第58話 父と母の事情

 道はちょっとデコボコしている。時折車輪を弾ませながら、荷馬車は進んで行く。

「ところで君の名前は?」

 御者台に座る商人の男性に尋ねられた。そういえば名乗っていないわ。

「ソフィアと言います。冒険者でDランクです」

「ソフィア!?」

「はい!?」

 手綱を掴む男性は、驚いたように私の方へ振り返る。私もビックリして、即座に返事をした。

「……いや、知っている子の名前と一緒だったから」

 慌てて首を横に振り、弁解してくる。これは、聞いてみる価値がありそう!

「あの、もしかして二十年くらい前に貴族の女性と駆け落ちをした男性に、心当たりがありますか?」

「…………っ!」

 聞き方が悪かったかな。男性は顔を顰めた。答えずに視線を再び道の先へ向ける。


「えと、私の父と母が駆け落ちして、行商をしていたみたいなんです。私は両親の実家を探していまして」

 穏便に進むように、言葉を選ばなきゃ。怒らせたら話が聞けなくなっちゃう。

「……やっぱり、ソフィアか? 兄貴の娘の」

 当たりかも! 本当にこの人かも!

「実は両親は、私が八歳の時に事故で亡くなってしまって。私も巻き込まれたのですが、怪我もなく助かりました。……でもそれ以前の記憶が、全くないんです。だから、どこまで本当かは解らないし、確かめようもないんですが……」

 それらしい話を手繰たぐってここまで来たけど、本当にそれが私の両親かと確認されたら、自信はないんだよね……。


「亡くなった……」

 男性はしばらく言葉を発しなかった。彼にとっては、自分の兄を亡くしたことになる。何か考えているようで、沈黙が続いた。

「両親を知っている人に聞いた話なんかを頼りに、ここまで来たんです」

「……そうだ、何か宝石のついたアクセサリーを持っていないか?」

 形見のロケットがついたペンダントがあるよ。

 私はそれを服の下から出して、相手に渡した。大きな手の中で銀に光る。男性は表と裏を確認して、中を開く。外側には宝石と模様があるけど、中には何もないんだ。


「この羽根の模様……、お嬢様の家の家紋だ。間違いない、ソフィア。お前は俺の兄貴の娘だ!」

「この模様って、意味があったんですか!?」

 なんだ、最初から模様を紙に書き写して、これを知らないですかって聞いてれば良かったの! ウッカリしてたなあ。

「気付いてなかったのか。それで良かったかも知れないな、あの家には近づかない方がいい」

 そうだっけ、意地悪をされていたのね。先に出会えて良かった。事情を教えてもらえたら、訪ねるかどうかは自分で判断しよう。できれば死亡した事くらいは、伝えたいし。

 マルちゃんにも話は聞こえているかな?


「どうして近づかない方がいいんですか?」

「……ヤツら、駆け落ち騒ぎで家の品格が汚されたって、商売の邪魔をしやがった。しかも最近になって、またちょっかいを掛けてくるようになったんだ。なんでも龍の魔力を宿した宝石があるはずだ、とか何とか……。もし心当たりがあったら、絶対に見つからないようにしないとダメだ。取り上げられるぞ」

 狙われているのは、このペンダントなの!? 付いている宝石が小さいので、叔父さんはこれだとは思わなかったみたい。このことで迷惑を掛けていたなんて……。

「ずっと放置していたんですよね。なんで今頃……?」

「……旦那様……、要するにお前のお爺さんが亡くなったんだ。それで部屋を片付けた時に記録を見つけて、気付いたらしい。あの家の女性が代々受け継ぐもので、ソフィアが持っているのが正しいんだ」


「……? じゃあ、これを狙っている人は誰なんですか?」

 お母さんのお父さんが亡くなって、これに龍の魔力が宿っていると知った。お母さんの兄弟とか?

