第119話 山を下って


 結局どうしたらいいかの結論は出なかった。

 シュルヴェステル先生達は到着した生徒を、外で出迎えている。妖精も全員に知らせて戻ってきたので、ねぎらって褒美のお菓子を渡す。戻っていない子は、あと三人ほど。

「やった、皆と食べよー!」

 妖精は喜んで元の世界へ帰っていった。


 全員が揃ってから夕食だ。

 私も一緒に頂きながら、エステファニア先生の塾での話をした。皆が興味津々で耳を傾けている。ここは男女合わせて十二人の生徒がいて、賑やかだ。先生の塾は女の子だけで、五人まで。

 なんだか懐かしくなっちゃったなあ。それにしても、そんな少人数の中でこんなに揉めてしまったとは。

「冒険者なんですよね! 他の国に行きましたか?」

「あ、うん。行ったよ。化けるたぬきとか、ピスハンドっていう小さいおうちドラゴンとか、変わったのも見たよ」

 うっかり過去の思い出に浸りそうになったところで、男の子に質問される。話は私の旅についてになり、男の子が冒険を想像して興奮していた。


 次の日、朝食も頂いてから出発する。

 皆が一列になってお見送りしてくれている。

「気を付けるんじゃぞ。本当に紹介状を書かなくていいのか」

「大丈夫です、皆さん生徒さんを抱えているんですものね。なんとかします!」

「……まあどうにかする」

 紹介状とは、近くに住む他の先生への紹介状だ。天使と契約をしている人がいるから、話を聞いたらどうかと提案してくれた。ただ、結局第一位の天使相手は荷が重いようで……。

「これを持って行きなさい」

 先生の手のひらには、黒い宝石のついたブレスレットが置かれていた。

「お守り……オニキスですか?」

「ブラックスピネルじゃ。禁令を唱える事態になったら、これを使いなさい。幸運を」

「ありがとうございます! オニキスより光ってキレイ」

 光にほんのり青っぽく反射している。いつ使うか分からないものね、遠慮なく頂いてすぐ腕にはめた。護符は護符同士の相性もあるから、併用はしない方がいい。気を付けよう。

 下り道だから、塾はすぐに見えなくなる。昨日通った村を抜け、細い道を進んだ。今日中に下山したいな。


 イブリースはリアナを乗せたりしないから、二人は歩いて移動している。

 私達は依頼を受けたり寄り道しつつだから、距離は縮まっていそうだな。マルちゃんに乗って遠くまで行っちゃえばと思ったけど、刺激になっていきなり追い掛けてきそう。

 リアナ達の最後の目撃情報は、つい最近この国の西側にある隣国……つまり私が出発した国の、国境付近の村に現れたとのこと。

 とにかく歩いて離れよう。

 ウリエルがいるのは、ここから北だ。なので北東へ移動する。きっとウリエルを避けるだろうから、遠回りするようになるんじゃないかな。

「なんかこう……徐々に危険が近付くような、怖い感じがあるよね」

「間違ってないな。とにかくイブリースを見掛けたら、すぐにバイロン様を呼ぶ。どうなっても俺にかまうな、禁令を使ってバイロン様の到着まではもたせろ」

「四海龍王って人のところでも、通じるかな。海底でしょ」

「通じるが、到着は遅れるな。ロンワン陛下のご用で訪問されているんだろう、問題が起こる前に邪魔をするのは、はばかられる……」

 マルちゃんは昨日からバイロンを呼ぶのは迷惑かと、こればかり自問自答している。


「近くにいたら、ウリエルさんも来てくれるでしょ?」

「大きな魔力の行使があれば、必ず気付いて駆け付けてくださる。だからこの国に来るよう、オルランドが計らったんだろう。イブリースとの距離は近付くが、他よりも危険が少ないと」

「考えたんだけど、ウリエルさんの元へ送ってもらって、マルちゃんは地獄へ送還するのは? マルちゃんがウリエルさんといたくないんだよね? 守ってくれそうな天使だったよ」

 武装した怖い感じの天使だったけど、助けてくれたんだよね。それに理性的だ。

 思い返してみれば、あの時に一緒にいたのはキングゥだった。もしかして助けくれた理由がそれだったら、契約者が悪魔のマルちゃんだと見捨てられちゃうかな……!?

