第59話 気を付けよう 馬車も急には 止まれない

「マルちゃん、お父さんの実家ってどんなかなあ」

 宿の部屋で、私は狼姿のマルちゃんに話し掛けた。

「歓迎されているみたいだし良かったな。その宝石が狙われるのは、龍の魔力が宿っていると気付いたなら当然だ。龍神族の魔力の宿ったアイテムなんぞ、そうそうあるもんじゃない」

 そうなんだよね。バイロンってスゴイ人みたいなんだよね。地獄の王が攻めてきても調停してくれちゃうんだもん、どの国のどんな立場の人でも欲しがりそう。

「……私にとって、大事な形見なんだ……。できれば持っていたいな」

 ロケットを握った。渡したくないんだけど、それだとずっと、お父さんの実家は嫌がらせをされちゃうのかな……。


「お前に大事なのは、そのロケット自体か? それともバイロン様との繋がりか?」

「両方だよ。どっちかと言えば、……バイロンかな? なんていうか、家族みたいな感じがするし」

 すごく優しい目で私を見つめてくれたことが、嬉しかった。この二つって、切り離せないよね。比べてもどうしようもない気がするんだけど。

「ほうほう」

 マルちゃんは私の返事を聞くと、半笑いで頷いてごろんと丸くなった。もう寝ちゃうみたい。私も早く寝よう。寝不足で、実家でおかしな失敗をしないように。

 とはいえ、明かりを消してもなかなか寝付けなかった。

 すごくドキドキしてる。初めて会う家族! 今までみんなが家に帰る時も、私には帰る場所も迎えてくれる人もいなくて、すごく寂しかったんだ。


 朝日がいつもより、まぶしく感じる。やっぱり寝不足かも。マルちゃんが大きな欠伸をした。うーん、悪魔って人間より寝なくていいんじゃなかったっけ……?

 朝食は冒険者の二人も一緒。叔父さんは彼らを気に入ったみたい。強かったし、しっかりしていて頼もしかったもんね。

「次は指名させてもらうよ」

「ありがとうございます! 指名が増えるのも、ランクアップに近づくんですよ。嬉しいなあ」

「ソフィアさん達が居たら、俺達必要ないみたいでしたけどね」

「マルちゃんだけで十分で、私もいらなくなっちゃいますよ」

 みんなが笑うけど、マルちゃんはお前もしっかりしろよって顔をしている。

 指名の数もランクアップに関係するんだね。なるほど、家を持ってるわけじゃないのに拠点を決めて仕事をする人がけっこういるのは、名前を覚えてもらって指名をもらう為かな。


「じゃあ俺達はここまでだな。色々ありそうだけど、気を付けてな」

「助かったよ。君達もね」

 食事を終えた冒険者達は、このあとギルドへ次の仕事を探しに行く。叔父さんが手を振って見送っている。私はまだご飯を食べ終わっていないから、急がないと。みんな食べるの早いね!