「駆け落ちの原因になった、旦那様の再婚相手だよ。つまり、お前のお母さんの継母。あの女は旦那様が仕事であまり家にいないのをいいことに、お嬢様……、いや、お前のお母さんに辛く当たってな。そのうえ嫌な男を結婚相手に決めようとしたから、見兼ねた兄貴と駆け落ちしたんだ。二人は身分が違うから、惹かれあっていても手すら握らないような間柄だった」

 すごくロマンティック! 小説みたいな展開だ。なるほど、それで駆け落ちに。


「……できればお袋に、顔を見せてやって欲しい。お袋は兄貴から送られた、お前が六歳の時の似顔絵を今でも大事に持っているんだ。たまに取り出しては、“あの子達はどうしてるのかしら、ソフィアは大きくなったのかしら”と、絵に話し掛けている。ずっと連絡を待っているよ」

 なんか泣きそう。まさかそんなに思っていてくれたなんて。お父さんのお母さんだから、私のお婆ちゃんだよね。お父さんは手紙で私のことを、知らせてくれていたんだ。他国に行ったから、けっこうな金額がかかったと思う。

「……ご迷惑でなければ、会いたいです。何も覚えてなくて、申し訳ないんですけど……」

 両親の話を聞かれると困るなあ。

「そんなの関係あるか。ここまでわざわざ探しに来てくれたんだぞ。……両親を亡くしたんなら、苦労したろうなあ。お前だけでも生きていてくれて、ありがとう」

 うわあ、涙が溢れてくる。目頭が熱い。

 しばらく涙が止まらなくて、馬車に吹き付ける風を頬に冷たく感じた。


 しんみりしている内に、まずは途中の町に到着。町の入口付近で小悪魔が兵達と待機してくれている。

「あ、来ました! 御一行様ご到着~!」

 やっぱり明るい。盗賊達を荷馬車から降ろすと、待ち構えていた兵達がすぐに両側に付いた。そのまま連行され、私達は報酬を貰えた。

「おおお~、嬉しいね」

 冒険者達も喜んでいる。さて、ちょっと休んだらすぐに出発だ。予定より遅れてるしね。村で商品を受け取ってから、宿をとる予定なんだって。私は飲み物を買って、御者台に戻った。


「それにしても、立派になったなあ。盗賊退治をして、あんな大きな鳥の魔物もやっつけるんだもんなあ!」

「いやあの、アハハ。契約してるマルちゃんのおかげなんです。召喚術を学んでいて」

 お父さんの弟、私の叔父さんは感心してくれている。マルちゃんのお陰だから、褒めらえると恥ずかしいな。そして私がどう過ごしてきたのかを聞こうとして、途中でやめる。家に帰ったらお袋と一緒に話を聞きたいと、はにかんだ笑顔を見せた。


 次の目的地はヤノッカ村。予定より遅れているから少し急がないと。村には宿泊施設はないらしい。平原に大きくカーブを描く道を進んで、緩やか傾斜を下った先に村はあった。村の向こうには川が流れていて、傾斜は農地になっていて、果樹が植えてある。歩くの大変そうだなあ。大きな籠を背負った人が、ゆっくり村の方へ歩いていた。

 荷馬車は村に着くと、迷いなく一軒の家へと進んだ。冒険者達に荷馬車を託し、叔父さんは玄関の前に立って、声を掛ける。

「こんにちは~!」

「はいはい、お待ちしていましたよ」


 すぐに優しそうな女性が出て来た。女性が中に向かって叔父さんの到着を伝えると、職人達が布を持って来て、荷馬車に運び入れてくれる。どうやらここでは織物を作っているのね。繊細で光沢のある綺麗な生地だ。これは人気がありそう。

 積み込みの間に支払いを済ませ、持って来た頼まれものを渡す。

 もう三軒ほど回って商品を受け取り、この村での取引は終わり。次回の約束をして、すぐに村を発った。

 坂を上って西へ移動し、近くの町でまず一部の商品を卸して、一泊する。明日はついに家を目指すよ。冒険者達は今回ここまでの契約。町から家のある所までは、危険が少ないしもう遠くないみたい。

 お父さんの家族かあ……ドキドキするなあ。叔父さんの子供もいるというから、仲良くできるといいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る