第53話 悪魔の襲撃

 さて、暗くなる前に次の町へ着いた。

 中心部は人間だけしか泊まれない宿ばかりだったから、繁華街から外れた場所に宿をとった。部屋は三人一緒。マルちゃんは狼姿だから、二人と一匹だけどね。

「サトちゃんって何を食べるの?」

「人間と同じでだいじょぶですだあ。草の根っこや、どんぐりも食べるよ」

 山の中じゃないからね、普通にお店で食事しよう。落としたお弁当の箱や飲み物の筒を洗ってから、食事に出かける。

 サトはお米が好きだというので、定食屋さんに入った。私は焼き魚定食、サトはまぜご飯と煮物、マルちゃんは焼肉定食。騎士姿になったから、サトは驚いていた。実は悪魔なんだよね。

 それにしても、焼いた川魚って美味しいね。


 たくさん歩いたし、ゆっくり眠れた。たまにどこかの部屋から獣の鳴き声がしたけど、いい宿だったな。混んでる時間をさけて、少し早めにチェックアウト。

「どうしようかな、ギルドに寄っていいかな」

「せっかくだもんねえ、どうぞ。ユマイの町までなら、午後早い内に着くでよ」

 サトがそう言ってくれるし、ギルドもシャレーも寄って行こうかな。

「ありがとう、寄らせてもらうね。ところで夕べ紹介状を確認してたけど、ちゃんと持ってるよね」

「……あ!」

 本当に忘れちゃったの!?

 サトは慌てて取りに戻る。私達はギルトへ行っている事にした。

「確認して良かったな。お前以上のウッカリ者だ」

「狸と比べられるのもなあ……!」

 なんだか釈然としないよ。


 ギルドは盛況! 依頼札の前には人だかりが出来ている。

 後ろの方から眺めたけど、いいなと思う依頼なんて先に取られちゃうよ。護衛の依頼を受けたグループが、すぐに町の門へ向かった。ちょうど同じ町に行くんだけど、受け損ねたの。悔しい!

 仕方ないから椅子に座って待っていよう。ここにいるって言っちゃったし。マルちゃんは狼姿で、反対側の椅子の下に寝そべっている。

「前はそんなにギスギスしてなかったよなあ」

「なんだろうな。ウルガスラルグの織物とか人気になってきたからなあ、欲がでるんじゃないの」

 隣のテーブルで男性二人がしている噂話が聞こえてきた。マルちゃんの耳もピルッと揺れる。


「この国って、織物が名産なんですか?」

 ちょうど探しているのは繊維問屋だ。気になるね。

「よその国から来たの? ここの北部は布製品を作ってるところが多くて有名なんだよ。この北のユマイの町なんて、布のカバンや服、ハンカチ、織物……、そういうのが他より安く、たくさん売ってる」

 思ったより簡単には、お父さんの実家も見つからなそうだね! 布屋さんがそんなにあるのかあ……。しかもギスギスしてるのか。じゃあ同業者なら知ってるだろうなんて、迂闊に聞けない。

「それで、揉めてるんですか?」

「一部の奴らがね。ほらさ、どこにでもある話だよ。ちょっと仕事を覚えた程度の従業員が職人を引き抜いて、世話になった店主に後ろ足で砂を掛けるような真似して店を始めたとかね。あっちに行くなら、きな臭い依頼だと思ったら、受けないことだよ。争いに巻き込まれる」

「はい、気を付けます。ありがとうございます」


 話を聞いておいて良かった。受けられる依頼が少なかったら、うっかり受注しちゃいそう。内容確認をしっかりとしていかないとね!

 サトが来たから、お礼を言ってギルドを出る。うん、情報収取できてる!

「お待たせでしただ。依頼はなかったんですか?」

「一足遅かったんだ。シャレーも顔を出して行っていい?」

「もちろんですだよ!」

 うーん、時々語尾が不思議。

 シャレーは向かい側にあるんだけど、窓から覗いたら誰もいなかった。これは寄っても意味ないね。食べ物なんかを買って、そのまま出発!


 平野なので遠いところまで見渡せる。少し先を行く隊商が、ギルドに護衛の依頼を出していた人達なのかな。荷馬車が三台ほど、列になって進んでいる。

「サトちゃんが行く村って、マユイの町から遠いの?」

「そんなに遠くないって話だよ。オラ、縫物だの得意なんだ。服を作る仕事みたいだし、女中よりよっぽどいいなあ。この服も全部自分で縫ったんだあ」

 買った服だと思ってた! 本当にお裁縫が得意なんだ。

「すごい、上手だね。もう立派な職人さんだよ!」

「へへえ、褒めてもらえると照れるなあ」

 話が弾むな。しばらく楽しく会話しながら歩いていたら、急にマルちゃんが騎士の姿になった。


「あれ、どうしたの?」

「……悪魔の気配だ。下位の貴族だな」

「悪魔の貴族ですけ!? 早く逃げなきゃ……」

 サトが言い掛けた時、ドンと前の方で爆発音がした。隊商が襲撃されているのね!

「ひゃああ!」

 また尻尾と耳が出てるよー! 尻尾は毛が立ってボワボワしている。

「……うーん。アレは趣味か仕事か、何かの恨みか」

「とりあえず隊商を助けようよ! 判断は後でいいよ!」

 悪魔は誰かに召喚されないと人間の世界に来られないから、契約して仕事として攻撃をしているのかも。召喚した相手の対応が悪くて恨むこともあるけど、彼らが召喚したとは思えない。マルちゃんも同じ悪魔だし、仕事の邪魔ならしたくないらしい。

 でも放っておけないよね!


