第54話 あまやどり
馬車はユマイの町を目指して進んで行く。反対側からも隊商がやってきて、通り過ぎて行った。
「この街道はよく商人が使うんです。なので、兵が定期的に見回りをしてくれているから、比較的安全ではあります。それでも護衛は雇いますが、まさか悪魔に襲わせるとは……」
「犯人に心当たりが?」
商人の男性は困ったような、複雑な表情をする。
「……商売仇でしょうなあ。あまり良くない品を売って客が流れたのを、私のせいだと逆恨みしている奴がいるんですよ」
逆恨みで襲われるんじゃ、大変だ。まだ油断ならないなあ。でも悪魔の男爵を退けたんだから、逆に相手の方が、気味が悪いと思ってくれるかも。
「何のご商売をしてるんですか?」
「洋服です。布からこだわっているんですよ」
なるほど、なら知ってるかも! 本人も滑らかな生地に、素敵な刺繍の入った服や帽子を身に着けている。縫製がしっかりした、いいデザインの衣装を扱っているんだろことは、容易に想像がつくね。
「あの、二十年は昔になると思うんですけど、貴族の女性と駆け落ちした男性の話を知りませんか?」
服屋に関係がありそうなことを説明する。知ってるといいな。
「……申し訳ない。私の店はここ十年ほどで急成長しましたが、もともと北部の町で小さな商いをしていて。その頃の事は解らないんですよ」
「いえ、試しに聞いただけですから。期限があるわけではないですし、ゆっくり探します」
さすがにすぐに手掛かりとはいかなかった。布を扱うお店は多いみたいだし、気合いを入れ直してしっかり探そう。
マユイの町には無事に到着、雇われている冒険者達と一緒にギルドへ行き、依頼の終了手続きをしてもらった。途中で受けたって事になっている。
宿の手配もしてくれたし、夕飯をご馳走になった。旅はマルちゃんのお陰でうまくいっているけど、肝心の実家については、ハッキリした手掛かりがないんだよね。
宿の部屋でベッドに横になり、サトに話しかける。
「サトちゃんは新しい場所、不安じゃないの?」
「ん~? そだな、意地悪な人間もいるもんなあ。だども、得意なことでお仕事できるし、とっても楽しみだ」
サトは屈託のない笑顔だ。私が一人だったら、旅に出るのは怖かったと思う。意外と強いんだな、サトって。
「前の職場はどうだった?」
「お嬢様さとこねえ。おっとりしたお嬢様だったもんで、オラが失敗しても笑ってくれてたなあ。居心地が良かっただ」
……失敗は多そうだよね。
「今度もいい人に恵まれるといいね」
「んだな。お嬢様も、幸せになるといいなあ……」
話をしている内に、寝入ってしまったみたい。サトの寝息が聞こえてきた。私も早く寝ないとね。
さて、朝です。ご飯を食べたらチェックアウトして宿を出る。
ここは話に聞いていた通り布製品のお店が軒を連ねていて、縫製の仕事をしている人も多い。
ギルドの依頼は配達や護衛、それにお手伝いが中心。討伐はあまりない。受けられる物もないし、すぐにサトの新しい奉公先へ向けて出発する。少し離れた小さめの村で、布を織ったり、その布で服を作ったりする人が多いところだと教えてもらった。
商人の男性は、またこの町に来たら声をかけてくれと、彼の経営するお店の本店の場所を教えてくれた。支店も幾つかあるみたい。
何もない赤茶色の土の道を進んで、しばらく歩くと林が広がっているのが目に入った。その林の中に、目的の村はある。魔物も出なくて、順調だよ。林の中の道は明るく、馬車がここも通るのだろう、轍が何筋も刻まれていた。
村にはお昼近くに到着。木の柵で囲まれていて、入り口には木で造られた門がある。開きっぱなしなので、夜だけ閉めるのだろう。
「ありがとうごぜえますだ。ホントに助かりました。えと、この地図で……」
門の手前で私達にお辞儀をして、サトは地図を確認しながら別の方向を見ている。
「違うよ、地図の向きが間違ってるよ!」
「ありゃあ。地図は難しいねえ」
地図を渡してもらって、目的の家まで送って行くことにした。サトだけだと、不安なんだもの。
村の人達がすれ違いざまに、私達にチラリと視線を向ける。
挨拶した方がいいのかな……? 地図から少し視線をあげて、考える。
まあいいか。とりあえずサトの奉公先を目指すよ!
