第57話 鳥と盗賊と、小悪魔ちゃんと
「お前は馬車に知らせろ」
「はいさっ!」
マルちゃんに命令されて、女の子の小悪魔が馬車へと急降下する。二人の冒険者が気付いて振り仰ぎ、巨大な鳥と、羽の生えた黒い狼であるマルちゃんの姿を見つけて驚いていた。
「おい、小悪魔だけじゃない。デカい鳥と獣までいる!」
「しばらく何もない。ついてないね、自分らで対応しないと」
「待って待って、私、軍所属のかわいい小悪魔ちゃんよ!」
武器を構えた冒険者達に、大声で告げる小悪魔。
「軍?」
御者が顔を出し、馬車を止める。スイッと、その脇に降りた。
「そうそう、ただいまお仕事で調査中です。あの巨鳥は危険な
か、軽いな。盗賊が隠れている方に顔を向けて、披露するように手を伸ばす。ポニーテールが揺れた。
「……しまった。知らせ方を指示するべきだった。堂々とし過ぎだ、居場所を知らせたら盗賊がすぐに襲ってくるぞ」
マルちゃんが舌打ちしている。巨大な鳥の魔物、ヌガニ=ヴァツはどうしよう。冒険者は盗賊の相手で手一杯になるし、私達が倒した方がいいんだけど、マルちゃんに乗ってる私が邪魔なんだよね……!
「私は降りた方がいいかな」
「……まずはお前の魔法で攻撃しろ。風属性の魔物だ、ファイアーボールを使え。近づくからな、確実に当てろよ!」
「了解!」
ヌガニ=ヴァツに向かってマルちゃんが火の玉を飛ばすと、魔物は大きく旋回して避ける。これでいったん狙いは、こちらへ移った。
「キィアアアァ!」
離れた場所で大きな翼をバサバサと羽ばたかせ、突風を作るヌガニ=ヴァツ。マルちゃんが首を巡らせながら炎を長く吐き、扇状に広げて風と衝突させ、魔物の作る風を防いでいる。
地上では盗賊が矢を放ち、冒険者は魔法使いを庇いながら、反撃のタイミングを窺っていた。小悪魔は御者を守ってくれている。
「火よ膨れ上がれ、丸く丸く、日輪の如く! 球体となりて跳ねて進め」
風と火が収まるのを待ちながら、言われた通り詠唱した。マルちゃんは一気に進み、ヌガニ=ヴァツに近づく。足に人間を捕まえて飛べそうな、大きな鳥だ。これに当てられなかったら、かなり怒られるね……!
赤い炎の幕が消えた。今だ!
「ファイアーボール!」
敵の正面からマルちゃんが逸れる瞬間を狙い、魔法を発動させる。
「ギキュイイィ!!」
火の玉が巨鳥の腹に当たり、首を大きく振って悲鳴を上げている。ヌガニ=ヴァツは高度を上げ、私達から離れて行った。
「よし、やったなソフィア。とりあえずはこれでいい、次は馬車を掩護する」
「うん、行こう!」
下では盗賊が木の影から躍り出て、馬車を襲いかかるところだ。
冒険者の魔法使いが魔法を唱えて、杖を盗賊達に向ける。
「吐息よ固まり、
杖から氷の礫が幾つも出て、盗賊達にガンガンとぶつかる。すごい、複数に効果のある攻撃魔法だ。ランクが上の冒険者なのかしら。
敵は腕で顔を隠し、慌てて身を守っている。怪我はさせられるけど、倒せるほどの力はないみたい。でも動きは完全に止まった。
「プロテクション!」
盗賊側の魔法使いも一足遅れたけど、魔法と攻撃を防ぐ防御魔法を唱えた。透明な壁に阻まれ、氷の礫は弾かれて地面に落ちる。
「おいソフィア、俺の言う言葉を繰り返せ。アイツの魔法を借りる気でな、自分の魔力と結合させるんだ。魔法が収束しちまう、急げよ」
「難しいことを言うなあ……」
魔法を唱え終わりそうな男性の斜め後ろの地面に着いてから、マルちゃんから降りた。魔法使いを守るように立っている冒険者が、警戒する視線をこちらに向けた。突然現れたんだもの、仕方ないよね。
気にしていられないよ。前に町で買った魔法制御の効果もある、スモーキークォーツの指輪を向けて。
「欠片、集まりて一つになる。結合せよ、大いなる
礫が全て終わったと思ったら、巨大な氷の塊が出来て、これが勢いよく盗賊達に向かう。バリンとプロテクションの壁を一気に破壊し、先頭にいた槍を持った男に激突した。男はそのまま倒れて起き上がれない。
「これは……、私の魔法を使った追加詠唱か!」
魔法使いはバッと私を振り返った。魔法の後に詠唱を加えて別の効果を出すのが、追加詠唱だよ。
すかさずもう一人の剣を持った冒険者が、怯んだ盗賊達に向けて一気に駆け出す。マルちゃんもその脇をサッと走る。
「味方だったのか、助かる! 左右に分かれよう、解るか?」
「解る」
「喋れるのか、それはいいな! 魔法使いを早く倒そう」
「俺は弓兵を討つ」
会話が終了するとともに、マルちゃんと冒険者は左右に分かれて一番近くの敵に攻撃を加える。冒険者の剣が敵の槍を叩き折って、水平に構え横から斬る。続いて近くにいた別の男と切り結んだ。
マルちゃんはこちらに向かおうとした盗賊の斧をヒョイと避けて肩に噛みつき、背中を足で蹴って倒した。そのまま跳んで炎を吐きながら、木の後ろで弓を構える敵を目指す。
二人とも素早い。私と小悪魔は、荷馬車の前で警戒に当たる。冒険者の魔法使いはその前に立ち、防御や回復が必要な時の為に備えていた。
「冒険者も強いわねえ」
感心している小悪魔。この子はあんまり戦えないみたいね。
「私達は今はCランクだけど、そろそろランクアップできそうだって言われているからね。アイツも剣の腕なら、同じCランクの奴には負けないよ」
腕に自信のある人達なのね。
マルちゃんは放たれた矢を避けて跳びかかり、弓を口に銜えて男から奪って投げ捨てた。弓の男性はしゃがみ込んで、すっかり戦意を喪失している。
盗賊の魔法使いは頭目らしき男性と一緒に、既に逃げだしていた。
「……二人とも、来たよ!」
小悪魔が上空を見た。戻ってきたヌガニ=ヴァツだ!
