第55話 蛇?の正体

 私とマルちゃんは、母屋に部屋を用意してもらえた。早速荷物を置いちゃう。

 母屋には他に打ち合わせをする場所や布が展示してある部屋があり、商談に使っているようだ。女中さんも何人かいて、掃除や洗濯、食事の支度をしていた。

 職人は裏にある工場こうばで作業し、食事は母屋の食堂で全員一緒に取る。

 人間の他にウサギの耳の獣人もいて、みんなで楽しくお仕事をしている。これならサトも仲良くできるね。


 お昼ご飯を食堂で食べさせてもらってから、サトは雨が小降りになるのを待って、庭にある従業員の宿泊施設の部屋へ案内してもらえることになった。

 ごはんとスープは余っていたから、そこにちょっとしたおかずを作ってくれた。

「さて、食べたら仕事の説明するよ、サトちゃん」

「はい! よろしくおねげえしますだ」

 サトは従業員の人と話をするのね。私達はどうしようかな。外はまだ本降りの雨。地面が白く煙っている。でもこれも、長い時間じゃないらしい。


 しばらくすると雨は上がり、雲が流れて青空も見えてきた。水溜まりに太陽が映っている。外へ出て村を一周してみた。個人宅で布の染色をしていたり、糸を紡いだりしている。本当にこういう仕事の人が多いのね。

 小さな商店が一つあるだけで、村にはギルドも食堂もない。うーん、これじゃする事がないね。

 泊めてもらえる家に戻って、台所のお手伝いをさせてもらうことにした。野菜を洗ったり切ったりとか、料理の下ごしらえの手伝いだ。ご飯の支度は女性が二人。

「なかなか慣れてるね」

「はい、召喚術の先生の所に、内弟子として暮らしてまして。弟子たちが交代で料理を作ってました」

「すごい、召喚術。かっこいいなあ」

 私より少し年下の子が、憧れる目で私を見る。なんか照れる。

 魔法使いもいない感じの村だもんね、珍しいんだろうな。

 

「ところで、蛇が出るんですよね。お二人は目撃した事、ありますか?」

 せっかくだし聞いておこう。お世話を掛ける分、役に立たないと。

「そうですねえ、私はまだ」

「私は見ちゃった! 赤い尻尾がにょろっと物陰に隠れるところ。体もチラッと見えたけど、蛇より太いみたいだった」

 太い体と赤い尾。最初に聞いた目撃証言と一緒だ。

「そういえば、私達が住んでる方では、一度も出たって聞かないわ。工場にも出ないし。母屋に住んでるのかしら」

 なるほど、この建物だけに注意すればいいわけね。私達は母屋に泊めてもらうんだし、ちょうどいいね。


 ご飯を炊いてスープを作る。野菜の煮ものと焼いたお魚、それからピクルスもつく。健康的な食事ができたよ。住み込みの女中と十人ほどいる従業員、それから家に住む家族の皆が席に着いた。

 食べる前にサトの紹介がされる。

「明日から一緒に働いてくれるサトちゃんだ。みんな、仲良くな」

「はーい」

「よろしくな、サト」

 口々に挨拶をしてくれて、サトがニコニコと笑いながら頭を下げた。

「よろしくだあ」

「サトちゃんって、狸なんでしょ。解らないことがあったら、何でも聞いてね」

 隣に座った兎の獣人がサトの手を握る。

 サトは人間に化けている狸で、兎の耳の子は化けているわけじゃなく、兎人族という種族なの。


 食事が終わると、食べ終わった人から席を立つ。サトは兎人族の子と仲良くなって、食器を下げてから彼女と一緒に従業員の宿泊施設へ向かった。

 さて、私は後片付けもお手伝いしようかな。マルちゃんは食事の席の所で丸くなっている。

「わあ、蛇!」

「ひゃわわぁ!」

 兎人族の子と、サトの叫び声! 出たのね。すぐにそちらへ向けて走り出す私を、後から来たマルちゃんの黒い狼の体が追い越して行く。

「どっちへ行った?」

「廊下をまっすぐ……!」

 廊下の先は九十度に曲がっていて、くるりと回廊になっている。廊下を曲がる赤い尻尾が、薄闇に明るく余韻を残した。


「尻尾をくねくねさせてたけど、足で歩いてたよ」

 兎の耳をぴるぴるさせながら、指をさして説明してくれる。

「おっかなかっただあ。長くないけど、確かに太いねえ」

「おいソフィア、追いかけろ。俺は逆から回ってみる」

 マルちゃんは私達が来た食堂の方へ向かって、タタンと軽快に走った。廊下が建物を一周してるから、このまま廊下を進んでくれたらぶつかるハズ。

 よし、追いかけよう!

