第26話 竜の鱗の出所は……

 キングゥはお母さんの為のお土産を探していたみたいで、わりとすぐに見つかった。鱗を貰う為にマルちゃんが事情を説明する。自分が説得を終えるまで、私は喋るなって言われた。信用がないな……。

「それは許せん! よし、鱗をやろう。真摯に働く者の邪魔立てをしようなど、職人の風上にも置けん!」

 予想通りの反応だ。良かった。

 マルちゃんとキングゥは竜の姿になって鱗を一枚剥がす為に、二人で町の外に出て行ったので、私はギルドの依頼を受けておくことにした。依頼札を持って受付に出したらおかしな表情をされたけど、気にしない事にした。あとはサロンで待っていよう。


「……あなた、あの依頼を受けたの? 大丈夫……?」

 見ていた女性冒険者に心配されてしまった。

「実は知り合いが持っているんで、譲ってもらえるんです」

「なんだそうなの、そりゃいいね! 誰があれを受けるんだって、話題になってたんだよ。依頼主も安心だね」

 何日も受ける人がいなくて、しかも内容がアレじゃあ注目されちゃうね。早くマルちゃん達、戻って来ないかなあ……。

 女性は去ったけど、まだちらほら見られているような。居心地悪いなあ。


 しばらくしてマルちゃんとキングゥが、黒くて大きな鱗を二枚持ってやって来た。厚みがあるし、いい防具になりそう。これを早速受付に出したら、ドスンとすごく重そうな音がした。受付の男性がビックリして、持ち上げて試しに叩いている。

 そしてやっぱり他の人を呼んできた。

「ドラゴンの鱗を納品して下さったそうで! これは厚みがあって硬いですね。種類は判別できませんが、確かに中級以上のドラゴンのものでしょう。元の依頼の値段では安すぎる様に感じます、依頼主と相談させて頂きますので……」

「ええと……それは、じゃあご本人と直接交渉させてもらっていいですか? すぐに必要だったみたいなんで、まずは納品しましょう」

 いったん預かるみたいな流れになってるよね!? 早く製作に入りたいみたいだったから、まずは手元にいってもらわないと。


 依頼主が品物を確認してから、値段については改めて相談することになった。すぐに呼びに行ってくれるので、サロンで待つことに。竜の鱗なんて高額の採取の依頼はあんまりないから、気合が入ってる。

「……あの鱗って、どういう事にすればいいんですか? キングゥ様から採取した、とは言えませんよねえ……」

「持っていたで、いいだろう」

「種類とか聞かれたら」

「俺に任せておけ」

 思ったより大事になってしまって、不安になって来た。この辺りであんな立派な鱗を持つ黒い竜なんて、出て来た事がない。


 先ほどのカティのお店にいた男性が、職員に連れられてギルドへ駆け込んでくる姿が、窓越しに見えた。彼は息を切らしながら受け付けに行き、渡された鱗を持ち上げて確かめている。

「竜だ……、しかも黒い竜! これは立派だぞ」

「受けてくれた方々が、そこのサロンにいる。あの三人組だ」

 鱗を嬉しそうに持った男性を、職員がこちらに案内する。

「ありがとうございます! 素晴らしい鱗です、確かに提示した値段では安すぎる」

 褒められたキングゥは、とても嬉しそうな笑顔。竜って、鱗を褒められると喜ぶものなのかな。職員は立っていて、一応話し合いを見守るみたい。男性は空いているキングゥの横に座った。


「種類や属性は解りませんかね?」

「属性は水。種類は……、まあここではなんだな」

 竜神族っていうのは、上級のドラゴンのさらに上。ほとんど確認されていない種族。しかもティアマトの息子じゃね、この国では大騒ぎになりそう。ティアマト事件の場所に近づいているわけだし。

「水、なるほど。実は明日、素材の鱗を確認したいと先方から連絡がありまして」

「説明が必要であれば、俺が直接しよう」

「助かります! 滞在費はお支払いしますので、お願いします」

 やった、宿代がもらえるよ。ご飯も奢ってくれるって言うし、報酬もプラスになる。これはとっても嬉しい。

「話し合いはついたみたいだし、鱗は我々が工房まで運ぼうか」

 ギルドの職員が、重いから持ち歩くのは大変だろうと気を使ってくれる。職人の男性が頼もうと渡そうとした鱗を、マルちゃんが横から受け取った。

「いい、工房の場所を覚えておきたいからな。俺が運ぶ」

 明日行く場所を、確認しておきたいのね。


 私とキングゥは、先に宿を確保しておく事になった。って、そうだった。まだ護符を買ってないよ! すぐにカティのお店に行って、護符を選ぶ。ちょっと高いけど、やっぱり指輪の護符が欲しい。

