第48話 男の子の同行依頼

 マルちゃんとシムキエルが、勝負をしに何処かへ行っちゃった。

 私達はマルちゃんが言っていた通りに食事をして、宿に戻っている事にした。心配しててもしょうがないし、そもそも飛べないから、待ってるしかないんだよね。

 宿では私とプリシラが一緒の部屋で、マルちゃんとシムキエルとオルランドの、三人で一緒。今回はなんと、全部オルランドが払ってくれることになった!

 こんなことなら、ずっと一緒に居たいなあ。


「マルちゃん師匠とシムキエルさんって、どっちが強いんですか?」

「どうなのかな。二人とも強そうだよね」

 マルちゃんが負けるとは思わないんだけど、向こうは破壊の天使の長らしいもんね。天使と悪魔だけど友達みたいだし、それに停戦中らしいし、まさかどっちかが死んだりとかはないよね……。

「なんか心配ですね」

「うん、でも仕方ないし。今日はもう寝よう。もし怪我してたら、明日の移動を取りやめて薬を探そうよ」

 気にしていても仕方ないから、明かりを消して寝ることにした。

 悪魔って人間と同じ薬でいいんだっけ? 確認しておかないと。


「ソフィア、ちゃんと大人しくしていたようだな」

 次の朝、マルちゃんは頬にうっすらと細い傷跡があったけど、わりと普通な様子だった。戦いはさっさと終わりにして、二人で飲んでたそうだ。

「大きな怪我をしてないみたいで良かったよ。シムキエルさんと仲良いんだね」

「はああ!? 仲いいわけないだろう、あんなヒャッハー野郎と! あの野郎、俺に奢らせて飲みたい放題だ。バアル閣下の飲み会にでも参加すればいいんだ、飲めると喜ばれるぞ。朝までノンストップで飲ませてもらえる」

 突然声を荒げたマルちゃん。朝まで……。あの時はかなりお疲れで帰って来たな。確かにそんな飲み会ならシムキエルの方が楽しめそう。主催が地獄の王筆頭だけど。


 後から来たシムキエルたちと一緒に宿をチェックアウトして、その辺のお店で朝食を食べながら打ち合わせ。

 私はサンドウィッチとスープ、プリシラはチーズトーストとサラダ。

「カルカスロって町に行くと、船着場があるらしいぜ」

 シムキエルは夕べ酒場で話を聞いているみたい。ならそこでいいかな。

「そうですね、せっかくだから船に乗りたい。その町までの仕事があるか、ギルドに寄ってみましょう!」

「うん、ソフィアさんに賛成!」

 プリシラも船に乗りたがってたものね。

「そうだね、じゃあ僕たちも一緒に行くから」

「……」

 マルちゃんはオルランドの発言に、やめてくれというような視線を向ける。どうも夕べ、シムキエルに奢らされたのが不満みたい。自分の分のお金だけ置いて、先に帰って来ちゃえば良かったのに。マルちゃんは律儀だな。


 食事を済ませてギルドに行くと、わりと人が多くいる。

「えと、何か依頼……」

 トトッと依頼ボードの前に行ったプリシラの近くに、私も進んだ。

 ランクの低い依頼は先にとられちゃったのか、余りいいのがない。


「お願いします!」

 茶色い髪の男の子が大きな声で、カウンターで頭を下げている。何事だろう。

 周りの人も気になったのかチラチラ見ているし、私も話に聞き耳を立てた。どうやら彼は依頼に来たみたい。

「カルカスロから船に乗って、パルトローまで同行。この条件でCランク以上で、すぐに受け手が見つかるかな……」

 カウンターの男性は難しいなと、考え込んでいる表情だ。

 ルートは私達と一緒。同行っていうのは、宿代や食費、交通費なんかが出せないって事だろう。護衛依頼だと、普通はその辺を全部依頼主がもたないといけない。


「賃金も二人分しか出せません、二人のパーティーの方で……」

「うーん、せめてDランクに落としていいか? そのほうが受けてもらえると思う」

「来る時はDランクの方だったんですが、何と言いますか……粗暴な方でして」

 怖い思いでもしたのかな。最初に接した人の印象が悪かったのね。

「そこは信頼できる人を選ぶから」

「なら僕が受けるよ~」

 オルランドが横から手を振って近づき、ランク章を確認してもらっている。

 そうだ、オルランドはこう見えてCランクだっけ! 天使との契約してるくらいなんだもんね。

 まずは少年の事情を聴くことにした。


「僕はこの町の魔法塾で内弟子をしています。昨日、母が病気になったからすぐに戻って来るようにと連絡がありまして。パルトローまで帰りたいんですが、一人は危険ですし、そんなに余分なお金もないんです」