「おお、真ん中の廊下は俺に任せろ」

 男性従業員が、建物を縦断して一直線で玄関に出る廊下へ向かった。

 途中の部屋に居た人が騒ぎにドアを開いたけど、蛇だと気がついてバタンと閉める。これで入られないかな。


 玄関まで走って辺りを見回す。蛇の姿はなく、下駄箱にもいない。どこへ行ったのかな。ちょうど角に、マルちゃんがやって来た。足が速いんだよね。

「見失ったか。この辺で行きそうなところ……」

 外へは出ていないと思う。男性が見ていてくれた、真ん中に伸びた廊下にも行っていない。となると、何処かの部屋に入ったってことかな。

「でもドアなんて開けられないんじゃ」

「足もあるんだ。鍵のかかっていない、引き戸の部屋くらいなら開けられるだろう」

 なるほど、引き戸。少し隙間のある部屋がある。

 音を立てないように近づいて中を覗くと、赤い何かがボンヤリと光った。

「いたね」

 小さくマルちゃんに囁く。

「お前が一気に扉を開け。俺が捕まえる。まあ捕まえなくてもいいんだが」


「……とりあえず、開けるよ。せーの!」

 言われた通り、扉をバンッと思い切り開いた。

 灯りのない暗い部屋で、大きな音に驚いてこっちを向いた蛇を、マルちゃんが口に銜える。あっという間に捕獲しちゃった。

「やったね、マルちゃん!」

「え、なに? ヘビいたの?」

「すげえ、この狼。こんなすぐに捕まえてくれたんだ」

 家の人と、まだ残っていた従業員がやってくる。

 蛇っぽいのはしばらくバタバタしていたけど、少しして大人しくなった。マルちゃんが離して、見張るように隣に座る。


「ピスハンド。地方によってはプークやトゥリヘントと呼ばれている。宝を守るドラゴンだ、退治する事はない」

「え、ドラゴン? こんな小さいのが?」

「そもそも宝なんてないよ、この家」

 集まった人達が驚きながら、ピスハンドを眺めている。私もドラゴンだとは思わなかった! ピスハンドは委縮しているのか、マルちゃんの近くで蹲っている。

「人間達が思う宝とは、違うかも知れんからなあ。それより、どうせなら契約までした方がいい。だから捕まえた」

「契約できるんだ。するなら私の羊皮紙を取って来ますけど、どうしますか?」

 皆の方に顔を向けて尋ねてみると、女性が勢いよく手を上げる。

「面白そうだわ! 私にもできるかしら」

「大丈夫ですよ。少し待ってて下さい」

 入り口付近に固まっている人の間を抜けて、いったん部屋へ行った。荷物の中から羊皮紙と筆記用具を取り出して、すぐに戻らなきゃ。

 棚に囲まれた広くない部屋の中に、皆が入っている。マルちゃんの横でピスハンドが、尻尾をくるんとさせていた。


「お待たせしました。契約内容は、と。この子は家を守るんだよね? 人を傷つけない事も入れて……、代償は?」

 テーブルがないから、床に羊皮紙を置いた。ここで書くしかないか。

「食べ物が欲しくて出て来ているんだろうから、食事だな」

「食事って、どんなのを食べるんですか?」

 男性が尋ねる。虫とかだったら嫌だな。

「ドラゴンは雑食だ。だいたい人間と同じものだが、砂糖の多い甘いものは食わんだろ。出来れば朝夕」

「じゃあ一人分、多く作ればいいのね。この子の席も用意するよ」

 女中さんが楽しそうに張り切っている。珍しいドラゴンだし危険はないと解ったから、興味がわいたのかも。

「時間はずらせよ」

 マルちゃんが説明していてくれる間に、私が契約書に必要事項を記入する。マルちゃんとの契約書は、喋るだけで済んで楽だったな。まだ人間には、そういう機能の付け方は解っていない。


 契約するこの家の奥さんに内容を確認してもらい、一番下に日付と双方の名前を書く。よし、バッチリ。あとは声に出して名乗って了承し、お互いの魔力を流し込めば、契約が締結される。

「ピキュー!」

「これピスハンドの声? 可愛い!」

 高くて良く通る鳴き声だ。喜んでいるようにも聞こえる。短い足をトンと羊皮紙の上に置き、魔力を流し込んでいる。

 奥さんも続いて名乗り、羊皮紙が輝いた。契約できたよ。


「こいつなりに家を守ってるつもりなんだ。月に一回くらい、何かいい食事でも出してやってくれ。羽根が生えて飛ぶヤツや、尾から炎を放つ奴もいる。これはそういう能力はないな」

 どうやらあんまり強くないタイプらしい。

「そうなのね~、名前はどうしようかしら。ピスハンドだから、ピスでいい?」

「ピキュキュ!」

 そのまんまだね。でも喜んでいるよ。奥さんは握手するみたいに、ピスの足を持って揺らした。家人や従業員も、ピスの周りに集まって頭を撫でてみたりしてる。

 ピスは急に人気になったね。


 これで問題解決! 今晩はゆっくりと眠れるよ。

 あ! 契約書に、ピスって名前も入れないと。後から付けないでよ~……。

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