第64話 バイロンは心配性!?

 バイロンは客間に案内された。親戚やお客さんが来た時に、泊まる為の部屋。しばらく使っていなかったから、私と子供達でシーツを交換したりテーブルを拭いたり、部屋の準備をしている。

 奥さんはお婆さんとご飯の支度、叔父さんは仕事をしている。

「これでどうかな!」

 飽きてサボりながらだった弟のニコルが、堂々とバイロンに胸を張った。簡単にだけど、掃除できたよ。

「ありがとう、悪かったね」

「いえ、遠慮しないで下さい。私は姉のニーナです」

「姉ちゃんズルい! ニコルです!」

 全部済んでから、改めて姉弟が自己紹介をしている。人見知りは全然しないね。

「丁寧なあいさつ、ありがとう。私はバイロン。少しの間、世話になるよ」

「はわ~。都会の男性は、とってもキレイで上品……!」

 お礼を言われて有頂天になる、ニーナの気持ちも解るな。バイロンは素敵なんだよね。


 食事の時もバイロンの所作は品があって、姿と相まって本当に優雅。マルちゃんもマナーはしっかりしてるんだけど、やっぱり違うねえ。

「お口に合いますでしょうか……」

 奥さんが心配そうに尋ねると、バイロンは笑顔で答える。

「とても良い味だ。ありがとう」

「わああ、単なるお粥なのに。優しい……、紳士ってこういう人を言うのね」

 ウットリと眺めるニーナ。でもバイロンは遠慮とかじゃなくて、お粥が好物らしいから、きっと普通に嬉しいんだと思うよ。

 その日のニーナは、いつもより大人しくしていた。


 マルちゃんはいつ戻って来るかな。のんびりしていようと思っていたけど、そうもいかないよね。遊んでいるように思われちゃう!

 夕ご飯の後は私が食器を洗うお手伝いをして、子供達はバイロンにまとわりついていた。バイロンは子供好きなのかな、静かに頷いて二人の話を聞いている。

「バイロンさん、明日は何か予定があるんですか?」

 姉のニーナが質問している。それそれ、私も気になっていたの。

「特にはないな……、ソフィアの仕事を輔佐しようかと考えている」

「おおお、なんかカッコイー!」

 拳を握る弟のニコル。輔佐の意味が解ってないのでは。

 バイロンはどんな仕事を想定しているんだろう、期待外れにならないか心配だなあ。まだまだDランクの、下位の冒険者なんだもん。


「じゃあ明日は、ギルドに行ってみますか? ランクの制限があるんで、大きな仕事は受けられないですよ」

「ソフィア、仕事に大きいも小さいもないよ。自分に与えられた役目を、しっかりと果たしていくものだよ」

 ありゃ、むしろ諭されちゃった。

「ソフィア姉ちゃん、ダメだなあ~」

「うう……、これから立派になるもん」

 ニコルにからかわれた。バイロンは優しいけどマルちゃん以上に真面目だから、気を付けないといけないな。


 朝になると、村を出てギルドへ向かった。どうせだし南西にある、大きな町まで行くことにした。ウルガスラルグとルエラムス王国を繋ぐ二つの橋の内、前回通らなかった北側の橋が架かかる場所の近くにある町。賑やからしいよ。まず街道を南へ下り、大通りにぶつかったら西へ。看板もあるし、私でも迷わないね。

 定期運行の馬車は、この通りを進むのね。たくさん人が乗っていて、護衛まで付いている。危険な盗賊は倒したんだけど、警戒は続いているのかな。

「ソフィア、疲れないか? 私に乗らないか?」

「乗らないですよ。目立ちすぎます」

 真っ白い龍だもん。町から離れても、まだ目立つよ。

「そうか……残念だ」

 なんで落ち込むのかな。バイロンって、謎だなあ。


「竜の背中から落ちたことがあるんです。次があったら、死にそう……」

「竜? 私以外のドラゴンに乗ったのか?」

 どうもおかしな問い方だよね。どういう経緯で、とかじゃないんだ。

「キングゥ様という方が、乗せて下さいました」

「……黒竜の若頭、キングゥ殿か。彼と親しいのか? もしかして、彼に好意を……?」

「ありえないよ、怖いですもん! それに、キングゥ様は母上様一筋でしたよ」

 どうして急に不穏になるの!? もうホント、バイロンが理解出来ない!

