第56話 サトちゃんとお別れ

 今朝はピスハンドの食事も用意してある。ピスは皆が席を立ち始めるとどこからともなくやって来て、お盆に乗せて床に置かれた食器から、蛇に似た体の首を持ち上げて食事を食べた。

「ピキュ」

「喜んでいるみたいだな」

 マルちゃんが隣にいる。女中の一人もやって来て、ピスの食事を覗いた。

「漬物は食べないねえ。しょっぱかったかしら」

「おい。コップの水は飲めんぞ。低い器にしてやれ」

「そうだった、ごめんねピス」

「キュキュ」

 女中さんはコップを持って、すぐに水を取りに行った。ピスは気にせず食事を続けてる。お米が好きみたいね。


「こうやって見っと、怖くないねえ」

 そう言いながらも、サトは友達になった兎人族の子の影から眺めている。

「良かったね、サトちゃん。契約もあるし、食いつかれたりしないよ」

「おい、食事中は触れるな。邪魔されるのを嫌がるはずだ」

 マルちゃんが注意すると、二人とも大きく頷いた。

「解りました」

「オラも、触んねえだよ」

 水を口の広い器に入れ替えて、女中さんがやってくる。ピスは嬉しそうに舌を出し、水を舐めていた。


「さて、行くかソフィア」

 食事が終わると、ついに出発だ。サトともピスともお別れ。

「そうだ、その前に一応聞いておくね。あの、二十年くらい前なんですけど」

 私は貴族と駆け落ちした男性の話を聞いたことがないか、尋ねてみた。家の人は知らなかったけど、従業員の男性が何かを思い出したようだ。

「俺の親達が、前に契約していたお店の話じゃないかな。確かにそのくらい昔に、そんな理由で貴族から仕事を奪われたって、契約を切られたんだ。いい人達だったから、仲間の内ではそれでも付き合いを続けたのもいるけど、仕事は激減したからね。親達は別の店に卸すようになって、俺は成長してから住み込みで、ここに雇ってもらったってワケ」


 え、まさかの縁のある職人さん!

「そのお店の名前は解りますか?」

「それがさあ、覚えてなくて。まだほんの子供だったから」

 そんなあ。でも、手掛かりがあったよ。

「今は持ち直してるらしい。俺の村に行けば、商品の受け取りに来るよ」

「なんて村ですか!?」

 そっか、まだ商売を続けてるんだもんね。それなら確実に会える!

「ヤノッカ村。ここより西にある」

 いったんマユイの町に戻って、そこから行くといいと教えてもらった。

 目的地も決まったし、来て良かった!


「ほんとにお世話になりましただ。気をつけてな」

 サトが頭を下げる。

「キュ!」

「ぴゃ!」

 ピスがサトの足に触れると、サトはビックリして耳を出していた。

「あはは、サトちゃん耳が出たよ」

 恥ずかしそうにするサトに、兎の獣人の子は仲間だと喜んでいる。

「そうだった、最後に注意事項を。ピスハンドは家人が欲しがる物を、奪ってくることがある。誰の家にある何が欲しいとか、具体的な事は家の中で言うなよ」

「そりゃ揉めるモトだね、気をつけるよ」

 マルちゃんに奥さんがしっかりと頷く。ピスはきっと、喜んでもらいたくてやっちゃうのね。気持ちだけは有り難いけど、迷惑な習性だな。

「おう。じゃあな」

「お世話になりました」

「こちらこそ。またいつでも来てね!」

「またな~!」

 サトはまだ耳が出たままだね。狸の姿も見せてもらえば良かったなあ。


 荷物を持って、村を出た。契約の仲介をしたから、ちょっと手数料が貰えたよ。今日は快晴。またマルちゃんと二人で、マユイの町を目指す。

 途中で村へ向かう商人とすれ違った。買い付けに行くのかな。

 何事もなく町に到着したし、まずはご飯を食べちゃおう。ちょうどお昼の時間だからお店は混んでいるけど、何軒もある。入れそうなお店を探しながら、繁華街を歩く。テラス席が空いているのが見えたので、すぐに席を確保した。

「マルちゃんまたお肉? 栄養が偏っちゃうよ」

「悪魔にそんなもの、関係ない」

 骨付き肉を齧ってる姿は、本当に狼みたいね。近くの席の小悪魔が怪訝な表情でこちらを見ている。視線に気付いたマルちゃんが顔を上げると、小悪魔の体がビクッと大きく震えた。


