第118話 オルランドの先生と、竜神族

 野菜を持っていた子は、夕飯の担当だった。他の子達は、迷子になった女の子の捜索で出払っていた。無事だったし、呼び戻さないとね。

 シュルヴェステル先生が契約している妖精を召喚する。

「シュルヴェステルじゃん。なんか仕事?」

 手の平サイズの男の子だ。背中にある水色の蝶の羽も、体と同じくらい大きい。

「山で迷っていた子が、戻って来たんじゃ。その子を探しに皆が出ていてな。全員に捜索は終了だと伝えておくれ」

「合点承知! 礼は蜜と、この前美味かった茶色いヤツ。チョコレートっつったな、アレをくれ!」

「分かった、ではすぐに頼むぞ」

「ヘイヘイヨー!」

 妖精はすぐに飛んで行った。弟子達がいる場所が分かるのかな。


「これで大丈夫じゃな。せっかくじゃ、上がってくだされ」

「はい、お邪魔しまーす!」

 先生に促されて、建物の中へ入った。山奥ながら敷地が広い。案内されたのは先生の住居だろう、こじんまりしている。その隣の横に長い平屋が、生徒達の住む場所。修行用の建物もある。

「広いですねえ。私の塾の何倍もあります」

 整地するだけでも大変だろう。

「建物はワシと、生徒達やその関係者の手作りでな。最初は二、三人だけ内弟子を取るつもりだったが、希望者の熱意に押されてしもうて。住居などがあれば面倒を見る、と約束したら本当に押しかけてきおった」

 まさかこんな立派な施設になるとは想像していなかった、と苦笑いしている。


 案内されたのは、面接をしたりする小部屋だ。椅子に座ると、先生が温かいお茶を淹れて運んでくれた。

 一口頂いてから、私を守ってオルランドが腕を落としてしまい、エリクサーで治った経緯を説明した。

「オルランドも良いことをしたな。人を助ける為に体を張れるとは、次に会ったら褒めてやらんとな」

 シュルヴェステル先生はにこやかな笑顔で、お茶をすすっている。

「こちらも助かった。契約者の腕を取られるなど、冗談にもならん」

「鬼神族がオーガを操ると、作戦行動までするようになるとは。これは肝に銘じておかねばなあ。しかしまずは、反逆の天使への備えじゃな」

「情報はありますか?」

 

「隠者の会で集会を開いたが、まだ動向を完全に掴んでる者はおらんかったな。どこを通ったなど、後手後手になっとる。我々で送還できればいいが、強大な天使じゃ。迂闊に手出しもできん」

 もし周囲に人がいる場所で戦闘になったら、甚大な被害が出る。守りながら戦うには分が悪い相手だ。

「やっぱりリアナ達の居所は分からないんですか?」

「魔力を辿って追っても既に去った後だったり、うまく住民を手なずけて情報をかく乱したりするんじゃよ。この国に近いことだけは確かじゃ」

「第一位の天使だからな。魔力を感知できる者も限られているし、相手をできる者はもっと数が少ない。そもそも辿ったという魔力も、わざと存在を知らせる為に残した残滓ざんしでしかないだろうな」

 マルちゃんは頭が痛いとばかりに、額に手を当てる。

 完全に翻弄ほんろうされているよね。


「問題を起こしたのがエステファニアの生徒だから、彼女が随分と意気消沈しておってな。ティアマト事件も未だに後悔しているのじゃ、エステファニアの為にも穏便に済ませられたら良いのだが……」

 先生が気に病んでいるんだ、早く解決して欲しいなあ。

「迷子が見つかったと連絡を頂いた。シュルヴェステル、誰が来ている」

 ハキハキした女性の声だ。マルちゃんが視線だけ扉の方へ向けた。

 水色の髪でかかとまでの長いローブを着て、底の厚い靴でカツカツと音を鳴らして部屋へ入ってくる。

「彼女が私と契約している、インロンじゃ。インロン、他の先生の生徒じゃい」

「地獄の貴族の方ですね。インロンです、お見知りおきを」

「マルショシアスという」

 女の子が話していた、先生と契約しているドラゴンだよね。澄んだ青い瞳が印象的な、上品なドラゴン。服のデザインがバイロンに似てるかも。

「初めまして、ソフィアです。バイロンと関係する人ですか?」

 思ったまま尋ねた私にマルちゃんが、バカと言いたそうな目をした。


「……バイロン……、バイロンですって……? 無礼者っ!! バイロン様を呼び捨てにしようとは!!!」

「す、すみませんー!??」

 これはアレだ、ティアマトを呼び捨てにしてキングゥに睨まれた時の感じだ。ウッカリまたやってしまった……! バイロンって偉い人に思えないんだもん!