「こういうのが欲しいんですけど、一から作るんですか? 時間かかります?」

「サンプル品でいいなら、魔法を付与するだけだから明日渡せるよ。属性をつけるなら別だけどね」

「助かります、属性は付けません!」

 決まった家に住んでるわけじゃないから、配達もしてもらえないしね。

「どういう効果が欲しい?」

「魔法を増強したり、制御しやすくできるような……」

「オッケー。ならスモーキークォーツとか、アイアゲートなんてどう?」

 あちゃ、色が可愛くない。でもいいか、オススメみたいだし。

「じゃあこれで」

 試しに嵌めてみたら、スモーキークォーツの指輪がちゃんと入った。良かった、これで明日受け取れる。工房で鱗の説明をしたら、明日の内に出発できるね。


 夕飯を食べてしっかり寝て、明くる朝には指輪を受け取りに行き、午後から説明に同席する。

 やって来たのは家紋入りの立派な馬車に乗り、召使を連れた四十歳前後の貴族の男性。装飾品はそこまで高価そうじゃない感じ。

 馬車の扉を空けさせて、ステッキを持って歩いてくる。

「どうだ、竜の鱗は手に入ったか?」

「はい、ご覧いただけます」

「なに!?」

 鱗が入手できて、ビックリしてる。無理難題を吹っ掛けた自覚があるのね。

 ゴホンと咳払いをして、テーブルとイスがある小さな応接室に案内される。依頼主の貴族が椅子に座り、その後ろに使用人や護衛が立っていて、向かいには工房主の男性。その工房主側に、私達の椅子も用意してくれてある。マルちゃんだけは立ったまま。椅子の用意もないし、昨日の内に決めてあったみたい。


「こちらです」

 工房主がおもむろに取り出した、黒い鱗。厚みがあって硬く、滑らかな光を放つ。傷一つないし、とてもいい品質だっていうのは、素人目でもすぐに解る。

「これは、確かに……」

 貴族の男性も、一緒に来ていた執事のような男性も、まじまじと鱗を見つめた。

「ただ、事前のお話よりもどうしても値段は上がってしまいます」

「……で、どんなドラゴンの鱗だ」

 ゴクリと唾を飲み、工房主に問いかける。

「水属性、としか」

 まだ詳しい説明を受けていないものね。キングゥにチラリと視線を向けた。

 

「何の鱗か解らんのでは、ドラゴンとも限らんだろう」

 鱗って竜が居た場所から拾ってくるだけの人もいて、種類が簡単には特定されない事もある。状態がいいとはいえ、こんな強そうなドラゴンの鱗を討伐して採取して来たとは思われない。ドラゴンかは解らないから、契約不履行って事にしたいのかな。もう言いがかりだよ。


「それは竜の最高峰、竜神族の鱗。あの偉大なるティアマト率いる黒竜の」

 キングゥの言葉にみんなが目を向けた。

「竜神族!? 聞いたこともないが、よくもティアマトなどと、大仰しいでたらめを……」

 とにかく難癖をつけたいんだろう。そもそも竜神族なんて種族は一般的に知られていないし、でまかせだって思いたいのね。とはいえ相手が悪い。

「無礼者! 我が母を、よもや人間が呼び捨てにしようとは!!!」

 あ、はいごめんなさい。私も睨まれました。

「……我が、母!?」

 みんなの反応に、キングゥがニヤリと笑っている。

「これは俺の鱗だ、本人の目の前で偽りもないだろうが」

 キングゥは立ち上がり、ゆっくり歩いて窓へ近づいた。壁まで行くと、振り返る。


「人間。この男に、俺の鱗を使わせることは許さん。お前が価値があると思った相手に使用しろ」

「……は、はい」

 工房主はあっけに取られて、頷くしかできない。貴族の男性は何か言おうと口を開けるけど、危険な雰囲気は感じているようで、言葉に出来ずにいる。

「我が姿をとくと見よ!!!」

 そう言うと窓枠に足をかけて外に出て、道の真ん中から一気に跳びあがった。屋根よりもよほど高い所まで跳躍し、そこで大きな黒い竜の姿へと変化する。

 通行人達も人差し指でドラゴンの姿を指し、竜が現れたと叫んで、何処からともなく悲鳴まで聞こえて来た。

 工房主も貴族も、慌てて窓に駆け寄って見上げ、呆然としている。

「ドラゴン……、さっきまでは普通に人間だったのに……。聞いたこともないぞ、人の姿を取るドラゴンなんて……」

 工房主の男性が零した言葉に、冷汗をかきながら貴族が答える。 

「いや、とある国の王がそんなドラゴンと契約を結んだと、噂を聞いた。……まさか真実だとは思わなかったが、さっきの男が……、そのドラゴン……」

 キングゥの契約者って、どこかの王様なの!? だから門番の人、ビックリしてたんだ。王家の紋章とかが入ってたのね!


 私達は次の町でキングゥと落ち合う約束。これで説明も終わったし、もういいよね。貴族の男性は本当に鱗の防具が欲しいわけじゃなかったので、防具はキャンセルで逃げる様に去って行った。鱗代が損じゃないかと思ったんだけど、これなら欲しい人はいくらでもいると、工房主はむしろ喜んでいる。


 後に町ではこの工房主の人とカティが竜から鱗を貰った話が広まって、怒らせると大変な事になると思われたみたいで、嫌がらせなんてされなくなったそうだ。

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