 

「確かにウリエル様は、義を重んじる方だ。……しかしソフィア。今お前を置いて地獄へ戻れば、バイロン様がどのように思われるか……。俺も恐ろしい」

「あ、過保護のバイロンが問題かあ……。すぐにマルちゃんをイジメるんだから」

 確かに怒りそう。バイロンって、時々善悪の判断がおかしいよね。

「うーん。とにかく歩こう! 塾の近くだと、迷惑かけちゃうもん」

「少しは気を遣えるようになったか」

「私だって、あの子達に立派になって欲しいんですー。先輩だもん」

 あの子達の何人かは、将来私と同じ『若き探求者の会』に所属するのだ。そこから『森の隠者の会』に所属できるのは、限られたごく少数だろう。

 前途ある若者だよ、うんうん。


 山の中腹辺りに、少し大きめの村があった。ここで一休みする。

 席数の少ない、個人経営の小さな飲食店が一軒ある。店内には他に二組の冒険者が食事をしていた。

「こんにちはー」

「肉はあるか」

 肉不足のマルちゃんは、厨房に向かって開口一番に尋ねる。

「鶏肉ならありますよ」

「それでいい、肉をくれ」

 料理名も決めないとか、どれだけ肉に飢えていたんだろう。塾は山菜が中心のヘルシーなメニューだった。黙々と食べていたな。


「私は、シチューとパンで」

「はいよ」

 従業員は少ないのかな。食べ終えた冒険者が会計をしようと声を掛けた。厨房から女性が出てきてお金をもらい、すぐにまた厨房の中へ戻る。誰も見てなくて食い逃げされない? 大丈夫?

「お待たせっ!」

 私の心配をよそに料理は届き、もう一組もしっかりとお金を払っていた。冒険者は簡単に食い逃げしないか、露見したらギルドの評価も下がるもの。

 マルちゃんのは山盛りの唐揚げと、照り焼きとチキンカツだ。メニューにある、お勧めの鶏肉三点盛りだな。

「肉……これぞ肉!」

 めちゃくちゃ喜んで食べてる。


「男性に一番人気のメニューだよ。ところでアンタらは、二人だけなのかい?」

「はい、そうです。冒険者をしてます」

 運んできた年配の女性が、私の顔を覗き込んだ。

「若いお嬢ちゃんと二人旅かい……。気を付けな、この辺りで少人数を狙って強盗するヤツらが出てね。もう三組も殺されてるんだよ。目撃者がいないから、人数や風体ふうていも何もわからないのさ」

 正体不明の強盗殺人犯! そんなものが出没しているの……!

「怖いですね……! 兵隊さんは動かないんですか?」

「町のギルドからご領主様に陳情してくれて、まずは見回りを増やしてくれたよ。ただ、居場所も不明だし、討伐隊の出しようがないんだよ」

「確かに……」

 大々的に派兵したら逃げちゃうか。まずはアジトを探して、逃走しないよう網を張らないといけないのね。


「魔物の仕業ではないのか」

 肉に夢中のマルちゃんが質問する。もう唐揚げ三つしか残っていない。これはデザートの唐揚げだ。

「金品が奪われているし、……女性は乱暴されたりもするみたいなのよ。性質が悪いったら」

「……人間で決定か」

「そうだと思うわ。アンタらも、方向が同じ人と途中まででも連れ立って行動した方がいいよ。今のところ、襲われたのは二人や三人組だけだよ」

「ありがとうございます、気を付けます」

 襲う側も人数が多くないのかも? 余計に探すのが大変そう。早く牢に入れられちゃえばいいな。


 食事を終えて、村を後にした。ふもとで大きめの町を探して、情報と仕事を得たい。だからってどこにいるのが正解なのか……。

「どこに行っても変わらなそう……息が詰まるな」

「少しは詰めとけ。迂闊な行動をしなくなるだろ」

「マルちゃんが意地悪を言いますー」

「事実だ」

「助けてーーー!!!」

 くだらない会話をしていると、若い女の子が叫びながら駆けて来る。たまに後ろを振り向いている、追い掛けられているのかも!

「待てコラ! 逃げられねえぞ!」

 ドカドカという足音もして、男性の怒号も飛ぶ。緩いカーブの向こうから、今度は抜き身の武器を振り上げて数人の男性が走ってきた。


「マルちゃん、大変! 後ろから武器を持ったのが来る!! もしかして村の食堂で聞いた、強盗に襲われているんじゃない!?」

「……気を引き締めろ」

 女性と強盗達とは、まだ距離がある。マルちゃんが剣を抜き、迎え撃つ準備をしている。周囲には他に誰もいない、私が女性を保護しなきゃ!

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