「はあ……。インロン殿、ソフィアを探ってみろ」

「探る……? え、この魔力の気配は……、バイロン様!??」

 バイロンが魔力を籠めてくれた宝石があるから、近くにいると分かるのね。

 インロンは混乱している。

「……ここで詳しい話はできんが、まあそういうことだ」

 シュルヴェステル先生は黙って私達のやり取りを流しているだけだ。


「ふむ。詳しくは尋ねんが、お嬢ちゃんは高位の存在に遭遇しているようじゃが、どうも対応は心もとないな。礼儀を欠いてはならん。エステファニアからも、高位の存在の怒りを買うとどういう結果を招くか、召喚術師はどのようにあるべきか、しっかり学んだはずじゃろ」

 ついにエステファニア先生とマルちゃん以外からも、お説教されてしまった。

「はい……。ロンワン陛下も怖かったです」

「陛下まで怒らせたの!!???」

「お前は余計な口をきくな!!!」

 悪魔と龍にも責められる。今日は日が悪かったに違いない。ロンワン陛下と通信したのは、私の本意じゃないんですよ。これでは通じなそうだ。

「うーんと、えーと……」


「……お嬢ちゃん。龍神族の陛下は、人間が簡単に呼び掛けてもいけない相手じゃ。その様子だと誰かに頼まれるか脅されるかして、やってしまったのではないかね」

「その通りです……」

「よいか、異界の存在との懸け橋になるのが召喚術師。意志を強く持ち、高位の存在を不用意に刺激するようなことは、避けねばならぬ。独り立ちしたからには、しっかりと自分で解決していくように」

 これ、普通に授業だよね。不用意な発言をして、まさかの本気の指導をされてしまっている。

「はい……」

「その点は俺がしっかり指導する。俺まで上から睨まれるからな……。それよりも、イブリースに狙われる恐れがある。どこにいるのが最良だと考えるか」


 マルちゃんがこの話は終わりにしようと、質問を口にする。インロンとシュルヴェステル先生が顔を見合わせ、眉をしかめて同じような顔をしていた。

「安全な場所など、存在しないだろう……」

「最良ならば、この国じゃの。イブリースとウリエル様が、互いに警戒している。ここに留まっても構わんし、ウリエル様がいらっしゃる町を教えようか」

 魅力的な提案だ! もし攻撃を仕掛けられても、あんな強い天使がいたら防いでくれそう。マルちゃんを振り返るが、表情が硬い。

「……ウリエル様の元へ身を寄せるのは、俺の悪魔としての矜持に関わる。ここに世話になったとして、もし襲撃されて未来ある子供達の身に不幸が起きれば、償いようがない」

 マルちゃんの真面目が発動している……!

 すっごい正論だ。悪魔なんだから、もっと自分本位に考えちゃおうよ! とはいえ、子供を危険に晒すのは良くないよね。この際、こっそりウリエルの近くに潜んじゃうのはどうだろう。


「難しい問題ですね。私も相手が第一位の天使では、子供を守る自身がない」

「誰も保証はできないじゃろう。しかしどこへ行こうと、契約者が望んだのならいずれ顔を合わせる。その前に送還できる望みは薄い。ワシも手助けしたいが、やはり子供のことを考えると難しいか……」

 二人とも深刻に考え込んでいる。大変だ、真面目な人ばかりだ。のん気だと言われる私が入れる雰囲気じゃないよ。私が一番の当事者なのに。

「えと、ここに一晩だけ泊めてもらえませんか? もう暗くなりますし、この先のことをマルちゃんと相談します」

「おお、もちろんだとも。エステファニアの話を聞かせてくれ、生徒達も喜ぶじゃろう」

「ただいまー!」

 外から明るい声が響く。女の子の捜索に協力していた子達が帰ってきたのだ。


 先生が子供達を出迎えに行ったので、部屋には私達とインロンだけになった。

「……はあ。こんなことなら私もティアマト……様と、北へ行っちゃえば良かったかも」

 人間が他にいないから、今は名前を出してお話ししても大丈夫。

「置いて行かれるのがオチだぞ」

「じゃあここから近そうな、……アスモデウス様」

「契約者しか守らんだろ、あの様子を見ただろう。そもそも方角を考えれば、先にイブリースと出くわす」

 ハニー一筋だったもんね。ハニーが怪我でもしたら、責任を取らされそう。もう~っと伸びをする私を、インロンが不思議そうな瞳で眺めている。

「……ずいぶんお知り合いが多いようで」

「旅をしていると、色々と会うんです」

「そういう問題でもないような」


 立ったままだったインロンが、先生が座っていた席に腰掛けた。先生の湯飲みにはお茶が指三本分くらい残っている。

 私はまだ半分しか飲んでいないわ。冷めちゃったな、残りは一気に飲み干しちゃおう。グッと飲んでいると、マルちゃんが低い声で呟いた。

「……バイロン様をお呼びしておくのが一番か」

「バイロン様は現在、海底にある四海龍王の宮へ行っております。行き掛けに顔を出してくださいました。二、三日は無理でしょう」

「それは邪魔できんな。三日後になったら呼び掛けるか……」

 確かバイロンは、ロンワン陛下からティアマトへのあいさつと、同胞の状況も確認するよう仰せつかったんだよね。それでここに寄ってから、四海龍王という龍神族のところへ向かったんだな。お仕事中だ。

「二日間が問題ですね」 


「キングゥの元に身を寄せるとかは?」

「着く頃にはバイロン様と合流できるぞ」

 合流できるまでの間の安全を確保したいのに、それじゃあ意味がない。

「難しいねえ……」

「……貴女は人間の親善大使でもしてるの? ずいぶん高位の存在と知り合っているわね」

 異界の存在と親善する大使。そう考えるとカッコイイな、デキる女って感じ!

「コイツに親善外交は無理だ」

「確かに」

 マルちゃんの一言で納得されてしまった。

 それも微妙!



★★★★★★★★★★★★


インロン(応龍)ですっ

翼がある龍。雨を降らせて嵐を起こすよ!

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