もう少しという所で、ポツポツと雨が降り出した。広い庭を持つ民家を幾つか過ぎた、その先にある平屋の大きな家。どうやらここが目的地ね。地主さんの家みたいな、立派な印象だ。木の門に確かに名前が書いてある。
「あんれ、またおっきな家だなあ。オラここで働くのかなあ」
この前はお嬢さんのメイドだっけ。そっちも大邸宅だったんだろうな。
「こんにちは~」
大きく挨拶すると、女性の声が家の脇の方からしてきた。
「洗濯物をとりこんでるから、玄関の中で待ってて~!」
雨が降ってきちゃったんだもんね、タイミングが悪かったな。
「入らせてもらおう。濡れる」
マルちゃんが狼の体をぶるぶるっと震わせた。細かい雫が飛び散る。
「そだなあ、オラも濡れるの嫌だ」
「うん。じゃあ私達も雨が止むまで休ませてもらえるか、聞いてみよう」
送ってきたサトはともかく、私とマルちゃんは部外者だもんね。
広い玄関にはサンダルが何足か揃えてあり、横には長い下駄箱もあった。建物の中はあまり人がいないのか、意外と静かだ。
「ごめんなさいね、お待たせしました。ご注文ですか?」
青い髪を結った、エプロンをした女性が小走りでやって来た。急いでくれたのね。
「あの、オラはサトって言いますだ。ここで働かせて欲しくって。これ、紹介状だあ」
サトが紹介状を渡すと、女性は家の奥に向かって、すぐに誰か男性の名前を繰り返した。
「私、文字が読めないから。ちょっと待っててね、読める人を呼んだから」
「オラも読めねえだ。何度見ても、何が書いてあるか解んなかっただよ」
宿でも出して眺めていたから、てっきり読めてると思ってた。二人は照れくさそうに笑い合っている。
「先に言ってくれれば、教えてあげたのに」
「そっか、聞けば良かったねえ。わざわざオラに書いてくれたのが嬉しくってな、眺めて楽しんでたんだあ」
内容を確認していたんじゃなくて、嬉しくて見てただけ……!
奥から足音が近づいてくる。呼ばれてやって来た男性は、紹介状を受け取るとすぐに目を通した。
「ああ、お嬢様のご紹介。サトちゃんね、縫物が得意と。じゃあ住み込みで働いてくれる?」
「もちろんだあ。助かるべ」
「給金は前の職場より少し下がっちゃうよ。住むのは隣にある建物で、仕事場は裏手側にある。で、この人達は?」
簡単に話がまとまりそうで良かった。今度は私達に視線が注がれる。マルちゃんは黒い狼姿で、もう退屈そうに寝そべっていた。
「オラをここまで送ってくれただけど、雨が降ってるだよ。雨宿り、させてもらえねえだろか?」
サトの説明を聞いた男性は、私の方を向いて軽く頭を下げてくれた。
「それはご親切に、ありがとうございます! ここらは時々、急にザアッと雨が降るんです。雨が上がるのを待って村を発つと、町へ戻るまでに暗くなりますよ。この母屋にお客用の寝室がありますから、遠慮せず泊まって行って下さい」
「助かります! ではお言葉に甘えて……、マルちゃんも一緒で大丈夫ですか?」
騎士の姿でいてくれれば良かったのに。マルちゃんは何の合図なのか、尻尾をパタパタさせている。
「はは、平気ですよ。ですが……」
「ですが?」
朗らかに喋っていた男性が、言葉を濁した。ちょっとドキリとするね。
「蛇が出るんですよ、この家。足があるのを見た者もいますから、正確には蛇じゃないんですが」
「……ほう。他に特徴は?」
「ん!? 誰だ?」
マルちゃんが急に会話に加わるから、男性がビックリして辺りを見回している。さすがに翼の生えた狼が喋ったとは思わないよね。女性も驚いている。
「あの、この子です。マルちゃんは話ができるんです」
「そうなんですか!? ビックリしたな、召喚術師の方でしたか。あとは確か、……尻尾が赤いとか」
思い出しながら説明する男性に続いて、女性が教えてくれる。
「太い蛇だったわ。そのわりには、あまり長くなくて」
彼女は見た事があるのね。体は青っぽい色だったそうだ。
「ええ……、オラ食いつかれたりしねえか……!?」
脅えるサト。蛇みたいな感じらしいけど、噛みつくのかな?
サトは震えて、思わずまた耳が出ちゃってるよ。家の人達は気にしないみたいだ。
「まさか。そんな凶暴ではないよ。特に被害もないから、討伐とかは依頼していないんです。もしこの蛇について知ってたら、教えて下さい。依頼を出すのにもお金がかかるから、問題がないならこのままでいいと思っていて」
なるほど。じゃあ今のところ、困っているわけではないのね。
「そうだな。実際に目にしてみないと解らないが、俺の知っている……蛇だったら、安全だ。見たら教える」
「ありがたい、出てくるといいですなあ!」
明るい笑顔の男性。サトも女性も、少し安心したみたい。今は職人達がお昼ご飯を食べた後で、台所は片づけの真っ最中。落ち着いたらご飯を用意してもらえることになった。手間をかけて悪いけど、助かるね。お世話になる分、蛇の調査はちゃんとしなきゃ。
雨脚は強まり、ザアザアと屋根や地面を叩く音が響いている。
村の入り口で引き返さなくて良かった!
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