を上げ、何とか堪えて飛んでいる大蛇の羽に噛みついた。ピフエチェニはキュウウと鳴き声を上げ、ゆらゆら落下していく。


「ストームカッター!」


 そこに私が魔法を唱え、蛇の胴を切り裂いた。やった、上手くいった!

「慣れてきたな、ソフィア」

 マルちゃんが褒めてくれた。大蛇を見失わないように一緒に降りて、倒したことを確認している。この辺りは背の高い草も生えてるし、地面はことさら真っ暗だ。

「討伐部位を持って行った方がいいよね」

「羽でいいだろ。ちょうど取れかけている」

 片方の羽を千切って、持って帰る。途中で先程の兎人族の子の様子も確認したい。彼女は辺りをキョロキョロと警戒しつつ、こちらに移動して来ていた。

「あ、さっきの! もう倒しましたよ、大丈夫です」

「ホント!? ありがとう、皆困ってたの。すぐ逃げられちゃうし……」

「飛ぶ蛇って森の中だと特に、厄介ですね。私は冒険者をしてるんで、これもお仕事です!」

 もう堂々と名乗れるね!

「ところで怪我は大丈夫か。家の近くまで送ろうか」

 しまった、マルちゃんが紳士。私が言うべきセリフのような。


「大丈夫、集落は遠くないし、傷薬があるわ。今までも血を吸われた仲間がいたから、対処は慣れているよ!」

 森の棲む兎人族の方が被害に遭っていたのね。でも逃げるのが早くて、倒せなかった。うん、倒して良かった。

「蛇が出るのは知っていたろう。女一人で、暗くなるまで歩くな」

「……採取で歩き回って、気が付いたら日が暮れてたの。疲れて休んでいたら大蛇が出て来て、すごく怖かった」

 説明している間に、数人の声が耳に届いた。仲間が彼女を探しに来てくれたのね。じゃあここでお別れだ。

「私達は行くね」

「本当にありがとう、すごく助かったわ! お礼に予備の傷薬をあげるね。大したものがなくてゴメンね」

「ありがとう、気にしなくていいよ。依頼をこなしたから、お金が貰えるもん」

 せっかくだから傷薬を受け取り、笑顔で手を振って別れた。

 このお話を、子供達にしよう!


 ……と、意気込んで帰ったんだけど、二人はもう眠っていた。

 残念、また明日。

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