 私が走り出すとマルちゃんも後から駆けだして、すぐに追い抜かれた。サトは怯えて動けない。

「サトちゃん、隠れてていいから!」

「はいい……っ!」

 馬の嘶きが響く。大きな声で騒いでいる、荷馬車の護衛達やお店の人。近づくにつれて言葉がハッキリと聞き取れるようになる。


「気を付けろ、ただの悪魔じゃない!」

「行かれるなら少しでも先に逃げて下さい、俺達じゃ抑えるので精いっぱいです!」

 護衛の冒険者の魔法使いに続いて、槍を持った男性が先頭の馬車に向かって叫ぶ。依頼主が乗っているのね。最悪、この馬車だけでも守るつもりなんだろう。

「……命を取るようには言われていないからねえ。逃げるなら逃げればいい、それなりの成果でも得られれば十分です」

 余裕の笑顔で、混乱する隊商を眺める悪魔。

 上半身が筋肉質で大きく、背が人間より一回り以上高い。マルちゃんは全く人間と見分けがつかないのに、彼は人間みたいだけど違うとハッキリ解る。


 魔法使いが何か攻撃魔法を唱え、氷の礫を飛ばしている。しかし簡単に防ぎ、ゆっくりと荷馬車へと歩みを進めた。馬車を壊すつもりだろうか。

「魔法も効果なしか……!」

 荷馬車の最後尾を守っていた冒険者が矢を放つけど、手で掴んで止めてしまう。すかさずもう一人が槍で攻撃してくるのを、悪魔はスッと内に入り虫でも払うように手を振った。男性は簡単にすっ飛ばされ、地面に倒れて勢いで後ろに滑る。

「ぐ、うわああ!」

「ふ……ん、あまり質のいい冒険者じゃないようですねェ」

 胸ポケットから白いレースのハンカチを出して手の甲を拭いてるんだけど、潔癖症なの?


「……くっ、馬車を守れ……!」

 倒れた冒険者が這いつくばるように身を起こし、攻撃が当たった肩を抑えながら落ちた槍を拾う。弓の男性が再び矢を番え、魔法使いは詠唱を始めた。今度は防御魔法だ。

 悪魔は鼻で笑って、腕に魔力を籠めている。そしてわざとらしい程に大きな動作で、荷馬車に拳を振り上げた。

 放たれた矢は魔力の前に弾かれる。

 防御魔法も、さすがに間に合わない。

「油断し過ぎじゃないか。周りを見ろよ」

「あ、危ない……、逃げるんだ!」

 弓を持った男性が叫ぶ。今まさに危害を加えようと襲いかかる悪魔のすぐ前に、黒い騎士が立ったのだ。

 マルちゃんが手を開いて、魔力を帯びた拳を受け止めた。バチンと大きな音と、閃光が走る。マルちゃんより大きな体の悪魔は、殴る途中の姿勢のままで動けない。


「……は……? マルショシアス様では……!」

 今度は悪魔が冷や汗をかいているよ。

「なんだ、知っているのか」

「馬車の護衛でしたか!? 失礼しました、この馬車を襲う契約をしてしまっておりまして……!」

 やっぱりお仕事だったのね。悪魔は拳を引っ込めて、深くお辞儀をしている。冒険者達はポカンとしちゃった。

「襲うか。それならもう果たしてるだろ、いいんじゃないか」

「で~すよねえ! そうでした、もう十分です。契約は終了ですな、はははっはァ!」

 すぐに契約書を出し、終了として燃やしてしまっている。いいの?


「おいソフィア、コイツを帰してやれ」

「え、うん。帰るなら送るけど……」

「お願いしますゥ! 報酬は受け取ってあります、もうこの世界に用事なんて、全然全く、これっぽっちもありません!」

 うーん、マルちゃんから逃げたいみたい。いつもと違うね。マルちゃんより下の爵位なのね。会う人たちがすご過ぎちゃっただけで、侯爵って結構高い地位みたいだもんね。


「偉大なる御名のもとに、異界の扉よ開け。如何なる騒音も悪臭もなく、悪魔よ速やかに去れ!」


 地獄の扉が開かれ、悪魔はヘコヘコとへつらいながら帰って行った。上手くいったよ。

「スゴイ君達……! ありがとうございます!」

「一時はどうなる事かと。助かりました」

 隊商の人達や、冒険者が口々に感謝してくれる。先頭の馬車から身なりのいい壮年の男性が降りて来た。

「ありがとうございました。お礼の他に護衛代も払います、宜しければ一緒にいらしてください。私どもはユマイに向かっています」

「あ、同じです! マルちゃん、一緒に行っていいよね?」

「おーおー。町に着いたら肉を食わせろ」

「もちろんです!」


 やった、しかも馬車に同乗していいって言ってくれてる!

 すぐに追い付いたサトも一緒に。

「マルショシアスさんは、すっごい悪魔だったんですねえ」

「なるほど、悪魔同士だったんですな」

 マルちゃんは先頭付近を歩いている。護衛の冒険者に話しかけられていた。

 やっぱりすぐに助けて正解だったね。

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