第121話 放浪してます

 兵達三人と、私とマルちゃんが強盗を町まで送り届ける。他に仲間はいないらしい。アジトの場所とかこれまでの犯行とか、詳しい聴取はそれから。

 村人達はそのまま元の村へ引き返している。こいつらが最近周辺を騒がせていた強盗だったようで、無駄足だったにも関わらずみんな笑顔で帰っていった。安全になったって、知らせてあげないとね。

 天使もこちらに付いて来ていた。


「なあなあ、もしかして山の上にある塾と関係ある?」

 私の隣でこっそり囁く天使。マルちゃんは強盗に目を光らせつつ、話に耳を傾けている。

「うん。同じ隠者の会の、別の先生の弟子なんだ」

「やっぱりな~、立派なわけだ。じゃあ連絡、お姉さん達にも伝えておくね」

「連絡?」

 天使は辺りをキョロキョロと見回して、兵達の関心がこちらに無いことを確認した。そして私に近寄り、先ほどよりも小声で耳打ちする。

「例の天使、この国に入ったから気を付けて。ウリエル様からです」

「うわあ、困ったね。……教えてくれてありがとう」

 森の隠者の会の使者じゃなくて、ウリエルが有力者に周知してくれてるのか。悪魔は静観していて、天使が事態を収束させようと動いてるんだっけ。

「どーいたしまして。じゃあ次に行くから!」

 白い翼をはためかせて、天使は南の空へ消えた。


「……落ち着いたら、バイロン様へ連絡しろ」

「そうだね。マルちゃんは慎重だなあ」

「……誰のせいでバイロン様が、あいさつ回りをしていると思ってるんだ」

 私がロンワン陛下を怒らせたのがきっかけで、命令された気がする。それでマルちゃんがものすごく気を遣ってたのかあ。

「以後気を付けます……」

「そうしろ」


 町の門をくぐると、強盗達は兵の詰め所へ連れて行かれた。そこで取り調べを受けてから牢に入れられる。私達も詰め所まで同行して、報奨金を受け取った。

 女性は「私は無理やり手伝わされただけ」と、ずっと主張していた。仲間の反応は主犯格のクセに、って感じだったな。

「わりと大きな町だなあ。どうなるか分からないし、仕事を受けるわけにはいかないよね。シャレーにだけ寄ろうか」

「賛成だ、情報があるといいな」 

 お店もたくさんあるし、必要なものを買っておこう。

 しばらく野宿かな、人が多いところで襲撃されたら皆を巻き込んじゃうし……。誰か早く何とかして欲しい。ウリエルの契約者なら、送還できそうだよね。


 お店を眺めながら歩いていたら、だんだんと人通りが多くなってきた。大きなお店がのきを連ねていて、交差点の近くにはギルドとシャレーが並んでいる。石造りの立派な建物だ。シャレーのエメラルドグリーンの屋根がオシャレ。

 カフェみたいなシャレーの建物からは、人の声が重なってもれている。会話の内容までは聞き取れない。

「……こんにちはー。何かあったんですか?」

「早く閉めて!」

 こちらに気付いた人が、私に中へ入って扉を閉めるよう促した。

「閉めるも何も、こんなに騒いでいては外にいても聞こえるぞ」

「そうだな……、おい皆、少し落ち着こう!!!」

 受付にいる男性が両手を広げて、声量を抑えるように叫んでいる。声を荒げていた人達が、ハッとして顔を見合わせていた。

「一般人に知れ渡ったら、それこそ騒動になる」

「もしかして、魔物の襲撃とか戦闘とかですか!?」


「……スゴい天使が降臨してるって、知ってる? 国境近くで盗賊が、天使の契約者を襲ったらしいんだ。遠くから見ても分かるような光の炸裂と、煙が上がったとか。付近はぶっ壊れてとんでもないことになってる」

「こ、怖っ……!!!」

 後ろに立つマルちゃんを振り返った。渋い表情をしている。

 イブリースで決まりだね。この国に入ったと同時に暴れたの……!