「そうか……? ソフィアは可愛いから心配だ。何かあったら必ず私に相談するんだよ、いいね?」

「はあ……」


 どうもおかしな心配をしているような。身内って、こういうものなのかな。バイロンの表情は真剣で、だからこそ変な感じ。

「キングゥ殿の母であるティアマト様は、恐ろしい方だが秩序を重んじられる。彼が何を求めようが私が話をつけるから、安心して……」

 せつせつと語られるんだけど、バイロンの中ではどういう事態が起こっているんだろう……?

「いやあの、ティアマト様の事件で私が両親を亡くしたので、その罪滅ぼしらしいですよ」

「…………! なんだそうか。そうだね、ソフィアは嫁にやるにはまだ早い!」

 ……もう結婚している子もいる年だよ。どうしたバイロン。


 バイロンが謎の言動をしている内に、町の近くまで来ていた。人が多いし、馬車の出入りも頻繁だ。門では門番が立っているけど、検問などはしていない。近くに詰め所があって、出入りを見張っている。

 馬車は邪魔にならない場所で、乗っている人を確認していた。

 ここでもバイロンは目立っていたけど、特に止められることもなく町へ入れた。何かを警戒しているみたい。問題でもあったのかな。

 町は特に変わった様子もなく、賑わっている。隊商が多く利用するので、馬車を止める場所があちこちに用意されていて、皆で泊まれる広くて比較的安価な宿が多い。


 ギルドは町の中心部にあった。隣にはシャーレも建っている。

 何かお仕事はあるかな。期待してギルドの扉を開く。お昼近くなので、人はまばらだ。依頼ボードには予想より依頼札が残っている。

「……護衛のランクがBからになってるよ。討伐もランク高めだなあ。危険な場所なのかな」

 だから受けられる人が少なくて、依頼札が残っちゃうのね。バイロンに話し掛けたつもりが、近くの女性が答えてくれた。

「実はね、最近強盗が出るのよ。それも、竜みたいな人間みたいな、強い種族みたいで。領主様が確認中だから、全体的にランクは高めだよ」

「……竜人族が、強盗を?」

 女性の言葉を聞いたバイロンが、何か考えている様に顎に手を当てた。


「竜人族? 確認されてる獣人やリザートマンとは明らかに違っていたらしいけど、竜なんて付くような、そんなヤバそうな種族がいるの?」

「……存在する。この辺りを拠点とする竜人族ならば、スコルピア一家ではないかな。母親を中心にまとまっていて、まあ昔は人間を困らせたらしいが……」

 女系家族の竜人族かあ。さすが詳しいな。

「あの、そこの方! その竜人族という種族について、教えて頂けませんか!?」

 受付にいる男性が、こちらに呼びかけてきた。情報が欲しかったのね。バイロンは頷いて、ゆっくりと男性の方へ行く。

 付近に集まっていた人達が、さあっと道をあけた。バイロンの物腰を見て、わざと邪魔をする人はいないだろう。


「スコルピア一家ならば、総勢六人程度。多少の増減はあるかも知れない。男性は力が強く、女性は魔力に長けている。母親に服従していて、現在は人間と一線を画して生活していた筈だ」 

「今まで目撃例がなかったのは、人間と敢えて接触していなかったということでしょうか。となると、変化が起きて現れるようになったのか。強盗なんてするのは、お金が必要な理由が出来たとか……?」

「竜人族にお金が必要になるって、どういう事情かな」

 バイロンを見上げた。彼はそうだねと言って、じっくり考えている。 

「何らかの理由で食料や生活に必要な物がなくなったか、それとも薬でも買いたいのか……。彼らは大した薬は作れない」


「うーん……、目撃者の証言だと、切羽詰まった感じはしないですね。むしろ楽しそうだったとか」

 遊び感覚で強盗するような、そんな危険な種族なの? 周りでバイロンの話を一緒に聞いていた人が、うんうんと頷く。

「一騎打ちでもするみたいに名乗って、なんだか怖かったらしい」

「金を置いて逃げると、追われないと聞いたぞ」

「男の二人組だったって、会った奴が言ってた」

 直接遭遇した人はここにはいなくて、あくまで噂話の域を出ない。

 

「私が事情を聞いてもいいのだが……」

「どこに現れるかは、解りません。被害はまだ数件で、死者は出てませんね」

 神出鬼没なのね。だから入り口で警戒していたんだ。村に帰ったら、知らせた方がいいな。職員はまだバイロンに相談しているけど、私は再び依頼ボードを確認に行った。討伐以外なら受けられるのはあるかな。

「あ、ちょうどいいのがある。ヤノッカ村へ手紙の配達!」

 村に戻るだけだよ。楽勝だね!

 これを引き受けて、話が終わったバイロンと一緒にギルドを後にした。

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