第63話 バイロンさん、いらっしゃい
「姉ちゃん、姉ちゃん! ご飯だぜ!」
「ふわ……、ニコルおはよう……」
朝食の支度を手伝うどころか、寝過ごしてしまった。着替えてから慌てて台所へ向かう。
「おはようございます。すみません、寝坊しました!」
「いいのよ、夕べはお疲れさま」
「姪が解決してくれたんだ、鼻が高いよ。代金を貰って来るからな」
笑顔で迎えてくれる、奥さん。叔父さんは席に座ってお茶を飲んでいる。そういえばギルドに依頼として出す前に討伐しちゃったから、ギルドの評価はつかないんだ。
「ソフィアは強いのねえ。すごいわねえ」
お婆さんがにこにこ笑ってる。まあいいか、褒めてくれるし。
「ソフィアお姉ちゃん、塾から帰って来たらお話を聞かせてね」
「もちろんだよ!」
ニーナは食器を出して、料理を運んでる。今度は私もやらなきゃ!
お掃除をして、お婆さんの肩を叩いて。
子供達が帰って来たら、討伐の話をしてあげる。貰った傷薬は、お土産としてあげた。私もちょっとした傷薬なら作れるもの。
大したことをしてないのに喜んでくれるし、楽しいな。穏やかに過ごして三日目の昼過ぎ、ついにお母さんの実家の人達が再びやって来た。
家の中に案内して、応接間でマルちゃんと一緒に対応する。
「さて、これは如何でしょう」
執事の男性が差し出したのは、大粒の翡翠を一粒、ピンクゴールドの台座に飾ったペンダントだった。ミルキーなグリーンで艶があって、キレイ。台座には小粒のダイヤも嵌められている。
「なかなかいい品だ。よし、ソフィア。アレを出せ」
「うん」
怪しまれないよう普通に、普通に。私はやっぱり少し寂しい気持ちもしながら、彼らが欲しがっているペンダントを外した。実際は本当に欲してる龍の魔力を剥がしてしまったから、違うんだけど。
「やった! ついに手に入れた……」
「魔力が溢れていますね」
魔導師も騙されている。さすがマルちゃん、すごい手を考えるよね。
他にもブレスレットと、約束していた魔導書を三冊ほど貰えた。そして最後は水色のハンカチ。草模様の刺繍が施してあって、男物みたい。
「ハンカチもですか?」
「このハンカチは、お前の母親が刺繍して大旦那様に渡したものだ。生涯大事に持っていらしたが、亡くなったからな。お前の手にあるべきだと思う」
執事の男性は、ハンカチを魔導書の上に置いた。
「駆け落ちした時に残された手紙と一緒に、置いてあったそうだ。手紙は大旦那様の棺に入れたよ」
とても丁寧に縫ってあって、別れを惜しんでいる感じがする。渡しながら家についての説明をしてくれた。
母の実家は、ファーナー伯爵家。私はこの家で生まれてたら、ソフィア・ファーナーになっていたのね。
母の父、つまり私のお爺さんで亡くなった大旦那様は、宮中伯として書記の仕事をしていた。多忙であまり領地には帰れなかったようだ。そこで、まだ少女だった母に親がいないのは可哀想だと、周りに説得されて再婚を決意。
母の為を思ったその行為が、母を苦しめることになってしまった。
ずっと後悔していたけれど、もともと口数の少ない人で、あまり心情を吐露することもないまま亡くなったと言う。
いろいろ話をしてくれてから、執事は護衛達を連れて帰って行った。
「私も本当は、親の遺品を奪うような真似はしたくないんだよ。しかし大奥様が癇癪持ちで、若旦那はハッキリしない性格だし、コレがないと本当に困ったんだ」
お詫びに、母の話を色々聞き集めてくれたみたい。あまり長く仕えている人じゃないというか、長年の人達は後妻である大奥様に耐えきれず、どんどん辞めているんだとか。
貴族の従者も大変だあ……。目的を果たして肩の力が抜けたのか、最初に目にしたような威張り散らした嫌な印象はもうなかった。
「よし、出掛けるぞ。おいソフィア、お前はバイロン様に魔力を籠め直してもらっておけよ」
「うん。用事でもあるの、マルちゃん」
「敵情視察だ。奴らを付けていく。家名も解ったから、見失っても屋敷を見つけられそうだな」
言いながら交渉の為に騎士姿になっていたマルちゃんが、狼の姿に変身する。
「今更お母さんの実家に行くの? 騎士の姿でも狼の姿でも、目立っちゃうと思うよ」
羽の生えた真っ黒い狼なんて、あんまりいないと思う。私の心配をよそに、すっかり行く気のマルちゃん。
「ちょうどいい小悪魔がいたろ。アイツの魔力を覚えてる、手伝わせよう」
「……あの子も目立つと思うよ……」
「どうしようもなかったら、魔物の襲撃ってことにして暴れて来るか」
「ダメだよ、討伐隊が出ちゃうから!」
よりによもって貴族相手だよ、追われる身になっちゃう……! 羽の生えた黒い狼。すぐ解っちゃいそう。
どこまでが本気なのか解らなかったけど、マルちゃんは出掛けてしまった。私はバイロンに魔力を籠めてもらわなきゃ。まだ明るいし、もう少し暗い時間になったらにしよう。
子供達はマルちゃんがいなくて、ちょっとガッカリしている。人気だなあ、マルちゃん。もふもふだからかな。中身は渋い男性なんだけど。
「ソフィア姉ちゃんでいいや。遊ぼうぜ」
私はマルちゃんの次点だった!