「どうしたの、何かあった?」

 向かい側に座っている軽装の女性は、契約者かな。小悪魔が急に脅えだしたから、心配している。隣にはもう一人、パーティーのメンバーらしき人。

「な、なんでもない!」

「……もしかして、ちょっと大きいからって、あんなに大人しい狼が怖いの? 悪魔なのに」

 ププッと笑って、マルちゃんに視線を送る。勘違いされてるみたいだね。

「狼……。お前、失礼なことはするなよ」

 小さな声で小悪魔が注意した。小悪魔には解っているんだろうけど、立場が上の相手の身分を、気軽にバラしたらいけないみたい。

「どうでもいいがな、ヤノッカ村とはどこか解るか?」

「はいっ! 西にある村です。川沿いでございまする」

 小悪魔は椅子から降りて、ピシッと立って答えてくれた。

「いや、そんなに気にしなくてもいいんだが」


「ホント、今日は変ねえ。ところでそっちに行くなら、最近盗賊が出たり行方不明者が出たりしてるから、気をつけてね」

「近々討伐隊が出るみたいだよ。急がないならその後がいいと思う」

 契約者の女性と、一緒にいる別の女性が続けて情報を教えてくれる。彼女は魔法使いかな、杖が立ててあった。

 それにしても行方不明。盗賊が殺したとか、浚ったとかなのかも。規模が大きそうね。マルちゃんと一緒だからって、油断しないようにしなきゃ。

「ありがとうございます、気を付けます」

「私たちは討伐が済むまで、町の中で出来る依頼にするのよ」


 食事をしながら少し話をして、別れた。彼女たちは食事の前にギルドへ行ったけど、受けられる仕事がなかったから、時間をずらしてまた行くらしい。この町を拠点にしている冒険者だ。

 私は急ぐ旅でもないしお金にも余裕があるから、出発を後らせても問題はない。とはいえ、マルちゃんで飛んで行けば、盗賊に会わないで済むだろう。これが一番いいかな。

 ギルドには多くの人が集まっていて、入り口付近に盗賊の情報が張り出されていた。どうやら新しい情報らしく、人だかりができている。

「今はヤバそうだなあ。商人から今日の出発は見送るって、護衛をキャンセルされたよ」

「この国は治安がいい方だ、すぐに片が付くだろ」

 話し声は聞こえるけど、肝心の張り紙が見えない。

「え~と、なになに。Cランク三名のパーティーが壊滅させられた、Dランク以下の冒険者は北西方面には行かないように、か」

 背の高い人が前に集まっちゃって見られなかったから、マルちゃんが下から覗いて、人の足をすり抜けて戻って来た。ここで会話していないで欲しいね。


「北西方面にでるの? ちょうど西に行くんだよね」

 依頼ボードの方へ移動しながら尋ねる。

「まさにその方向だろうなあ。かなり危険みたいだ、貼られた日付は今日だった。盗賊自体は少し前から出没していたらしいが、凶悪化しているのか」

「怖いなあ。規模とかは書いてないの?」

「詳しくは解らんみたいだな。魔法使いもいるとは書いてあったぞ」

 依頼ボードにある依頼には、採取や護衛もあるものの、護衛は南へ行くのだけ。西への配達はCランク以上に限られてしまっている。町でのお手伝いみたいなものは、もう全部取られた後なのね。


「低ランクだと受けられないように、規制されちゃってるね。仕方ない、行こうか」

 まだ賑わっているギルドから出て、町の外でマルちゃんに乗った。警備の兵が昨日より多くなっている。

 空を飛んで行けば、盗賊は問題ないよね。これから向かうところは徒歩だと二日近くかかるんだけど、空を飛べば明るい内に着いちゃうと思う。

 ワイバーンが遠いところを飛んで行き、偵察の小悪魔だろうか、尻尾の生えた小さい女の子がコウモリみたいな羽根を羽ばたかせている。

「どこの小悪魔だ?」

「お疲れさまです! この国の魔導師と契約してて、盗賊団を探してます。根城が掴めないんですよ」

 盗賊の方じゃないのね、良かった。小悪魔にはマルちゃんが偉い人って解ってるみたいで、乗ってる私に眉を顰める。


「ならばすぐに討伐されるな」

「はい。しかし妙なんですよね、少し前から盗られたとかいう被害報告は入っていたんですが、急に強くなったような? 風の魔法で叩き付けて、倒してから攻撃してるみたいで。遺体の損傷が激しくて武器もよく解らないし、人数も合わなくって。冒険者の男なんて浚ってもどうしようもないのに……、今までと別の奴らの仕業かって、慎重に調査してます」

 急に強くなる盗賊。すごい魔法を手に入れたとか、何かと契約したとか、はたまた新たな悪党か?

 考えていると、マルちゃんが何か見つけたようだ。

「おい、アレ……」

「ああ、あのでっかい鳥。最近たまに飛んでますね」

「バカかっ! あれはヌガニ=ヴァツ。食人種カンニバルだ。羽ばたきで嵐を起こすと言われてる、犯人はアイツだ!!」


 鳥は何かを狙っている。地面を進むのは、護衛の冒険者を二人連れた荷馬車だ。張り紙を見る前に出立してしまったのかも知れない。

 そして周りを確認すると、十人規模の盗賊も荷馬車を狙っている。弓を持った人が木の影から矢を番えていて、みんな武器を出して用意万端だ。杖を持っているのは魔法使いね。


 盗賊団と、人食い鳥。

 どっちから守ったらいいの!??

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