第47話 シムキーと勝負!?(マルちゃん視点)

「落ち着いて、シムキー。僕が代わりに謝っておくから」

「ざけんじゃねえ! 俺の仕事は、人間に舐められたら終わりなんだよ!」

 契約者であるオルランドの制止にも、全く耳を貸そうとしないシムキエル。

 通り過ぎる人間が、振り返ってこちらの様子を見た。険悪な雰囲気に、遠目に眺めている連中もいる。

 その中の一人の女が、端にいたソフィアにこっそり話しかけて来た。

「謝るなりなんなりして、丸く収めた方がいいよ。あの人は最近、悪魔の中でもデビルって階級と契約をしたって、強気になってトラブルを起こしているの」

 デビル。最下層のデーモンの上だが、普通の冒険者ならそれで十分ってくらいか。勿論、シムキエルの相手にもならん。


「ハッ、デビルだと? 俺の前に出られるもんなら、出て来てみやがれ。まとめて片づけてやらあ!」

「おい、アイツどうした……、いないじゃないか」

 相手は慌てて辺りを見回している。契約があって強気だったのか。とんでもないアホだ。破壊の天使の前に出てくるわけがない。この状況じゃ、生きて帰れる選択肢がないだろう。


「人間なんぞ退屈だが、罰を与えるのは俺の役目でもある」

 バサッと大きな一対の翼を広げると、相手は驚いて一歩後ろに下がった。

「て、天使?」

 こんな奴が天使だなんて、誰でも驚くだろうな。

「おい、シムキエル! 往来でどうする気だ、人を巻き込むことになる! やり過ぎるとまた謹慎を喰らうぞ!」

「謹慎なんざ休みと同じだぜ。病や死や、破壊をもたらすのが破壊の天使の本分じゃねえか!」

「お前、魂の浄化の役割を忘れるなよ」

 そもそも神の命令でってところを、キレイさっぱり切り取るんじゃねえ。ここでそんな大暴れをされたら、俺の今までの善行も無駄になるだろうが!


「さあその剣を抜け! この破壊の天使の長シムキエルが人間の相手をしてやるなんて、滅多にねえぜ」

 部下に丸投げだからな! 物は言いようだな……!

 わざわざ高圧的に出て力を誇示し、脅かして優位に立つ、このやり方。お前もう、堕天して悪魔になれよ。絶対地獄を気に入るぞ。

「いい加減にしろ、相手は戦意喪失している」

 剣の柄に手をかけているシムキエルの、肩を引いた。ヤツは待っていたかのように、俺を睨みつけた。口元はやたらとにやけてやがる。

「……だよなあ。つまんねえよな、マルショシアス?」

 野郎……! 最初からケンカしたい相手は、俺だったのか! 

 コイツを退屈させておいたら、危険だな。飽きないように真面目に仕事してろ。


「マルちゃん、どうなってるの?」

「ソフィア。お前らは予定通り、食事に行けばいい。一戦交えないと、ヤツは収まらない」

 ソフィア達は不安そうにしている。場所を移すか。

「解ってるじゃねえか! 実力次第では、本当に俺の部下にしてやるぜ」

「お断りだ」

 俺はそのまま空に飛びあがった。観衆どもも皆こちらを見上げたが、すぐに生活の光がなんかが見えないような場所へと移動する。シムキエルも大人しく付いてくる。少しの分別はあるらしい。


 俺とシムキエルは町から離れた森の上まで移動し、空中で対峙してお互いに剣を抜いた。

「このくらい離れればいいだろう」

「悪魔にしとくなんぞ、惜しい奴だな」

 放っとけ。お前の部下になるなら、悪魔のままの方がいい。

 俺は剣に炎を、シムキエルは風を纏わせる。さて、どう出るか。

「お前の実力には興味があった!」

「俺はない!」

 動き出したと思ってすぐに、目の前までやって来て剣を振る。それを剣で受けながら少し下がるが、風に包まれた剣は俺の剣の位置を容易くずらす。

 その風に剣から火を乗せて、ヤツの顏にぶつけてやる。

「っと、面倒だな、火ってのも!」

 一瞬シムキエルが遅れた隙に前に出て、手を伸ばして剣で突く。

 ヒュッと軽く躱され、奴から風が刃のように襲って来た。真っ直ぐ出した剣を、体の向きを変えつつ水平に振りぬいた。風の刃は威力を失い、俺の頬に小さな赤い筋をつけだけで消える。