「……ずいぶん情報が早いな」

「届け物の依頼をさ、俺が契約している天使にやってもらったんだ。慌てて引き返してきて、キャンセルするしかなくなった……」

「災難だったね……」

 教えてくれた男性が、思い出して落ち込んだ。隣にいるのが契約している天使だろう。若い男の子で、申し訳なさそうに肩を落としている。

「……逃げて正解だろう、依頼された品を紛失した方が損害だ」

「そうだな、弁償しても取り返しはつかない」


 命あっての物種だしね。男性はため息をついた。

「ボクより悪魔の貴族の方が危険じゃないかな……」

 天使がボソリと呟いた。契約者がエッとマルちゃんに視線を移す。悪魔だとは気付いていなかったようだ。

「悪魔? 強そう」

「人間の騎士だと思った」

「アレとは戦えん」

 妖精を連れた人や、変身したマルちゃんみたいな狼を連れている人もいる。注目されちゃったんで、そそくさとシャレーを後にした。情報は入ったし、目的は果たしたね。


「ウリエル様が調査に向かわれるかも知れんな」

「国としても一大事だもんね」

「……そうなんだが、ここにきて動きが派手になった。どうも引っ掛かる」

 マルちゃんがまた悩んでいる。

「……待ちの外に出たら、バイロンに魔力を送って合図しようか」

「その方がいい。そろそろ身を隠すのをやめたのか、それとも……」

 マルちゃんはそれきり口をつぐんだ。黙ってしまったマルちゃんも気になるけど、食料と擦り切れてきた靴の代えを買わなくちゃ。

 買い物を済ませたら、人里から離れた場所へ向かう。

 早くバイロンが合流してくれますように。宝石に魔力を籠めて、心の中で強く名前を呼んだ。これで来てくれるはずなんだ。

 特に反応があるわけでもないから、毎回不安だよ。


「…………」

 平野部を歩いているので、遠くにいる人の姿もよく見渡せる。大きな岩なんかがたまにあるとはいえ、身を隠すような場所もない。マルちゃんはまだ喋らないから、ちょっと気まずいよ。

「いざという時に、隠れられるようなところを探した方がいいかな?」

「……いや、あちらが上位だ。目星を付けられれば、逃げても隠れても変わらないだろう。むしろ森に入れば木ごと潰される」

 こちらも相手を発見しやすいから、こういう広い場所を歩くので正解なのかな。ぐるりと空を一周見回したけど、まだバイロンの姿は見えない。

 反対側からは馬車がやってくる。

 曳いているのはサイみたいな幻獣だから、速度はゆっくりめ。わりと人とすれ違うし、街道から外れて野原に入ろうかな。馬車の御者台には女性の御者の横に、大きな座布団を敷いて猫が丸まっていた。


「ぎにゃああぁ!」

 突然茶色い猫が二本足で立ち上がり、全身の毛を逆立たせてる。

「ケットシーか」

 マルちゃんに驚いたのね。隣にいる御者の女性が、慌てて宥めている。

「どうしたの?」

「ほわわ、悪魔~……!」

 女性は馬車を止めて、怯えるケットシーの頭を優しく撫でた。

「すみません、マルちゃんに驚いたみたいですね。何もしないから大丈夫ですよ」

「あらあら、臆病な子だから……、気を遣わせてしまって申し訳ありません」

「悪魔~、うええぇん、ボクを乱暴につっつかないで」

「つつかん」

 泣きながら訴える。マルちゃんはそんなことしないよ。女性はケットシーを抱っこして、よしよしと背中をさすっていた。 


「尻尾を引っ張らないで」

「引っ張らん」

「髭を抜かないで」

「抜かん」

 小悪魔に意地悪されたことでもあるのかな。ようやく泣き止んできた。マルちゃんは、とっても興味がなさそう!

 ケットシーが落ち着くように、ここで彼女達は休憩することにした。お菓子があるからどうぞ、と私にも誘い掛けてくれた。ケットシーはもうマルちゃんを怖がっていないよ。慣れるのも早いね。

 シートを地面に敷き、馬の様子は別の人が見てくれている。数人で移動していて、護衛も二人ほど雇っていた。見張ってくれているので、ちょこっとだけお呼ばれしちゃうよ。


「……お前は本当に緊張感がないな」

「いいじゃない、仲直りの印だよ。それにこの辺のことを聞いておけるし!」

「仲直りね」

 ケンカしたわけでもないから、仲直りはおかしいか。

 女性はこの国に住む商人で、お詫びに何でも聞いてと言ってくれた。美味しいクッキーだからどこで買ったか聞いたら、なんと手作りだって! 


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