「ニコル! ごめんなさい、ソフィアお姉ちゃん」
ニーナが謝ってくれた。これは、二人を楽しませてポイントを稼がなければ!
そのあと追いかけっこをしたりボールで遊んだりしたんだけど、子供ってなんでこんなに元気なんだろう。私だけが脱落した。
しばらく寝転がってから、バイロンと会いに行く。姉弟が付いて来ようとするのを、断るのが大変だった。バイロンはこの前の場所の近くにいるから、そこまで行って大声で呼んだら来てくれたよ。
「お待たせしました」
「ソフィア。一人なのか?」
「マルちゃんは、私の実家の様子を見に行っちゃって……」
「ああ、マルショシアス君は真面目だね。魔力の件がすぐに露見しそうか、念の為に確認に行ってくれているのか」
敵情視察って言い方をしていたけど、目的はこれなんだ。そうだよね、バレたら今度こそ兵が乗り込んで来そうだもん。さすがマルちゃんだな。
「この宝石を使えますか?」
魔力を籠めてもらう為、代わりに貰った翡翠を渡す。
「いい宝石だね。これならやりやすい」
微笑を浮かべるバイロン。ちゃんといいものを選んでくれていたんだ。最初の様子だと、代わりとも呼べないような粗悪品でも渡されるかもって、ちょっと心配だったよ。
バイロンが宝石を握ると、魔力が色を帯びて指の間から立ちのぼった。
翡翠の艶が増して、キレイになった気がする。これでまたバイロンを呼べるんだね!
「ありがとうございます! 前のより、魔力が多い気がする」
「これの方が私の魔力と相性がいい。私は風の属性だから」
「私も風属性の魔法が得意です」
繋がりが出来たみたいで嬉しいな。翡翠って風属性にいいのか、覚えておこう。
「さて、マルショシアス君が不在なら、私がソフィアの護衛をしようかな」
……ん? 話がおかしな方向に流れているよ。一緒にいる所を見られないように、してくれてたんじゃないの?
そもそも冒険者は護衛を雇うんじゃなくて、する方なんだけどな。
「大丈夫です、家で待っているだけなんで」
「君の家を見てみたい」
もしかして泊まる気かな。こういう場合って、私がお客さんを連れて行っちゃって、平気なのかな。ただでさえ厄介になってるのに。いい人達だし、断られはしないだろうけど。
「……おうちの人に聞いてからですよ」
「迷惑にならないようにするよ」
バイロンは笑顔で私の後から付いてきた。
「それにしても、何処へ行っても歓迎されるから、困られるのも珍しい」
龍神族は人との繋がりが強い種族。昔は雨を降らせてとか、お願いされたらしい。バイロンは属性が違うから出来ないけど、水属性で川や海に関係する人もいて、そういう人が頼まれて雨を降らせたり、逆に怒ると洪水を起こしたりしたそうだ。
真っ白で長い髪のバイロンは、歩いていても目立つ。
帰るまでに数人とすれ違ったけど、珍しそうに眺められて、わざわざ振り返る人もいた。家に帰っても、突然の上品な訪問者にみんなビックリしている。
「あの~……、母方の遠い親戚で、バイロンさんです。私の様子を心配してくれて……。急で悪いんですけど、彼も泊まっていいですか?」
「は、はい。バイロン様ですね。大した持て成しも出来ませんが、宜しければどうぞ、ごゆっくりして下さい」
叔父さんがペコペコと頭を下げる。母方と紹介したので、貴族だと思ったんだろう。間違いでもない……のかな?
「お食事は、どうしましょう」
奥さんが慌てて顔を出した。マルちゃんが出掛けちゃったから用意してあった食材は余ってるんだけど、龍って同じものでいいのかしら。
「気にしないでいい。もし用意して頂けるのなら、粥や香の物などを好むのだが」
意外と質素な答えだった。奥さんもホッとしている。
「あらまあ。ソフィアが来てくれてから、いつもより賑やかで楽しいわね。バイロンさん、どうぞおあがりになって」
嬉しそうなお婆さん。バイロンは穏やかで雰囲気も優しいから、貴族だと勘違いしてもそんなに怖くないよね。まだ会うのが三回目って忘れちゃうくらい、付き合いやすいよ。みんな仲良くなれるといいな。
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