 この子は十三歳だっていうんだけど、すごく大人っぽい! 彼に続いて受付の男性が口を開く。

「カルカスロまでの馬車は、今日はもういっぱいなんだ。歩いても一日だし、早く出発したいらしくてな」

 なるほど、定期馬車なら安全に行かれるけど、明日以降の出発になるのね。そんなに切羽詰まってるのかな。


「先生が、よく効くという解熱剤をくださったんです。一刻も早く届けたくて」

「おっけ~。僕たちも魔法使いだし、ちょうどいいよ」

「良かった、ありがとうございます! では受注処理しますね。オルランドさんと……、三人ですか? 二人分しか払えないそうですが」

 そうだった、私達は三人だ。どうするのかな。

「その金額で三人で分けるよ。どうせ行くついでだし。いいよね~?」

 オルランドはお金にも大雑把みたいね。でも私も、それでいいと思う。マルちゃんなら善行したがるだろうし。私が頷くと、プリシラも元気に首を縦に振った。


「私もそれでいいです。行かなきゃならないのは一緒ですし、収入が増えるから!」

 通常より安くはなるけど、損はしないか。プリシラはもともと成功報酬を五人で分けたりしてたから、それより儲からないことはないもんね。

「でも、それじゃ……」

 依頼主の男の子が、申し訳ないと困惑している。

「同じ町に配達の依頼もあるから」

 プリシラは持っている小さな荷物をその子に見せた。ちょうど行く町だったと聞いて、男の子は少し安心して小さく息を吐いた。


「引き受けて下さって、ありがとうございます。よろしくお願いします」

 声変わりもまだな子なんだけど、しっかりと頭を下げて礼儀正しい。さすがに塾で学んでいるだけあるね。

 引き受けることになり、その子の魔法塾へ皆で旅の荷物をとりに、そして先生に出掛ける挨拶をする為に行った。すぐに出られるよう、準備はしてあるらしい。


 塾と言っても建物は普通の民家で、ちょっと大きい程度だった。家の後ろに頑丈そうな建物が見えていて、あれが魔法を練習する為の施設なのかな。

 玄関で待っていると、五十歳くらいの小柄な男性が姿を見せた。

「お引き受け下さり感謝いたします。私からもよろしくお願いします、ご迷惑をおかけしたら叱ってやって下さい」

 あの子の先生だね。魔法の先生ってもっと威張った感じかと思ってたけど、大人しそうで丁寧な人だった。

「任せて下さい!」

 お辞儀をしてくれる先生を安心させるように、胸に手を当てて力強く伝える。

「……お前に任せるのは不安しかない。俺が付いているから安心しろ」

 マルちゃんが酷い!


「……そちらのお二方は、人間ではありませんね」

「えっ!?」

 マルちゃんとシムキエルを一発で見破った。さすが。

「はい、私はこの悪魔マル…ショシアスさんと、オルランドさんは天使のシムキエルさんと契約しています。だから二人の賃金は必要ないんです」

 セーフ、マルちゃんって言わずに説明できたよ。良かった。

「それでも賃金が足りないとか。私がその分、お支払いしておきましょう」

「構わん。行くついでだ、子供の守りくらいでそんなに気を使うことはない」

 お財布を出そうとする先生を、マルちゃんが止めた。


「てかよ、ソフィアって奴よりあのガキの方がよっぽど礼儀正しいじゃねえか。足りねえ分、作法でも仕込んでもらえばいんじゃね?」

 口の悪いシムキエルに言われたくないと思ったんだけど、マルちゃんが頷いている。なんで!?

「そりゃあいい。礼の仕方すらなってないからな、ソフィアは。教わっとけ。シムキエルの奴は、こう見えてやればできるんだ。やらないだけだ。やれない奴は神の御前に立てん」

 そうだった、シムキエルは直接神様から役目を受ける天使だったんだ!

 全然そんな高貴な天使って感じがしない。

「お待たせしました。何のお話ですか?」

 ちょうど男の子がやって来た。

「お前によお、このソフィアに礼儀を仕込んでやって欲しいってよ」

「……僕ですか? 僕に出来る事でしたら、協力したいとは思いますが……」

 唐突なシムキエルの提案に戸惑いを見せるけど、天使と悪魔は面白がっているような。


 うやむやのまま、先生に別れを告げて町を後にした。

 このまま忘れてくれるといいな……! プリシラは自分もと言われるのを恐れて、苦笑いして黙っていた。

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