第120話 強盗退治です!

 走ってくる女性が、マルちゃんの横を駆け抜ける。私より少し年上で、キレイな感じの人だ。

「はあ、はあ、助けてくださ……」

「待て」

 マルちゃんが腕を掴んで、女性を引き止めた。目を合わせてから、顔……というよりも、上半身をじっと眺めている。

 なんで!? 強盗に追いつかれちゃうよ!

「お前一人か? 武器も持っていない」

「……っ、そ、その、仲間はもう殺されました」

 女性はビクッとして、追ってくる男達の方に視線を移した。


「……お前は最近、罪のない人間を殺したな。濃い魂の穢れを感じる」

「……っ、な、なんのこと……!?」

「騙せると思うか? 俺は元々は人間に深く関与していた天使だ、これほど穢れた魂を間近で見逃すわけがない」

 襲われてるわけじゃないの? どうなってるの?

「……チッ……」

 女性は舌打ちしてマルちゃんの手を振り払った。マルちゃんが私の前に立ちふさがって、強盗と対峙する。

「ソフィア、離れていろ。この女も強盗の一味だ」

「なんだってのよ、もうバレたわ!?」

「勘のいい奴もいるもんさ」

 女性はすぐに追い掛けていた一味と合流した。


 これはつまり、女性が助けを求めて走り、強盗が追い掛けてくる。そして女性を保護しようとした冒険者を後ろから奇襲するのが、女性の役割りになっているのかな!? 私が危なかったのかも……!

 強盗は五人ほど。やはり人数は多くないね。こん棒と剣などの武器、それから弓を持った人も一人。

「防御しておけ」

「了解! 後は任せたよ、マルちゃん」

 こんな手を使う相手だもん、他にも罠があったら私が邪魔になるよね。弓も持ってるし。大人しく防御魔法で身を守っていよう。


「荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ。研ぎ澄まされた三日月の矛を持ち、我を脅かす悪意より、災いより、我を守り給え。プロテクション!」


 カンッ。

 張られたばかりのプロテクションに、硬質なものが当たる音がした。

 矢が地面に転がっている。前にいるヤツらではないから、森にまだ誰か隠れているんだ! マルちゃんに言われた通り、すぐに防御して助かった……!

 マルちゃんはもう切り結んでいて、二人が地面に倒れている。

「うわああ、来るなあ!!!」

 弓の男性は焦りながら矢をつがえはするものの、すっかり腰が引けている。近い場所からやみくもに放たれた矢を、マルちゃんは事もなく掴んで藪に投げ捨てた。

 怯んでいるこん棒の男性との距離を投げた矢が落ちるよりも早く一気に詰め、剣を使わず拳で殴り飛ばしちゃう。勢いよく脇の藪に突っ込んだ男性は、そのまま起き上がらなかった。

 さすが地獄の侯爵だから、卑怯な手段しかできないような悪人なんて、剣を使うまでもないね。


 さっきの矢はどこからか、私はそちらを探そう。矢が飛んできた方からガサガサと音がして、逃げていく後ろ姿が見える。アレだな!

 もう攻撃はこないだろうし、プロテクションを切った。

 すぐに攻撃魔法を唱える。


「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ! ストームカッター!」


 丸い風の刃が飛び、木の幹をかすめて逃げる敵に向かう。走っている足に当たり、男は膝をついた。血が出ているみたい、ズボンが破れて色が濃く染まる。

 これでもう走れないよね、逃走させないよ!

 マルちゃんも最後の男性を倒し終えた。あと残っているのは、ロクな武器も持っていない女性だけだ。防具も着けていないし、今までも彼女が戦闘に加わることはなかったんだろう。

 それでも殺した穢れがあるって、無抵抗の相手に違いないよ。こっちも絶対に逃がせないね!

 

「嘘でしょ……!? ちょっと、しっかりしなさいよ……!」

 女性は仲間達が簡単に倒されてしまい、顔色を青くしている。短剣を取り出して、身を守るように胸の前に構え、両手で強く柄を握った。

「お前だけだな」

「く、来るんじゃないわよっ!!!」

 後ずさりしながら、虚勢を張っている。

 ゆっくりマルちゃんが近付くと、女性はギリっと唇をかみしめた。破れかぶれで短剣を前に突きだして、マルちゃんへと襲い掛かる。

 マルちゃんは軽く躱して、手刀で首の後ろを打った。そのまま倒れる女性。

「ロープでもあればいいんだが」

「二、三人を縛る分くらいならあるよ。あ、あともう一人があっちにいるの」

「そのロープを寄越せ、縛って連れて来よう」

 