「急がなくていいよ、ソフィア。どうせ昼前には家に着く」

「ふぁい」

 食べながら返事をしたから、うまく発音できなかったよ。

「聞いておくが、その宝石を欲しがっている奴らは家まで来るのか?」

 既に食べ終わっていて、暇そうにしていたマルちゃんが尋ねる。

「……ああ、何度か魔導師や護衛を連れた、執事を寄越してきた。魔導師はちゃんと魔力が宿っているものか、確認する役目だろうな」

「じゃあ誤魔化しは効かんな」

 これに似ている偽物を作って、渡す手もあるかと思ったんだけど。でも魔導師じゃ、きっと騙せないね。困ったなあ……。


 食事が終わると、宿をチェックアウトする。叔父さんが全部払ってくれた。お店は傾いたって話だったけど、今は再び軌道に乗っているのかな。

「好きな宝石のついたアクセサリーでも買え。それの代わりになるヤツだ」

「……マルちゃんってば、奪われちゃうのが前提なの? 守ってやる~みたいなのは、ないの?」

 私が口を尖らせると、マルちゃんはため息をついた。いつも無駄遣いに苦言を呈するのはマルちゃんなのに、高価な買い物を勧めるとは。

「お前はずっと実家にいるわけじゃないだろう? 貴族と揉めると、住めなくなるぞ。騒動を大きくするな、お前の視点には今しかない。未来の危険を考えろ」

「……気遣ってくれるのはありがたいけど、大事なものをあの後妻にやりたくないな。極力見付からないようにな」

 叔父さんは私が持っていた方がいいって言ってくれるんだけど、逆に悪い気がしちゃうね……。これさえ渡せば、もう嫌がらせはされなくなるのかな。

 アクセサリーは買うことなく、荷馬車に乗り込んだ。


 小さな町なので、少し走ったらもう商店街が終わる。民家がぽつりぽつりと建ち並び、籠を頭に乗せた行商人が道の端を歩き、子供達が広場で遊んでいる。

「うわっっ!」

 突然叔父さんが手綱をギュッと引っ張り、馬が嘶いて前脚を高く上げる。

 子供が飛び出してきた!

 気付いた人が悲鳴を上げ、逃げろと叫ぶ。男性が走って来るけど、もう間に合わない。子供はちょうど、馬のすぐ目の前。私は思わず目を瞑った。


「馬の前に飛び出す奴があるか!」

 怒鳴る声にそっと目をあけると、道の脇に黒い人影が。マルちゃんが本来の姿になって、低い姿勢で片手を地面に着き、もう片手には子供を抱えていた。

 良かった、助かった……。

 子供を立たせるけど、怯えていて動けない。年の頃は十歳くらいだろうか。

「ぼっちゃん、大丈夫ですか!? ああ、ありがとうございます……!」

 この子を追い掛けて助けようとしていた男性が、慌ててマルちゃんの方へ行く。

「護衛か? 気を付けろ」

「申し訳ありません、一人で歩きたいと駆け回られてしまって……」

 護衛から逃げようとしちゃったのね。子供は茫然としてマルちゃんを見上げた。

「……助けて下さって、ありがとうございます」

 何とか絞り出して、それだけ口にする。まだ怖いみたいで声が震えていた。

「おう。護衛をまくんじゃない、奴らも仕事だ」

「は、はい」

 マルちゃんに素直に頷く。男の子は髪が肩くらいで、上質なシャツを着ている。護衛も一人じゃないみたい、他にも人が集まってきた。かなりいい所の子なんだろう。馬車で撥ねたりしたら、大変な問題になったかも。


「ありがとうございました、騎士様」

 叔父さんが御者台から降りて馬を宥めながら、お礼を言っている。マルちゃんのこの姿を知らなかったね。

「……あ~、俺だ。マルショシアス。こっちが本当の姿なんだよ。さて、出発するか」

「え? マルちゃんさん?」

 叔父さんは目を丸くしている。

「お礼を、お助け頂いてこのままというわけにはいきません」

 護衛が慌ててマルちゃんに訴えた。

「必要ない。そもそもこちらの荷馬車だ、失礼した」

「いえ、馬車の前に飛び出す方が悪いのです。しっかりと言い聞かせておきますので」

 真面目な人なのね。しっかりと謝罪してくれて、お礼をすると言っていたんだけど、結局そのまま別れた。


 今度こそ実家のある村へ向かうよ。実家は私の母方である伯爵家が所有する領地の、外れにある。あちらではもうあまり商売は出来ないので、こっちに来ることが多いんだとか。

「なら、家もあの町にしたらいいんじゃないんですか?」

「そうしてもいいかもな。お袋が、兄貴達が帰って来た時に、家の場所が変わると解らなくなるからって、かたくなに譲らなかったんだ。なんせ兄貴達は馬車で移動する暮らしだったから、こちらから連絡する手段もなかった。もう、大丈夫だな」