鳥は上空でバタバタと羽根を動かし、キイイィと天に向かって大きく鳴いた。
そうだ、風の攻撃が来るんだっけ! 魔法防御でいいの!?
「逆巻く仇の風、ここより出でて我に向かう一切を遠ざけよ。恐れと
暴風が巨鳥の羽ばたきから起こり、地上を襲う。魔法に類するみたいで、風の壁で防ぐことが出来た。息つく間もなく、今度は鳥本体が襲ってくる。この魔法だと物理は全然防げない!
「プロテクション!」
焦っていると冒険者の魔法使いが、物理と魔法を両方防げる防御魔法を唱えてくれた。薄い壁にヌガニ=ヴァツの大きな体がぶつかって、バアンと音が周囲に響く。巨鳥はそのまま弾かれて前へ進み、盗賊の一人にぶつかった。
「どうわあぁあ!」
戻って来たマルちゃんはヌガニ=ヴァツとの衝突の勢いで転がる男性を無視して、そのまま鳥に前足でマルちゃんキックを加える。鳥の魔物は地面に叩き付けられ、こちらに土煙をあげてザザッと滑った。
「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ! ストームカッター!」
私は風属性の攻撃魔法を唱えた。
間髪を入れずに風の刃が飛んで行き、巨大な鳥の魔物を切り刻む。翼が切れたから、これでもう飛べないね。マルちゃんが首を噛んでとどめを刺した。
逃げ出していた首領は冒険者の男性が気絶させて、襟を掴み引き摺って戻ってきた。魔法使いに剣を向け、こちらは自分で歩かせている。
「よし、抵抗するなよ。ちょうどいい、縛って荷馬車に突っ込ませてもらおう」
冒険者達は荷馬車からロープを取り出し、手際よく盗賊を縛り始めた。小悪魔も手伝う。御者台に居た人が降りて来て、荷台に入って盗賊を乗せる為に整理を始めた。これから商品の受け取りに行くので物はあまりなく、調味料や仕事の道具など、取引相手が欲しがっている品を入れた箱が、三つほど乗っているだけだった。
マルちゃんはヌガニ=ヴァツの体を引き裂いて、体内から石を取り出している。そこに盗賊達を荷馬車に乗せ終えて、剣を持った冒険者がやってきた。
「助かったよ、俺達だけだと両方は防げなかった」
「まあ行きがかり上な。で、アレクトリアの石だ。どう分ける?」
魔物の核の代わりにあったのね。これはお金になるのかな。
「そちらで換金するなり、好きにしてくれ。俺達には護衛代が入るし。盗賊退治の報酬も山分けしよう」
「ありがとうございます」
やった、思わぬ収穫だ。小悪魔は雇い主を通して特別報酬が貰えるから、分け前はいらないと言う。
「報告して近くの町で盗賊の引き渡しがスムーズにできるよう、手配もしておきますね。安心安全な旅を、お楽しみくださ~い!」
明るく告げて飛び去った。マルちゃんには緊張してたのかな、わりとひょうきんな子だったのね。
さあ、町に行って盗賊達を引き渡しちゃおう。マルちゃんは荷台に乗り込んだ。
「俺が盗賊の見張りをしている。町に寄り道くらい、いいだろう」
「助かるよ。アンタらはどこへ?」
武器を持った冒険者は、見張りも兼ねて馬車の後ろ側を歩く。魔法使いは前の御者台の近くで、依頼主を守っている。
「ヤノッカ村だ」
「目的地が同じじゃないか。一緒に行くか?」
話を聞いていた商人さんが、誘ってくれるよ。
「どうする、ソフィア」
私は御者台の、隣の席に乗せてもらっていた。二人乗りだけど、商人の男性一人なんで空いていたんだ。軽快に進む、二頭の馬。
「せっかくだし、同乗させてもらっちゃおうかな」
御者台もいいね。
それにしてもヤノッカ村との取引に行くって事は……。
もしかして、この人って……!?
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