 リュックから出したロープをマルちゃんに渡し、私はここで見張りをする。気絶していたり、もう動けない状態の人ばかりだよ。

「ヒイイ、ひい……!!!」

 攻撃魔法を受けて足に怪我をした男性は、マトモに走れないような状態で必死に森の奥へと逃げている。

 藪を分け入ったマルちゃんは、どんどん距離を縮めた。マルちゃんが追い付くと大した抵抗もしないで、観念してあっさり縄で縛られていた。

「ふう、これで全員倒したね。あとは私が近くの村に知らせに行けば……」

「うわあ、事件だ! お姉さん、大丈夫?」

 ひゅっと若い男の子の天使が空から降りてきた。あまり階級は高くない感じがする。


「ありがとう。マルちゃんがいるから、私は怪我もしてないよ」

 マルちゃんが捕らえた男性を連れて姿を現すと、天使はその場で止まった。悪魔の貴族だからね、マルちゃん。

「わ、えげつないの連れてるなあ……! 貴族悪魔でしょ!!?」

「あはは、マルちゃんは悪いことはしないし、危なくないよ。それより、できれば近くの村に行って人を呼んでくれない? 強盗を退治したから、連行したいんだ」

「分かった~、すぐ呼ぶから待ってて!」

 天使は逃げるように飛んで行った。急いでくれたというより、マルちゃんがいるから近付きたくなかったんだろうな。

 

「ロープが足りないんだよな、どうするかな」

「逃げる気力なんてないでしょ……」

 長めのロープだから、三人ずつまとめて縛った。このくらいしかできない。

 水を飲みながら応援が来るのを待つことにした。

「ふう、いきなりトラブルだったね。ところで魂の穢れって、そんなに簡単に見抜けるの?」

「そうでもない。だがすぐ隣を通ったんだ、俺もこれで分からないほど鈍くない」

 近かったから一瞬で見抜いたんだ。良かった、あの女性をマルちゃんが通さなくて。人質にされるか、いきなり斬りつけられるかだったのかな。私が対処するのは難しそうだったよ。


「う……ぐぐ」

 気絶していた男性の一人が目を覚ましてうめいている。

「面倒だ、寝ていろ」

 ボカッとマルちゃんがげんこつで頭を殴った。男性は再び気を失った……フリをしていた。殴られたくないんだな。

 しばらく座って待っていたら、ガチャガチャと金属が擦れるような聞こえた。天使が人を寄越してくれた、にしては変か。

「……なんだこれは!?」

 見回りの兵隊だ! 三人一組で行動していて、縛られた人達を目にした途端、全員が武器に手を掛けた。


「助けてください!」

 何を考えたのか強盗の一味の女性が、兵に助けを求める。

 仲間と一緒に縛られているので、立ち上がろとしてよろけていた。

「どうした」

 ちょっとー、兵がこっちに剣を向けてるよ! 誤解されないようにしないと。

「そいつらは強盗なんです! 襲われそうになって、マルちゃんが倒してくれました」

「違うわ、アンタ達が襲ってきたんじゃない!!!」

 兵を騙して逃げようっていうのね、この期に及んで図太い神経だなあ!

「どうなってるんだ、どっちが本当だ?」

 三人の兵が顔を見合わせる。黒騎士マルちゃんが悪い人に見えるのか!

 ……見えるかも。


 参ったなあと悩んでいたら、天使が戻って来た。

「兵が来てる! でも何やってんだ、あの人達???」

 私達と縛られた強盗の間で戸惑っている兵に、訝しげな視線を向ける。

「ちょうど良かった、両方とも襲われたと助けを求めているんだ。どっちが本当なんだ?」

「……あのさあ、地獄の貴族が強盗なんてしてたら、あんな被害じゃすまないじゃん。すぐ分かるよ」

「地獄の貴族!??」

 呆れたように言い放つ天使に、兵だけじゃなく強盗も応援に来た村人達も、目を白黒させていた。本当だよ、その気になったら村ごと壊されちゃうよ。


「……なんでもいいから、さっさと連行しろ」

 マルちゃんは面倒だから早く終わりにしたいみたい。

 改めて一人ずつ縛り直し、兵達にも見張られながらふもとの町を目指す。この辺りの村だと、牢も留置場もないから。

 疑って申し訳ないと、丁寧に謝られたよ。

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