 私達の為だったの! ありがたいなあ。でも色々大変みたいだもんね。平和に過ごせるようになるといいなあ。


□□□□□□□□(視点が変わります)


 荷馬車の馬の前に坊ちゃんが飛び出して行ったのを目にした時は、心臓が止まるかと思った……。責任を取って自害までは浮かんだ。

 誰も間に合わない絶望的な状況で、何処から出て来たのか黒い騎士が坊ちゃんを救出してくれたのだ! 本当にありがたい。我々の命の恩人だ。しかもお礼を受け取ろうともしない、怖い感じだが謙虚な方だ。彼が言葉少なに諭すと、さすがの坊ちゃんも素直に頷く。何故とも何の為にとも聞かない。いつもこんなに素直ならなあ。


「狼が人間になるんだね」

「は? 狼?」

 荷馬車が見えなくなった頃、坊ちゃんが呟いた。狼なんていたかな。

「あの騎士さん、最初は狼だったよ」

「……狼? 悪魔か、それとも人間に擬態する魔物? もしかしたら、あの二人のどちらかが契約していた……!?」

 これはもしかして、有能な人物を見落としていたのか?

「何かあったの?」

 侍女や護衛を連れて、奥様が姿を現した。ちょっとした騒ぎになっていたから、様子を見にいらっしゃったようだ。用事はお済なのだろうか。


「申し訳ありません、坊ちゃんを危険に晒すことになりました。騎士姿の方が助けて下さいまして」

 私は素直に状況を説明した。奥様は話を聞くうちに、眉根を寄せていく。

「あれほど気をつけなさいと言ったでしょう! 彼らを困らせるなら、もう連れて来ませんよ!」

「母上、申し訳ありません」

 素直に謝る坊ちゃん。それしかないよな。

「あの子のことだけで手一杯なのよ、貴方まで心配を掛けないで頂戴……!」

 奥様は坊ちゃんをギュッと抱きしめた。


 我々はお嬢様の為の薬を探している。この町に爵位を譲られた前公爵さまが滞在されていて、入手できないか相談に来たんだ。

「奥様、如何でしたか?」

 私の問いに、ゆっくりと首を横に振る。

「……お持ちではいらっしゃらなかったわ。国が管理している物を買い取ることはできないかと相談もしたのだけど、命に関わるわけでもないから諦めろと仰られて……」

 やはり断られてしまわれた。親しい間柄でもなく、藁をも掴む思いで訪ねたけれど、簡単には運ばないな。我が国では熟達した職人があまりいないのだ。

 四大回復アイテムに含まれる薬だから、伝手が無ければ探すのは難しいし、金額も高価。お辛いだろうけれど、社交界に出てもらって貴族から情報を集め、我々は外国まで行くことにすべきだな。商業ギルドにも頼っているが、入手できていない。


 他の貴族から紹介された商人に、効果の薄いものを掴まされたこともあった。頼る相手を選ばなければならない。世知辛いもんだ。

「やっぱり罰が当たったのよ……。あの方が苦しんでいるのに私は親身にならず、駆け落ち騒ぎにまで発展してしまって。あんなに悩んでいらした友達を見捨てた……」

「奥様、それはもうずいぶん昔の話でしょう。あの頃少女だった奥様に、助けることはできませんでした。それはお相手のお嬢様も、理解されていますよ」

 頬に涙を一筋流す奥様を慰めようとしても、言葉が滑るだけだ。ご自身が納得されなければ意味がない。継母に虐められていた年上のお友達に力添えできなかったと、未だに後悔されている。その女性はまだ、生死すら解らない。


「母上、辛いんですか? ごめんなさい、僕もう悪戯しないから。泣かないでください」

 坊ちゃまが奥様の頭を撫でた。

「……ありがとう。弱気になって、ごめんなさいね……」

 奥様は弱々しい笑顔を作った。ご両親が姉君に掛かりっきりになってお寂しいのも、坊ちゃまの我がままの原因だろう。

 なんとしても、薬を手に入れねば。

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