 何度か切り結びつつ、近づいては離れ、相手の出方を窺う事を繰り返した。

 襲い掛かってくると思って剣を出せば、突然横に移動して間合いを外し、攻撃してくる。どうにもやりにくい奴だ。

「チッ。引っかかんねえな、テメェ」

「そうでもない。ギリギリだ」

 距離を取ったところに、剣に纏わせた火を飛ばしてぶつける。奴が風を起こして火の玉を空へと反らしたところへ、剣を振り被った。高度を下げて逃げるので追いかけると、ヤツの剣は下から楕円を描くような軌道を描き、俺の剣を弾いて素早く前に進み、俺の下を潜り抜けて振り返った。

「ヒャッハー! もらったぜ、マルショシアス!」

 剣では届かない距離だが、剣に籠めた風を俺の脇腹目掛けて飛ばしてくる。

 避けるのも受けるのも間に合わん。どうでもいいがヒャッハーはやめろ。


 強襲する風の刃に、炎をぶつけた。威力が衰え僅かに勢いが落ちる。どうせ当たるな。弱まった瞬間に前に進んで、体の前にも盾のように火を発生させ、ヤツの風にぶち当たってやった。

 予想よりダメージはない。一応威力は加減してくれてあったようだ。

「あ~、当たった当たった。俺の負けだ」

 面倒臭いから、これで終わりでいいよな。片手をあげて、軽く振る。

「やる気ねえなあ!」

「最初からないぞ」

 抗議をしたシムキエルだが、諦めたのか剣を鞘に納めた。

 月光に照らされた表情には、明らかに不満の色が滲んでいた。

「テメーはそういう奴だよ……」

「解ってるなら、いいだろうが」

 なんで無駄に戦わなきゃならんのだ。いっそバアル閣下の所へ行って来いよ、ボロボロになって土下座して謝るくらいまで相手して下さるぞ。下手すると瞬殺されそうだが。


「仕方ねえな、飲むぞ。おい、負けたんだからお前の奢りだ」

「なんでそうなるんだよ!」

「今決めた」

 なんて自由な奴だ……。納得できないが仕方ない。戦うよりマシか。空を進み町に戻って、適当な居酒屋へ入った。客入りはまあまあくらいか。奥は個室になっていて、団体客が入っているようだ。時折賑やかな笑い声が漏れて聞こえる。

 なかなか酒の種類が豊富だが、食事は大した事がないな。


 ヤツは人の金だと思って、値段も気にせず好きに頼みまくりやがった。本当にふざけている。悪魔にたかる天使なんて、聞いたことがない。

「ウォッカ追加~! マルショシアス、お前ももっと飲めよ」

「誰が払うと思ってるんだ、いい加減にしろ!」

 大声で話したから、全部聞こえていたんだろう。周りの客がくすくすと忍び笑いをする。シムキエルはお構いなしにメニューを見て、まだ注文が届く前から次は何にしようかなどと選んでいる。

 何杯目だと思ってるんだ、お前……。


 キングゥ様やバアル閣下は、俺の分まで払ってくれていた。特にバアル閣下は機嫌が良くなると、関係ない人間の支払いまでしてしまうくらい気風がいい。

 どうもこっちに来てから飲み会が多すぎるな。嫌いじゃないが、面倒になるな。

「お連れさん、すごいペースね。どう、ここのお酒は」

 後ろのテーブルで飲んでいるグループの女性が話しかけて来た。

「うまいが、付き合いきれん」

「自分のペースで飲みなね。あと、湖の畔にカルカスロって町があるの。そこに有名な酒造があるから、お酒が好きなら行くといいよ」

 地元の人間だろうか。笑いながら勧めてくれて、また仲間の方に向き直った。


「よーし、次の目的地はカルカスロに決定だな!」

 シムキエルはご機嫌で、俺の方に飲みかけのグラスを向ける。そんなことで乾杯するかよ。

「あのなあっ! お前は俺達の旅に関係ないだろうが」

「遠慮するなって。まだ付き合ってやるぜ、相棒!」

 一切してない。わりと本気で、いい加減どっかに行ってくれないかと思っているぞ。また巻き込まれるのは御免だ。

「相棒はよせ」

 そもそも勝手に決めるな、仕事を受けてるんだよ。


「カルカスロなら大きな町なので、船着場もありますよ。もし船で湖を渡るなら、行くことになると思います」

 店員が頼んだウォッカをテーブルに置きながら、教えてくれた。結局行くのか。またこいつに、たかられるんじゃないだろうな……。

「次はな~」

「もう終わりだと言ってるだろうが! 水でも飲んどけ!」

 俺が怒鳴ってもどこ吹く風で、メニューを眺め続けるシムキエル。結局また注文されてしまった。

 やっぱりさっき、もっと真面目に戦えば良かった……。

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